きよこの書き散らかし小説。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Deep Forest

目次へ
TOPへ

第20話 始まる予感、ニセモノの恋

+++++++++++++

 胸の奥が疼くのがわかった。なんだかくすぐったくて、むずがゆい。
 一度上げた目線をまた下げて、ジャイさんのネクタイをじっと見つめる。藍色のネクタイの幾何学模様を一二三、と横から数える。

 ジャイさんの手が私の頬に触れた。
 ビクリと震えて、ジャイさんのスーツの裾をつかむ。
 距離が縮まるのがわかった。

 誰もいない路地裏。さっきどこかに行った猫がいつの間にか戻ってきていて、私の足に体をすりつける。触れるチャンスだと思って、体を下に向けようとしたのに、ジャイさんの手が邪魔で身動きが取れなかった。
 どくどくと心臓が鳴っている。まずい、まずい、まずい。脳はまるで大火事を知らせるような音を響かせ、自分の身に起ころうとしていることに警鐘を鳴らす。

 けれど、それとは別のどこかで、私に命令する声が聞こえた気がした。
 いいの? 本当にいいの? いいんだよ。本能に従え。だめ。いい。だめだってば。いいじゃん。流されちゃえ!

 頭の中で何かが大暴れしていた。

 それは、お互いの合図だ。
 合意したとみなす、合図。

 私はふと視線を上げ、ジャイさんの目を見つめた。ジャイさんの黒目の奥に、私が映っている。
 涙まみれで、顔は真っ赤。
 ああ、もう。本当にひどい顔だ。
 見てられなくて、目をつぶる。

 その一瞬の隙をつくように、柔らかい感触が唇に当たった。

 どうしたらいいのかわからなくなって、頭の中が真っ白に染まる。
 私、何をしてるんだ。どう考えても、流されてる。
 ふられた(ふった?)ショックで、気が動転してるのだ。目の前にいる男にすがりついているだけだ。
 寂しさに我慢が出来ず、欲望をほとばしらせているだけ。
 わかっているのに、止めることができない。
 スーツをつかんだ手に力がこもる。唇が離れていくから、目を開けて、上目遣いに彼を見る。
 女の本能なのかもしれない。
 相手の欲情を駆り立てる顔を、きっと今してる。

 もう一度、口付けを交わして、割って入ってくる舌を受けいれた。粘液の交じり合う音がこめかみの奥で響く。少しだけ距離のあった体は徐々に近付き、密着していた。
 唇が少し離れたその間に、「はあ」と息継ぎをして、また私を捉える唇に応える。

 ジャイさんの手が私の腰に触れるから、体が熱を帯びる。
 ぎゅっとつぶったまぶたが痛くて、ジャイさんの肩を叩いた。

 苦しくて、切ない。でも、あまりに狂おしくて。

 頭がパンクしてヒートした。

「俺が忘れさせてやるのに」

 吐息交じりの声が、耳元でささやかれる。

 馬鹿みたいにクサイセリフ。思わず吹き出すと、ジャイさんは不服そうに唇を尖らせた。

「なんだよ、俺でいいじゃん。俺、フリーだし」
「バカ言わないでよ」
「カラオケじゃなくて、ホテル行く?」

 大胆で、バカ。
 この人、ただのバカなんじゃん。

「嫌」
「あら、冷たい」

 さほど残念そうでもなく言って、ジャイさんは私の手を取った。そのまま、手を引っ張り歩き出す。

「しょうがない。カラオケで我慢しますよ」

 絡まった指と指。熱を放つ体。今更はずかしくなって、真っ赤に染まる顔。

 始まる、予感。
 だけど、見て見ぬふりをする。

 だって、今さっき彼と別れたばかりの私が、その感情に気付いてしまったら。今までの自分を否定するようで、嫌だったのだ。

 気持ちは、楽な方へ流されていく。
 ダムに塞き止められたようなこの感情は、苦しみから抜け出たい私が求めた逃げ道に過ぎない。
 本物の気持ちではないのだ。


 そう。これは、恋愛ごっこの始まり。



 ***

「お疲れさーん」

 週末、高校からの友人の原瀬舞子と居酒屋に待ち合わせた。ジョッキのビールで乾杯して、お互いの近況報告をする。
 もちろん、私の話題といえば、不倫の彼との別れだった。

「別れたんだー。ま、それしかないよねえ。先の見えない恋愛なんてしてらんないし」

 二十代の折り返し地点を越えた私たちにとって、先の見えない恋愛ほど怖いものはない。
 結婚する気はまだないけど、視野に入れた恋をしなけりゃ、無駄な時間を過ごすことになりかねないのだ。

「どう? 気持ちは? 落ち着いた?」

 荒っぽい口調だけど、私を心配してくれているのは目を見ればわかる。
 失恋するたび、舞子に泣きついてきたけど、その度に舞子はこうやって軽い口調で労わってくれる。
 それが心地良くて、ついついいつも彼女に泣きついてしまうのだ。

「落ち着いてはいないよ。毎晩落ち込む」
「夜は誰だって辛いよ。つまんねーお笑い番組でばか笑いしながら寝なさい」

 つまんねーお笑い番組じゃ、ばか笑いはできないと思います……。

「なんかねえ……これでよかったって思うんだよ? でもさ、夜になって一人でベッドでうずくまってると、隣にやっくんがいたらどれだけ幸せかって、考えちゃって。右往左往」
「最初はそうだよ。少しずつ、変わっていくよ。今は、戻りたいって思っちゃう気持ちに負けないようにするしかないでしょ」

 やっくんと別れてから、一週間がたっていた。ジャイさんとは会社で顔を突き合わすけど、特に深い話はしていない。システム変更も大詰めを迎えて、私とじっくり話す暇もなさそうで、私のデスクに来ることはあっても、仕事の話を二、三言するのみだ。

「好きって気持ちって、皆どうやって忘れていってるんだろう」

 いつだって出会いと別れを繰り返しているのに、その度にそう思う。

「忘れるわけないよ。嫌いにならない限りは」
「じゃあ、舞子はどうしてんの?」
「さあ。気付いたら、新しい恋をしてるもん」
「新しい恋ねえ……」

+++++++++++++

次話(第21話)へ
目次へ
TOPへ

拍手いただけると嬉しいです!

【2009/09/15 02:48】 | Deep Forest(恋愛)
トラックバック(0) |

楽しみ!
まゆ
たまに更新されていると読ませてもらってます。
最初はどういう展開になるのかハラハラしましたが、今はこちらの方がのんびりムードで楽しみになってます。
ジャイさんの存在が興味深いんですが モデルさんがいるんですか? 空想の人物何でしょうか・・・
またのぞかせていただきます。がんばってください。 

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
楽しみ!
たまに更新されていると読ませてもらってます。
最初はどういう展開になるのかハラハラしましたが、今はこちらの方がのんびりムードで楽しみになってます。
ジャイさんの存在が興味深いんですが モデルさんがいるんですか? 空想の人物何でしょうか・・・
またのぞかせていただきます。がんばってください。 
2009/09/20(Sun) 02:38 | URL  | まゆ #EKsGaSlY[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。