きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第43話 グッドタイミング? バッドタイミング?

+++++++++++++

「また朝帰り!」

 家に着いた途端、母親に怒鳴りつけられた。こっそり部屋に入って何食わぬ顔してようと思ったのに。お母様は仁王立ちで待っておられました。
 まさか玄関でずっと私の帰りを待っていたわけないだろうけど、なんでちょうどよく玄関にいるかね、この母は。

「朝じゃないから、朝帰りじゃないもん」

 小学生並のいいわけを口にしたら、母の目がいっそうつりあがった。口は災いの元……。

「彼氏と別れたと思ったら、もう新しい人出来たの?」

 なんで別れたこと話してないのに知ってんだ。

「まあ、うん」

 あいまいに返事すると、でっかいため息をつかれた。

「今度はうちに連れて来なさいよ。あんたも豊介も恋人が出来てもこそこそするんだから。紹介くらいしてくれたっていいじゃない」

 いや、紹介なんてしようもんなら、舞い上がって結婚結婚になるでしょうが。適齢期の娘なんですから、そのくらいわかってるっつうの。

「あんまり夜遊びばかりするんじゃないわよ」

 ぶつぶつと文句言いながら、母は掃除機を抱えて居間に行ってしまった。
 安堵のため息を漏らしながら、二階にある自室に引っ込む。
 ベッドに体ごと倒れこんで、枕を抱き寄せる。
 ジャイさんと付き合うことになってしまった。しかもやることやってしまった。もっと焦らすべきだった。流されやすい性格だったのか、私は。
 思い出すだけで体中が火照ってくる。初めてジャイさんと会った日の夜よりも優しい手つきと甘い言葉。すっかり酔わされて、溺れかけた動物が空気を求めるかのようにジャイさんと繋がることを望んだ。
 薄闇の中で、私を見つめる切れ長の瞳が愛おしく思えて、ごつごつと骨ばった体をぎゅっと抱きしめた。
 こぼれそうになる言葉の数々を必死に飲み込んだ。
 私からそれを言ってしまうことが憚られた。
 幼稚な恋の駆け引きを、私はまだ続けようとしてる。

 抱きしめた枕が変形しまくってることに気付いて、両手を広げる。ちょうどその時、放り投げたケータイが着メロを響かせた。

『六時に六本木駅の二番出口に待ち合わせでいいかな?』

 あて先:うこん君。

 ウコン君って誰? 頭にハテナマークが飛び交いまくったところで、口がドカンと落ちるように開いた。
 すっかりすっかり忘れてた!
 舞子の大学時代の友達だ。食事に行く約束をしてたじゃないか!

 どうしよう。断ろうか。断った方がいいだろう。
 そう思い、親指を動かしかけた時、またメールが来た。嫌な予感に冷や汗をかきながら、メールを開くと、『予約取ったから、遅刻厳禁でよろしく』とニコニコマークがニコニコしている。
 なにこれ。私の思考回路を覗いたんですか。タイミング良すぎ。
 どうしようかと腕組みしながら逡巡して、まあいいかと結論がすぐ出た。
 どうせ彼とどうこうなることも無いだろうし、やましいことをしようとしてるわけでもない。
 この一回こっきりのこと。六本木でおいしいゴハンにありつきたいし。

 すぐに体を起こし、クローゼットを開く。そうと決まればとっとと準備をしないと。


 ***


 夏は日が長くて好きだ。もう六時だというのに、太陽はまだ白い光を発している。カーディガンの裾を直しながら、ぼんやりとビル群を見上げていたら、ポンと肩を叩かれた。

「ごめん、俺の方が遅れたね」
「ううん。私もさっき来たばっか」

 白いTシャツにブラックジーンズというこざっぱりとした格好で現れたウコン君は、大きな瞳を細めて笑いかけてきた。
 真夏の光線でいっそう爽やかさに磨きがかかってみえる。まぶしいっ!

