きよこの書き散らかし小説。
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第56話 夢見るアラサー

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 背中を見るのは、あまり好きじゃなかった。
 ダークグレーのスーツが人の波に飲まれ消えていく姿は……恋の終わりを思い出すから。
 生きていればいつか会える。ドラマやマンガでよく聞くセリフだけど、生きていたって会えない人もいる。
 ――二度と会わないと誓った人。たとえばどこかですれ違っても、初めから出会っていなかったかのように通り過ぎれば、会っていないと同じこと。
 別れとは、そういうことなんだと、思った。

「元彼、見たんだよね」

 一筋、オレンジ色の線が爪を彩る。一緒に働いていた頃よりも白さと艶を手に入れた細い手は、私の右手を軽く支え、丁寧な手つきで色をのせていく。

「元彼って、あっくんだっけ?」
「違う。やっくん」
「そうだっけ。一年も前だから、忘れちゃったよ」

 爪先を見つめていた瞳が、私に微笑みかける。なんだかきれいになったよなーと、男のような目線で英美子を見た。
 英美子は去年の今頃、会社を退職し、ネイルサロンが経営するスクールに三ヶ月通いつめた。そのままそのサロンに就職し、ネイリストとして働いている。
 三割引でやってくれるということで、私はけっこうなスパンで彼女の元に通うようになっていた。
 人と接する仕事で、しかも美に関わる仕事だからなのか、英美子は会うたびにきれいになっていく。最近、彼氏が出来たと言っていたから、そのせいもあるのかもしれない。

「この前、友達と池袋で飲んでさあ。池袋、久しぶりに行ったけど学生多いね。時間帯のせいかな。人ごみで死ぬかと思った」
「都内の駅なんて、どこも一緒でしょうよ」
「そうだけど、空気感が若い気がして。私、オバチャンになってる?」
「なってるね。空気に若さを感じちゃったらまずいでしょー」

 軽口を叩いていたら、本題を忘れそうになる。
 慌てて話題を戻した。

「それでさ、池袋駅出て、マックあるじゃん?」
「どこ?」
「東口……いや、西口? まあどこでもいいんだけど。やっくんを見たのよ」

 マックの少し右、見慣れた高い身長を見つけた瞬間、呼吸が止まりそうになった。
 懐かしさが込み上げて、涙が出そうになった。

「偶然って、怖いよねー……。あんな人ごみで、たまたま行った池袋だよ? 滅多に行かない場所だし、やっくんの勤務先も池袋じゃないしさあ」
「そういうのってあるよね。すごい偶然。運命かもよー。話しかけたの?」
「まさか!」

 再び英美子が動かす筆先に視線を下ろした。
 黄色のアクリルでひまわりの絵を描いてくれている。事務仕事をしていた英美子はがさつでテキトーだったのに。こんな繊細なものが描けるなんて、驚いてしまう。
 英美子のサロンには一、二ヶ月に一度通っている。自爪が伸びてきてジェルネイルとの境がひどくなってくると英美子のところに行ってネイルを直すのだ。
 安くしてもらっているとはいえ給料的にきついので、値段が上がってしまう絵を入れるネイルをやってもらったのは初めて。

「器用だねー」

 ホウ、とため息を吐きながらつぶやくと、英美子はウフフと含み笑う。

「なんで話しかけなかったの? 久々に会ったのに」

 話をしながらも、英美子の手は止まらない。こうやって人と話しながら何かを出来るって、すごいよなあ。

「話しかけてもしょうがないじゃん。もう赤の他人だよ」
「それって、ちょっと寂しいセリフ」
「……まあね。でもさ、ちょっと嬉しかったよ。元気そうだったから」

 離婚して私と結婚しようなんて言っていたけど、その後を知らない。
 離婚してしまったのだろうか。それとも、奥さんと仲良くしているのだろうか。

「一年前はさあ、やっくんとまたどこかで会っちゃったら、絶対、気持ちが戻って、やっくんとやり直したい、一緒にいたいって思うんだと思ってた」
「違ったの?」
「うん。何も思わなかった。元気そうで良かったとしか」
「良かったね」
「うん」

