きよこの書き散らかし小説。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Deep Forest

目次へ
TOPへ

第55話 深い森の出口

+++++++++++++

 自分の気持ちを吐き出した途端、体中から魂が抜けていく気がした。脱力しそうになるのを必死にこらえて、ジャイさんを見据える。
 波間の光を映しこむ瞳は、私へと注がれる。切れ長の目を細め、優しく笑む彼に、私はどきまぎしてしまう。
 ジャイさんとの別れを決めたのはつい最近のこと。ジャイさんからしてみれば、あの日ですべてが終わってしまったかもしれない。
 人の気持ちなんて、案外簡単に変わってしまう。『終わり』を告げた気持ちならなおさらだ。
 何も言ってこないジャイさんを上目遣いで睨み、「何か言ってよ」とぶうたれる。
 海から吹きつける風が、彼のネクタイを揺らめかせた。

「待ってて良かった」

 薄い唇から零れ落ちる笑み。含みを持った笑顔が、私を混乱させる。
 今の言葉は、どういう意味? 素直に受け止めれば、私が「好き」と言うのを待ってて良かったってことだよね? でも、相手はジャイさん。意地悪の申し子だ。本当は違う意味なのかもしれない。
 じっと見つめられて、恥ずかしさで目を背けた。

「あの、さ。振るなら振っていいんだよ? 私、すごい振り回す女だし」

 わがままで自己中なのは自覚してる。この歳で改善するっていっても、劇的な変化なんて見込めないだろう。そうやって自分を諦めるのはいけないことだけど、二十六年間こうやって生きてきたのだから、突然それを変えるなんてなかなか難しいことだ。

「知ってる」

 ジャイさんはポツリとつぶやいて、風で乱れる私の髪を人差し指ですくい取り、そのまま頬に触れてきた。

「凛香ちゃんのそういうところ、俺は面白いって思ってるよ」

 面白がってたのかよっ! いや、わかってたけどさ。

「初めて会った日、俺が言ったこと覚えてる?」
「え? なに? いつ? 朝? 夜?」
「朝」

 眼前にあの朝の光が広がった気がした。ラブホテルの脇の、汚い路地裏の道。淀んだ水たまり。けれど、光を反射して輝いていた。
 そこに映る私は、汚い部屋を掃除し終わった時みたいな、爽快感溢れた表情をしていた。
 まばゆいくらいに……きらめいた。

「リセットボタン、押してくれるんだよね?」

 聞くと、彼は大きくうなずき、ごつごつした手を私の頬に添えてくる。

「もう押した」
「嘘。いつ?」
「初めて会った日に。効き目がなかなか現れなくて、時間がかかったけどね」

 クスクスと笑いあいながら、そうだね、と心の中でうなずいた。
 あの日、すでに私はリセットボタンを押していたのだ。気付くのが遅くなってしまったけれど。

「俺は、凛香ちゃんに捕まっちゃったんだよ。自分で見つけるとか言って、本当に俺を見つけやがった」
「犬の嗅覚並だから」

 出会いは偶然。再会もまた、偶然でしかない。でも、見つけたのだ。私は、ただ一人の人を見つけた。

「好きだよ」

 ずっと待ち望んだ言葉は、耳からではなく、心へと直接響いていく。
 沁み込み、ジワリと落ちる、彼の、気持ち。

「――うん」
「ちゃんと、付き合おう」
「うん」

 言葉を発しようにも喉が熱くて、声がうまく出せなかった。うなずいてみせるしか出来ないから、彼のスーツをぎゅっとつかんだ。
 せがむように、顔を上げる。
 目が合う瞬間。改めて実感する。

 私、この人が好きだ。
 好きなんだ。

「好き」

 気持ちを吐露することが、恥ずかしさを超越する。
 今言わなきゃ、伝えられない。

「好き」
「うん」

 バカみたい。十代の頃みたいに、気持ちを抑えられない。くり返しくり返し、思いの丈をつぶやけば、ジャイさんは笑いながら何度もうなずいてくれる。
 手の温かさが、心を満たしていく。
 触れる唇が、思いを伝えてくれる。
 しがみついて苦しいくらいに抱き合うと、心臓は跳ね上がるように動くのに、心は安らいでいく。
 寝る前に抱きしめる、ぬいぐるみみたい。
 船の光が、目の端を通り過ぎる。煙草のにおいが混じった彼の香りをスウと吸い込んだら、とても心地良くて、離れたくなくなってしまった。

