きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第40話 嘘。

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 玄関先の花壇に植えられたマリーゴールドの花が風で揺れている。
 それを眺めながら、実由はぼんやりと家主が出てくるのを待っていた。

 玄関の向こう側は薄暗く、人の気配を感じない。
 昼前の静かすぎる時間のためかどこからともなく、潮騒の音が聞こえてきた。
 目を閉じて、海を感じる。
 一瞬、意識は水族館の裏庭へ飛ぶ。ジーがいる。太郎がいる。月がふんわりと照り出してくれる。

 ジーがいるのは、いつだってあの場所。ここは、ジーの居場所じゃないと、実由は思った。こんな重苦しい空気は、ジーには似合わない。

「お待たせ」

 玄関の開く音で、はっとする。女は、ため息をつきながら、実由に紙袋を差し出した。
 しわくちゃになった紙袋は、口を止めたテープが無理やりはがされたせいで、破けてしまっていた。

「犬の首輪なんて、どうするのかしら」

 心底呆れた、という冷たい口調に、実由は顔をしかめた。
 もしかしたら、この女は勝手に袋を開けて中を確かめたのかもしれない。

 破れた部分から赤い革が見える。四角い鋲が並んでついていて、骨の形をしたプラスチックのチャームが揺れている。

「あの、犬は、飼わないんですか?」
「どうして」
「元一さんが……」
「飼うわけないでしょう」

 実由の疑問をかき消すように、冷たい声音が響く。萎縮しながら女を見ると、女は不機嫌そうに口をへの字に歪めていた。

「嫌になるわよね。年寄りは。ふらふら歩き回って、汚い野良犬拾ってきて。しかも首輪まで買ってるなんて!」
「そっ……!!」

 反論しようと口を開いたが、言葉を発せられなかった。
 太郎を汚い野良犬と呼び、ジーを邪険にする。ジーがこの家に居場所がないと言った理由をすぐに察する。

 思い出してしまった。
 初めて、ジーの病室を訪れた日。ジーの病室の前で、「面倒くさい」とぼやいて洗濯物を持って帰った女がいた。目の前にいる女は、あの時の女だった。

「ジー……元一さんは、ぼけてるんですか?」

 小さな怒りの炎がぽっと芽生えたことに気付く。炎は揺れ、体を熱くさせる。

「そりゃそうでしょ。夜に出歩いて野良犬の散歩してるのよ? どう考えたってぼけてるわよ」

 いつだってジーはしゃんとしていた。背筋を真っ直ぐに伸ばし、明るく笑っていた。
 家族に「ぼけている」と偽られていても。
 太郎といるあの時間を、ジーは大切にしていた。
 ――太郎を守るために。

「ジーはぼけてないもん。ジーは世界一素敵な人だよ! 嘘をつかないで!」

 手に持った犬の首輪を握りしめる。紙袋がクシャクシャと音を立て、破れる。
 汗ばんだ手の平に、湿った空気がまとわりつく。
 くやしくてたまらなかった。ジーを蔑ろにする、目の前の女が許せなかった。

「あなた、何? 失礼な子ね。どこの子なの? 親御さんは?」

 唾を飛ばして怒る女の視線から逃れるように、実由は体を反転させた。そのまま、走り出す。
 後ろで女が何かを叫んでいるのが聞こえるけれど、無視を決め込んで、ひたすら足を動かした。
 波の音が耳を叩きつけて、めまいがする。

 ジーは太郎を飼おうとしていたのだ。
 そしておそらくは、あの女に反対された。
 太郎を見捨てられなかったジーは、毎日毎日、太郎に会うためにあの場所へ訪れていたのだ。
 そんなジーの行動を恥に思った女は「ぼけてきているんだ」と周りに吹聴していたのだろう。

「ジー」

 上がる息をそのまま、実由は走り続ける。
 太郎に会いに行くのだ。
 ジーの愛情がこもったこの首輪を、生死の狭間でさまよう太郎に渡さなければいけない。渡さなければならなかった。
 太郎ならきっと、ジーのために戻ってきてくれる。ジーのそばに、実由のそばに。
 願いながら、一歩一歩蹴りだす。


 ***


 動物病院は昼近くになっても閑散としていた。
 また来た実由に対し、獣医は不快感を露にしながらも、待合室に誰もいない現状では実由を追い払うことも出来ず、渋々中に通してくれた。

 また降り出した雨がポツポツと音を立てる中、太郎の下に歩んでゆく。
 白い壁に囲われた部屋の一番奥。柵の中で太郎はぐったりと横たわっている。太郎の前にしゃがみこんで、首輪を両手でかざして見せた。

「太郎、ジーからのプレゼントだよ」

 呼びかけても、太郎は動かない。

「太郎は、もう野良犬じゃないんだよ」

 赤い首輪を左右に振って見せびらかすけれど、太郎が反応してくれるとは思えなかった。

「太郎、死んじゃだめだよ。ジーが待ってる。私も待ってるの。だからね、早く目を覚まして。目を覚ましたら、この首輪をつけてあげるからね」

 太郎、太郎と、何度も呼んだ。
 声が、太郎をこの世に留まらせてくれると信じたかった。いつか話して聞かせたみたいに、実由は語り続けた。
 実由の部屋のことを。そこで過ごす生活のことを。これからを思い描いて、そこにいる太郎に思いを馳せた。
 そうすることで、太郎も生きる力を手に入れてくれる気がした。

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【2009/05/25 02:18】 | 神様がくれた(恋愛)
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