きよこの書き散らかし小説。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Deep Forest

目次へ
TOPへ

第14話 溺れる魚は、何を求める?

+++++++++++++

「少し、飲みに行かないか」

 私とやっくんの視線はかみ合わない。私は足元を、やっくんは中空を。目を泳がせ、エサを求める金魚みたいに無駄に口を動かしている。
 気付かぬうちに降った通り雨のかびくさい匂いが鼻につく。

「時間は、取らせない」

 ばれないように、息を吸い込んだ。吐き出す息は震えている。
 どんなに話をしたって、別れ話にしかならないことは、私たちを取り巻くこのよそよそしいい空気でわかるはずだ。
 それでも、話さなければいけないんだろう。

 一年弱付き合った者同士の、けじめとして。


 ***


 予約を取っていたという居酒屋は、私とやっくんが度々訪れていたところだった。グラスが並んだカウンターの横に穴蔵のような個室があって、その奥は赤いカーテンで仕切られたテーブルが並ぶ。
 私たちは個室に案内され、なんとも言えない雰囲気のまま、お酒とおつまみを頼んだ。
 長居する気はないから、チーズの盛り合わせとチャンジャしか頼まなかった。

「私、ちょっと、トイレ」

 なんだか息苦しくて、飲み物も来ていないのに立ち上がる。
 やっくんのまっすぐな目線が、きつい。
 ちょっと太いまっすぐな眉毛を下げて、乞うような顔をする。二重の瞳の奥に、これまで培った二人の時間を慈しむような光をたたえる。
 私を見るなと、そんな目で見るなと、叫びたくなる。

 ――決意が薄れてしまう。

 もうやっくんとは終わったんだと、言い聞かせてきたのに。

 トイレに駆け込み、携帯電話を開いた。
 岸川さんの番号をアドレス帳から探して、電話をかけた。
 今頃は彼氏とデート中だろう。邪魔しちゃ悪いと思ったけど、こんな事態になったのは、ジャイさんに私のことを頼んだ岸川さんのせいでもある。
 デートの一個や二個、邪魔しても文句は言わせない!

『もしもしー。どうしたの?』

 お酒でも飲んでいるのか、岸川さんの声はいつよより明るい。

「ジャイ……じゃない、青峰さんの携帯電話の番号、知ってます!?」
『あおみね? ああ、赤峰さん? 一緒にいるんじゃないの?』
「はぐれたんです! 番号、知ってます?!」
『仕事用なら……ちょっと待って、名刺探す』

 岸川さんがジャイさんの番号を知らなかったら、会社に電話して聞くしかない。今の時間なら誰かしら残業しているはずだ。

『あ、あったあった。メモ取れる?』
「はい」

 岸川さんがゆっくりと言ってくれる番号を手帳にメモり、私は丁重にお礼を言って電話を切った。

 ジャイのバカ! バカ! バカ!

 文句をいっぱい言わないと、我慢できない。
 親指をすばやく動かし電話をかけると、ジャイさんはすぐに電話に出てくれた。

『おいーす』
「おいっすじゃねええええええ!」

 ついつい大声を出してしまって、慌てて口をつぐんで辺りを伺う。トイレは私しかいない。今の罵声はたぶん誰にも聞かれてないはずだ。

『どうしたの?』

 ジャイさんの声はとことんのん気だ。腹がたって仕方ない。

「どうしたのじゃない! バカジャイバカジャイバカジャイ!」
『なんか方言みたいね』
「そうじゃいね。って方言じゃない! バカー!」
『ちゃんとのるあたりが凛香ちゃんらしくていいねえ』

 ああもう! 私はなにしてんだ!

「どうして逃げたの!? どうして私のことおいてったの!? お願いしたのに!」

 力みすぎた声はわずかに震える。
 この状況に私は軽いパニックを起こして、泣いてしまいそうだった。

『……ちゃんと二人で話すべきだと思ったからだよ』

 私の震えを察したのか、ジャイさんの声は少し低くなって、優しくなった。
 携帯電話を握っていた手から、ふっと力が抜けた。緊張が解けてくるのがわかった。

「話したくない」
『なんで?』
「こ……怖いもん」
『なにが?』

 なにが? なにが怖いの? でも、怖いの。怖くて怖くて、逃げ出してしまいたい。

『……別れるのが、怖いんだろ?』

 喉がビリリと痛んだ。内側から押されたみたいな痛みが喉から這い上がって、目の奥まで痛む。

「別れるのは、もう決まってたことだもん。怖くなんか……」
『ちゃんと口に出してお互いで決めなかったら、「別れた」ことにならない』

 ジャイさんの口調は冷たく威圧的でさえあった。刃のように研ぎ澄まされた言葉は、私から言葉を奪う。

『凛香ちゃんは、彼と別れるってちゃんと決まってしまうことが怖いんだよ』

 否定も肯定も出来なかった。洗面所の鏡に映る私は、眉をへの字に歪ませて、今にも死んでしまいそうな蒼白の顔をしている。

 ――私、苦しんでる。

『うやむやにしてそのまま流してしまえば、何も考えないでいつの間にか彼のことを忘れられるだろうけどさ』

 浅い呼吸を繰り返して、必死にジャイさんの言葉を聞いていた。
 この人は……私のことを考えてくれてる。
 それがわかる、声だった。

『自分を甘やかすなよ』

 諭すような言葉ひとつひとつに――

『自分の都合で逃げてるだけだ』

 私は心奪われる。

『自分の都合を押し付けるだけしか出来ないなら、あんた、この先ずっと独りぼっちだよ』

 込み上げる熱い潮に、目の前はたわんで歪む。

『頑張れ』

 彼の声援は、私の心を貫いて、揺さぶる。


 後悔が襲っていた。




 どうして、私とジャイさんは、あんな出会い方をしてしまったんだろう。

+++++++++++++

次話(第15話)へ
目次へ
TOPへ

拍手いただけると嬉しいです!

あとがき↓
拍手やコメントありがとうございます!
ありがたくてありがたくて涙がちょちょぎれてます。うう!
お返事はこちらです。


追記を閉じる▲
拍手やコメントありがとうございます!
ありがたくてありがたくて涙がちょちょぎれてます。うう!
お返事はこちらです。

【2009/08/11 03:13】 | Deep Forest(恋愛)
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。