きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第40話 君を見つけた日

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 さすがにジャイさんの最寄り駅を待ち合わせ場所にするのは気がひけて、新宿駅に変更してもらった。しぶられるかと思ったら、即座にオッケーの返事が来て安心する。
 南口改札で落ち合い、飲み屋に向かう。ふかふかのソファーが売りのお店に入り、まずは乾杯のビールを頼んだ。
 最近は週一程度しか会っていないから、なんとなく緊張してしまう。しかもプライベートでの時間が増すにつれ、取引先の人という認識もすっかり薄れている。
 仕事終わりのジャイさんは気だるそうにネクタイをゆるめ、ソファにもたれて寛ぎモードになっている。

「疲れてる?」

 なんとなくだるそうに見えて、そう聞くと、ジャイさんは表情を緩めて小さく笑った。

「ごめん、そう見えた?」
「ううん、なんとなく」

 心を許してくれてるんじゃないかと思った。
 一瞬見せただけの表情だけれど、それは仕事を一緒にしていた時には一度も見たことがない表情だった。
 切れ長の瞳はいつもよりもゆっくりと瞬く。貼りついた笑みではなく、リラックスしているからこそのわずかな微笑み。

 気付いてしまう。
 これは、私しか知らない顔だ。
 岸川さんも英美子も……他の同僚も、知らない。
 だって、ジャイさんは会社にいる時も、この間、皆で飲んだ時も、こんな表情をしなかった。
 薄い唇に浮かぶ優しい営業スマイルはジャイさんの好感度をあげている。だから、同僚連中には評判が良い。
 けれど、あれは営業スマイルなのだ。
 今、私の目の前で笑みを絶やさないこの男は、酒で赤くなった瞳を潤わせ、ニコニコというよりはニヤニヤと実に楽しげにしている。
 
 こんなちょっといやらしい表情は、きっと私の前でしかしない。

「荷物、少なくない?」
「そう? いつもこんなもんだよ」

 仕事用のバッグはギリギリA4サイズの書類が入る物を選んでいる。荷物が重くなることを好まないから、社会人としては比較的に荷物が少ない方だろう。

「お泊りグッズは?」
「持ってくるわけないじゃん。付き合ってない男の人のところにほいほい泊まりに行くほど、飢えてないから」

 ぱっきりと否定してやったら、ジャイさんは唇を尖らせてブーブーと抗議して来た。

「持ってくるって言ってだろー。俺、楽しみにしてたのにな」

 甘えっこになってきた。

「あんなの勢いでオッケーしちゃっただけだもん。私を安い女だと思わないでよね」

 ダラダラと恋愛が始まるのは嫌だ。
 気付いたら付き合ってました、っていうパターンがいくらでもあるのはわかってるけど、そんなの私は嫌。
 ちゃんと気持ちを伝えるか、伝えられるかして始まらない恋愛なんて、したくない。

「安い女だなんて、思うわけないだろ? どっちかつうと固そうだなって思ってるよ」
「会ってすぐエッチした女を、固そう、って思えるもの?」

 よくわからないけど、カチンときてしまった。口調が荒くなる。いつもより低い声でぼそりとつぶやいた声は、周りの喧騒に消えてしまいそう。
 思った以上に角の立つ物言いをしてしまって、少しだけ心が痛くなった。
 ビールジョッキに添えていた手を、胸の前でぎゅっと握る。
 冷たくなった手の感触が、じわりと滲んだ。

「あれは関係ないと思うけど。最初なんて関係ない。大事なのは過程だよ」

 びっくりして、ジャイさんを見つめる。
 今のセリフ、聞いたことある。聞いたことあるっていうか、私自身が言った言葉だ。
 ジャイさんの何が不満なのかと舞子に聞かれた。エッチで始まる恋が嫌なのかと、問われた。
 答えは、ジャイさんと一致する。
 出会い方なんて、関係ない。
 恋愛は過程が大事で、結果は時と場合による。

