きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第47話(最終話) 神様がくれた。

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「太郎」

 道路の真ん中へ行きたがる太郎を押さえるため、実由はリードを引っ張った。太郎は一瞬つんのめりながら、少し不満そうに振り返ってくる。

「太郎、道路は危ないんだから」

 車に轢かれたというのに、太郎にはその自覚があまり無いらしい。
 道路の方へと飛び出したがるから、実由はリードを持つ手を緩めることが出来ない。

 ずっと野良だった太郎をしつけるのは、それなりに大変ではあったけど、太郎は元々聞き分けの良い犬だ。
 お手やお座りなんていう基本は、すでにジーから教わっていたのか教えなくても出来たし、待てやおかわりもすんなりと出来るようになった。
 今、実由が一生懸命しつけようとしているのは、散歩のときにリードを引っ張らないようにすることで、少しずつではあるけれど、実由の歩幅にあわせて歩けるようになってきている。

「触っていい?」

 黄色い帽子をかぶった女の子がおそるおそる太郎に近寄ってきた。ランドセルの方が背中より大きいんじゃないかと思える小さな女の子だ。

「いいよ」

 太郎にお座りさせると、女の子はゆっくりと太郎の頭に手を伸ばす。

「かまない?」

 あと少しで触れるというところで、女の子は不安げに実由を見上げた。

「かまないよ」

 言うと、女の子は頬を真っ赤にしながら、太郎の頭をそろりとなでた。少し固い毛の感触を楽しむように、手の平をぴんと伸ばしてなで続ける。
 太郎は耳を後ろに下げて、はっはと息を吐き出しながら、気持ち良さそうに目を細めた。



 八月十六日。
 迎えに来てくれた母親の車に太郎を乗せ、実由は海の家を去った。
 車に乗る間際、厚志が実由の腕を取って、「楽しかったよ。あと、嬉しかった」と言ってくれたことが、実由にとっては忘れられない思い出になった。
 色々あったけれど、厚志を好きになってよかったと、かみしめた。

 その前日は、高山家の面々が盛大に別れを惜しんでくれた。
 手巻き寿司を用意してくれていて、里美がかいがいしく実由の分のお寿司を作りながら、「本当は娘がほしかったのよ。実由ちゃんがうちの娘だったらよかったのに」と何度もぼやいた。
「和斗のお嫁になって」と和斗の肩を叩いて笑っていた。
 和斗は「痛えんだよ」とぼやきながら、目線をさまよわせていた。少し照れていたのかもしれない。

 和斗の顔を見るたびに、実由は朝日を一緒に見た時の和斗の横顔を思い出していた。
 朝日で真っ赤に染まった海と、同じ色に染まる彼の顔は、なぜだか脳裏に焼きついて、そこだけリピート再生するみたいに何度も何度も目の前をよぎった。

 それは家に帰ってからもで、夕焼けを見るたびに、和斗の顔を思い出していた。
 もしかしたら和斗に恋をしているのかもしれない、とも思った。けれど、なんとなく違うような気もした。

 あの時言ってくれた和斗の言葉や、彼の言動の全てが、あの時の実由に必要なものだった。厚志への思いの裏で隠れて見えなくなってしまっていたけれど、必要なものを気付かせてくれたのは、いつだって和斗だった。


 あの夏の日々。
 戻ってこない十七歳の夏。

 何に迷いさまよっているかもわからず日常から飛び出した。

 海はいつでも変わらぬ景色で実由を迎え入れてくれた。
 暮れなずむ景色も、白く輝く太陽も、光を反射する海も、熱を発する砂も、すべては実由を包み込んで、力を与えてくれた。


 蝉の声はもう聞こえない。
 夏は終わりを迎えた。
 心を充足させる日々は終わったのだ。
 日常に帰った八月十六日を境に、実由はまたもんもんと悩む日々を生きる。

 けれど、何かが違うのを知っている。
 空虚に惑った頃とは違う。
 大地を踏みしめる足があることを知っている。
 しっかり離すまいとつかむ存在があることを知っている。
 帰る家も、待ってくれる人がいることも知っている。

