きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第37話 最悪な時も。

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 病院の面会時間は十時からだ。
 まだ朝方のこの時間では、ジーに面会することは出来ない。
 どこかで時間をつぶさなければならないけれど、行くところはどこにもない。やはり高山食堂に戻るしかなく、太郎の容態を見に行きたいのもあり、実由は仕方なく帰ることにした。

 雨は降りやまず、強さを増していく。
 強い雨が降ってはいても食堂はいつもどおり開店していた。夜のように暗いためか、煌々と電気が照っている。

 食堂のドアを開けると、和斗がキッチンの奥で包丁を動かしていた。
 全身ずぶぬれの実由に驚いたのか、大きく目を見開く。

「どうしたんだよ」
「……うん」

 どう答えていいのかわからず、ただうなずいた。

「犬のところ、行くんだろ。九時過ぎくらいに家出るから、着替えて準備しておけよ」

 和斗は何も聞かない。また包丁を動かしだす。

「和くん」

 返事もせず、和斗は一瞬だけ目線を実由に向けた。

「和くんは私のこと、最悪って言ったけど」

 ぬれた髪からひたひたと水が落ちる。足元に出来た水たまりを眺めながら、溢れ出そうになる涙をこらえる。

「今でも、そう思う……?」

 和斗はきっと否定も肯定もしないだろう。実由にはそれがわかっていたけど、聞かずにはいられなかった。

「……それって、今この瞬間ってことか?」
「うん」
「別に、最悪じゃねえだろ」

 リズミカルな包丁の音。シャキシャキと音を立て、切り刻まれていくキャベツの山がカウンター越しに見えた。
 雨の音はいつまでも変わることなく、責めたてるように降り続く。

「最悪な時も最高の時もあるだろ。いつも最悪なわけじゃねえ」

 和斗には不思議な距離感を感じた。近すぎることもなく、だからといって遠すぎるわけでもない。
 窮屈さを感じさせない。手を伸ばせば届く、そんな距離感は実由を安心させる。

「私、甘えてるよね」
「わかってんじゃん」
「はっきり言わないでよ」
「聞かれたから、答えただけ」

 包丁の音が止まったから、実由は顔を上げた。
 和斗も顔を上げて、実由に意地悪そうな笑顔を向けた。

「早く、着替えて来い。風邪引くぞ」
「……うん」

 太郎に会いに行く。ジーに会いに行く。なのに、具合を悪くするわけにはいかない。
 重くなった洋服の袖を掴んで、少し絞ると、雨水がぼとぼとと落ちた。

 ひんやりと冷えた心は、少しだけ温かさを取り戻していた。
 和斗と話したことで、沈んでいた心が浮上しようともがき始める。

 最高の時も最悪の時もある。

 和斗はそう言った。

 それなら、今は、最悪の時。
 最悪が今なら、最高になれるように、生きるしかない。


 ***

 九時半。動物病院が開いたと同時に、和斗と実由は病院の待合室に入った。受付の女性は昨日いた人と同じで、実由と和斗が受付に来る前に気付いてくれた。

「太郎くんの容態ですよね」

 優しそうな言葉に、実由は大きくうなずいた。

「今、先生をお呼びするから、少し待っててくださいね」

 ソファーに座って獣医を待つ。
 雨が降っているせいか、他にペットと飼い主が訪れる様子は無い。
 窓を叩きつける雨を眺める。
 この窓からは、灰色に染まった世界しか見ることが出来ない。

 程なくして、床をだるそうに叩くスリッパの音が聞こえてきた。
 奥の廊下から姿を現した獣医は、眼鏡越しの冷たい目線を実由たちに向けて、不機嫌そうにつぶやく。

「まだ意識は回復しません。何かあったらこちらから連絡しますから」
「あの、様子を見たいんですけど」
「ああ……どうぞ。奥にいます」

 面倒くさそうな応対に、いらいらする。
 雨が降っているからだけでなく、この応対の悪さで患者が来ないんじゃないかと、実由は獣医を睨みつける。
 奥の廊下を進んで、白い鉄の扉を開けると、小さな牢屋のような柵のついた籠が並ぶ。籠の中には、犬や猫がいて、実由たちの姿を認めると、吠えたりしっぽを振ったり無視したり、それぞれが好き勝手に動き出した。

 一番奥の籠の中に、太郎はいた。
 血はぬぐってくれたのか、真っ白な毛並みを取り戻していて、ただ眠っているだけのように見えた。
 とても生死の境をさまよっているようには見えない。

「太郎」

 柵を掴んで、なるべく顔を近くに寄せる。声が太郎に届くように、何度も呼びかける。

「太郎、目を覚まして」
「死なないで」
「太郎」

 ゆっくりと動くお腹を見ていると、事故当日を思い出して、喉が痛くなった。
 あの時の太郎と、今の太郎は、変わらない。
 傷口が見えるか見えないか、その差だけ。
 苦しそうに歪んだ鼻先も、時折ピクリピクリと動く耳も、あの時と何も変わらない。
 太郎はずっと、生きるか死ぬか、戦っている。

 もたげる後悔も、こみあげる涙も我慢して、実由は呼びかけ続けた。

 帰ってきてと。
 太郎のことを待ってる人間がいるのだと。

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【2009/05/02 00:52】 | 神様がくれた(恋愛)
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