きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第10話 ジャイさんと私、近くて遠くて

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 携帯電話を閉じて、またひとつため息をついた。
 シャッターを下ろすように、いきなり終わりにしなければいけない思いを、人はどうやって忘れていくんだろう。
 好きな気持ちはまだここにあって、くすぶっている。
 でも、先に進まないものに執着する気にはなれない。
 ましてや……誰かを不幸にする恋愛なんかに。

「会えばいいのに」

 運ばれてきた親子丼を頬張りながら、ジャイさんはさらりとそう言った。

「さっきと言ってること違うじゃない。会わないほうがいいって言ったじゃん」
「俺の立場としてはそう思うけど。凛香ちゃんの立場なら、会ったほうがいいと思うよ」
「……なんで」
「今でも好きなんでしょう?」

 さりげなく出された言葉はぐさりと核心を突く。
 そうだ。私は、彼がまだ好きなのだ。

「凛香ちゃんがこのままの状態で気持ちを割り切れるなら、会わないでいたほうがいいに決まってるけど、全然割り切ってねえじゃん。きちんと話し合って、終わりにしてきた方がいいんじゃないの?」
「どうして、そんなこと言えるの。私の気持ちをわかったように言わないでよ」

 ジャイさんの冷静すぎる態度が癪に障る。
 私のことを気に入ってるってアピールするくせに、なぜだか突き放されてるかんじがして、むしょうに腹立つ。
 この男は、私をからかって遊んでいるだけだ。あわよくばセックスの一個や二個できるんじゃないかと、思われてるだけだ。

「あんまり話さないほうがいいと思って言わないでいたんだよ。あの時、あんた、ずっと俺のこと『やっくん』って呼んでたんだぜ。見ず知らずの女と流れでああなったとはいえ、いい気持ちしないよ、さすがにさ」

『やっくん』――私は彼のことをそう呼んでいた。

「すがりつくみたいに抱きついて『やっくん、好き』って何度も何度も。しまいにゃ俺も『やっくん』になった気持ちになってたよ。相当好きだったんだろ、やっくんのこと」

 そんなこと覚えてない、そう叫んでやろうかと思ったのに、言葉が出てこなかった。
 だって、否定することが出来ない。

「無神経」

 口から出たのは、そんな一言だけだった。
 ジャイさんを非難して罵倒してやりたかった。それなのに、喉元がひりついて声がうわずった。言い返す勢いを失ってしまった。

「ごめん」

 素直に謝ってきたから、思わずジャイさんを凝視する。ジャイさんはパクパクと親子丼を食べながら、少し気まずそうに苦笑した。
 私も小さく笑うことしか出来なかったけど、それが合図みたいになって、お互いの言動をなかったことにした。

 ジャイさんと私。
 知り合って間もない、微妙な空気の中にいるのに、気心の知れた者同士のように気持ちの片鱗を知っている。
 それは心地がいいようで気持ち悪くて、生ぬるい膜を身にまとっているかのよう。

 お互いのすべてを知るほどの関係でもない。そんな近くにまで寄り添いあっていない。
 なのに、肌と肌の温もりを、お互いが知っている。

 近いようで、とても遠く、遠すぎる位置にいるはずなのに、なぜだかすぐそばにいる。

 一夜限りで終われば、こんなことにはならなかったんだろう。
 でも、出会ってしまった。
 そして、知っているからこそ、すべてさらけ出している感覚に陥ってしまう。

 私の気持ちの矛先を、目の前の男は知ってしまっている。

 一番バカなのは私自身だけど、その辺にいる女にナンパされてほいほいついてくこの男だって、程度が知れてる。

 それなのに。

 私は、この空気が、嫌いじゃない。


 ***

 端木恭彦――やっくんと出会ったのは、友達が開いてくれた合コンの席だった。
 その時の私は、彼と別れて三ヵ月が立っていて、なんとも言えない焦燥感の中で、新しい出会いを望んでいた。
 やっくんと出会う前……学生時代の彼氏とは三年間付き合った。お互い就職して社会人としての自覚が出始めたころ、仕事が忙しくなったせいもあって、私と彼氏は自然に連絡を取り合わなくなっていった。
 別れを告げたのは、彼なりのけじめだったのだろう。
 私も彼への気持ちは薄らいでいたから、その申し出をやんわりと受け入れた。
 だけど、少しずつ寂しさが募って、心の穴を埋める作業を求めるようになっていた。

 そんな時に出会ったのが、やっくんだった。

 私よりも五個も上だったから、包容力もあったし頼りがいもあったし、なにより、優しかった。

 私の誕生日の時、指輪をシャンパンのグラスの中に入れておくなんていう、ちょっと気持ち悪いキザなことを平気な顔してやってのける、馬鹿な男だった。

「こういうの、かっこつけまくりすぎて逆に面白くない?」と真顔で言う、あほづらが好きだった。

 一緒にいる時は、どんなささいなことも面白くて、いつも笑顔でいられた。

 手を繋ぐ時、少しだけはにかんで笑う、あの一瞬の表情を、私は未だにはっきりと思い出すことが出来る。






 でも、彼は……私のものではなかったのだ。
 最初から、最後まで。
 一緒にいた日々、すべて。

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あとがき↓
ジャイさんと打つと、必ず『ジャ遺産』と変換されます。
かなりやっかいです。


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ジャイさんと打つと、必ず『ジャ遺産』と変換されます。
かなりやっかいです。

【2009/07/28 03:11】 | Deep Forest(恋愛)
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