きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第46話 ミウ、ミュー、実由。

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 夏は終わりに向かって進み始めていた。
 つくつくほうしの鳴き声がどこか遠くから聞こえてくる。
 お盆の最終日、明日から仕事の人も多いからか、人のはけは早かった。
 シャワーを浴びていた最後の客がビニールバッグに荷物を積めて去るのを見送り、実由はテーブルを脇に片していく。

 実由が海の家で働くのは、今日が最後だった。
 和斗はいつもどおり仏頂面で、手際よく掃除を進めている。厚志は台所の片づけを黙々と進めていた。里美は食堂で料理を作っている。実由のお別れ会を開くためだ。

 雨戸を閉め終えたころ、ようやく空は薄墨色に染まり始めていた。

「ちょっと、ぬけるね」

 厚志の背中に呼びかけると、厚志は不安げに眉をひそめた。

「もう暗くなるよ。どこに行くの?」
「うん。ちょっと」

 厚志は心配性だ。ごまかし笑いを浮かべながらも、実由は身支度を整え始める。
 ジーに会えるのは今日が最後。どうしても挨拶がしたい。

「ほっとけって。ちゃんとメシの時間には戻ってくんだろ」

 和斗が助け舟をいれてくれたためか、厚志は渋々うなずく。
 実由はぺこりと頭を下げると、海の家を出た。

 夜風を含んだ海風が日差しで火照った体を冷やしてくれる。波の音を右耳で聞きながら、コンクリートの道を歩く。
 少しずつ姿を消していく太陽は、海の色さえ失わせていく。
 黒々とした油の塊のような姿に変わる海には、昼間の明るさは無い。
 最後の最後まで、水平線は白い光を放っていた。キラキラと輝いて、光の粒を湛える。

 ここを離れることが、無性に寂しくなる。
 明日にはもう、実由はここにいない。写真の中で笑う自分がふっと姿を隠してしまったかのような焦燥感を覚えて、喉の奥がスウスウと冷えた。
 留まりたいと、思う。

 けれど、それは間違ってると、もうわかっている。


 ***


 病室にいるジーは、実由が来るのがわかっていたのか、実由が病室に入ったとたんに、ニィッと笑ってくれた。
 実由もわざとジーと同じような笑顔を作って、ベッドにかじりついた。

「あのね、ジー」
「どうした」

 まだジーには帰ることを伝えていない。
 伝えてしまうことで、カウントダウンをされているようなまんじりとしない気持ちになりたくなくて、ずっと言えなかった。

「どうした?」

 なかなか言い出せず口ごもる実由を見つめるジーの目は、何よりも優しい。実由の肩を叩き、実由が言葉に出すのをじっと待ってくれている。

「あのね、私」

 涙が出そうになるのを、必死にこらえた。
 最後は泣かないと決めていた。強くなったんだと、胸をはりたかった。

「明日、家に帰る」
「……そうか」

 ジーの小さな声はわずかに震えていた。

「……そうか。夏休みももう終わるんだな」

 ジーは目にいっぱいの涙をためていた。
 口元には笑みを浮かべていたけれど、皺のいっぱい入った眉間が、涙をこらえるのに必死なのだと訴える。

 実由はジーの肩を抱きしめていた。

 お別れなのだ。

 もうきっと、二度と会えない。

 それを、お互いわかっていた。

「ジー、泣きたい時は泣いていいんだよ」

 そう言いながら、実由もまた泣いていた。

 ジーが前に言っていた。我慢しなくていいと。
 その言葉を言い訳にして、実由はこらえきれない涙をボロボロとこぼした。

「ミュー、お前さんに会えて、俺は幸せだ」
「私も」
「若い時にお前さんに会いたかった。そうしたら、惚れていたかもしれん」

 冗談半分なジーの言葉に、実由はフフ、と笑う。

「ジーにはミウがいるじゃない」
「そうだな。だが、お前さんはミウよりいい女になる気がするんだ」
「うまいなあ、ジーは」

 軽口を叩ける時間が愛おしい。
 会えないと思うからこそ、この時間を永遠にしたい。

「お前さんはもう大丈夫。自分を信じろ、ミュー」

 うん、と返事をしたかったけれど、嗚咽で声が出なかった。代わりに何度もうなずくと、ジーはしわがれた手で実由の背中を優しく叩いてくれた。

「ジーに、プレゼントがあるの」

 バッグにつっこんでいた袋を取り出す。
 ジーは恭しくそれを両手で受け取って、「あけていいのか?」と涙でぬれた目を拭きながら問いかけてきた。
 実由はうなずいて、袋につけられたリボンを引っ張るように促す。

「……月か」

 写真立てにおさめられた写真は、水族館の裏庭で携帯電話を使って撮影したものだ。
 和斗に頼んで、写真サイズにプリントアウトしてもらったのだ。

 画像は荒かったけれど、月のまんまるのシルエットと、月に少しだけかかった薄い雲が群青色の空にぽかりと浮いていて、綺麗に取れている。
 写真の下のほうには、携帯電話の機能でつけ加えたピンク色の文字が踊る。

『ありがとう』

 たった五文字の言葉だけれど、ジーに一番伝えたいことはそれしかなかった。
 ジーがいてくれたから、今の実由がいる。
 ジーがいてくれたから、こうしてまた立ち直ることが出来た。

 ジーへのお礼と、ジーに会えた奇跡への感謝。

 それを、どうしても伝えたかった。
 忘れないでほしかった。

「ミュー」

 ジーの手が再び、実由の頭をなでた。

「ジーはどうして、月を見ているの?」

 問いかければ、ジーは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「帰ってきてくれる気がしたんだよ。俺のミウが」
「ミウ」
「そうしたら、ミューに会った」

 右の口角だけをあげて、ニヒルに笑う。
 実由も、同じように笑う。

「何の因果なんだろうな。ミウと似た名前の女と、出会うなんて」

 感慨深げにそうつぶやいて、ジーは薄いまぶたを閉じた。

「ミウ、ミュー、……実由」

 ジーの口からこぼれた言葉が、実由には信じられなくて、目を見開いてしまった。

「どうして、私の本名、知ってるの」

 ジーはいつもと同じようにニヤリと右の口角を上げて笑い、「秘密だ」と楽しそうに声を弾ませた。

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【2009/07/23 03:26】 | 神様がくれた(恋愛)
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