 気持ちは変わる。積み重ねる日々の中で、心は、少しずつ新たな気持ちを生み出し、過去の気持ちを包みこんで宝箱にしまってくれる。
 私の中でやっくんの存在は、そうやって移り変わっていった。宝箱にしまわれた、小さな宝石のひとかけらとなって、たくさんの宝石の中に埋もれていったのだ。
 それは寂しいことでもあり、嬉しいことでもあった。

「赤峰さんのおかげだね」
「そうかなあ」

 照れてしまって、ついついあやふやにしながらも、そうだよなーとうなずいていた。

「最近はどうなの? 赤峰さんとは仲良くしてる?」
「それが聞いてよ! この前さ、朝にね、すっごいニヤニヤしながら朝ごはん食べてて。なに笑ってんの? って聞いたら、『いやあ……』てはぐらかすのよ。なんかむかつくじゃん」
「凛香って、腹が立つポイントが変だよね」
「変じゃないよ! だからコーンフレークの牛乳をスプーンですくってね、『言わなきゃ牛乳を目玉に入れてやる』って脅したの!」
「脅し方も変だよね」
「変じゃないってば! そしたら、『いびきかいてたから』だって! ひどくない!? いびきかかない女なんていないっつーの!」
「いや……いびきかかない女なんているでしょ」

 あれ? それもそうだ。なんでこんなくだらないことで怒ってたんだ私は。

「ごめん、別に怒る話じゃなかったわ。オチも無くてごめん」
「オチはいらないけどね……。ま、仲良くしてるみたいで安心したよ。ほい、出来たよ」

 透明からオレンジにグラデーションした爪に、黄色のひまわりが爪先にいくつも花開いている。夏らしくてかわいいネイルに、思わず感嘆の息が漏れた。

「かわいい!」
「とうぜーん。ドレスはブルーなんだっけ? 夏っぽくていいね」
「うん。あー。明日が楽しみ」
「天気予報は晴れだって言ってたよ。夏空の下で結婚式かあ。いいなあ」

 天井を仰ぐ英美子は、頬を赤らめて夢想にふける。彼とは付き合って一ヵ月だったはず。ちょうど気持ち的にも盛り上がる時期なんだろう。きっと自分の未来を想像してるんだ。

 明日は、待ちに待った舞子の結婚式だ。
 理想に叶う式場を探して半年、予約して日取りを押さえられたのはその半年後だった。プロポーズから一年、舞子の門出を祝う日がようやく訪れた。

「凛香は結婚しないの? もう付き合って一年たつよね?」
「うん。でも、早くない? 一年しか付き合ってないよ?」

 結婚なんてリアルに想像出来ない。ジャイさんと私の間に、そういう話題も出てこない。
 ジャイさんの結婚願望について聞いたのも付き合う前の一度だけで、その時は「考えることもある」みたいな解答だった気がするけど、記憶が定かじゃない。

「凛香ねえ、うちら何歳だと思ってんのさ。もう二十七だよ。三十路まであと三年だよ! 今から子供産もうとしたら、早くて二十八歳だよ? もしかしたら三十越えちゃうかもなんだよ! 一年付き合ったらもういいでしょー。結婚しなさいよー」
「ええーー」

 アラサーって結婚に焦りだす年齢だって聞いてたけど、やっぱりそういうもんなんだ。
 三十歳までに結婚できればラッキーくらいに思ってたけど……。

「私が結婚することになったらネイルやってね」

 こういう話題はこうやって濁すのが一番。

「まかせてよ!」

 英美子は嬉しそうに笑って、ネイルの仕上がりを確認する。

 ……結婚ねえ。

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【2010/06/16 01:36】 | Deep Forest(恋愛)
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2010/07/07(Wed) 19:03 |   |  #[ 編集]
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