きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第39話 プレゼント。

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 ジーが何歳なのかはわからない。
 けれど、七十年、八十年、実由の何倍もの時間を生きてきた。その時の流れの中で、ジーもたくさん悩み苦しんできたのだろう。
 ジーのしわがれた手にそっと触れて、実由はジーの顔を見つめ続けていた。

 今はただ穏やかに眠っている。

 刻まれた皺の数だけ、いろんな思いを経験している。
 ジーにもきっと、実由みたいに思い悩んだ時があったはずだ。

 それでも。
 ジーは強く生きている。時々、夢の世界でミウに会いながら。生きているのだ。

「ジー」

 ジーを愛おしく思うのは、ジーの包み込んでくれるような優しさに惹かれているからだ。
 優しさは甘やかすこととは違う。
 叱咤もすれば、突き放すことだってある。それでも、思いの先に自分がいるのだと、気持ちを傾けてくれているのだとわかる。

 ふと、和斗の顔が浮かんだ。
 和斗はぶっきらぼうだ。言葉だってきついし、厳しい態度ばかり。だけど、見放しているわけではない。
 ジーの優しさとは少し違うけど、根本的な部分が似ている気がする。

「ミュー、来てたのか」
「うん」

 ふと目を覚ましたジーは目をこすりながら、顔を動かす。カーテンに遮られた日差しは柔らかくベッドに注ぐ。

「夢を見たよ」
「どんな夢?」
「妻がいた」

 うん、とうなずく。

「泣いていたよ」
「よく泣く人だったの?」
「いいや。全然泣かない女だった。生意気でな。プライドが高いんだ。俺の前でくらい、泣いたっていいのになあ」
「ジー、優しい」

 フ、と笑って、ジーは目を閉じる。思い出の中にまどろんでいくかのように。

「お前さんと妻は似ていないが、似ている気がする。心の中にいろんなもんを溜め込んで、つらいつらいって心が泣いてる」

 子供がはしゃぐ声が聞こえてくる。すぐに母親らしき人の怒鳴り声が廊下に響いた。
 人はたくさんいるのに、カーテン一枚で仕切られたこの場所は、隔絶されたひとつの小さな空間のように、ぽつんと存在しているように思えた。

「俺はな、ミュー」

 天井を見つめ、手を胸の前で組んで、ジーは小さく息を吐いた。

「お前さんがくれた時間が、本当に楽しかった」

 それはまるで、別れの挨拶のようで。

「太郎とお前さんと俺。あの時間が大切だったよ」

 胸が軋んだ。

「太郎と一緒にいるための時間が、いつの間にか、お前さんと過ごすための時間になっていたなあ」

 ジーの言葉にうなずきながら、涙を我慢して笑いかける。

「お前さんに会えて、良かったよ」

 首をこれでもかと縦に振って、答えた。声が出てこなかった。

「死ぬ前のプレゼントだな」

 いつもと同じ。ジーは右の口角だけをきゅっと上げて、笑う。

「神様だか仏さんだか知らんが」

 ジーの目はちょっと意地悪そう。実由を横目で見て、短い息を吐いた。

「そうだな。お前さんは前に言ってたな。神様のいたずらだって」

 いつだったか、ジーの奥さんの写真を見せてもらった時だった。奥さんの名前が「ミウ」だとわかった時、実由が言ったのだ。「神様のいたずらだね」と。

 ひとり、納得したように頭を振りながら、ジーは少し偉そうに言う。

「神様がくれた」

 お前さんを、とジーはつぶやいて、楽しそうに笑い続ける。
 溢れ出そうになる涙をこらえれば、返事は何も出来なくなって、ただずっとうなずくしかなかった。

「ミュー」

 実由の腕に触れるジーの手は、ほんのり熱い。

「俺の家に行って来てくれないか。渡したいものがある」


 ***

 ジーに渡されたメモをたどり、実由は住宅街を歩いていた。
 古い家屋が建ち並ぶ一角、L字型の私道の奥に、ジーの家はあった。
 薄汚れた外壁が、この家の築年数を物語ってはいたが、広い庭が玄関の前に広がっていて、裕福さを主張する。

 芝生の上に設置された石のステップをたどり、玄関に到着すると、緊張でびくびくしながらも呼び鈴を押した。
 軽快な鈴の音が、静かな家屋の向こうで響いているのがわかる。

 強い風になぶられる髪をおさえる。
 雨は止んでいたが、空の上では真っ黒な雲がうずまいていた。

「どなた?」

 がちゃりと鍵の開いた音がして、引き戸が開く。
 少しだけ顔を出した初老の女は、どこかで見かけた顔だった。
 ジーは息子の家族と一緒に暮らしていると言っていた。おそらく、この女はジーの息子の嫁なのだろう。

「何か、ご用?」

 突然の訪問者に、女は眉をひそめてジロジロと品定めしてくる。実由はその視線に耐えられずうつむきながら、「元一さんの知り合いなんです」と答えた。

「おじいちゃんの?」

 警戒心を解こうともしない女の顔は、さらに深く歪んでいった。

「これ、元一さんからの、手紙で……」

 家に着いたら渡すようにと言われていたメモ用紙を差し出すと、女は首をかしげながら受け取ってくれた。

「……引き出し?」

 ぶつぶつと何事がつぶやいて、女は家の中に戻っていってしまった。
 取り残された実由は、ドアの隙間から家の中をこっそりのぞいて、女の後姿を探す。
 玄関そばの部屋に入っていく背中が見えた。

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【2009/05/17 03:29】 | 神様がくれた(恋愛)
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