「私もそう思うよ。でも」

 でも、わからないのだ。
 私の気持ちも、ジャイさんの気持ちも。

「ジャイさんがなにを考えてるのかわからない。遊びの女なら他を探してよ。失恋したての女なんて簡単に落ちると思ってるのかもしれないけど、私は違う」
「遊びじゃないって、言わなかった?」
「覚えてない」
「俺は本気だって言ったし、ちゃんと付き合いたいって言ったよ」

 そりゃ、言われたよ。
 でも、全部お酒の席でだ。酒の勢いってもんがある。

「凛香ちゃんが俺を信用しないのはなんで?」

 テーブルがキシリと音を立てた。私と真剣な話をしようとしているのか、ジャイさんはテーブルに膝をつき、片手で唇を軽くいじる。
 鋭い目つきに、ひるんでしまう。

「だって、あんな始まり方だし、ジャイさんは、ちゃらんぽらんな言い方しかしないし」

 しどろもどろの言葉が口の中でもつれる。楽しく飲むだけでよかったのに。
 なんでこんな居心地の悪い気持ちにならないといけないんだ。

「……私もそう思う、なんて言いながら、めちゃくちゃ気にしてるんだな」

 呆れたようなかすれた声に、私ははっとした。

「俺が誰とでもヤる男で、体の相性がいいからって、またヤりたいって思ってるからこそ、こうやって何度も誘ってるんだって疑ってる、そういうことだろ?」

 肯定してしまうのは気がひけて、うつむく。
 それを是と捉えたのか、ジャイさんは長いため息をついた。

「あの日、俺、仕事でけっこうでかいミスしたんだよ」

 ちらりと目だけ上に向ける。目を泳がせながら、ジャイさんは柔らかい髪の毛をくしゃりと掻いた。

「落ち込んでた。会社にも損害を与えかねない事態だったし、どうすればいいのかわからなくて、自信もなくなってたよ。そしたら、目の前に女神様が現れるんだから、捨てる神あれば拾う神ありってことわざはマジだよな」

 自嘲気味の笑みが零れ落ちる。

「女神って」

 つい私も苦笑いすると、ジャイさんは鼻でふと笑い、「だってそうだろ」と声を弾ませる。

「むしゃくしゃしてる時に、ヤりたいなんて言ってくるんだから、願ったり叶ったりだよ。ラッキーだと思った」

 男の人だったら、皆そう思うのかな。
 やらせてくれる女だって、そう思うのかな。

「二度と会うこともないだろうし、俺もあの時はただのノリだったよ。ヤってる時のあんたが『やっくん』『やっくん』連発するのも、正直ドン引きしたけど、やっくんとかいう男がうらやましいとも思った」

 ドン引きしてたのか。いや、私が逆の立場でもそうなるだろうから、反論できない。

「一夜限りの女だって思ってたから、俺もテキトーなこと言った」

 あの日の朝の会話は、しっかり覚えてる。
 リセットボタンを押してくれると、言った。この男は、そう言ってくれたのだ。

「俺のところ来れば? なんてまじでふざけたセリフ吐いたの覚えてる?」

 ああ、そんな会話もした。
 分厚いカーテンの隙間から零れ落ちた朝日を思い出す。
 妙に清々しい気分で、飛び越えた水たまり。朝日を反射して輝いていた。あのきらめきを、はっきりと思い出せる。

「凛香ちゃんも冗談だったんだろうけど、『私が見つける』って言ったよね?」

 まだ半分しか飲んでいないビールが回ってきたのか、頬が火照る。
 片手で頬を押さえながら、うなずいた。

「見つけたのは俺だったけど、また会えた」

 まさかの出会いだった。

「勝気なくせに弱々しくて、傲慢なことを言えばすっかり忘れてる。俺、びっくりしたよ。すげえ女だなって。『運命の相手ならまた会える』とかばかげたこと言ってたけど、俺は少しだけその言葉を信じたくなってたんだ」

 あの時は、冗談でしかなかった。戯言、甘言。ただの言葉遊び。
 それなのに。

「素直に、また会えたらいいって、あの日から思ってた。そしたら、また会えた。ウケるよな」

 そこ、ウケるところ?

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【2010/02/21 04:13】 | Deep Forest(恋愛)
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