きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第11話 優しさってなに?

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『金曜日、会えないか?』

「……ばかおとこーーーーっ!」

 折りたたみ式の携帯電話をへし折らんばかりにバチリと閉じて、ベッドに思いっきり投げてやった。
 無視してるのに! 無視してるのに! 無視してるのに!

 わかってる。元彼はよりを戻したがっているのだ。
 それは喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。

 私の結論はすでに出ているし、それ以外の答えが出る可能性はゼロに近い。気持ちはもう戻せない場所にいる。
 だから、無視をする。見なかったふりをする。「あなたと私は終わったんですよ」と無言で訴える。
 でも、それが彼にとっては『終わり』にならないことを、私はわかっている。
 それなのに、会って話し合おうとしないのは、怖いからだ。

 気持ちが揺らいでしまうことが、怖いのだ。

 冷静さを取り戻すために水を一杯飲みたくなり、階下に下りると、夕闇に包まれた廊下の奥で話し声が聞こえた。
 今日は仕事を早く切り上げて定時で上がった。五時半が定時だから、今日は六時過ぎに家に帰ることが出来た。
 共働きの両親はまだ帰っていなくて、遊び盛りの弟もいなかった。

 高くもなく低くもない、よく通るこの声は、弟のものだろう。誰かを連れて帰ってきたようだ。

 オレンジに染まる玄関で二つの影が揺れている。
 少し、懐かしい感覚に襲われた。
 社会人になってから、こんな時間に家にいることは珍しい。西日にあたり赤く染まる家を見るのは、学生の頃以来な気がする。
 そのせいか、ふと、気持ちがあの頃に戻る。
 私も、親がいない時間を見計らい、彼氏を連れてきたりしたものだ。
 明日も会えるというのに玄関先で話し込み、別れを惜しんで、辺りを気にしながらキスを交わす。
 あの淡い恋心を、私はいつの間に失ってしまったのだろう。

「ありがとう」
「明日、頑張れよ」
「うん」

 聞いたことのない優しさに満ちた弟の声。それに答える女の子の少し低めの声も、優しげで初々しさが残る。
 こんな時代が、私にもあった……。

「――って、女の子の声?」

 階段の一番下の段で止めていた足をそろりと下ろし、玄関先に目を向ける。
 弟の背中が見えて、その後ろに長い髪の女の子のシルエットが見えた。

「豊介ー。やっと彼女連れて来たんだねー」

 ついつい嫌らしさ満々の笑みを浮かべて背後から話しかけてやると、弟は肩をこれでもかとびくつかせて、背後に幽霊でもいるみたいな蒼白顔で振り返ってきた。

「郁ちゃんだっけ? こんにちはー」

 弟の彼女とは一度会ったことがある。駅で偶然鉢合わせたのだ。「かわいい」というよりは「きれい」な子で、でも笑うとやっぱり「かわいい」と表現をしたくなる。形のいい目に長いまつげが印象的で、儚そうに見えるけれど、意志の強そうな目をしている。

「こんにちは」

 恥ずかしそうに声を上ずらせて、私に一礼してくれた。

「姉貴、なんでいるんだよ!」
「いちゃ悪い?」
「悪かないけど、いつもより早いじゃんか」
「アンテナがピピッと働いてさ。あんたが彼女連れてくるんじゃないかなーと思って早く帰ってきたわけよ」
「妖怪アンテナかよ」

 心底嫌そうにため息をつくから、どついてやった。
 郁ちゃんは目を丸くしながらもくすくす笑っている。

「上がっていく? 夕飯、食べていけば?」
「あ、いえ。明日、小テストがあるんで帰ります。ノートを借りにきただけですから」
「そっか。私の手料理、食べてほしかったのにな」
「俺のカノジョを殺す気か」
「うるさい」

 横槍いれてくる弟の後頭部をさりげなく叩いてやる。料理くらい作れるわっ! ……たぶん。

「竹永、帰った方がいい。うちの姉貴に食われる前に」

 弟は暴言を吐くのが好きらしい。姉としてきちんと指導せねばなるまい。というわけで、もう一発叩いてやったら、頭を抱えてうずくまってしまった。
 ざまあみろ。


 ***

 郁ちゃんが帰った後、弟は「暴力女」とか「怪力女」とかぶつくさ言ってたので、何度か叩いてあげた。
 そうしてる内に母親が帰ってきて、弟と私の喧嘩(というか私の一方的な暴力なんだけど)は止められてしまった。

「あんた達ももう大人なんだから、子供みたいな喧嘩しないでよ」と怒られたわけだけど、母は私しか見てなかった。
 どうやら、私に大人になれと言いたいらしい。

 母がキッチンに行ってしまったから、居間には私と弟だけになった。
 弟はテレビのチャンネルを変えながら、もうすぐ夕飯だというのにせんべいを頬張っている。

「ねーちゃん」
「なに」

 弟の視線は、テレビに向かっている。けれど、その視線はテレビに向いているというよりは、何かに思いを馳せているかのように遠く、真面目だった。

「やっくんから、連絡が来たぞ」
「……うそ」
「ほんと」

 やっくんと弟は、面識がある。上が姉だったやっくんは弟がずっと欲しかったらしく、私に弟がいると知るや、ものすごい勢いで会いたがった。
 一度会わせたらお互いのメールアドレスを交換していたらしく、私の知らないところで何度か連絡を取り合っていた。
 釣りに連れて行ってもらったと弟から報告を受けたこともある。

「なんて、言ってたの?」
「姉貴は元気か? って、それだけ」
「どう、答えたの?」

 差し込んでいた西日はいつの間にか消えうせ、廊下はすっかり暗くなっていた。明るい電球に照らし出された部屋とは対照的に、そこには冷え冷えとした闇が佇んでいる。
 なぜだか、苦しくなる。
 私と彼が確かに繋がっていたこと、そばにいた時間の重さ。ひとつひとつが、断ち切られ消えていく儚さを感じ取る。

「元気ですって言っておいたよ」
「そう……」

 私をちらりと見た弟の視線は、鋭かった。

「きっちり切ってやれよ。それも優しさだろ」
「ガキのくせして、いっちょまえなこと言わないでよ」
「ねーちゃんがはっきりしないから、こんなことになったんじゃねえの」

 本当に、言うことだけは大人びてる。
 むかついて軽く首をしめてやったら「ぐえええ」とカエルみたいな声をあげて、笑って言った。

「一度、会って話せばいいのに」

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【2009/07/31 03:56】 | Deep Forest(恋愛)
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