「凛香ちゃん」

 ぐう、とお腹が代わりに返事した。お腹って、ある意味正直……。

「お腹すいた」
「腹で返事するな」
「だって」
「しょうがない。メシ、行くか」
「うん」

 おいしいところ、連れてってくれる約束だ。楽しみのあまり、顔がにやつく。
 ジャイさんの手を取り、自由の女神に背を向けた。

「そういえば、ちゃんと付き合うからには、ひとつだけ条件がある」

 絡ませた指が嬉しくて、ニタニタしたまま、彼を見上げると、なぜかキッと睨まれた。
 あれ? 私、何か悪いことした?

「なに、条件って? SMプレイとか無理だからね」
「凛香ちゃんは俺を何だと思ってんの」
「どM」
「ってことは、凛香ちゃんは女王様?」
「えー」
「えー。違うの?」

 ムチ買わなきゃなって。っておい。

「名前を呼んでほしいんですが」
「ナマエ?」
「まさか忘れたとか言わないよな?」

 ありえない話じゃないから怖いよね。ごまかし笑いを浮かべながら、わざとつないだ手を大きく振った。
 今更名前? 恥ずかしくて言えやしない。

「俺、ジャイアンと似ても似つかないと思いたいし」

 何言ってやがる。ジャイアンの男気っていったら、あんた、もう惚れるっちゅうねん。

「いいじゃん、ジャイアン。ジャイさんはジャイさんだもーん」
「不服だ。不服!」

 異議を唱えてくるが、却下だ。凛香さまの法律には、誰も逆らえないのであった。

「ジャイさん」
「……はい」

 にーーーっと最大級の笑顔をしてやったら、ジャイさんは諦めたようにため息をついた。

「タケシ」
「……はい。って、え?!」
「おなかすいたー」

 一歩歩くたび、距離が縮まっていく気がする。
 それは、私を連れ出す歩み。
 深い森を彷徨い続けた私が、やっと見つけた出口。

 そうして、私は、ようやく知るのだ。

 ずっと隣にいた、唯一無二の存在。

 私を導く、ただ一人の人。

 光を通さない葉の群れから、零れ落ちる。
 緑を透かす太陽の光は、私をずっと温め続け、勇気づけ、そばに在り続けた。
 深いほうへ迷い込むと見せかけ、指し示したのは――


 心のごみ屋敷を片付け、私はようやくスタートに立った。
 森の先に続くのは、これもまた困難な道。
 それがわかっていても、今は大丈夫と思える。

 彼の手が、ここにあるから。
 彼がそばにいてくれるって、知ってるから。

 だから、歩ける。進めるのだ。

+++++++++++++

次話(第56話)へ
目次へ
TOPへ

拍手いただけると嬉しいです!

あとがき↓
実質、この第55話が最終話です。
このあと、番外編もどきが1話か2話ありまして、『Deep Forest』完結となります。
連載を開始して一年ちょっと。
長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました(^^)

二人の行く末を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。


6月初めに引っ越すことになりました。
とは言っても、たいした距離の引っ越しではないので、さほど大変じゃないです笑
ただ、ネットを開通するのにちょっと時間がかかるので、1,2週間ほど消えます。
そうなる前に、完結できればいいなーと思っております。



追記を閉じる▲
実質、この第55話が最終話です。
このあと、番外編もどきが1話か2話ありまして、『Deep Forest』完結となります。
連載を開始して一年ちょっと。
長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました(^^)

二人の行く末を、もう少しだけ見届けていただけると嬉しいです。


6月初めに引っ越すことになりました。
とは言っても、たいした距離の引っ越しではないので、さほど大変じゃないです笑
ただ、ネットを開通するのにちょっと時間がかかるので、1,2週間ほど消えます。
そうなる前に、完結できればいいなーと思っております。


【2010/05/25 03:25】 | Deep Forest(恋愛)
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。