きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第11話 ツボ。

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 畳六畳の部屋は何もなければ案外広い。
 本来は客室であるこの部屋は、古びてはいてもピカピカに磨きこまれた木のテーブルが置いてあり、テレビは液晶ディスプレイで、実由はけっこう気に入っていた。
 取り替えたばかりの畳からはイグサの香りが漂って、それがいっそう居心地をよくしてくれる。
 実由の家には畳の部屋が無いから、よけいに新鮮に感じるのだ。

 畳んだ布団のそばにダンボール箱を置くと、厚志は「荷物あけたら、居間においで」と言って、部屋を出て行った。
 厚志の背中を見送ってから、段ボール箱に近付く。
 ガムテープをビリビリとはがして、中を開けてみて、実由は思わず息を飲んだ。

 一番上に教科書と問題集とノートが置いてあって、「宿題は片付けてくること」とマジックで書かれたメモがつけられていたのだ。
 夏休みの宿題は主要五教科すべてから出されている。
 玲子がいつ宿題情報を仕入れたのかわからないが、宿題の出された五科目の中から、現代文と英語と数学に関わる教材がしっかり詰め込まれていた。

 実由は完全な文系人間だ。現代文と英語は苦手ではないが、数学はさっぱり。お手上げ。
 ここにいる間は、友達の力を借りることも出来ない。

 母の玲子は、おおざっぱで超がつくほど放任主義だが、その代わり、約束事にだけはうるさい。
 一方的に「宿題は片付けてくること」と言われたこの事も、玲子にとっては約束事のひとつだ。
 やってこなかったら、大目玉。お小遣いはもらえなくなるのは確定だ。

 教材類の下には、実由がよく着ている洋服をわざわざ選んで入れてくれている。ショートパンツや七分丈のカーゴパンツ、Tシャツにタンクトップ。ボーイズっぽい洋服と女の子らしさを強調した服をミックスして着る実由の好みに合わせたラインナップ。

 さすがわかってる、と心の中で褒め称えて、水着まできっちり入れてくれていることに感謝する。
 ポイ、と宿題の固まりを放り投げて、実由は階段を下りて行った。


***


「宿題? ああ、いいよ。教えてあげるよ」

 スイカの種をぷっと落として、厚志はうなずいた。
 実由が「宿題の山が送られてきたから、わからないのがあったら教えて」と厚志に頼んだのだ。

「どの科目?」
「えと、数学と現代文と英語」
「現代文と英語なら教えられるけど、数学は俺、だめだわ」

 スイカのピンク色の汁が、厚志の手から腕に流れる。それをぬぐいながら、厚志は眉毛を下げて苦笑いをした。

「高校の時に投げ捨てたよ、数学は。全然わかんねえ」

 水分が凝縮したスイカをかじると、口いっぱいに甘い味が充満する。なのに、残念な気持ちが織り交ざって、少し苦く感じた。

「和に教えてもらえばいいよ。あいつ、理系だから」

 和斗の名前を出されて、実由はつい眉間に皺を寄せてしまった。
 和斗が嫌なわけはないし、きっと心根は優しい人だと思ってはいても、無関心な冷たいオーラを纏っているようにみえて、近付きづらい。

「でも、受験生だし……」
「大丈夫。あいつ、あんなんだけど、意外に優しいぜ? 俺が頼んでおいてやろうか?」

 ううん、と首を振って、「自分で聞いてみる」と実由はスイカを頬張った。
 朝、海の家で会った和斗の後姿を思い出す。
 ストイックな雰囲気が何かひとつのことに打ち込む、例えるなら高校野球の選手を思い起こさせる。
 初めて会った時も思ったことだけれど、短い頭髪が野球選手みたいだからかもしれない。
 だからこそ、近付いても冷たくあしらわれてしまうような気がして、怖いのだ。
 実際、海の家では冷たかった。
 でも、浮輪をふくらませてあげた時、子供に対して向けた笑顔は本当に優しそうで、厚志の持つ柔らかい雰囲気に似ていた。
 似た雰囲気を持つのは兄弟だからかもしれないけれど、和斗は普段冷たそうなだけに時折見せる優しい雰囲気が、実由には不思議に思えた。

 きっと誰にでも優しいわけではないのだろう。
 優しくする人と、冷たくする人を分類しているのかもしれない。
 もしそうだとして、『冷たくする人』に分類されてしまったら、居たたまれない。




***

「和斗の部屋、そこだよ」

 スイカを食べて一時くつろいだ実由は、部屋に戻ろうとした。すると、厚志に呼び止められて、和斗の部屋に案内されてしまった。

 どうしよう、とドアの前に立ち尽くしていたら、厚志が勝手にドアを開けてしまった。
 窓から入ってくる風が、ドアを開けた途端、実由の髪を後ろになで上げた。

「和、みゅーちゃんからお願いがあるみたいだぜ」

 それだけ告げて、厚志は向かい側の自分の部屋に入ってしまった。

 ドアの左手に勉強机があって、和斗は実由に背中を向ける形で座っていた。
 向いに窓があり、その下にパイプベッドが鎮座している。
 脇にはこげ茶の本棚が置いてあって、少年漫画が数冊と辞書、文庫本が並んでいた。和斗が読んでいるとは思えない重厚な本もあったから、家族の本棚にもなっているのかもしれない。

「なに?」

 椅子ごとくるりと振り返り、和斗は無愛想に実由を見る。目が鋭いから、睨まれているような気がしてくる。

「あの、ええと……」

 萎縮してしまい、両腕で体を包む。警戒心が出てしまう。

「……ビビリすぎじゃね?」

 不服そうにシャーペンを回して、和斗は立ち上がった。実由は思わずびくりと肩を震わせる。

「用は?」
「す、数学」
「数学?」
「を、学ばせてください!」

 ガバリと頭を下げる。
 羽織っていたグレーの上着のフードがその勢いで実由の頭にかぶさった。

 和斗の返事は無かった。
 網戸から入ってくる風と共に、時間を間違えた蝉の鳴き声が響く。
 おそるおそる、目線だけあげて和斗の顔を伺う。
 和斗は唇を手で隠し、片手を腰に当てて、笑いをこらえていた。目尻を下げ、いつもはつりあがった眉毛も下がっていた。くつくつと笑い声がこぼれだす。

「俺は先生じゃねえんだから。学ばせてくださいって!」

 実由の言動は、彼には意外にツボだったのかもしれない。初めて会った時だって、笑われた。
 自分の発言が恥ずかしくなってきて、頬が赤くなってくる。

「だって、お、教えてもらうんだし」

 言い訳を口にして、口を尖らせる。

「いいよ。教えてやるよ」

 ふう、と一息ついて、和斗は笑いをこらえて歪んだ唇を隠すのをやめた。
 形のいいふっくらした唇からこぼれる笑みは、海の家で子供に見せた笑顔と一緒だった。

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【2009/02/07 03:22】 | 神様がくれた(恋愛)
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