きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第3話 ジーとミュー。

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 家出してから二日目の夜だった。
 実由は行く当てもなく、海岸沿いをふらふらと歩いていた。
 お風呂に入っていないせいでべたついた体と、それ以上にべっとりと気持ち悪い髪の毛を嫌悪していても、家に帰る気にはなれなかった。

 海側から吹きつける湿気まじりの風が首筋をなぞって体を冷やしてくれる。
 実由は夏のこの空気が嫌いではなかった。
 これでもかと地面を焦がした太陽が沈み、名残を残したまま夜がやって来る。じとじとした大気の中を時折風が吹けば、一瞬汗が引く。

「おっきいな」

 海の大きさに比べれば、実由が抱える物思いなんて、ちっぽけすぎる。
 けれど、そのちっぽけなものはずしりと重くて、抱えて持つには苦しすぎた。

 なぜこんなに重いのか。それさえもわからないのに、それは背中にはりついて取れそうもない。
 あがいてもあがいても、どんどん重さを増していくだけで、ただ混乱するだけだった。

 しばらく歩いたところで、白い何かが動いているのを見つけた。楕円形の固まりみたいなそれは四本足をパタパタと動かして、闇夜に飲まれていく。
 海沿いに小さな灯台のような形をした円錐形の建物が見える。その方向に『何か』は向かっているようだった。
 幽霊? と一瞬思ったが、あの動きは犬だとすぐに確信する。好奇心に後押しされて小走りでその後を追うことにした。




「わんちゃーん」

 誰もいないのに、ついつい小声で犬を呼ぶ。
 静かすぎる建物周辺を足音さえたてないように、気を使いながら進む。
 門には『大潮水族館』と書かれていた。この建物はどうやら水族館だったようだ。
 門にはチェーンをかけているだけだったから、実由でもすんなり侵入することができた。

 犬の姿はどこにも見えない。波の音だけがリズムを刻んで聞こえる。
 世界には実由しか存在していないような、何の気配もない場所。
 急に怖くなって、自分の腕を何度もさすり、体を縮こまらせる。

「――な……そ……」

 ふいに人の声がした気がして、きょろきょろとあたりを見回した。大きな駐車場の入り口に実由は立っていたのだが、水族館の方から声は漏れている。

「太郎、どこ行ってたんだ」

 声がしたほうへ進むうち、その声はだんだんとはっきり聞こえてきた。低いしわがれた声。だけど妙にでかくて、通る声だった。

「太郎、動くな」

 太郎、と呼ばれているのは、おそらく先ほどの犬だろう。こんな時間に散歩でもしてるのだろうか、と腕時計を見た。もう深夜二時を回っている。

「太郎!」

 犬の鳴き声が空に溶けていく。
 その声に反応してか、どこからともなく、別の犬の鳴き声が上がった。
 それに気を取られた瞬間だった。実由の足にごわごわな物体がしがみついたのだ。
 実由はあまりに驚いて、悲鳴さえあげられなかった。あんぐり開いた口からは息さえ吐き出せない。

「太郎、何してるんだ!」

 ガサリと生垣から顔を出したのは、白髪の老人だった。
 しゃんと伸びた背筋とたっぷりの髪の毛。ベートーベンのような髪形をしたその老人は、鋭い目を実由に向けた。たるんだ皮膚の下に力強い黒目が光り、ふさふさの白い眉毛がその存在を主張する。

「嬢ちゃん、こんな夜中に何してんだ」
「おじいちゃんこそ、何してんですか」

 しがみついたままの犬は実由の太ももを掴んで、腰を振っている。嬉しそうにハッハと息を吐き出し、実由を見上げていた。

「俺は家出だ」
「私も家出です」
「なんだ、そうか」

 老人は安心したように急に表情をゆるませ、犬の頭をはたいた。
 犬は「きゃん」と鳴き声をあげて、実由から離れていった。

「こっちに来るか? いい場所がある」

 親指でくいくいと後ろを指す動作が、妙に様になっている。家出老人だという時点で驚きなのに、実由の家出発言にも全く動じない不思議な老人。
 実由の反応なんて気にも留めず、老人は親指で指した方向へと歩き出した。
 見た目は七,八十代だが、背筋の伸びた堂々とした歩き方は、とても老人とは思えない。実由はどうしようか迷ったが、好奇心に負けて老人の後ろにくっついていくことにした。



 ***

 青々と伸びた芝生には、二枚のダンボールが敷いてあった。水族館の庭のような場所なのだろうか。建物から離れてはいたが、草木は綺麗に手入れされていた。

「嬢ちゃん、名前は?」

 ダンボールに腰かけた老人は、実由にも座るようにもう一枚のダンボールに目配せを送る
 おそるおそるそこに座ると、犬が老人と実由の間に割り込んできた。
 犬の体温や毛がちょっと暑苦しかった。

「おじいちゃんは?」
「俺か? 俺は……そうだな、Gと呼べ」
「……なにそれ? 召使い? じい?」
「アルファベットでGだ」
「……意味わかんない」

 ジーは真剣な顔で夜空を見上げている。冗談なのか本気なのか、全くもってわからない。

「嬢ちゃんは?」
「じゃあ、私はμ(ミュー)」
「鳴き声か?」
「違うよ。ギリシャ文字」
「意味わからん」

 ふっと右端の口角だけを上げて笑うジーの姿はシニカルで、少しかっこいい。老人の色気だな、と実由は感心してしまった。

「ジーはこんなところで何してんの?」
「俺はここで寝ようとしてんだよ」
「ほんとに家出してんの?」
「そう言ってるだろうが」
「ホームレス?」

 ホームレスにしては、ジーは小奇麗な格好をしている。白いYシャツに、グレーのスラックス。足元はビーチサンダルだけれど、はずしテクのおしゃれだと言われたら、納得してしまいそうなほど、なぜかかっこよくみえた。

「ホームレス? 言い得て妙だな。俺にはホームはねえ」
「ふうん。私と一緒」
「お前も帰る家が無いのか」

 無いわけではない。
 この海から電車を二時間乗れば、両親と兄一人と暮らす家がある。気ままな実由を優しく迎え入れてくれる両親、意地悪だけどここぞという時は優しい兄がいる。恵まれた環境にいることを、実由自身が一番わかっていた。

「家はあるけど……」
「俺と一緒だな」

 声高らかにジーは笑う。
 なんでそんなに面白いのかわからなかったけど、実由もなぜか笑っていた。



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【2009/01/28 01:39】 | 神様がくれた(恋愛)
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