きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第16話 打算的な天秤にのせられて

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「あ、いや。この間、北海道に行って来たから。あんなすごいのが売ってるのに驚いてさ」

 私があまりに驚いていたためだろう。やっくんはそう言いつくろって、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
 私は肩をすくめて、「かわいいですよね」と笑って見せた。

「あれって、女の子からしたらかわいいの?」

 ……合コンの席で、ああいうのを「かわいい」と発言するのはよろしかったのかどうか、笑顔で固まってしまった。
 引く人は引くかもしれない。

 やっくんは、苦笑いを浮かべる私を見て、「凛香ちゃんって面白いね」と今までの愛想笑いとは違う、極上の笑顔を見せてくれた。
 タレ目がちな目を細めて、大きな口を開けて笑う。少しだけうつむき加減で、鼻息をすっと吐いて笑い出す。
 そういう、ちいさなクセのひとつひとつが愛おしく思えたのは、出会ったあの瞬間からだったのかもしれない。

 もう一度会ってみたいなと思ったから、自分からメアドを聞いた。自分から「また会いませんか?」とメールした。
 はじめて、自分から動いた恋だった。

 思えば、やっくんから私に対して行動を起こすなんて、あまり無かった。それは、やっぱり奥さんがいたからで、私から誘っているということで、自分自身の浮気の口実にしていたのだろう。
 ああいう席に来る人が結婚してるなんて思いもしなかったし、やっくんも何も言わなかった。
 会社の後輩に頼み込まれて渋々合コンに参加したんだと、三回目のデートの時に言っていたけど……どこまでが本当のことだったんだろうか。




「ねえ、どうして結婚してること、言わなかったの」

 グラスについた水滴を指でぬぐいながら尋ねる。
 やっくんは目を一瞬泳がせたけれど、すぐに私の目をじっと見据えてきた。
 あまりに強い目線に、私の方がひるんでしまう。
 答えづらいことを聞いたはずなのに、やっくんは動じない。それが私の居心地をよりいっそう悪くさせて、私は氷の上で泳ぐドライチェリーをマドラーでつんつんといじってごまかすしかなかった。

「凛香と二人で初めて遊んだ時に、話そうと思ってたよ」

 小さく咳をして、ビールを飲み込む。
 そうして、また、私を見つめてくる。

「あの日、二人で映画を観ただろう? 映画の面白いシーンのことを話す時は心底楽しそうで、悲しいシーンの話をする時は本当に悲しそうで……コロコロ表情を変える君を見ていたら、またもう一度会いたいって思った。そのためには結婚していることは絶対に言えないって思ったんだ。また二人で会いたかったから。友達としてではなく、恋人として」

 真剣な眼差しはけして崩れない。声を低くして、言い聞かせるように優しく語りかけてくる。

「ずっと一緒にいたいと思ったんだ」

 やっくんは芯が通っている。私の意見もたくさん受け入れてくれるけど、こうだと思ったら、曲げない人だ。


「――あの日からずっと、そう思ってる。ずっとこの気持ちは変わらなかった」

 私を見つめるやっくんの目が力を増すたびに、私は何も言えなくて縮こまっていく。
 どう答えればいいのか、どういう態度を取ったらいいのかわからなくなって、頭の中がもやもやする。

「凛香が好きなんだ。妻よりも」

 唇が、震えた。

「私は……」

 グラスの水滴ですっかり濡れてしまった手は、温度を失っていた。首に当てると、ひやりと冷たい。唾を飲み込むと、手の平に喉仏の動きが伝わる。

「誰かと比べられて、好きだなんて、言われたくない」

 目をぎゅっとつぶり、膝の上で手を握りしめた。

「私と奥さんを、天秤の上に乗せて、どっちにしようかって選ばないで」

 肺の奥が押されるように痛んだ。

 ――なんで、こんなことになってしまったんだろう。

「そんなつもりじゃない。俺は、凛香が好きで――」
「押し付けないでよ!」

 好きなら、何をしてもいいとでもいうの?
 ずっと一緒にいるって誓った人を捨てるのも、私を好きだからなんて理由にするつもりなの?

 ふざけるな。

「私は」

 ふざけるな。

「やっくんと結婚して、やっくんがいつ浮気するんだろうって不安に思いながら生きるなんて、絶対に嫌」
「浮気なんてしない!」
「どこにそんな保障があるの!? 今! ここで! 自分が何してるか、わかってんの!?」

 ふざけんな!


 ――自分勝手だ。私は? 奥さんは? どうするつもりなの?

 私には、やっくんとの未来に明るい光が見えない。
 不安にさいなまれ悩み苦しむ、暗澹たる未来しか、想像出来ない。

「やっくんとは、結婚できない」

 その答えしか出ないと……そう思ったのは、これで何度目なんだろう。
 力の入りすぎたこめかみが熱を帯びる。そこから額へと、痛みがゆるりと広がっていく。眉間に刻み込まれる皺を押さえて、うめくようにささやいた。

「別れて」

 ここにたどり着くしかないことは、わかっていたのに。

「私のことが好きなら、もう二度と会わないって、言って」

 こうなるしかないってわかっていたのに。








 苦しい。

 誰か、助けて。








「別れて、ください」

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【2009/08/23 03:53】 | Deep Forest(恋愛)
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