きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第53話 恋は落ちるもの

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 街並みは夜に融けて、ゆっくりと時を刻む。
 淡いオレンジ色は影を潜め、すっかり闇に沈んだ空を眺めながら、ため息を漏らした。
 大人になるにつれ、重ねていく経験。時にそれは、足枷となって、人生を迷わせる。
 何も知らなかった頃の純粋な気持ちは、きれいに包まり心の奥底に隠され、人生経験というウンチクまがいの頭でっかちな考えが、心の大部分を占めてしまうのだ。
 本当に大切なのは、その純粋な気持ちだというのに。

 四文字熟語を今ここで言え、と言われたら、私は「初志貫徹」と答えるだろう。初心忘れるべからず。最初の志を通せという言葉。
 志とはまた別だけど、最初に抱いた気持ちこそが、一番大切にしなければいけない感情に思えてならない。

 弟の彼女、郁ちゃんと別れた後、家路へと向かう道すがら、私ははたと足を止めた。ケータイを取り出し、電話帳を検索する。
 人通りの少ない裏道で、電柱の端に隠れながら、電話をかける。
 五コール目、聞きたかった声が電話越しに聞こえてきた。

「仕事中?」

 もうすぐ八時になる。でも、残業の多い仕事をこなす彼は、きっとまだ仕事の最中だろう。

 もう終わるよ、と短い返事が来る。そっか、とつぶやいて、二の句がつげない。

『そっちは? 残業?』
「ううん。もうすぐ家」

 お互い言いたいことがあるはずなのに、拒む空気が流れている。湿気の含んだ空気みたいなそれを払拭するように大きく息を吸い込んだ。

「あのさ、金曜日、ね」

 うん、という返事がやけに優しく聞こえて、涙が出そうになった。
 自分中心に生きる私を、なぜ彼は咎まないのだろう。

「おいしい飲み屋に連れてってよ」

 言うと、彼の笑い声が聞こえてきた。軽快な「OK」の返事に、ほっとする。

「じゃ、金曜ね」

 短く「バイバイ」と告げて、すぐさま電話を切った。
 胸が苦しくなって、ぎゅっとケータイを掴む。

 一緒にいたい、一緒にいたい、一緒にいたい。

 呪文のように繰り返す。

――好きって、どういう気持ち?
――一緒にいたいって、思うこと。

 そうだね。一緒にいたい。そばにいたい。そばにいてほしい。会いたい。……会いたい。


 ***

 家に帰ると、母親の「ゴハン早く食べなさい」というのん気な命令を無視して、二階の自室に駆け込んだ。
 深呼吸をくり返し、ベッドに座り込む。
 目の前に放り出したケータイを睨みながら、また電話帳を開いた。
 頭をもしゃもしゃに掻き、覚悟を決めて通話ボタンを押す。今度は三コール目で明るい声が聞こえてきた。

「もしもし」
『凛香ちゃん? どうしたの?』

 凛香ちゃんから電話もらえるなんて嬉しいな、と笑うから、なんだか申し訳なくて胃が痛くなる。

「ちょっと話があるんだ」
『なに?』

 ケータイで話してしまうことがためらわれた。どこかに誘おうかと思うが、それもためらう。
 気持ちが固まった今、別の異性と二人で会うという行為が、浅はかに思えたのだ。

「電話で言うの、すごく悪いんだけど」
『いいよ、言って』

 言わなくても伝わってしまうものなのだろうか。電話越しに、覚悟を決めた固さを感じる。

「私、気持ちに答えられない」

 早口でそう言うと、彼の息遣いがかすかに聞こえて、心臓がどくどくと音を立てた。

「嬉しかったけど、私、自分の気持ちと正面から向き合うことにした。だから、ごめんね」

 ちゃんと告白されていない。考えてほしいと言われた。
 だから、答えを出す必要がある。

『俺の方がいいと思うんだけどなあ』

 彼の明るい言葉に、少しだけ気持ちがほぐれた。

「私もそう思う」

 つい笑いながら答える。『だろ?』と彼も笑う。

『いいの? ちゃんと言ってくれないから辛いんじゃなかったの? 俺だったら、百万回でも言うよ。凛香ちゃんが好きって、何度でも言うよ』

 すごい殺し文句。
 ああ、もう。彼を好きになれたら、どれだけ楽だったか。
 でも、楽であるのを選ぶことと、幸せを選ぶということはイコールでは無い。
 苦しくても辛くても、選ぶべきなのは、もっと違う、もっと大切な理由なのだ。

「私の気持ちが一番大切だから」

 相手がどうのこうのなんて、そんなの、いいわけじゃないか。
 愛されているという実感だけを求めて、目をそらし続けていた。
 私を「好き」と言ってくれる人が、そのまま私を愛してくれる人だと、ずっとそばにいてくれる人だと、そういう人を求めていたけれど。
 結局は、やっくんにふられた自分に対する慰めでしかない。

 目をそらすな、隠すな、逃げるな。そう言って、私を叱咤激励するのは、紛れもなく私自身。

「だから、求めるの、やめることにした」

 言葉にした瞬間、すっと力が抜けた気がした。肩に入ったよけいな力が、足の裏から逃げていくような、体が軽くなるような感覚に、一瞬戸惑う。

『あー……』

 電話越しの低い声が、軽やかに弾む。

『今の、惚れる』

 漏れる笑い声に、私も笑う。

『うまくいくことを願ってるよ』
「……うん。ありがとう。あのね、本当にありがとね』
『こちらこそ』

 私を気遣ってくれる優しさに感謝しながら、おやすみ、と告げて電話を切る。
 優しい人。彼を好きになったら、きっと幸せになれたとも思う。
 でも、でも、でも。

 恋愛感情は、いつだって思い通りにならない。
 恋に落ちると言い出した人は、きっと天才だ。
 恋は落ちるもの。抗えず、ただ落ちていくんだ。

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【2010/05/15 02:37】 | Deep Forest(恋愛)
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