きよこの書き散らかし小説。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

目次へ
ブログTOPへ

第38話 夢うつつの中で。

+++++++++++++ 

 獣医に頭を下げ、実由と和斗は病院を後にした。
 慇懃無礼な獣医は最後まで冷たい視線を実由たちに送り続けた。
 見舞いにわざわざ来るな、邪魔だ、と目で訴えてくる。あの視線に、実由は耐えられなかった。

 あんな応対の獣医が太郎を救えるのか。不安で仕方なくなるけれど、このあたりには動物病院はここにしか無いらしい。
 動物を飼っている人たちはペットをどこの病院に連れて行っているのか、確認して回りたくなる。

 里美の車で家に帰り、実由はその足でジーのいる病院に向かった。
 豪雨で客はほとんど来ないから、休みをもらえたのだ。

 傘を叩く雨を透明のビニールごしに眺めながら、泥水に覆われた道路を進む。
 病院についた頃には、傘をさしていたにも関わらずびしょぬれになっていた。濡れた手足をタオルで拭いて、ジーの病室に急ぐ。
 ジーのいる病室に入ると、いびきが合唱していた。患者は全員寝ていて、ジーのベッドだけいつもの通りカーテンが閉められている。

 大口を開けて寝ている老人たちの姿を微笑ましく思いながら、実由はカーテンを少し揺らして、「ジー」と呼びかけた。
 いつもなら低いしわがれた声で「おう」と返事が来るのに、今日は無い。
 不思議に思いつつ中をのぞくと、ジーはすやすやと寝入っていた。
 ジーが寝ている姿ははじめて見た。
 眉間にしわを寄せ、難しい顔をしながらも、何かをモゴモゴつぶやいて、一瞬幸せそうに笑む。
 小さな赤ん坊のような、そんな笑顔だった。

 ジーを起こさないようにそっと椅子に腰かけ、ベッドの手すりに肘をかける。

「ジー。私、自分が情けないよ……」

 きちんとしなければ、しっかりしなければ。そう思うのに、なにひとつ成長できない。いつまでたっても人に甘えてばかりで、おんぶにだっこを当たり前のように思ってしまう。
 いつになったらもっと大人になれるのだろう。こんなことを繰り返し続けて、自分の身になっていると、言えるのだろうか。――実由にはもうわからない。

「どうすれば、もっとちゃんとできるの?」

 頭痛がこめかみから迫って来る。それと共に、涙の海が押し寄せてきて、目の奥が染み出すように痛い。
 眉間を押さえ、目をつぶったら、厚志の狼狽した顔を思い出してしまった。

 ――厚志も傷つけてしまった。

 後悔はとめどなく溢れて、じわりじわりと襲ってくる。
 いつも朗らかで優しい笑みを絶やさなかった厚志から、笑顔を奪ってしまった。
 厚志は今、何を考えているだろう。
 実由と同じように後悔しているだろうか。自責の念に駆られているのだろうか。
 厚志にどう謝ればいいのか、それさえもわからない。

「ジー……」

 涙で震える声を絞り出す。
 起こしてはかわいそうだと思うから、声は小さく沈んでいく。

「助けて」

 他力本願な言葉を吐いてしまう自分が、どんどん情けなさを増していく気がして、腕の中に突っ伏した。
 何か困ったことがあればすぐに救いの手を探してしまう、自分の手で解決しようとしない自分を本当に情けなく思う。

「ミウ」

 掠れた低音に、実由ははっとする。
 ジーはか細く目を開けて、実由を見ていた。

「なに、泣いてるんだ」

 布団の中から、ジーの手が出てくる。実由の頭をなでようと伸ばされるけど、その距離は遠く、髪の先っぽを梳くだけに留まった。

「お前は本当に我慢ばかりするな。俺の前なら、泣いていいんだぞ」

 つっけんどんな話し方のジーなのに、今は柔らかな声で話しかけてくる。

「俺の前では、我慢しないでいい」

 虚ろな目は、実由に向けられているのに、どこか遠かった。

「ミウ」

 息を飲み、ジーの目を見やる。
 ジーが今話しかけているのは、実由じゃない。今、ジーのいる場所は『ここ』じゃない。どこか別の場所で、別の誰かに話しかけている。

「ミウ、俺がいるから」

『ミウ』――それはジーの奥さんの名前だ。
 ジーは、奥さんの姿と実由を重ねてみているのだ。現実ではなく、夢うつつの中で。

「ミウ」

 実由の髪をなでるジーの手を、実由はそっと掴んでいた。両手で握りしめて何度もうなずく。涙は際限なく溢れて、止まらなかった。

「ミウ、俺がそばにいる」
「わかってる。大丈夫だよ」

『ミウ』になったつもりで、返事した。

『ミウ』はどういう人間だったのだろう。表向きは強がって背筋を伸ばして生きていたのかもしれない。
 ジーに見せてもらった、あのセピア色の写真の中の『ミウ』は意思の強そうな目をして、凛々しい表情をしていた。
 あれは表面上のもので、本当は人には見せない弱さを持っていたのかもしれない。
 だから、ジーは呼びかけ続けていたのだ。

「俺がいる」「そばにいる」

 大切な人がそばにいなくなってしまった、今も。
 幻影の中の『ミウ』に呼びかけ続ける。

+++++++++++++

次話(39話)へ
目次へ
ブログTOPへ

拍手いただけると嬉しいです!

【2009/05/07 01:40】 | 神様がくれた(恋愛)
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。