「行こうか」
「うん」

 土曜の夕方という時間帯のせいだろう。カップル達が手をつなぎ歩く姿がそこかしこに見える。微妙な距離感を保ちながら歩道を進む私たちも、彼らから見れば、立派なカップルなんだろう。

「イタリアンの居酒屋でさ。すごくおいしいから凛香ちゃんを連れて来たかったんだ」

 人ごみに翻弄されそうになる私をかばうようにほんの少し後ろを歩いてくれる、その気遣いがニクイ。
 絶対この人モテるんだろうなあ。

 六本木ヒルズの少し手前の路地裏に入ると、途端に人通りが少なくなる。お店の看板がオレンジや緑や白い光を放ち、ガラス窓に反射する。
 その一角こじんまりとしたヨーロッパのおうち風なお店が、どうやら目的のお店のようだ。
 ランプの淡いオレンジ色に照らされる店内は、落ち着きのある木目調の家具で統一され、赤いカーテンがクーラーの風で揺れている。
 隅の席に案内され席についたところで、店員がキャンドルをひとつ、テーブルに置いた。
 半地下のせいか、店内は暗く、キャンドルのオレンジの光が妖しく揺れる。ムードがあるお店だなと、辺りを見回す。二人席ばかりで、ほとんどがカップルのようだ。

「料理がすごくおいしいんだよ」

 料理メニューを睨み、おいしそうなものをチョイスしていたら、頼んでおいたビールがやって来た。
 料理を適当に頼んで、乾杯を交わす。
 グビリと飲み込んで、口元についた泡をそっとぬぐい、「おいしい」と声を漏らす。ウコン君は、「凛香ちゃんって、豪快だなあ」とクスクス笑ってきた。

「舞子から凛香ちゃんのことずっと聞いてたからさ、なんだか初めて会った気がしないよ」
「舞子のやつ、何言ってたの? 凛香はいつも行動が変とか?」
「それはよく言ってた」

 やっぱり! 舞子のバカ。

「ずっと会ってみたかったんだよなあ。思ったとおり、かわいくて面白いね、凛香ちゃんは。会いたいって、言ってみるもんだよね。タイミングも良かったし」

 タイミングって、私とやっくんが別れたタイミングってこと?

「ほら、これおいしいんだよ。食べて」

 差し出された肉料理をぱくりと口に放り込む。
 ぱっちり二重の瞳が、私の一挙手一投足に降り注がれていることに否が応でも気付く。温かみのある視線で嫌な気はしないけど、食事をしているところを見られているっていうのはどうにも恥ずかしい。うつむき加減になりながら、もぐもぐ食べるしかない。ちょろりと目線を上げたら、ウコン君とバチンと目が合う。
 ふっと細められる瞳に、キャンドルのオレンジ色が灯されていた。

+++++++++++++

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更新が遅くなり申し訳ないです。
月末月初は仕事がもりもりなのと、飲みに行って遊び呆けてたら、もう3月11日(苦笑)

アルファポリスの恋愛小説大賞にエントリーしてたのですが、気付いたら終わってましたね・・・
もしも投票してくださった方がいましたら、ほんとにほんとにありがとうございます。

来週、香港に旅行に行って来ます。
オススメスポットとかあったら教えてください(^^)

拍手やコメントもいつもありがとうございます。
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【2010/03/11 02:31】 | Deep Forest(恋愛)
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第44話 やり手王子、襲来

+++++++++++++

 ふんぞり返りながら弟に熱弁した『モテ期』のことがよぎった。
 まさに今、私はモテ期にいるんじゃないだろうか。

 高二の頃だったか、彼氏をとっかえひっかえしたことを思い出す。あれが人生一番目のモテ期だった。遊びすぎたことに神様が罰を与えたのか、その後、大学を卒業するまで全くモテなくなるわ、好きな人にはこっぴどく振られるわで不遇な恋愛経験を積んだ。
 社会人になってからの恋愛だって、やっくんのことだったり、他にもあるけど、あんまりいい恋愛はしてない。
 そこに来てジャイさんにウコン君だ。

 これまでの経験からしたって、二兎を追うもの一兎も得ず。こういうパターンの時っていうのは、絶対どちらともうまく行かなくなる。
 ジャイさんとの恋愛が進み始めたっていうのに、こういう人に出会うって……嫌な予感がする。
 だが、しかし。『会ってみたかった』って言われただけで、この人が『私を好きになるかも』と思うのはどう考えても自意識過剰だし、早計ってもんだ。
 気に入られてはいるだろうが、恋愛までは発展していないはず。
 だったら、変に意識せずいつも通りにすればいい。
 私にその気が無いとわかれば、おかしなことにもならないだろうし。
 そう納得して、私はフォークに肉をブスッと刺すと大口を開けてぱくついた。
 小食ぶってかわいこぶるつもりはない。『女の自分』を作る必要なんて無い。
 この人の気を引こうとする気が無いから、素の自分でいればいい。

