きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第32話 気持ちと心、アウフヘーベン

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 朝、ジャイさんに叩き起こされ、始発の電車に乗って家に向かった。
 夜露の残った朝もやの中、ぼんやりと空を見上げる。湿った空に薄い膜がかかったような雲が横たわり、雨の匂いを漂わせる。
 今日は雨が降るのかもしれない。

 慌しく帰ってしまったから、夜の余韻を思い出せない。
 腕の中の心地良さに安心しきって、気付いたらジャイさんにしがみついて寝てた。子供が父親の腕の中で安らいで寝る時のように、私はジャイさんの温かさに包まれていたのだ。

 朝、五時前。寝ぼけ眼のまま、ジャイさんと歩く駅までの道のりは長いようで短かった。まるで恋人同士のように手をつなぎ、愛おしさを残した視線を絡ませあって、別れを告げあう。
 改札を抜け、振り返って手を振る瞬間。
 寂しくなったのは、一晩を共にしたからだろうか。

 初めて会ったあの日の朝は、雨の名残を残しながらも空は晴れ渡り、白い光を滲ませていた。私の心を反映するかのような、晴れ模様だった。
 なのに、今日はどうだ。
 天気が心を映す鏡なら、今の私の心境は曇り空だ。

 どっちつかずの気持ちは、いつまでたっても晴やしない。
 心はどこに向かうのだろう。
 落ちていくのも上向いていくのも、自分の気持ち次第だ。
 次の恋を望んでいるはずなのに、躊躇するのは、何かが私の足枷になり身動きを取れなくしてしまっているからだ。
 私は、何がしたいんだろう。
 迷路をさまよう心は、一向に出口を見つけてはくれない。

「おかえり」

 家の玄関を開けたところで、母親と出くわした。寝起きの不機嫌丸出しで、私をじろりと睨んでくる。

「ご、ごめんなさい」

 何も言われてないのに、先に謝ってしまった。

「別に、朝帰りするなとは言わないけど。あんたもいい年だし。でも、ちゃんと連絡くらいはしなさい。心配するでしょう」

 深く頭を下げ、うなだれるしかなかった。
 テンパリすぎて、家に帰れないって連絡するの忘れてた。

「……彼氏?」
「……と、ともだち」
「彼氏じゃないの? そっちのほうが心配だわ。早くいい彼見つけなさいよねえ。ちゃんと結婚できるのかしら」
「善処します……」

 善処ってなにすんだよ。

「仕事行くんでしょ? 早く準備しなさいな」
「うん」

 寝癖で爆発した髪の毛をなでつけながら、母はキッチンに引っ込んでしまった。父親がいたらどうしようかと居間を覗いたら、すでに出勤したようで、飲み終わったコーヒーカップがぽつんとテーブルに置いてあるだけになっていた。
 お母さんだけでよかった。お父さんまでいたら、どんだけ怒られたことか。
 二十六になったって、娘は娘だ。こうやって朝帰りすることは何度かあったけど、その度に同じように怒られる。
 ただ、二十五を越えてから、増えたワードがある。

『結婚』

 やっくんを思い出す。
 お母さんにも、ましてやお父さんになんて絶対話せない。
 既婚者と付き合い、略奪婚しそうになりました、なんて。

 どう考えても、どんなにやっくんを思い出しても、やはり答えはひとつしかない。
 別れるしかなかった。
 略奪婚のすべてを否定する気なんてないけど、私には出来ない。
 私には、無理だ。

 それでも、気持ちのどこかでは、いまだにやっくんを求めてる。

 だから、心は迷走を止めないんだ。

 シャワーを浴び、服を着替える。髪を整え、鏡と向かい合う。ストレートの髪はいつの間にか伸びて、前髪がちくちくと目をつつく。
 涙が出そうになる。

 いつになったら、私は出口を見つけるんだろう。
 気持ちはいつ区切りを知るのだろう。
 心はいつ晴れるのだろう。


 ***

「もうさあ、ジャイでいいじゃん。なんでそんなに迷うかねえ」

 週末の金曜、十九時に新宿駅で舞子と待ち合わせをしていた。
 駅ビルの中にあるカフェに入り、まったりとお茶を飲む。

 販売員の仕事をしている舞子はどちらかというとカジュアルめな服装をしていることが多いのだが、今日はOL系の服装にびしっと決めていた。
 パープルのパフスリーブのカットソーにはスパンコールのリボンがあしらってあって、オフホワイトのプリーツスカートとよく合っている。
 どうみても合コン仕様の洋服だ。

