きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第28話 ジーの元へ。

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 病院にお見舞いなんて、一度も行ったことがない。
 実由も入院経験がないし、家族も実由が物心ついた頃からずっと大きな病気をしたことがない。友達だってみんな元気だ。

 だから、初めてのお見舞いに実由は緊張していた。
 服だって、変な服は着れないと迷いに迷って、数少ない服の中から、一番大人しそうな印象があるものを選んだ。
 透け感がある生成りのパフスリーブのシャツに、七分丈のカーキ色のパンツ。カジュアルすぎるけれど、他にいい服がなかった。

 里美はそんなこと気にする必要ないのに、と笑っていたけれど、ジーに恥をかかせたくない、実由なりの気遣いだ。

 薄汚れた灰色の病院はあまり大きくはなく、どんよりとした雰囲気を放つ。
 だが、ロビーははつらつとした看護師の声が響き、照明が明るいせいもあって、暗い雰囲気は皆無だった。

 受付におそるおそる近寄って、「園原さんの、お見舞いに来たんですが」と声をかけた。
 白いナース服に身を包んだ若い受付の女性は、にっこりと微笑み、「園原さん……園原なにさんですか?」と聞いてきた。

「あ」と実由は声を裏返らせた。そういえば、ジーが園原なにさんなのか、知らない。

「ええと」

 お見舞いにまで来るのに、名前を知らないなんて、どんな関係だというのか。それを聞かれてしまったら答えようもなくて、モジモジとバッグをいじるしかなかった。

「園原さんって苗字の方、二名いるの。あなたと同じくらいの女の子と、おじいちゃん」
「あの、おじいちゃんの方です」
「そう。そしたら、五〇六号室ですよ。あちらにエレベーターがあるから」
「ありがとうございます」

 頭を思いっきり下げて、実由は足早に廊下の奥を目指す。
 二台並んだエレベーターの前で一息ついたら、右側のエレベーターがちょうど開いた。
 飛び乗って、五階のボタンを押す。
 心臓がドキドキと高鳴った。

 ジーとは、あの場所以外で会ったことがない。
 何も知らないジーの、『本当の部分』を知ろうとしている。

 なぜか罪悪感がわく。
 もしかしたら、ジーは知られたくないのかもしれない。だから、本名を名乗らなかったのかもしれない。

 五階に着いたエレベーターを出て、壁に書かれた部屋番号の案内を確認する。
 右をさす矢印に従い、ジーのいる病室を目指す。

 リノリウムの床にうすぼんやりと写る自分の影を追いながら、並ぶドアの横につけられた患者名のプレートを順繰りに見ていく。

「ああ、もう……面倒」

 次のドアのところで、袋を抱えた初老の女性が、あからさまに肩でため息をついていた。
 袋の中から、ストライプ柄のパジャマらしきものが見える。
 この病室の患者の身内なのだろう。洗濯物を取りに来て帰るところらしい。
 抱えた袋を持ち直すと、うんざりした表情のまま実由をちらりとみて、すぐに歩き出した。
 一応、実由は小さくお辞儀したけれど、無視されてしまった。

 知り合いでもないししょうがないか、と気を持ち直して、その病室のプレートを見る。
 四人部屋で、三人分の名前が書かれていた。

『伊藤浩二 及川修二郎 園原元一』

「そのはら、もといち? ……げんいち?」

 きっと『げんいち』だと思った。『げんいち』なら、アルファベット表記でGENICHIになる。『G』だ。
 ジーが実由に名乗った名前は、アルファベットの頭文字だったのだ。

 ドアから中をのぞいて、ジーを探す。
 ひとつは空きベッド。二つはカーテンが開いていて、二人とも老人だった。大きな口を開けていびきをかいて寝ている。
 ドア入ってすぐの左側のベッドだけカーテンが閉めれていた。
 そこがおそらく、ジーのベッドなのだろう。

 カーテンが閉められている状態では、中を覗き込むには勇気がいる。
 実由はためらいながら、カーテンが重なっている部分をつまんだ。

 中にいる人がジーではなかったら、恥ずかしい。
 だからといって、隙間からのぞくのも失礼だから、実由はどうしたらいいのか考えあぐねてしまった。

 廊下では、看護師の声や入院患者の声が響く。
 こんなところで戸惑っているところを見られてしまったら、それも気まずくて、カーテンの端を強く掴んだ。

「……ジー?」

 小さく呼びかけた。

「ジー、だよね?」

 少しだけ、声を大きくしてみた。
 緊張して、手が汗ばむ。廊下の喧騒が遠ざかっていく。
 なかなか返答は来ない。
 全く赤の他人だったのかもしれないし、声が届いていないのかもしれない。
 もう中をこっそり見てしまおうかと、手を動かしかけた時。

「……ミューか?」

 少ししわがれた、でもよく通る、ジーの声が聞こえた。

「ジー!」

 嬉しくて、つい勢いよくカーテンを開けてしまった。
 カーテンの向こう側には、ベッドに寝そべり、片手に本を抱えたジーがいた。

 濃いグレーのパジャマに身を包み、いつもより乱れたベートーベン頭をしていた。
 本を読んでいたからなのか、メガネをかけている。銀縁のメガネはジーによく似合っていて、いつもよりもずっとダンディに見えた。

「ジー、会いたかった!」

 飛びつくように、ベッドのそばに駆け寄る。

「カーテン閉めろ」

 ジーのほうは冷静だから、実由は少し不服に思いつつ、カーテンを閉めに戻った。
 カーテンを慎重に重ねて閉めて、またすぐにベッドの脇に寄る。
 ジーは本を閉じ、メガネをはずして、フウと息を吐いた。

「メガネ、似合うね」
「メガネ男子か」
「よく知ってるねえ」
「暇だからな、今は」

 ベッドの柵を掴んで、ジーを見つめる。ジーは乱れた白髪をいじって、またため息をついた。
 来てはいけなかったのかと思って、実由の気持ちはみるみるしぼんでいく。
 
「ジーに、会いたかったの」
「なんで、ここにいるってわかった?」
「海の家の人に教えてもらった」
「そうか」

 目を泳がせて、ジーは苦笑する。

「来ちゃいけなかったかな」
「いや、うれしいよ。照れくさいがな」

 どうやらジーは、いつもと違う場所で、しかも思いっきり寝起きの姿を見られたのが恥ずかしいらしかった。

「ジー、意外と乙女だねえ」
「うるさい」

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【2009/03/05 02:16】 | 神様がくれた(恋愛)
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