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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。
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第18話 優しい人。
++++++++++++
厚志と理香の笑い声が聞こえてくる。
水族館に行って来たらしい二人は、居間で里美を交えて談笑していた。
実由は和斗の部屋で宿題を終わらせようと勉強に励む。
もちろん、そんなのは建前で、本当は逃げ出しただけだ。
二人の姿を見たくない。二人の声を聞きたくない。
けれど、居間と和斗の部屋は近すぎて、どうしても声が聞こえてきてしまう。
耳を塞いでしまいたい衝動に耐え、ぎゅっとシャーペンを握りしめる。力のこもった手で書いた字は、いつもより濃くはっきりと紙をすべる。
「これは、この公式を当てはめればいいんだ。そうすれば、Xの値が出るだろ」
和斗の大きな手が、実由のノートをなぞる。
「和くんって、男のくせに毛が少ないね」
「は?」
「指がきれい」
「……勉強する気あんのか?」
やる気はゼロに近い。
居間から漏れて来る声が気になって気になって、集中なんて出来やしない。
「やる気ねえなら、自分の部屋戻れ」
「嫌」
「あのなあ……」
一人になるなんて、よけいに辛いだけ。こんな時は誰かにそばにいて欲しい。それがただの甘えだと、わかっている。
でも、辛い気持ちになるのも切ない気持ちに浸るのも、今の実由には出来なかった。
「ねえ」
教える気が失せてしまったのか、和斗は自分の教科書を広げて問題を解き始めている。
クルクルと動くシャーペンを目で追っていたら、無性に邪魔したくなって、和斗のシャーペンのノック部分を指で押さえた。
「セックスって、気持ちいいの?」
「は!?」
実由の突拍子もない発言に、和斗はシャーペンの芯をバキリと折ってしまった。目を丸めて、実由に見入っている。
「だって、皆、するじゃない」
「まあ、そりゃあ……」
「気持ちいいからするのかな。好きだからするのかな」
「知るかよ、そんなの」
和斗の頬がほんのりと赤く染まる。
表情の乏しい和斗だけれど、照れてしまっているのが一目瞭然だった。
「和くんは、どういう時にするの」
「そういうこと聞くか? 普通」
「だって」
目に焼きついてはなれない、厚志と理香の姿。
二人がお互いを好きなのなんてわかっていても、どうしても頭がそれを理解したがらない。
この際、諦める理由が欲しかった。
堅固な愛がそこにあって、自分には壊せないと、はっきりと示してほしかった。
「お互い、好きだからするんだろうが」
「男の人は、好きじゃなくてもするっていうじゃん」
この恋が実らないと理解したいのに、それでも心は否定する。
割り込める隙があるんじゃないか、壊せないものなんてないんじゃないかと、黒い言葉が繰り返される。
矛盾し、惑う、この気持ちが、実由には抱えきれない。
「知るか」
短い髪をがしがしと掻いて、和斗はシャーペンを掴んだ。そのまま教科書に視線を落とし、勉強を開始してしまう。
「どうして、セックスするの」
涙が喉を熱くする。
「好きだから?」
和斗の手が止まり、目だけを動かして実由を見る。
「好きになるって、苦しい」
震える声が、胸の中の一番繊細なところをぎゅっと締めつける。
「一人でいるほうが、絶対、楽だよ」
手を繋ぐ小さな手が、脳裏によぎる。
実由が求めるもの。実由がほしくてたまらないもの。
この海にまでたどり着いた、あの日の自分が心から離れてくれない。
「でも、一人になりたくないから、ここにいるんだろ」
頭上から聞こえる和斗の声は、優しかった。
「好きになったんなら、しょうがねえよ」
膝の上で握られた手を、じっと睨む。こらえきれない涙がぼとぼとと落ちていく。
「理由を探すなよ」
「理由……」
言葉足らずの和斗が、何を言いたいのか、実由にはよくわからなかった。
でも、いつもの尖った口調じゃない和斗の言葉は、じんわりと沁みていく。
「私、どうすればいいんだろう……」
どこに向かえばいいのだろう。
この思いはいつか消化する日が来るのだろうか。
苦しさや切なさがいつか還る場所は、この心のどこかに用意されているのだろうか。
「自分が思うとおりにすりゃ、いいだろ」
「そんなのわかんないよ」
「答えなんて、いつか出るんじゃねえの」
ぶっきらぼうにそう言い放って、和斗は机の上に置かれたポケットティッシュを実由に向かって放り投げた。
手の平の上で何回か跳ねるティッシュをワタワタしながらもなんとかキャッチする。
「誰にも言わねえから」
「……うん。ありがとう」
和斗の横顔を眺める。
実由の視線に気付かないふりをして、和斗は教科書の黒い字を目で追い続ける。
優しい人、と実由は思う。
厚志も和斗も優しい。
この家には、温もりがあふれてる。だから、実由はすぐに心を許せた。
離れたくないと思った。この家から。厚志から。和斗から。
++++++++++++
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第18話 優しい人。
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厚志と理香の笑い声が聞こえてくる。
水族館に行って来たらしい二人は、居間で里美を交えて談笑していた。
実由は和斗の部屋で宿題を終わらせようと勉強に励む。
もちろん、そんなのは建前で、本当は逃げ出しただけだ。
二人の姿を見たくない。二人の声を聞きたくない。
けれど、居間と和斗の部屋は近すぎて、どうしても声が聞こえてきてしまう。
