きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第5話 風船みたいに。

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 お湯の中でとろけそうになりながら、実由ははりのある体をなでた。
 べとついた汗は洗い流され、本来のみずみずしさを取り戻す。

 ふ、とため息をついて、これから先のことを考える。
 この家にお世話になっていいのだろうか。よぎるのは、厚志の優しい笑顔。

 目にかかるくらいのこげ茶の髪は、日に焼けて少し痛んでいた。
 たくましそうな浅黒い日焼けした肌は、その辺にたむろしているナンパな男を連想させるけれど、子供のようなくりくりとしたタレ目や常に上を向いた口角は、独特な甘い雰囲気を放っていた。
 田舎臭さの抜けない純朴さを残した、かっこいい男。
 厚志の印象はそんなかんじだった。

 触れた小指をなでる。くすぐったくて、笑みが零れ落ちた。
 パシャリと顔にお湯をかけると、一気に顔が赤らんでくる。
 少しだけ、この家にいたいと思ってしまった。

 厚志と話をしてみたい。もう少しだけ、彼と時間を共有してみたい。

 そんな欲求が胸に込み上げてきて、お湯の中に顔をうずめる。
 ブクク、と鼻から吐いた息が、泡となって飛び出した。





「お母さん、あのね」

 お風呂を出た後、母親に電話をかけた。実由の母、玲子(れいこ)はいつもの通りの気だるそうな声で「ああ、実由」とだけつぶやいた。

「アルバイト、していい?」
「いいけど、どこで?」
「海の家」
「海って、うちから何時間かかると思ってんのよ」

 二時間、と心の中だけで返事をする。

「だからね、泊まりでアルバイトするの」
「はあ? 家出してんのに?」

 家出してるから、じゃないの? と実由は言いそうになってこらえる。
 母は考え方が少しずれている。だから、実由の家出だって許容してくれるのだ。

「だめ? ちゃんとしてるところだよ?」
「電話番号と、その海の家の責任者? 経営者? 誰でもいいから名前を教えて。その人と話をしてみて、大丈夫そうだったらいいわよ」
「ほんと?」
「ふらふらうろつかれるよりはマシだわ。社会勉強でもしてきなさい。あんたはいつもふわふわふわふわ。風船みたいに浮いてるだけなんだから、地に足をしっかりつけて生きることを学びなさい」

 ぴしゃりと言い放たれて、何も言えなくなる。

 地に足がついていない、ふわふわ風船のよう。実由自身だって、自分のことをそう思っていた。
 しっかりとした『自分』がない。すぐに人に流され、あっちへこっちへと浮つく。
 こうだ、と主張することも出来ない。情けないくらい、風まかせな生き方。

「またあとで電話するね」

 電話を切って、まだ濡れた髪にタオルを絡ませる。
 
「結局、うちで働くの?」

 鋭い声音が聞こえて、実由はびくりと肩を震わせた。
 和斗がシャツの下に手を突っ込んで腹を掻きながら立っていた。

「……だめ?」
「いいけど、さっきまでは働かないって言ってたじゃん。どういう心変わり?」

 ストレートな物言いに、戸惑う。
 三白眼ぎみの目がまっすぐ実由に向かってくるから、怖くて仕方ない。

「ひとっ風呂したら、は、働きたくなった」

 びくびくしながらも声を大にして叫んだら、和斗の目がまあるくなった。すぐに目をそらされ、ブフフ、と口元を手で隠して笑いをこらえられてしまった。

「どんな風呂の入り方だよ」
「頭までしっかり入っただけだもん」
「あ、頭までって」

 また笑いをかみ殺している。なぜそんなに笑われているのか、実由にはさっぱりわからない。

「いいんじゃねえの? 手伝うやつが多かったら、俺のやることも減るし。その分、勉強できるしな」

 つんつん尖った黒髪をなでながら、和斗は踵を返して歩いていってしまった。


 ***


 働き出すのは明日からでいいと言われた実由は、一日を浜辺で過ごし、夕飯を食べた後は、家を脱け出した。
 ジーに会うためだ。
 家出して二日目の夜にあったジー。
 老人なのに凛とした立ち姿をしていて、若い頃はきっとすごくかっこよかったんだろうと勝手な想像を広げる。
 水族館の裏側の海に面した小さな庭が、ジーの居場所らしい。

 昨日、初めて会った時、ジーは煙草をくわえながら、「家出は継続するのか?」とニヒルに笑った。
 実由が「たぶん」とうなずくと、「気が向いたら、ここに来い。俺は毎日ここにいる」と遠くを見つめながらつぶやいた。
 実由に向かって言ったのだろうけど、その視線は黒い海に向かい、発した言葉は実由には向かってこない。独り言のようだった。
 だから、実由は返事をしなかった。それでも、ジーはきっとここにいて、実由が来たら喜んでくれる気がした。

「ジー、いる?」

 駐車場を突っ切って、建物の脇から顔を出す。白い尾が人魂みたいに揺れていた。

「あ、太郎」

 ジーの飼い犬の太郎が、実由の方を向いて、しっぽを振っていた。その隣で、ダンボールをシート代わりにジーが座っていた。

「ジー、来ちゃった」

 プカリプカリ、とドーナッツ型の煙が飛んでいる。
 返事をしてくれないジーだけど、わざと煙をドーナッツ型にしてくれている気がして、実由は嬉しくなる。
 スキップするように跳ねて、ジーの隣に座った。

「ジー、こんばんは」
「おお。来たのか」
「うん」

 煙草の煙が、むわっと広がる。
 それを手で仰いでいると、太郎がジーと実由の間に割って入ってきた。

「太郎って、メス?」
「なんでそう思う?」
「私とジーが仲良くしてるの、嫉妬してるんじゃないの?」
「じゃあ、オスかもしれないだろ」
「どうして?」

 真っ黒の目をじっと実由に向けて鼻をヒクヒクさせてくる太郎の尖った耳をつついてやる。

「お前さんに惚れて、俺を邪魔だと思ってるのかもしれん」

 まさかあ、と笑いながら、太郎のおなかをのぞいてみたら、ちょこんとシンボルマークがあるのを見つけてしまった。

「オスだ」
「ほらな」

 ジーが高らかに笑うから、実由もやっぱりつられて笑う。

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【2009/01/31 02:21】 | 神様がくれた(恋愛)
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