きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第54話 気持ち、爆発

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 ジャイさんとの約束の日が訪れた。朝から気もそぞろで、あれやこれやと考えたりしてたら家を出る時間が遅くなってしまい、危うく遅刻しかけた。
 走って出勤したため、シフォン素材のブラウスに汗が滲み、汗臭くなってないかクンクンと鼻を動かす。念入りにセットしたはずの髪の毛は、ぼさぼさになっていた。
 衿ぐりにつけられたリボンを結びなおし、ふーと長い息を吐く。今日は残業しない。ジャイさんに会うのだから。
 滞りなく進む仕事をこなしていると、妙に冷静さを取り戻していく。もう一人の私が、もう一人の私を見ているような、俯瞰するような視線で自分を見つめる。
 やっくんにふられて、二ヶ月ちょっと。ずっと気持ちは右往左往して、惑ってばかりいた。
 寂しさやくやしさが絡み合い、自分の気持ちのあるべき場所を見失う。
 冷静さを欠いた心は、真実から自分を遠ざけた。
 この気持ちは、ただのしがらみ。ぽっかりと開いた穴を塞ぐのに、形の合わない蓋の山をかき分けて、そこには無い正しい蓋を探し求めた。
 開いた穴を塞ぐ、ただひとつの蓋は、どこにも存在しない。
 そんなもの、ありはしない。
 穿たれた穴を受け入れることこそが、私に必要なことだった。
 そして、新しい風を感じることこそが――。

 出会った人。
 酔っ払った視界の、歪んだ世界に、ただひとつ見えた、鮮明な人。
 彼だけが、輝いて見えた。
 あの瞬間を、私ははっきりと思い出せる。

 ***

 待ち合わせはお台場を指定された。ちょっと乗換えが面倒な場所ではあったけど、海沿いで夜景がきれいなことを知っているから、そういう場所を選んでくれたことが嬉しい。
 駅からアクアシティに近い場所に出て、そこから見える海をぼんやりと見つめる。
 ジャイさんはまだ来ていない。
 波間に映るビルの光を眺めていると、体の奥に心地良い風が吹きつけているような感覚に捉われた。
 空っぽになっていくような、逆に満たされていくような、不思議な感覚。
 地中深くに埋まり、やっと地上を見出して清廉な空気を吸い込んだ……そんなかんじがする。
 大きく深呼吸を繰り返せば、海風が鼻を通り抜ける。潮臭さに顔をしかめ、吐き出した時。
 ジャイさんが手を振っている姿を見つけた。

「緊張する……」

 ぼそりとつぶやきながらも、顔には笑顔をはりつける。横浜でのあの失態を思うと、どういう顔をすればいいのかわからない。

「凛香ちゃん」

 走り寄って来たジャイさんは、いつもと同じくニヤついた笑みで私を見下ろし、「行こうか」と歩き出した。

「ちょっと待ってよ」
「なに? 俺、腹減った」

 なんとのんきな。
 もう会わないって言った、横浜での出来事をもう忘れちゃったの?

「あのさ、先に謝りたいんだけど」
「何を?」

 本気でわからないのか、首をかしげて困っている。

「横浜で……ごめんね」
「ああ……。でも、あれも凛香ちゃんの本音でしょ?」

 そう言われると、うなずくしかない。
 あの時の私は、悩みすぎて悲観的になっていたと思うけど、あれはあれで、私が出した答えでもある。

「少し散歩してからメシ食べるか」

 フジテレビやアクアシティがある方へと歩き出そうとしていたジャイさんがクルリと振り返って、海浜公園がある方向へと歩き出した。
 私も慌てて歩き出す。

「メシ食べてから話そうかと思ってたけど、きまずいからね。今、ちゃんと話そう」

 前を歩くジャイさんの表情は見えない。グレーのスーツの裾が風ではためくのを見つめながら、後ろをついていく。

「本当はもっと強引にやってくつもりだったんだよ。でも、凛香ちゃんの目がそれを拒むから、俺、躊躇してた」

 私の目が、って。私、そんな風に思われてたの?

「臆病になってたのは、俺の方かも」

 ふと振り返り、苦笑いを浮かべる。街灯の光を照らし出す瞳が潤んでいるように見えたのは、きっと気のせいだ。

「ジャイさん」

 走って、彼の隣に追いつく。
 スーツの袖を人差し指でほんの少し掴み、こっそりと深呼吸を繰り返した。

「一番近くにあるものって、目に映らないよね。近すぎて、よくわからない」

 波間のきらめきで、目が眩む。小さな自由の女神が見えてきた。遊歩道の手すりをつかんで、私が足を止めると、ジャイさんもすぐ後ろで、海を仰ぐ。

「まどろっこしいの、大嫌いなの。でも、今一番まどろっこしいのは私なんだよね」

 振り返り、ジャイさんを見上げる。
 潮風で柔らかい髪がゆれている。なんだかワカメが海で泳いでるみたい。

「ジャイさん、耳の穴かっぽじってよく聞いて」

 ジャイさんの首をつかみ、引き寄せた。眼前に近付いたジャイさんの目が、驚きで見開かれる。

「好き、に、なった」

 緊張で声が震えて、エセ外国人みたいな話し方になってしまった。恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながらも、ジャイさんから目を離さない。
 真剣な気持ちを伝える時は、ちゃんと目を見なきゃだめだ。そうじゃなきゃ、伝わらない。
 呆然としたジャイさんの薄い唇がぱっかりと開く。

「いつからかわかんないけど、好きなの! バカ! アホ! ジャイのバカ!」

 ずっと溜まりこんでいた気持ちが溢れかえって止まらない。
 そうだよ。いつからかなんてわからない。でも、私は、このバカに恋をしていた。
 だから、ずっと、考え込んでいたんじゃないか。
 セックスから始まった私たちがうまくいくのか、この気持ちが寂しさから来るニセモノの思いじゃないのか……。
 割り切れない気持ちを抱えて、入口も出口もわからないまま彷徨い続けていた。
 ジャイさんが好きだから、私はずっと悩んでいたのだ。
 好きだから。好きだからだ。
 それ以外の理由なんて、どこにも無い。

 だって、私は見つけてしまっていたんだ。
 妄言でしかない、運命の相手。
 ありえもしない運命の出会い。
 運命なんて、信じてない。あの日からずっと、あるわけないものにすがりつく気なんて全く無かった。
 でもね、でもでも。
 運命は出会うもんじゃない。創り出すもの。
 私は、今、この瞬間、自分の運命を創り出したのだ。
 あの日の始まりを、あの時の気持ちを、彼の言葉を、信じたのだ。

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【2010/05/20 02:02】 | Deep Forest(恋愛)
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