 ウコン君が薦めてくれた肉料理や野菜料理は、本当においしかった。
 濃厚なソースの味が口の中に充満して、肉や野菜の歯ごたえが食欲を刺激する。ほっぺが落ちてしまいそうとはまさにこのことだ。
 ひとしきり料理を食べたりお酒を飲んだりしたところで、「そろそろ帰ろうか」とウコン君が立ち上がった。

「あ、お会計」
「いいよ。もう払ってきたし」
「え? いつの間に?」

 さっきウコン君はトイレに行ったから、その時ついでに払ってくれたのだろうか。お財布を取り出しお札を何枚か出したら、ウコン君に手を押し返された。

「今日は俺の誘いだからさ。おごり」
「でも」
「いいからいいから。楽しい時間をもらったから、それで満足」

 そう言って、ウコン君はふっくらとした唇に笑みを浮かべる。
 もうなんていうか、紳士のオーラが見えるよ、この人。小花柄っぽいやつ。

「ありがとう」
「いえいえ」

 お店の外に出ると、心地良い風が頬をくすぐる。お酒で火照った体にはちょうど良い外気で、ウコン君の横で「んー」と伸びをした。

「気持ち良さそう」
「うん。料理もお酒もおいしかったから。満腹で幸せ」

 さっきまで食べていた料理の味が口の中に甦る。牛肉のカルパッチョやアンチョビのパスタ、マルガリータのチーズの味……この店の場所、ちゃんと覚えておこう。

「凛香ちゃん、幸せそうな顔でゴハン食べるから、俺もなんだか幸せな気分になったよ」
「うそ! 食い意地はってる顔してた?」
「してたしてた」

 クスクスと笑われて、むくれてしまう。だっておいしかったんだもん。がっついて食べちゃうに決まってるじゃん。

「怒らないでよ、かわいかったってことだよ」
「お世辞うまいね。でも、素直に受け取っておこうかな。ありがと」

 かわいかったと言われれば悪い気はしない。現金なこった。

「あ、駅こっちだよ」

 左に曲がろうとしたら、ウコン君に腕をつかまれ引っ張られた。

「あれ? こっちから来なかったっけ?」
「凛香ちゃん、方向音痴?」

 成り行きとはいえ、そのまま手を繋がれてしまった。突き放そうと思ったが、さすがにそんなまねできなかった。だって、おごってもらったし……。
 おごりって怖い。おごりマジック。

「もう一軒行かない?」
「え……、うーん。終電もうすぐだしなあ」
「大丈夫だよ。明日も休みなんだし」

 確かに明日は日曜で休みだが、二夜連続で朝帰りなんかしたら、母のみならず父からも雷落とされるだろう。父は普段怒らないだけに怒らすと死ぬほど怖い。

 小さい頃、弟と喧嘩して弟を泣かせたら、父が怒ってしまったことがある。どんな内容の喧嘩だったかは覚えていないが、父があれだけ怒るのだから、私が一方的に悪いことをしたんだろう。
 父の体からにじみ出る怒りのオーラに気付いた幼い頃の私は、危険を察知しトイレに逃げ込んだ。そしたら父が追いかけてきてトイレのドアをがんがん叩いてきた。
「隠れるんじゃない! 出て来い!」と怒鳴られた記憶は未だ鮮明で、悪いことをしでかすと必ずトイレのドアを叩かれまくる夢ばかり見るようになってしまった。
 どう考えてもトラウマだ。

「ごめん。親がうるさいんだ」

 あんまりうるさくないけど、嘘ではない。
 肩をすくませて謝ると、ウコン君は残念そうに眉尻を下げた。

「そっか。じゃあ、今日は諦めるよ。代わりにまた来週遊んでくれる?」
「え」

 それはそれで困る。だって、一応、私にはジャイさんという彼氏が。
 って、彼氏。ジャイさんが、彼氏! ちょっと奥さん、聞いた? ジャイさんが彼氏ですって!
 ウケるんですけどー!

