きよこの書き散らかし小説。
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Fly high, High sky

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第15話 私たちの距離

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 福島県から南下し、千葉県を目指す。
 途中途中でコンビニに立ち寄り、その度に私はしびれた足と腰を伸ばした。
 さすがに三日連続の運転は疲れた。そろそろこの旅も終わりにしたいと言ったら、美月は怒るだろうか。
 本日五件目のコンビニに寄る頃には、すっかり日も暮れ始めていた。
 田舎道のコンビニは、隣にある林からの蝉の声が絶えず聞こえ、アスファルトから立ち上る熱気のせいか蜃気楼のように思えた。
 自分勝手な美月は、運転手そっちのけでまたもや爆睡している。
 天使のような寝顔をひょっとこみたいな顔になるまでつねってやりたい衝動を抑えて、コンビニに入った。
 冷房の効いた店内に入ったら、暑さに慣れてきていた体をいっせいに鳥肌が覆いつくす。
 腕をさすりながら、せわしなく動いている店員のおばちゃんに声をかけた。

「この辺にビジネスホテルってあります?」

 なんか仕事をしている最中に話しかけられたからだろう。ものすごいめんどくさそうな顔をされてしまったが、おばちゃんは「もう少し行ったら、名前は忘れたけど安いホテルありますよ」と指をさして教えてくれた。
 お礼のつもりでアイスとガムを買って、コンビニを出る。途端に蝉の声が雨みたいに降り注ぐ。

 いつの間に起きたのか、美月が車から出て、ぼんやりと夕焼けを眺めていた。

「眠り姫、お目覚めですか」
「王子様がなかなか現れないから、自分で起きました」
「まあ、哀れ」

 助手席側で車にもたれかかる美月に、運転席側からアイスを手渡すと「わああ! ありがとう!」と大歓声を上げてアイスにかぶりつく。

「綺麗だね」

 光を陽炎みたいに漂わせ、少しずつ暮れていく太陽は、美月の白い肌をオレンジに染めていた。

「私、夏の夕暮れって好きだなあ」

 感慨深げにつぶやく。私もうんうんと深くうなずいた。

「夏は夕暮れだっけ? あ、夏は夜か」

 昔、教科書で読んだ何かの言葉を思い出した。春はあけぼの……なんとかかんとか。

「春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて、ってやつでしょ? 清少納言の枕草子だよ」
「美月、よく覚えてたね」

 当然でしょ、とつんとすまして見せる美月をわざと鼻で笑ってやる。

「夏は月夜もいいし、蛍もいいよね、雨が降っても赴きあるじゃん。っていう内容だよ。私も好きだなあ。清少納言、いいこと言うよ。夏の涼しい夜風に風鈴が鳴ってさ、まんまるの月が白く輝いてるの。蛍が星みたいに夜空を舞って。雨の名残みたいな湿気の匂いもたまらんたまらん」

 美月が言うと、清少納言の赴きある言葉も台無しに軽くなる。

「そろそろ行こっか。早く休みたいでしょ」

 美月に促され、車に乗り込む。
 夕暮れの光は車の中もオレンジ色に染めていた。


 ***

 古びたビジネスホテルのツインルームにチェックイン出来た私たちは、すぐに思い思いに寛ぎだした。
 ゴハンはいつも通りコンビニ弁当で済ませ、たらふくになったところで、私はすぐに風呂に入った。
 髪を乾かし、ベッドに潜る。
 美月は風呂に入らずに寝巻きに着替え、お菓子を抱えてテレビに見入っている。
 連日の運転ですっかり疲れている私は、布団に入った時点ですでに半分眠りそうになっていたが、テレビの音が気になって、なかなか寝付けない。

 美月に「そろそろ寝ようよ」と声をかけたら、素直にベッドに倒れこんだ。
 歯磨きは? と言おうと思ったけど、めんどくさいから言わないことにした。
 美月が布団にちゃんと入ったのを見届けて、部屋のライトを消す。
 窓のカーテンの隙間から零れ落ちるネオンの光が、薄闇の中でレース模様を描いていた。

「そういえば、美月はなんでこんな旅行思いついたの?」

 憂さ晴らしなら、別にこんなあっちに行ったりこっちに行ったりするようなしちめんどくさい旅をしなくてもよかったはずだ。海なり山なり、楽しめるスポットなんて山ほどある。