耳を塞いでしまいたい衝動に耐え、ぎゅっとシャーペンを握りしめる。力のこもった手で書いた字は、いつもより濃くはっきりと紙をすべる。
「これは、この公式を当てはめればいいんだ。そうすれば、Xの値が出るだろ」
和斗の大きな手が、実由のノートをなぞる。
「和くんって、男のくせに毛が少ないね」
「は?」
「指がきれい」
「……勉強する気あんのか?」
やる気はゼロに近い。
居間から漏れて来る声が気になって気になって、集中なんて出来やしない。
「やる気ねえなら、自分の部屋戻れ」
「嫌」
「あのなあ……」
一人になるなんて、よけいに辛いだけ。こんな時は誰かにそばにいて欲しい。それがただの甘えだと、わかっている。
でも、辛い気持ちになるのも切ない気持ちに浸るのも、今の実由には出来なかった。
「ねえ」
教える気が失せてしまったのか、和斗は自分の教科書を広げて問題を解き始めている。
クルクルと動くシャーペンを目で追っていたら、無性に邪魔したくなって、和斗のシャーペンのノック部分を指で押さえた。
「セックスって、気持ちいいの?」
「は!?」
実由の突拍子もない発言に、和斗はシャーペンの芯をバキリと折ってしまった。目を丸めて、実由に見入っている。
「だって、皆、するじゃない」
「まあ、そりゃあ……」
「気持ちいいからするのかな。好きだからするのかな」
「知るかよ、そんなの」
和斗の頬がほんのりと赤く染まる。
表情の乏しい和斗だけれど、照れてしまっているのが一目瞭然だった。
「和くんは、どういう時にするの」
「そういうこと聞くか? 普通」
「だって」
目に焼きついてはなれない、厚志と理香の姿。
二人がお互いを好きなのなんてわかっていても、どうしても頭がそれを理解したがらない。
この際、諦める理由が欲しかった。
堅固な愛がそこにあって、自分には壊せないと、はっきりと示してほしかった。
「お互い、好きだからするんだろうが」
「男の人は、好きじゃなくてもするっていうじゃん」
この恋が実らないと理解したいのに、それでも心は否定する。
割り込める隙があるんじゃないか、壊せないものなんてないんじゃないかと、黒い言葉が繰り返される。
矛盾し、惑う、この気持ちが、実由には抱えきれない。
「知るか」
短い髪をがしがしと掻いて、和斗はシャーペンを掴んだ。そのまま教科書に視線を落とし、勉強を開始してしまう。
「どうして、セックスするの」
涙が喉を熱くする。
「好きだから?」
和斗の手が止まり、目だけを動かして実由を見る。
「好きになるって、苦しい」
震える声が、胸の中の一番繊細なところをぎゅっと締めつける。
「一人でいるほうが、絶対、楽だよ」
手を繋ぐ小さな手が、脳裏によぎる。
実由が求めるもの。実由がほしくてたまらないもの。
この海にまでたどり着いた、あの日の自分が心から離れてくれない。
「でも、一人になりたくないから、ここにいるんだろ」
頭上から聞こえる和斗の声は、優しかった。
「好きになったんなら、しょうがねえよ」
膝の上で握られた手を、じっと睨む。こらえきれない涙がぼとぼとと落ちていく。
「理由を探すなよ」
「理由……」
言葉足らずの和斗が、何を言いたいのか、実由にはよくわからなかった。
でも、いつもの尖った口調じゃない和斗の言葉は、じんわりと沁みていく。
「私、どうすればいいんだろう……」
どこに向かえばいいのだろう。
この思いはいつか消化する日が来るのだろうか。
苦しさや切なさがいつか還る場所は、この心のどこかに用意されているのだろうか。
「自分が思うとおりにすりゃ、いいだろ」
「そんなのわかんないよ」
「答えなんて、いつか出るんじゃねえの」
ぶっきらぼうにそう言い放って、和斗は机の上に置かれたポケットティッシュを実由に向かって放り投げた。
手の平の上で何回か跳ねるティッシュをワタワタしながらもなんとかキャッチする。
「誰にも言わねえから」
「……うん。ありがとう」
和斗の横顔を眺める。
実由の視線に気付かないふりをして、和斗は教科書の黒い字を目で追い続ける。
優しい人、と実由は思う。
厚志も和斗も優しい。
この家には、温もりがあふれてる。だから、実由はすぐに心を許せた。
離れたくないと思った。この家から。厚志から。和斗から。
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南里 園乃 こういう文章はほんとにすきです。
最近、すてきな小説にたくさん出会えていて、すごくうれしいです。更新楽しみにしています(*^_^*)
きよこ >南里 園乃さま
コメントありがとうございます!
好きだと言っていただけて、嬉しいです。
いい作品に出会えると、刺激を与えられますよね。
南里さまが、もっとたくさんの素敵な作品に出会えるように願っています(^^)
完結までほぼ毎日更新いたしますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
ご感想、ありがとうございました。
励みになりました!
この記事へのコメント
こういう文章はほんとにすきです。
最近、すてきな小説にたくさん出会えていて、すごくうれしいです。更新楽しみにしています(*^_^*)
最近、すてきな小説にたくさん出会えていて、すごくうれしいです。更新楽しみにしています(*^_^*)
>南里 園乃さま
コメントありがとうございます!
好きだと言っていただけて、嬉しいです。
いい作品に出会えると、刺激を与えられますよね。
南里さまが、もっとたくさんの素敵な作品に出会えるように願っています(^^)
完結までほぼ毎日更新いたしますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
ご感想、ありがとうございました。
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