きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第32話 悪夢。

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 道路の真ん中で、それはうずくまり荒い息を吐き出していた。
 上下に動くお腹は赤く染まり、朦朧とした目は、どこも見ていなかった。
 実由は震える手で口を覆い、叫びそうになるのを必死に押さえていた。

 そこに横たわるのは、紛れもなく、太郎だったのだ。

「太郎……!」

 足がすくんで、動けない。
 思考は完璧に停止して、どうすればいいのか考えられない。
 涙だけが押し寄せ、嗚咽が込みあげる。

 かろうじて、実由は誰かに助けを求めることを思い立った。
 震えの止まらない手をポケットに突っ込み、携帯電話を取り出す。
 ボタンを押そうとするのに、うまく出来ない。

 何度も携帯電話を落っことしそうになりながらも、なんとか高山家の電話番号を押すことが出来た。
 数回のコール音の後、「もしもし」と無愛想な声が電話越しに聞こえてきた。

「和、くん?」

 声さえも震えて、うまく呼吸が出来ない。

『どうした?』

 異変を察知したのか、和斗の声は急に柔らかくなった。
 実由は唾を飲み込んで一呼吸おくと、電話を両手で掴んだ。

「今すぐ、来て」
『どうしたんだよ』
「お願い、今すぐ、来て」

 それだけしか言えなかった。
 状況を説明することも、今いる場所を教えることも出来ない。
 体が目の前の事実を否定して、言葉にすることが出来なかった。
 目をぎゅっとつぶり、祈るように繰り返す。

「来て」
「早く来て」

『どこに行けばいい』とか『なにがあった』と和斗はくり返し聞いてきたが、実由はそのどれも答えられなかった。
 耳に響く和斗の声さえも、まるで悪夢の中の出来事のようで。
 頭の中は真っ白に染まり、同じ言葉しか言えなかった。

『わかった。行くから。そこにいろよ。絶対に動くなよ』

 しびれを切らした和斗が電話を切る。
 電話回線の切れた音が、頭の中で反響し、駆け巡る。

「太郎……」

 実由はその場にへなへなと座り込んでしまった。
 そばに駆け寄って、やらなければならないことがあるのはわかっている。応急処置をしなければならない。何かをしなければ、太郎はきっと死んでしまう。
 頭はそれをわかっているのに、体は一切動こうとしない。

 怖くて近寄れない。

 映画のスクリーンの中で起こっているかのように、目の前の光景は現実味を帯びない。
 頑丈なアスファルトではなく、スポンジの上に立っているような、夢の中にいる、あのふわふわした感覚が体を覆いつくす。
 体が否定している。これは、現実ではないと。夢だと、思いたかったのだ。

 生温かい風が首筋をなで、太郎の白い毛を揺らしていく。
 べたりとこびりついた赤い血がそれに合わせて揺らいだ。

「太郎」

 呼びかけるたび、太郎の耳がぴくりぴくりと動いた。
 実由の声に反応しようと、前足が少し動いたけれど、太郎はそれ以上動くことはなかった。
 横たわり、お腹を上下に動かすだけ。
 それもだんだん、ゆっくりとした動きに変わっていっている気がした。

 月明かりが、雲に隠される。
 街灯の少ない真っ暗闇の中で、太郎の白い毛だけがぽつんと浮き上がって見える。

 こぼれる涙を必死にぬぐって、実由は太郎に近付くために立ち上がろうとした。
 ついた膝に、小石が突き刺さる。
 びりびりとした痛みが膝から足に響いて、それ以上、動くことを拒否する。

 ぼろぼろに流れた涙が、頬を伝い顎に流れて、道路に落ちる。

 もう、太郎の名を呼ぶことも出来なかった。


 ***

 電話から五分ほどたった頃。
 和斗が走ってくる姿が見えた。

 白いTシャツには汗がしみこみ、和斗がどれだけ走ってきてくれたのか、すぐに察しがついた。

「お前、何してんだよ……!」

 座り込んで泣きじゃくる実由を一瞥した後、和斗はすぐに太郎に駆け寄った。
 実由が何も言わずとも、すぐに状況を把握したらしい。

「まだ息はあるんだな」
「で、も」
「でもじゃねえよ! 手伝え!」

 和斗に怒鳴られ、びくりと体を震わせる。

「道路の脇に連れてくんだ。こんな場所にいたら危ないのくらい、わかんだろう?!」

 また車が通って、太郎に気付かずに轢いてしまったら、太郎はもう助からない。
 それがわかっていたのに、実由は何も出来なかったのだ。
 和斗はそんな実由を睨みつけ、「早くしろ!」と急かす。
 よろよろと立ち上がり、太郎のところに行こうとするのに、膝が震えて足が動かない。

「無理。無理だよ」

 一瞬、和斗は眉をひそめた。唇をかみ、実由を見据える。

「……もう一回、家に電話かけろ。母ちゃんに車で来るように伝えるんだ。早くしろ」

 和斗の声は鋭く、冷淡だった。
 実由の意気地の無さを非難しているように聞こえた。

 実由は止まらない涙をぬぐいながら、もう一度高山家に電話をかける。その間に、和斗はゆっくりと太郎を抱き上げた。
 血がべたりと零れ落ちたのを、実由は右目の端っこで見ていた。

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【2009/03/20 02:30】 | 神様がくれた(恋愛)
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