 ……酔ってるのかもしれない。
 脳内でわけのわからんボケツッコミをしながら、あいまいに笑うしか出来なかったら、ウコン君はきゅっと握った手に力をこめてきた。

「俺、ここでお別れするの、けっこう寂しいんだよ?」

 ちょ、ちょ、っと、奥さん聞いた?! ここにかわいいコネコちゃんがいるんだけど!
 普段の私なら「寂しいとかサムイこと言ってんじゃねえよ。ケッペッ」とか言いかねないセリフなのに、すがるような目つきとフンワカ唇からこぼれるセクシーボイスが寒々しさを吹っ飛ばした。

「いや、えっと、あの、さ」
「来週、映画でも観に行こう。二時にまた六本木駅ね」
「あ、で、が」
「凛香ちゃんは地下鉄だよね? ここでお別れ」

 そっと背中を押され、そのまま地下鉄の改札を通り抜けてしまった。
 ウコン君はにっこりと笑い、「ホラ、終電来ちゃうよ」と駅のホームを指差す。

「う、あ」

 すっかり日本語がしゃべれなくなった私はうなずくだけうなずいて、仕方なくホームへの階段を降りる。
 振り返ると、ウコン君が手を振って見送ってくれていた。
 右手を少し振って、すぐに階段を駆け下りる。

 なんなんだ、なんなんだ。あのやり手王子は。ウコン王子だ! ウコン王子、怖い!

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【2010/03/14 02:48】 | Deep Forest(恋愛)
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第45話 晴れのち曇り、時々雷雨

+++++++++++++

 好きという気持ちはどこから発生するものなんだろう。どの瞬間に好きだと思うのだろう。
 純粋に相手を好きだと思う、そういうものを失ったのは、いつだったろう。
 たとえば高校生の頃、性格や容姿で恋に落ちたのは、その人ひとりの価値を見出してのことだ。
 だけど、大人になると、付加価値を求める。経済力や包容力、生活力や社会人としてのレベル。一定の生活レベルを保てない男、許容範囲のせまい男、マナーを守れないような男や社会人としてあるまじき行為を平気でする男なんてのは、どんなに性格や容姿が好ましくても恋愛対象からは外れていく。
 もちろん、そういったものを気にしない女もいるだろうが、アラサー世代の女の大半は、性格や容姿よりもそういう付加価値に基準を設けるんだと思う。

 女は経済力、男は容姿を相手に求めるのだと誰かが言っていたが、あながち間違ってはいないんじゃないだろうか。

 それじゃあ、私は『彼』に何を求めるのだろう。
 一緒にいることの安心感? 結婚して生活を共に出来ること? 裕福とまではいかなくても安心した生活を送れる経済力?
 ……どれも違う気がする。

 やっくんに対しては、一体何を求めていたんだろう? やっくんといる時の平穏な空気が好きだった。彼の醸し出す空気感が心地良かった。陽だまりにいるような穏やかさを、やっくんは与えてくれた。
 だけど、やっくんに求めたものと、これから付き合う人に求めるものは、全く別物だろう。
 私はジャイさんに何を求める?
 ……わからない。

 ジャイさんから何かを与えてほしいと思ったことがない。ただ、つらい時にそばにいてくれて、勇気づけてくれた。欲しい言葉をくれた。背中を押してくれる手が、いつもあるって教えてくれる。
 彼といると、強さを思い出す。
 私の中にある『強い部分』を引き出してくれる。
 同時に、見ないようにしていた自分の粗(あら)と向き合わされてしまうけれど……自分と向きあわなければ、前に進むことは出来ない。

「佐村」

 頭上から降ってきた威厳ある低音で、はっと我に帰る。少しの間いじっていなかったパソコンはスクリーンセーバーの青白い光を右に左に躍らせていた。
 ぼーとしていた私を怒る様子もなく、課長は首を左右に振って肩の凝りをほぐしながら、書類をデスクに放った。

「ここの数字、間違えてるぞ。午前中に直して提出するように」

 マウスを握る手の上に乗せられた書類を見ると、ミスをした数字に赤線が引いてあった。三箇所も間違えてる。

「申し訳ありません」
「佐村らしくないな。いつもはほとんどミス無いのに」
「気を付けます」

 口を真一文字に引き締め、マウスを動かす。スクリーンセーバーは消え、画面がエクセルのページに変わる。

「しっかりな」

 ポンと私の頭を小突いた後、課長は自分の席に戻っていった。ばれないように短くため息を吐いて、立ち上がる。コーヒーを淹れに給湯室に入り、マグカップを軽くゆすいだ。

 プライベートのことが仕事に影響したのだろうか。最近は少しミスが増えてきている。
 やっくんに振られた時はがむしゃらに仕事をして憂さ晴らししていたところもあって、気持ちが落ちている時期とは思えないほど充実した仕事っぷりだったのに。
 最近ときたら、頭の中が霞がかったようにはっきりしなくて、ついついぼんやりしてしまう。