「だってさあ、ジャイさんだよ?」
「意味わかんないし」

 いや、私だってよくわからん。

「舞子こそ、今日は大丈夫なの? 大君にばれないようにした?」

 大君とは、舞子の彼氏の名前だ。体育会系のがっちりとした体型をしたイケメン君なのだが、舞子の尻にしかれっぱなしの草食男子だ。

「だいじょーぶ。合コン行って来るって言ったし」
「よく許可してくれたね……」
「私、浮気しないもん」

 さらりと言ってのける。さすが、舞子。
 今日は二十時から合コンなのだ。うだうだしてる私のために、舞子がセッティングしてくれたのはいいが、どちらかというと舞子のほうが浮かれている。

「久しぶりの合コンだー。職場は女だらけだし、彼氏が長くいると男友達との付き合いも薄くなるし、男との接触が彼氏だけでさあ! 飢えてる。飢えてるのよ! 飢えた狼なの!」
「……お持ち帰りとかしないでよ。大君に私が怒られるわ」

 血に飢えた狼はニヤニヤと気味悪い笑みを浮かべながら、カフェラテをすする。

「ところで、ジャイの何がご不満なわけ? エッチで始まった恋が嫌だとか?」
「それは、別に。始まりなんて関係ないじゃん。恋愛は過程が大事だよ」
「それじゃあ、何がひっかかってるの? 凛香ってばずっとそうじゃん。ずーっと奥歯になんかひっかかったみたいな言い方ばっかり。はっきりしなよ」

 はっきりしろと言われても。
 自分だってよくわかってないのに、どうはっきりすればいいんだ。

「……やっくんの時みたいに、不安な思いをするのが怖いんじゃないの?」
「え?」
「凛香とジャイはセックスして始まったから、凛香は不安なんだよ。ジャイも本当は平気でいろんな女と寝る男で、浮気も平気でするんじゃないかって。やっくんみたいに平然と本命以外の女に手を出して、自分のところからいなくなっちゃうんじゃないかって。愛してるとか好きとか、言葉なんて信用できやしない。ジャイを信じきれないから、逃げてる」

 ごくりと飲み込んだコーヒーが喉元に苦味を残して、胃の中に落ちていった。

+++++++++++++

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あとがき↓
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あけましておめでとうございます!
新年の挨拶が相当遅れてしまいました(^^;
販売の仕事をしてるので、年末年始は忙しくて。

昨年はブログを立ち上げ、たくさんの方にご訪問いただいて、本当に素敵な一年でした。
不定期更新の遅筆サイトですが、今年もどうぞよろしくお願いします。


拍手やコメント、ありがとうございました!
お返事をResにてしております。


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【2010/01/09 04:06】 | Deep Forest(恋愛)
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第33話 幸せになってほしくて

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「あ、そろそろ時間。行こうか」

 言うだけ言って、舞子はそそくさと立ち上がってしまった。
 私も慌ててバッグをつかみ立ち上がる。
 コーヒーの苦みが口の中に残って、舌が痛む。ぐっと噛みしめる奥歯がぎりりと悲鳴をあげた。

 ――ジャイを信じきれないから、逃げてる。

 舞子の言葉が、脳内で反響してぐるぐる回る。
 反論することさえ出来なかった。だって、私は、舞子の言ったことそのものを、気持ちが揺らぐことが起こるたびに逐一不安になって何度も考え込んでいたのだ。

「舞子は信用してないの? 男の人が言う言葉」

 会計を済ませ、店の外に出る。湿気のこもった外気がむわりと鼻を通り抜ける。梅雨ももうじきあけて、夏は目の前だ。

「男の人が言う言葉って?」

 私の三歩先を進む舞子は、歩くスピードを緩めることなく、ちらりと私を見て問いかけてくる。待ち合わせ時間に遅れてしまいそうなせいか、舞子は少し不機嫌気味だ。

「さっき言ってたじゃん。愛してるとか好きとか、言葉なんて信用できないって」
「だってそうじゃない。男なんて平気で嘘つくよ。下手くそだからすぐばれるけど。愛のある態度とそうじゃない態度なんて、すぐ区別つくでしょ」
「それは……そうだけど」