「えー。桃源郷探しだってばあ」
「はいはい。それはわかったから」

 美月の妄言には付き合いきれん。

「んー……なんて言うかなあ。私たち、今、いろんなことを決めなきゃいけない時期じゃん?」

 二十二歳。ストレートに大学に行った子なら、社会に出る歳だ。
 私たちは人生の大きな節目にいる。どこの会社に行くのか、どんな仕事をするのか、どうやって社会と関わるのか……。
 今決めた道によっては、仕事に生きることをこの先選ぶかもしれないし、腰かけOLになって結婚することになるのかもしれない。
 今はまだはっきりと見えないけれど、たぶん、大切な選択をしようとしているのだと思う。

「人生のおっきな岐路にいるんだよね。すごく大事なところにいる気がするんだ」

 うなずく。もしかしたら、私たちは、人生を左右する分かれ道の前に立たされているのかもしれない。
 その自覚はとてつもなく薄いけれど。

「だから……よけいにさ。今だから出来ることをしたいんだよね。こうやって意味もなんもないことが出来るのも、まだ子供で通じる今だけなんじゃないかって思うし」

 二十歳を越えれば大人の仲間入りだ。でも、学生という身分は、自分を子供のままでいさせてくれる。はめをはずしても許される甘えたポジションに、私たちは安住している。

「それにね、和実と二人で遊べるのも、これが最期な気がしてさ」
「何言ってんの」
「だって……大学入ってから、私たち、距離が出来たじゃん。なんとなく、こうやって疎遠になってくんだろうなって思ってたんだよ」

 美月と離れたくて、私はわざと美月と遊ばないようにした。
 そうしなければ、美月が嫌いになるって、自覚していたから。
 嫌だった。美月を嫌いになることが。だから、距離を置いて、嫌いにならないポジションを保ちたかった。

「きっとこのまま離れて、それこそ同窓会とかで会って『和実じゃーん、久しぶりー! 十年ぶりだよねー!』なんて言い合うようになるんだろうなって」

 小学生からずっと隣を歩いてきた。
 それが当たり前だった。
 だから、その当たり前を苦痛に感じ始めたことが、怖かった。
 離れていく距離を実感していたのは、何も私だけじゃなかったんだ。美月だって、気付いていた。
 私たちは、いつの間にか、お互いがお互いの距離を遠ざけたくて、それが怖くて近付きたくて、二人の間に出来た大きな溝に気付かないふりをし続けていた。本当はもう、とっくの昔に知っていたのに。

 もうきっと一緒にはいられない。
 亀裂は少しずつ広がる。

「ずっと子供でいられたらいいのにね。大人になんてなりたくないよ」
「そんなの、無理だよ」

 環境や友達を変えながら、どんどん大人になる。それは絶対に抗えない。

 天井に向かって伸ばされた美月の細い手が、薄闇に白く浮かびあがる。
 今頃気付いたけど、美月、やつれたんじゃないだろうか。
 細すぎる腕をつかんで「ちゃんとゴハン食べてんの?」と説教したくなったけど、ぐっとこらえた。

「もっと大人になったら、もっともっと私たち、離れていくよね。和実が中学生の時に言ってたみたいに。私たち、ずっと一緒にいられない」

 時間を止めてしまいたくなるんだよ。美月は呟いて、体をひねらせた。
 張りのあるシーツのすれる音が響く。

「ねえ、和実は中学生の時に言ったこと、まだそう思ってる? ずっと一緒にいることが、ずっと味方でいることが友達じゃないって、言ったじゃん? 今でもそう思ってる?」

 うん、小さくうなずいた。

 その考えは変わってない。
 ずっと一緒にいなくたって、味方だって言えなくなっても、それでも、私たち友達でしょ? そう言い合えるようになりたい。
 誰かに寄りかかるんじゃなく、自分の足で立つことが、美月には必要だと思うから。

「和実、私ね」

 美月の消え入りそうな声が、なんだか切なくて、私はぎゅっと目をつぶって、シーツに顔をうずめた。

「だめなんだ。何もなくなった気がして、自分が空っぽになった気がして。駿介と別れてから、もう、何も、見えなくなっちゃった」

 冷房の機械音が耳障りだった。
 美月のか細い声を聞き取ろうと、耳に神経を集中させるのに、妙な悪寒がして、意識が分散してしまいそうになる。

「怖い。怖いんだよ。独りでいることが怖いの。私、今、大切な時期にいるってわかってるのに、目指したいものが何も無くて、何をしたらいいのかわからないの……。皆、離れてくだけで、そばにいてくれない。全部、通り過ぎてくだけなんだよ。友達も彼氏も」

「美月、なに馬鹿なこと言ってんの」

 ばっと体を起こし、美月がいるはずのベッドを睨む。

「美月?」

 けれど、そこに、美月の姿は無かった。

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【2009/12/01 03:57】 | Fly high, High sky(青春コメディ)
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