 何が原因って、ジャイさん、なんだろうなあ。

「あー……嫌になる」
「どうしたの? お疲れ?」

 いきなり声をかけられたからびっくりして顔を上げた。給湯室の入口で仁王立ちしていたのは英美子だった。

「なんだー。サボってるのばれたかと思った」

 安心して肩をなでる。英美子は「私もサボり」とコーヒーをカップに注ぎ、ゴクリと飲み込んだ。

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「うーん」

 週明けの月曜日だ。元気も出ない。だけど、それだけじゃない。

「英美子はどう? 最近」

 どう? って一体なにが聞きたいんだ。主語の無い言葉に英美子は首をかしげてはいたが、内巻きにした髪をなでながら頬を赤く染めた。

「一応、退社の日が決まったよ。来月末。あんまりたいした仕事してなかったし、後任がすぐに決まったから、早めに辞められるみたい。ネイルの学校も決めてきたから、再来月からはスクールに通って職探しかな」
「職探しって、ネイルの?」
「うん。資格取れたら未経験で入れるところ探す予定」
「そっかあ。頑張って」

 ネイリストになりたいと聞いたのはつい最近のことなのに、とんとん拍子に進んでいく英美子には驚かされてしまう。
 決断を次々に出来てしまう彼女がうらやましい。

「凛香は?」
「え、私?」
「だって、暗い顔してるもん。だめだよー。そんな顔して仕事しちゃ」
「うん」

 そんなあからさまに暗い顔してたのか……。課長も怒らないわけだ。

「なんかさあ……心の中がもやもやしてて、晴れないというか」
「恋愛的なこと?」
「そうだね。相手の気持ちが全く見えなくて。そういう時に限って、アタックのうまい男が乱入してくるから、よけいに混乱するというか」
「相手って、赤峰さん? それともアタック男の方が赤峰さん?」
「相手。アタック男はまた別。この間、合コンして知り合った人」
「ふうん」

 英美子はニヤニヤしながら、目を細める。英美子、絶対楽しんでる……。

「赤峰さんって、まだ告ってこないんだあ?」
「付き合おうとは言われたけど」
「じゃあ好きってことじゃん」
「でも、言葉が欲しいの! ちゃんと好きって言ってほしいんだよ」

 英美子はウフッと唾を飛ばしながら一瞬噴き出して、すぐに真顔に顔を作り直した。やっぱり楽しんでやがる。

「赤峰さんのこと好きなんだねえ」
「ええ? なんで? 別に好きじゃないよ!」
「否定しなくてもいいじゃーん。だめだよう。自分に素直にならなきゃあ。相手の気持ちを気にするなんて、相手に対して自分がなにかしらの気持ちを持ってるからこそじゃん。凛香っち、意地っ張りだあ」
「そ、それはさあ、だって、それは」

 ごにょごにょとしか言い訳が言えなくて、だんだん声が小さくなってしまう。
 英美子は含み笑いをしながら、マグカップ片手に「もう戻らなきゃ」と足を弾ませて行ってしまった。
 その背中を見送りながら、熱いコーヒーの入ったカップを握りしめる。

「だって、嫌なんだもん」

 子供みたいだ。
 でも、気付かないふりしてただけで、わかってることなのだ。
 ジャイさんにも言ったこと。そして、言われたことでもある。

 傷つくのが怖い。

 気持ちが見えず、恋をして、その結果が破綻だったとしたら。
 独りよがりな思いを先走らせ、思い違いで結末を迎えたりしたら、どれだけ惨めな思いをするのか。

 私は卑怯だ。
 相手に言わせることで、安心感を得たいだけだ。
 私が好きになったわけじゃない、相手から好きだと言われて始まったことを免罪符にしたいだけ。
 自分の気持ちが大きくないのなら、終わりを迎えても傷は深くならない。

『好き』と言葉にしたら、それは大きく膨らんで、風船みたいに割れるまで膨張し続けるだろう。
 それがわかっているから、歯止めをかけていたい。


 傷つきたくない。逃げ道を用意していたい。



 私は。
 臆病な人間になっている。

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香港

香港に行ってきました!
夜景がものすっごい綺麗でしたー。
特にアクアルナというクルーズ船から見る夜景はちょうオススメ!!