 同意はしたが、どうもはっきりと「そうだよね」とは言えなかった。
 私は鈍い。人の気持ちの機微ってもんを、いまいち理解できてないのかもしれない。自信がもてない。

「凛香」

 いきなり足を止めて、振り返ってきた。びっくりして前のめりになりながら立ち止まる。
 目の前で仁王立ちする舞子は威厳たっぷりのオーラを発散させながら、怒鳴るように告げてきた。

「恋は頭でするもんじゃない。心で感じるもんだ!」

 ふん、と鼻息を吐き出し、胸をのけぞらせて偉そうにする舞子を呆然と見つめる。いきなり何を言い出すんだ、舞子ってば。

「それ、なんかどこかで聞いたことあるセリフ」

 思わずそう言ってしまったら、舞子は頬を膨らませて、また歩き出してしまった。慌てて舞子の後を追う。

「凛香見てると、いらいらするよ。気持ちはわかるけど、いつまでも昔の恋をずるずるするのは褒められたもんじゃないよ。別れるのには別れる理由がちゃんとあるんだよ。どんなに思い返してもどんなに後悔しても、もう戻れないし、やり直せない。やっくんとジャイは全然違う人間なんだよ? やっくんとの恋愛を照らし合わせて、ジャイへの気持ちと向き合わないなんて、馬鹿らしい」
「だって」
「恋愛経験なんていくら積んだって、全部が全部同じようなことになるとは限らないじゃん。人と人との出会いは全部、初めての経験になるんだよ。頭でっかちになって、『こういう男はこうだろう』って決め付けるのもったいない」

 会社帰りのサラリーマンやOLがごったがえす新宿駅の前で、舞子は朗らかな笑みを私に向けた。どちらかというときつい顔立ちの舞子が、初めて春の陽光みたいな優しい笑顔になっている。
 いつもはつりあがりがちな目も、今日はタレ目に見えるのだから、変な感じ。

「舞子、変」
「失礼ね! 人がこんな人ごみのど真ん中でちょーいい話をしてやったのに!」
「でも、変。なんかあったの?」

 ゆるくウェーブした髪を掻き、目線をそわそわと移動させる。プリーツスカートのひだを整えながら、舞子は頬を赤く染め、聞き取りづらい低い声で言った。

「結婚、する」
「え?」
「……大と結婚することになった」
「嘘!」
「ほんと」

 人の話にはずけずけと物申せるくせに、自分のこととなるとからきし何も言えなくなる舞子は、いつもの尊大な態度もどこへやら。小さく身を縮こまらせ、恥ずかしそうにうつむいたまま、私と目を合わせてくれようとさえしてくれない。

「だから、凛香にも、幸せになってもらいたくて」

 なんなんですか、このツンデレ娘。かわいすぎて、私まで顔が赤くなってくる。
 告白しあったカップルみたいに顔を真っ赤に染めながら向き合う女二人。通りすがるサラリーマン達が不審そうに見てくるが、この際気にしない。

「高校からずっと一緒だったし。凛香の恋愛は色々聞いてたし。心配してんだよ、これでも」
「わかってる。ありがとう」

 恥ずかしくてたまらない。でも、嬉しくてたまらない。
 高一で同じクラスで仲良くなって早十年。お酒が飲めなかった頃はファミレスで、お酒が飲めるようになったら居酒屋で、いつもいつも飲んだくれながら語り合った気心の知れた友達の存在の大きさを、今になって実感する。

「とりあえず、合コンですから」

 やっと舞子は顔をあげる。ニタリと浮かぶ意地の悪い笑顔は、いつもの舞子だ。

「ジャイ以外にももっといい男がいるかもしれないし!」
「舞子さま、打算的」
「女は打算と計算ともののけ姫のサンで出来ているのよ」
「最後のサンだけ、思いっきり無理やりだよね」

 つっこんでやったのに、一緒に合コンに参加する女の子が来てしまい、私のツッコミは華麗に無視されてしまった。

「向こうの幹事から『飲み屋に先に行ってて』ってメールが来てるから、行きますか」

 舞子を先頭に新宿駅の東口に向かい歩き出す。
 新宿駅の白い光がふわふわと目の前を白くさせる。浮ついた気持ちが隠しきれず、高揚が足を弾ませる。

 舞子が結婚。そっか。ついにその時が来たのか。

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【2010/01/19 03:40】 | Deep Forest(恋愛)
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きょうは、直視しなかった。

*このエントリは、ブログペットの「ぷっちょん」が書きました。

【2010/01/21 07:16】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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第34話 飲み会スタート!