 だから大丈夫、と笑える自分がいることを知っている。




 家に帰った実由は、散歩で疲れた体をベッドに横たえた。
 太郎がすぐに寄り添ってきて、実由の腕と体の間に頭をぐいぐいと押し込んでくる。

「太郎、くすぐったい!」

 濡れた鼻先が腕にこすりつけられて、ちょっと気持ち悪い。

 ほかほかの太郎を腕に抱いていると、なんだか眠気が襲ってくる。「うーん」とうなりながら体を伸ばして、実由は枕元に置いてあった本をどかした。

 大学の案内の載った分厚い本だ。
 ふと気になって、端を折ったページをめくる。

 理学療法士の学科のある大学が載っている。

 ジーがどこに転院になったのかやはり教えてもらうことは出来なかった。なぜ教えてくれなかったのか、今だって不思議だ。
 もしかしたら、と思う。
 ずっと一緒にいる、と言ってくれた。心の中にずっといるのだと、言ってくれた。
 猫が死を飼い主に悟らせないよう行方をくらませるのと同じように、ジーは実由の中でずっと生きていくために、そうしてくれたのかもしれない。

 真相なんて、わからない。
 でも、ジーは、実由の心の大事な場所に、確かな場所を見つけて、そこにいてくれる。

 だから、実由はジーを見つけようと思った。
 どこかでリハビリに励むジーを助けるために、理学療法士になろうと決めた。
 会えなくてもいい。会える確率なんて低い。
 でも、それを目標に、自分の人生を歩んでいいんじゃないかと、そう思った。

 うつらうつらになりながら、実由はあの朝日の夢を垣間見た。
 携帯電話の音がまるで子守唄のようで、眠気がぐわりと襲ってくる。

 はっとして、携帯電話を取った。着信を知らせて、赤い光を点滅させ震えている。
 液晶画面に映るのは、『和斗』の名前。

 実由はあくびをしながら、通話ボタンを押した。

 電話の向こうから、ふわりふわりと体を揺らす、海の音が聞こえた気がした。
 

 






***


 その日、ジーは転院先に行くため、娘の車に乗り込んだ。
 手術で腰骨のところにボルトを入れた。あとは自分の努力次第で歩けるようになる。
 海岸沿いを走る車は、ガードレールの継ぎ目ごとに海のきらめきを瞬かせた。

 水族館の近くで、ジーは車を停めさせた。
 休日の昼間、水族館の駐車場はたくさんの車が行き来し、水族館を見終わった人やこれから見る人が何人もジーの車の前を通り過ぎる。

 ふと、ジーの車に向かって歩いてくる人物に目が行く。
 ここで会う約束をした人物だった。

 刈りあげた短い頭髪を隠すようにパーカーをかぶった少年が、ポケットに手を突っ込んだまま走りよって来る。

「じーさん」

 にっと笑う少年は、どこか若い頃の自分を彷彿とさせて、ジーは少し笑ってしまった。
 少年とは長い付き合いだ。
 初めて出会ったのは、確か少年が中学一年生だったころ。
 当時はマルコメ君みたいだった男の子がみるみる大きくなっていくのは、孫を見ているようで幸せだった。
 彼は夜な夜な一人でこの水族館にやって来て、煙草を吸っていた。それをたまたま発見して注意したのが出会いだった。

 少年はジーに、月が綺麗に見える場所を教えてくれた。
 揺らぐ海の上をぽつりと漂う月の姿に、ジーは一瞬にして心を捕らわれた。
 亡くしたものに出会った気がした。

「じーさん、実由の連絡先、これだから」
「いらないと言っただろ」
「でも、持っておけよ。お守り代わり」

 くしゃくしゃになったメモ用紙を無理やり握らされて、ジーは苦笑する。
 実由と連絡を取る気は無い。
 あの子の人生はずっとずっと先まで続く。人生の始まりの、迷い道にさまよいかけた女の子に、小さな明かりでもって照らし出すことが出来た――それだけで充分だった。

「俺はずっとじーさんと一緒にいてやるからさ」
「生意気だな」

 少年はいつでも無愛想でとんがっていて、優しい。

「またな」

 人生はいつまで続くのかわからない。明日には終わっているかもしれない。一秒後の可能性だってある。
 それでも「またな」と笑って明日を願う。
 それが、正しい生き方なのだと、ジーは思う。

「またな、和斗」

 波の音が、とぎれとぎれに木霊する。
 優しい日々は、いつでもここに在る。

 それは、神様がくれる、確かな時間。

   END

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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
後書きがございますので、よろしかったらお読み下さい。→こちら

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【2009/07/24 00:39】 | 神様がくれた(恋愛)
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