シンフォニー・オブ・ライツの時間に合わせて乗ると、すごい楽しめます。
船内に流れる音楽に合わせて(ラジオなのかな?)香港のビルから光が踊る姿はもう「きれいー!」としか言えない。

香港島からの夜景も九龍半島からの夜景も両方見れるから、どっち見たらいいのやら状態(笑)

あとはピークトラムが面白い。
急勾配を進む電車で、ほんとに急勾配で肩凝った笑
ピークトラムで登ったら、高台からオープンバスで降りると面白いと聞いてそうしてみたら、これも楽しかった。
残念ながらオープンバスには乗れなかったんだけど、二階建てバスが右に左に揺られながら山を降りるので、ジェットコースターみたいなの。

香港に行く機会がありましたらぜひぜひお試しあれ!

アクアルナ




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【2010/03/21 03:39】 | Deep Forest(恋愛)
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第46話 言葉をくれる人

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 正直言って、自分でも自分にうんざりする。
 ジャイさんのことが好きなのかどうかぐだぐだ悩みっぱなしだったり、流されやすくて同じような誘いに乗ってしまっていたりとか。同じことのくり返しばかりで、全然進歩が無い。
 ため息のたびに逃げていく幸せをどう追いかければいいのか、迷走して進まない。

 付き合うということになったわりに、ジャイさんからの連絡はあまり無い。二、三日に一度の頻度で来るメールは業務連絡みたいなものがほとんどで、味気ない。
 次会うのは日曜日で、その日に何をするかのやりとりしかしていないのだ。
 どちらかというと私はマメではないから、このペースに不満は無いけれど、不安はある。
 ジャイさんの気持ちがやはりわからない。

 好きと口に出してくれない。連絡はあまり多くない。私をつなぎとめようとする素振りも無い。

 こうやって考えると、ジャイさんが本気で私を好きだとは思えなくなってくる。
 遊びなのか、ゲーム感覚なのか。
 私が煮え切らないからこそ、どうすれば落ちるのか楽しんでいるんじゃないだろうか。

 ……疑心暗鬼になっているとしか言いようが無い。疑ってばかりいてはまとまるものもまとまらなくなるってわかってるのに。このままじゃ、ジャイさんと私の関係もすぐに崩壊するだろう。

 物思いにふけっていると、暗くなっていた室内に明かりが灯り始めていた。
 はっとして頬杖をついていた手から顔を上げる。
 隣にいるウコン君が腰に両手を当てて「んーっ」と体をほぐしていた。

 先週、食事をした時、強引に土曜の約束を取り付けられてしまったのだ。ジャイさんとのデートの時もこのパターンだったから、私ってつくづくこの手の強引さに弱いんだろう。

「面白かったね」
「え? 何が?」

 椅子に備え付けられたボトルホルダーからコーラの入った紙コップを取り、飲み干す。ウコン君は晴れやかに話しかけてくれたけど、何の話をしているのかわからなくて首を傾げてしまった。
 ズビ、とストローを鳴らしてから、映画の感想を言っていることにようやく気付いた。
 映像がすごいとかなんとかで話題になっている映画をさっきまで観ていたのだが、色々考え込んでたから、ストーリーが全く頭に入ってない。

「ほら、主人公が剣を握って叫ぶシーンとかさ。そのまま映像が全体を写すアングルに変わったじゃない? あれもCGなのかなあ。すごい映像だったね」

 どのシーンのことを言っているのか全くもって思い出せないけど、とりあえずうなずくだけうなずいた。

「少し早いけど、夕飯でも食べようか?」

 ぞろぞろと映画館を出て行く人たちの背中にくっついて歩き出す。
 冷房の効いた室内から出た途端、夏特有のむんわりとした湿気が体をなでていく。西に傾き始めた日差しをよけるように手をかざして、目を細める。

 私、何してんだろう。
 一応、彼氏がいるっていうのに、しかも付き合いたてほやほやのラブラブ期だっていうのに、他の男とデートしてる。
 けじめはつけといた方がいいんじゃないだろうか。
 告られたわけでもないんだから、はっきり断る必要はないはず。彼氏が出来たということを匂わせる程度でいいんだ。