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 合コンは十九時を少し過ぎた時間から開始された。
 格子戸でしきられた和室の掘りごたつで、女三人、男三人が向かい合って座る。

 一番左端に座った私の前には、がたいの良い髪を短く刈った男の人が座っている。目が細くて鋭いけれど、笑うと目尻にしわが寄って途端に人懐っこそうに見える、なんだか憎めなさそうなタイプの人だ。
 その隣に座るのは、真ん中で分けた髪がさらさらな四十代近くっぽい人で、黒々した眉毛が印象的だ。
 入口の近くに座っている人が今日の幹事らしく、舞子が好みそうなあからさまなイケメン君だった。浅黒い肌と、スーツが良く似合う細身の体型。二重の瞳は色気があるのが遠目でもわかる。ワックスで躍らせた短い髪も、彼によく似合っている。

「それじゃあ、乾杯といきますか」

 全員に飲み物が行き渡ったところで、幹事の人がビールジョッキを掲げて「おつかれー! かんぱーい!」と音頭を取り、初対面の男女がグラスを小突きあう。
 コクコクとビールを流し込んで一息つくと、緊張感が少しほぐれた。

 合コンのセオリーどおり、乾杯の後は自己紹介だ。がたいがいい男は秋吉さんといい、四十代っぽい男の人は田中さんといった。幹事は西岡というみたい。

「凛香ちゃんは何の仕事してるの?」

 目の前に座っているがたいがいい男――早くも名前を忘れたから武蔵と呼ぼう。元格闘家の武蔵に似てるし――がにこにこと笑顔で聞いてくる。

「事務。OLです」
「ああー。っぽいね」

 ぽいって、どこらへんが?

「幹事は舞子ちゃん? 舞子ちゃんとはなに繋がり?」

 隣に座る舞子に目配せしながら聞くから、舞子が「高校の同級生」と答えてくれた。

「へえ! じゃあけっこう付き合い長いね。俺、上京したから、高校の友達とかって疎遠になってるよ」
「地元が関東だから。引っ越す子も少ないしね。秋吉さんはどこの出身なの?」

 ペースよくビールをあおりながら、私と舞子と武蔵が会話を交わす。
 イケメンと黒眉さん――名前は忘れました――は、舞子が連れて来た職場の後輩の子・千春ちゃんと何か楽しそうにしゃべっている。
 早くも二手に分かれちゃったな、とそっちをちらりと見た瞬間、イケメンと目が合った。
 アーモンド形の目が一瞬丸くなるが、すぐにふっと細くなり、にこりと笑いかけられた。
 うわお。イケメン会心の一撃!

 互いの趣味や最近あったことや、仕事の内容の話やら、時に一対一になったり、全員で話したりしながら合コンの時間は過ぎていく。
 武蔵もイケメンも眉黒さんもそれなりにいい人で、会話は面白い。
 アタリの合コンと言っても間違いはないかもしれない。

「ビリヤードでもやりに行く?」

 合コンが始まって三時間が経過した頃、イケメンが腕時計を確認しながら全員に問いかけてきた。

「ビリヤードって、女の子たちは出来るの? 俺と田中さんはよく行くけど……」

 武蔵が黒黒さんの肩をたたきながら、頭を揺らした。顔が真っ赤になってるし、武蔵、少し酔ってるのかな。

「舞子、ビリヤード得意だもんな」

 ビリヤードを提案したイケメンが、柔らかそうな唇に笑みを湛え、「こいつ、プロ顔負けなんだ」と舞子を褒め称える。
 イケメンと舞子は大学の同級生らしい。大学の時の仲間でよくビリヤードに行っていたらしく、私も付き合わされて何度か二人でビリヤードに行ったことがある。

