きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第19話 キレイとドロドロの狭間で

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 一度取ってしまった蓋がもう戻せなくなったみたいに、どばどばと涙が溢れ出た。目の裏に力を込めても全く意味がなく、止める術がどこにも見当たらない。
 スカートの裾をつかみ、子供みたいに泣きじゃくる。
 涙は目だけじゃなくて鼻からも溢れ出そうで、何度も何度も鼻をすすりあげた。
 やっくんの前では冷静でいられたのに。涙ひとつ流さず、感情にも流されず、背筋を正していられたのに。

 それがただのやせ我慢だったって、今知った。

 情けない。こんな風に泣いてしまう自分が、本当に情けない。

「凛香ちゃん」

 いきなり泣き出した私に対して、どう接すればいいのか迷っているんだろう。ジャイさんは私と一定の距離を取ったまま立ち尽くしていた。
 書類のつまったかばんを右手から左手に持ち直し、ふわふわの髪をぽりぽりと掻く。右斜め下に目線を下ろし、大きな息を吐いていた。

「ご、めん。帰っていいよ。私、だめだー……」

 体から力がスコンと抜け落ちた気がした。かろうじて立っているけど、誰かにひざかっくんとかされたら、ばったり倒れてしまいそうだ。

「いや……泣いてる子を置いていけないよ」

 きっと面倒くさい女だなと思っただろう。今の状況、どう考えてもまどろっこしくて面倒くさい。
 もう勝手にここで泣いてるから、私のことなんてほったらかしてくれていいのに。

「落ち着いたら帰るから、大丈夫、だから」

 嗚咽を我慢しながら必死に訴えるのに、ジャイさんは動き出さない。眉尻を下げて、困ったように笑うだけだった。

「馬鹿みたい、でしょ。私が、終わりにしよう、って言ったの、に、こんなに、めたくそに泣いてさ」

 自嘲する。だけどジャイさんは笑わない。
 ジャイさんの足が一歩前に出る。

「一人で泣きたい、んだよ。一人にして……」

 めいっぱいの強がりをつく。ジャイさんの足が二歩三歩と動き出す。

「女を落とす、こんな絶好の機会を逃すわけないじゃん」

 私のすぐ目の前にたったジャイさんは、そう言ってニイッといやらしく笑った。

「そういうこと、言わない方がいいと、思いますけど」
「まあ、そうだね。本音が出ちゃった」

 きりっとした理知的な二重の瞳が私を見下ろす。
 恥ずかしくて、私はすぐに顔を下に向けた。そしたら重力に負けた涙と鼻水がすごい勢いで落ちてくる。
 もう化粧もとれまくってるはず。ぐちゃぐちゃすぎる顔をあげることができない。

「話さない?」

 軽い口調で言って、私の右手をつかむ。骨ばった手の平の感触が腕から伝わって、顔が熱くなる。

「な、にを?」
「今思ってること」

 ――手の平から伝わってくる。

「聞くよ、俺でよければ」

 この人の、優しさが。

 心がほだされる。
 言わなくていい、言ったらこの男を調子づかせるだけだ。わかっているのに、喉から言葉が溢れ出す。

「本当は、う……うれしか、ったの」

 ぽたぽたと落ちる涙が、灰色の地面を黒く染める。街灯の薄暗い光の下で、ぼんやりと目に映るのは、私のパンプスと、ジャイさんの黒光りする革靴だけ。
 シャボン玉が飛んでるみたいに、視界には涙の粒が踊っていた。

「結婚しよう、って、言ってくれた」

 うん、ジャイさんのうなずく声が、私を安心させる。

「嬉しかった。気持ちがすごく動いたよ」

 それでも、それでもさ。

「でも、嫌だったの。怖かったの。自分が嫌いになりそうだった。人のもの、奪い取って幸せなんて思っちゃう、自分が、いたんだよ」

 きれいごとを並べた。
 やっくんを幸せに出来るのは私じゃないなんて、言った。
 でも、そんなの建前だった。私の、くそみたいなプライドだった。

「奪い取ってやりたかった。やっくんは私のもんだって、高笑いしてやりたかったよ」

 私に責任を押し付けた、やっくんの奥さん。
 あなたは、浮気された理由を考えたことはあるの?
 私が全部悪いの? 違うんじゃない? あなたの魅力が足りなくなったんじゃないの?

 そんな嫌味を心に抱く自分が、本当に嫌だった。
 清廉な自分がいると、信じたかった。

「結局、逃げたんだよ。汚い自分から、やっくんの気持ちから……」

 ジャイさんは私のことをきっと軽蔑しただろう。
 ドロドロの気持ちばかりを抱えてたくせに、キレイな自分を演じた。大人の女なのよ、って似合わないヒールを高鳴らせて歩く女みたいに、背伸びしただけだった。

「……それで良かったんだよ」

 私の腕から離れたジャイさんの手が、ポン、と一度だけ私の後頭部に触れる。

「よく頑張った」

 ――頑張った。
 私、頑張った。頑張ったの? うん。頑張ったと、思う。

「頑張ったんだから、それで良かったんだって」

 うん、声に出して返事したつもりだったけど、声はかすれて出なかった。代わりに鼻水が落ちる。慌ててハンカチでぬぐって、ふと、顔をあげた。

 目が合ったその瞬間。

 ジャイさんは、目を細めて笑いかけてくれた。

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あとがき↓

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【2009/09/10 00:42】 | Deep Forest(恋愛)
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