きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第10話 海に沈む。

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 実由には彼氏がいた。
 ひとつ上の同じ学校の人だった。
 美容師になりたいと言っていた彼は、二年の後半から三年の前期にかけてほとんど勉強もせず遊び呆けていた。
 実由もそれに付き合わされて、毎晩毎晩真夜中の街をほっつき歩いた。

 最初は刺激的だった。
 深夜の冷たい空気の中、彼と手を繋いで歩いて、警察官を発見すると、二人で笑いながら逃げた。
 カラオケで歌って、ゲームセンターで遊んで、公園で語り合った。

 実由にとっては彼は二人目の彼氏で、初めての彼氏とはキスするだけで終わってしまったから、それ以上へと進展していく彼との関係にどきまぎしながら、大人への階段を昇って行くことに酔いしれていた。しかも、彼は実由の知らない、遊びの世界を知っていて連れ出してくれる。
 静まり返った夜の街、閉まった店の軒先で、二人だけの時間を満喫する。その幸せが、実由には至上の幸福に思えた。

 下がっていく成績も学校の授業も、実由にはどうでもいいことだった。
 いつの頃からだろう。そんな自分に嫌気がさしたのは。彼との時間を楽しめなくなったのは。
 実由の変化に、彼も気付いたのだろう。
 別れは必然だった。
 高一の冬から付き合いだした彼と終わりを迎えたのは、二年の夏――終業式の日だった。
 もうその前から、気持ちは離れていた。別れる一ヶ月前から一緒に登下校もしなくなったし、夜遊びもしなくなった。はっきりと区切りをつけたかった彼が、終業式の日に実由を呼び出したのだ。
「言わなくても、わかってるだろうけど」と切り出した彼に、実由はうなずいていた。
「わかってる。別れるんだよね?」と返したら、彼はうつむいて小さく返事しただけだった。
 気持ちはとっくに離れていた。
 別れるのは当然。でも、いざ「さようなら」と言われると、言いようのない寂しさが込み上げて、苦しくなった。

 とぼとぼと一人で帰る道すがら。
 幼稚園生くらいの男の子と女の子が手を繋いで実由の横を走り抜けていった。
 互いに目を合わせては笑いあう幼い子の姿は、夕焼けに溶けて影になって、実由は心臓をわしづかみにされた思いがした。
 それは、実由が忘れたものだったから。
 一緒にいるだけで、それだけで楽しいと笑える。実由にはそれが出来なくなってしまったから。

 戻りたくなった。小さな、世界が二人だけのものだった、あの頃へ。

 別に、彼とじゃなくても良かった。
 誰でも良かった。
 砂のお城をつくるみたいに、夢だけで生きていた幼い頃の幻影に取りつかれた。

 世界が二人だけのものになる、夢の世界。小さな子供だからこそ、作り上げられる場所。
 もうそんな世界は作れない。そこまで子供じゃない。相手だっていない。

 わかっていたけど、どうしても手に入れたくて、実由は家を飛び出していた。
 砂のお城を作ろうと思った。
 小さな頃、幼馴染の哲君と二人で、よく砂場で遊んだことを思い出した。
 哲君は引っ越してもう実由の近くにはいないけれど、あの頃の幸せな時間を思い出せるなら、それでよかった。

 公園は小学生や子供がいっぱいで、実由は近づけなくて、電車に乗った。
 どこに行こう、そう考えて、海に行こうと思いついた。
 海は砂がいっぱいだし、海水浴の今の季節なら、女の子が一人で砂で遊んでたって変に思われないだろう。
 銀行に寄って三万円をおろして、二時間電車に揺られた。
 たどり着いた駅で、風に混じって漂う潮の生臭い香りをかいだら、背中を押された気がして、走った。

 砂浜に沈む小さな自分の足。
 波打ち際まで遠い浜辺は、大きな砂場。だからこそ、実由自身が小さくなった気がして、あの頃に帰れたように思えた。
 一心不乱に砂をかき集めて、お城を作った。
 うまくは作れなかった。三角の山が三個、出来ただけだった。

 その内疲れて、波打ち際に座り込んだ。海水浴客もどんどん帰っていって、実由は一人取り残されていった。
 海風が強くなる。冷たい風。波の音だけが一定のリズムでずっと鳴り響く。空はオレンジに染まって、海は空の鏡になる。

 抱えた膝小僧に、ぽつりぽつりと水が落ちた。
 帰れやしない。もう子供じゃない。
 そして、一人が耐えられるほど、大人でもなかった。
 家には帰りたくなかった。いつもの自分に戻りたくなかった。このまま消えてしまいたかった。

 ふらふら歩いて、一晩を過ごす。行くあてのない、行き場の無い、不安定な自分が怖くなった。
 今、自分が死んでも、誰も悲しまないんじゃないか、と思った。
 心から実由を求める人なんて、どこにもいないんじゃないか、と悲愴感に包まれた。その度に、馬鹿みたい、と首を振った。
 自分を哀れむなんて、その方がよっぽど哀れだ。

 海に沈んでいくようだった。暗く深い海の底にゆらゆらとゆっくりと抗うことなく堕ちていく。
 波間に揺れる光のカーテンが遠ざかって、手に届かなくなっていく。

――なあ、あんた。この前からずっとここにいるけど、何してんの?

 それは、溺れそうな実由に差し伸べられた手。
 海の真っ暗闇に消えていく実由を見つけてくれた眼差し。

 声をかけられた瞬間。涙がにじみ出てきたのは、気のせいじゃない。



 ***

「あ、実由ちゃん。言い忘れてたけど、荷物届いてるよ」

 厚志と一緒に高山食堂に戻ってくると、すいかを切っていた里美に話しかけられた。

 高山食堂はお店スペースの奥が住居スペースになっていて、和室が二部屋、洋室が二部屋ある。二階は五部屋。これはすべて民宿の客間だ。
 和室の二部屋の内一部屋は家族の共有スペース、もう一部屋は里美の部屋で、洋室二部屋は厚志と和斗の部屋だ。
 高山家の大黒柱、厚志と和斗の父親は仕事で海外に行っているらしくこの家にはいない。
 里美の両親も一緒に暮らしているが、同じ敷地内の離れで暮らしていて、海の家と食堂兼民宿を手伝ってくれている。
 家族の共有スペースである和室で、里美と里美の両親がテレビを見ながらくつろいでいた。

「実由ちゃんも、スイカ食べていきな」

 おばあちゃんがそう言って、しわしわの手を振る。
 お言葉に甘えていいかわからず、隣に立っていた厚志を見上げると、厚志は実由の背中をトンと押してくれた。

「先に荷物置いてきちゃいなさいよ。スイカ、切り分けておくから」

 部屋の隅に五十センチ四方くらいのダンボールが置いてあった。福島のりんごと赤い字で書いてあるダンボールで、側面にでかでかと「実由へ」と書いてある。

「俺が運ぶよ」

 軽々とダンボール箱を持ち上げて、厚志はさっさと階段を上がっていった。

+++++++++++

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【2009/02/06 01:48】 | 神様がくれた(恋愛)
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