きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第20話 偶然がくれたもの。

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 ビーチサンダルがぺたりぺたりと足の裏を叩く。
 波の音を右耳で聞きながら実由はジーのところに向かってた。

 昨日は、行かなかった。
 厚志と理香のことがショックで、部屋から動けなかったのだ。
 厚志の笑顔を思い浮かべると、理香の姿も浮かんできてしまう。それが、つらい。

 右に視線を動かすと、水平線が月に照らされていた。
 月の光が白い筋を一線伸ばし、黒い海にたゆたう。
 波で揺れるたび、潮騒の音が重なって、あの光景がよぎる。

 もう一生忘れられないんじゃないか。思い出すたびに、胸が苦しくなって泣きたくなるんじゃないか。そう思えてならない。

 底の見えない井戸を覗き込んだようで、見えない未来が不安になる。

 こんな風な恋をあと何回繰り返せば、本当の幸せにたどり着くのか……遠く長い道のりのような気がしてめまいがする。

 何度も頭をかきむしりながら、ようやく水族館にたどり着いた。
 ジーのいる裏庭に一直線で進む。

「ジー」

 壁から頭だけ出してジーの背中を見つける。
 ジーはいつもと同じく、ダンボールに座って、ぼんやりと月を眺めていた。

「ジー、こんばんは」

 実由に気付いた太郎がしっぽを振って、実由に飛びついた。
 実由の腰をつかんだ太郎の前足を手にとって、クイクイと上下に動かしてやる。太郎は心底嫌そうに顔をゆがめて、前足をばたつかせた。

「おう」

 煙草をくわえたまま、ジーはちらりと実由を見ただけで、また空と海に目を戻す。

「ジー、写真は?」
「ああ、言うと思ってたよ」

 麻素材のシャツの胸ポケットから、白黒写真を出してくる。
 日に焼け、うっすらとセピア色に染まった写真には、すらりとした背格好の青年と着物姿の女が写っていた。

「これ、ジー?」

 軍服に身を包んだ青年は女が座る椅子に片手をかけ、まっすぐな視線をカメラに向けている。

「まあな」
「かっこいい!」
「まあな」

 当たり前だろ、と言いたげに笑って、煙草の煙をふーと吐き出す。

「じゃあ、これが奥さん?」

 着物姿の女を指差す。
 背筋の伸びた細い体つきに大判の花柄の着物がよく似合っていた。
 すっとした目は凛としていて、美人という言葉よりも「かっこいい」という言葉が先に出てきそうなほど、強い目をしている。宝塚の男役のようなオーラだと、実由は思った。

「怖そうな女だろ」
「んー、うん」

 ついうなずいてしまった。確かに、ちょっと怖い。

「なんか、生徒会長とかやってそう」

 実由の発言に、ジーは顔を上に向けて大きく笑った。
 静かな空に、ジーの笑い声が木霊する。

「実際、怖い女だったんだぞ。俺は尻に敷かれてた」
「想像つかない」

 軍服を身にまとい、口を真一文字に閉め、じっとカメラを見据える姿は、実由が思っていたよりもずっとかっこよかった。

 幼さの残る黒目がちな瞳をしているのに、実直な雰囲気が醸し出される。
 まっすぐな眉毛は意志の強さを物語り、鍛えられた体をしているのが服ごしにもわかる。

「惚れてたんだ。この女に」

 写真を大切そうに一度なでて、ジーはまた空を見上げる。

「今も、惚れてるの?」
「ああ」

 それは、自然な、普段と変わらないトーンの軽い返事だった。
 だからこそ、実由は驚いてしまった。

 結婚したのがいつなのかわからないけれど、何十年と連れ添った人を未だに『惚れてる』と言えることが。
 そんなに続く『愛』があることが。

「どうして?」
「何がだ?」
「気持ちなんて、そのうち冷めるじゃない。どうして、惚れてるって言えるの」
「もういないからな」
「え?」

 煙草の火が、一瞬メラメラと音を立てた。煙が海風に揺られて、右に流れていく。

「失って気付くことの方が多いんだよ、ミュー」

 手に持っていた写真を見る。わずかに微笑む女の口元は「幸せだ」と主張している。
 意識もしていないのに、「ああ」と感嘆の声が漏れた。
 大切にされている。この写真の女の人は、大切にされていたのだ。だから、こんなにも綺麗なのだ。

「名前は、なんていうの?」
「ん? そうだな。俺がジーだから、バーか?」
「もう! ほんとの名前、教えてよ!」

 思いっきりジーの二の腕を叩いてやったら、ジーはわざと肩を押さえてうめき声をあげた。

「ミウ」
「ええ?」
「お前さんはミューだから、似てるだろ?」
「すごい、偶然。神様のいたずらだね」

 名前が似てるだけなのに、なぜだか嬉しくてしかたない。にたつく顔を写真で隠しながら、ジーを見上げる。
 ジーはフッと鼻で笑って、煙草を銜えなおす。

「本名は知らんが。ミューと似たような発音なんだろう? いい名前だ。親に感謝すべきだな」
「うん。そうだね」

 はじめて、自分の名前が『実由』でよかったと思った。こそばゆい気持ちを噛みしめながら、もう一度写真を見つめる。
 幸せそうな二人の写真から、力をわけてもらえた気がした。

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【2009/02/17 02:51】 | 神様がくれた(恋愛)
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