 ***

 食事をする場所をどこにするかという話になって、適当にぶらついて決めようと提案した。
 ヒルズやミッドタウンの中で食べようと考えていたみたいだけど、せっかく時間に余裕があるし、お腹もそこまですいていないから、散策してみたい気分だったのだ。
 六本木駅を少し歩いたところで、スペイン料理のお店を見つけた。
 古ぼけた雰囲気だけど、メニューの書かれた黒板の牛の絵が下手くそすぎて笑えたので、気になってしまったのだ。
 格子になった窓から中を覗くと、赤いチェック柄のテーブルクロスやナチュラルな木目調のインテリアが見えた。
 ヨーロッパの田舎にありそうな家庭的な雰囲気が素敵で、私は「ここにしよう!」と勝手に決めて中に入る。
 お店の奥から出てきたずんぐりとした体型のおばちゃんが、ソファーの席に案内してくれた。

「スペイン料理って食べたことある? 俺、初めてかも」

 テーブルクロスと同柄の手作りっぽいクッションが置かれたソファーに座りながら、ウコン君はメニューを隅から隅まで眺めてる。

「私も初めて。何が有名なのかな」
「店員さんのオススメでも聞いてみるか」

 初めてということに浮かれているのか、ウコン君はワントーン高い声で楽しそうだ。ちょっと子供っぽい仕草が真面目で大人っぽい雰囲気と不釣合いで、だからこそ魅力的に映る。

「前の彼女とかは、俺が決めた店についてくるだけだったんだよ。こういう風に二人で見つけた店に飛び込んでみるのって久々かもしれない。予約して店決めないで正解だったかな」
「へえ。意外と女の子を引っ張るタイプ?」
「というよりは依存心の強い子にひっかかるタイプかな」

 自嘲気味に笑いながら、ウコン君は黒い髪をくしゃりと掻いた。まっすぐの眉毛がハの字に曲がっちゃってる。

「だから、凛香ちゃんみたいな子って新鮮なんだよ。大学時代に舞子から聞いてた印象そのままで、なんていうか……早いのはわかってるんだけど、やられた」
「え?」

 わかってるみたいだけど、ほんとに早くない? まだ食事も始まってないし、飲み物も運ばれてきてないし。なのに、話の切り出し方が、告白風味なんですけど。

「ごめん。俺、思ったことをすぐ口に出しちゃうんだよね」

 そう言って、じっと私を見つめてくる。視線を合わせられなくて、彼が着たシャツのストライプの本数を衿ぐりから数え始めてしまった。

「凛香ちゃんのこと好きになりそう。彼氏、いるんだっけ?」

 唾を飲み込む。嘘でしょう、と言いそうになったけど、その真摯な眼差しに黙らされてしまった。

「舞子から少し話は聞いてるんだ。はっきりしない男より、俺の方が絶対いいよ」

 合コンの日、この間の食事。そして今日。たった三日間で、この人は一体、私の何に惚れたというんだ。

「出会ってからの期間から言ったら早すぎるってわかってるんだ。でも、俺は舞子から話を聞くたびに凛香ちゃんに会いたいと思ってた。ずっと会ってみたかった。会ってみたら、印象は何ひとつ変わらなかった。表情豊かでかわいくて、一緒にいると楽しくてしかたない」

 困惑が隠しきれない。いくらなんでも、早すぎるってば。

「結論を急がせるつもりはないから安心して。ただ、彼氏がいるからって俺のことを眼中に入れないのは勘弁なんだ。気持ちを口にしない男より、凛香ちゃんを幸せにする自信がある」

 ふっくらした唇から零れ落ちる言葉は、力強くて凛々しかった。
 ジャイさんを否定されて、胃の中が煙に覆いつくされたような心地だというのに、胸の内は熱く高鳴る鼓動の音が広がっていた。

 突然現れて、突然真っ向勝負してくるなんて。
 モテ期って恐ろしい。

「凛香ちゃんのこと、好きになりかけてる。俺のこと、ちゃんと考えてくれる?」

 頭を抱えそうになるのを我慢して、私は小さくうなずいていた。
 だって、NOとは言えない。雰囲気に飲まれたのもあるけど……ウコン君の言葉がぐさりと刺さったのが一番の理由だった。

 ジャイさんは好きだと言ってくれない。
 気持ちを口にしてくれない男よりも……確かに彼の方が私を幸せにしてくれるだろう。
 ジャイさんとウコン君が、という比較じゃない。
 言葉というものが、それだけ大事で、無くてはならないものだと、思うから。

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【2010/03/28 04:16】 | Deep Forest(恋愛)
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