「久しぶりだからやりたいねって話してたんだよねー。行こうよビリヤード」

 舞子が賛成し、私も「いいよ」とうなずいた。千春ちゃんはビリヤード初心者だが、「やってみたい」と意気揚々に答えたから、二次会はビリヤードに決まった。

 お酒の入った体はふわふわと軽い。いつもはかかとが痛くなるヒールも、今は痛みを感じない。
 飲み屋を出て、駅の方へ向かって歩いてすぐの場所に、ビリヤードやダーツが出来るお店がある。
 そこに行く道すがら、気付くと隣にイケメンがいた。

「凛香ちゃん、酔ってる?」
「ん? そうでもない」
「顔赤いよ」
「お酒入るとすぐ赤くなるの。でも、そんなに酔ってないよ」

 そんなに、酔ってはいないと思うが、ビール一杯とカクテル二杯、焼酎二杯飲んでる。私の経験上でいうと、あと一、二杯が限界だろう。
 それ以上飲んだら、たぶん、ただの酔っ払いになる自信がある。

「凛香ちゃんのことは舞子から聞いたことあるから、一回会ってみたかったんだよね。居酒屋では席が離れててあんまり話せなかったから残念だったよ」
「え! 舞子から聞いたことあるって、なに?!」

 舞子のやつ、何を言いふらしてんだ。

「人の名前を全然覚えないとか。俺の名前、覚えてる?」
「……寒くて耳が痛いから聞き取れない」
「もう夏だよ、寒くないよ」

 ちっ。イケメンはイケメンだろうが。名前なんて覚えられないっつーの。

「……池……たに?」
「全然違う」

 イケ……なんとかさんだよね? もしくは、なんとかイケさん?

「北池さん!」
「全然惜しくないけど、惜しい」

 くすくすと笑われて、口を尖らせる。
 大体、いっぺんに三人も名前なんて覚えられない。
 名札でもつければいいのに。お見合いパーティみたいにさ。

「じゃあ、下の名前で覚えてよ。俺、浩太(こうた)。覚えられる?」
「こう、こう君ね。うん、覚えた。こう君こう君こう君」

 呪文のようにくり返し言っていれば、いつか覚えるだろう。
 こう君こう君こう君……うこ君うこ君んこ君んこ君……

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【2010/01/25 04:28】 | Deep Forest(恋愛)
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第35話 人生の進め方

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 合コンの二次会でビリヤードを一時間ちょっとやったところで、終電も近くなったため解散となった。
 終わり際に、全員でケータイの番号とアドレスを交換し、それぞれの電車に乗り込む。
 私と舞子は地元が一緒だから、同じ電車に乗って帰路に着いた。

「浩太、どうだった?」
「え? 誰?」

 ビリヤードをやったおかげで、たいぶお酒はぬけてきたけれど、電車の揺れがほろ酔いの時の視界の揺れに似ていて、ぼんやりと思考がお花畑になっている時だった。
 隣でウトウトしていた舞子が、寝ぼけた声で私に問いかけてきたのだ。

「ほんと、凛香は人の名前覚えないよね……」

 こうた。聞き覚えの無い名前に首をかしげる。舞子はだらりと肩を落とし、でっかいため息をついた。

「幹事の男だよ。私の友達!」
「あー、あのイケメンか」
「浩太、凛香のこと気に入ってたっぽいからさ。あ、言っとくけど、合コンでの話じゃないからね。大学時代からってことよ。私が凛香のこと話す度に『凛香ちゃんはいいキャラしてる』『凛香ちゃんは面白い』って大絶賛だったんだよ?」

 お笑い芸人に対する評価っぽいのがどうも気に入らないが、好意を抱いてもらえるっていうのは素直に嬉しい。

「大学の頃は、凛香には彼氏がいたから、紹介せずに終わっちゃったけど、久々に会ったら『凛香ちゃんはどうしてる?』って聞いてきてね。凛香も彼と別れたし、ジャイとはうやむやだし、いいタイミングなのかなって思って」

 ふうん、と鼻で相槌を打ち、顎に手を当てる。イケメンの印象があまりに薄くて、どう反応してよいものなのかわからない。
 一生懸命、イケメンのことを思い出す。
 ビリヤードのあるバーに行くまでの道のりでの会話、ビリヤードをしながらの会話。その時の表情。
 なんとなくでやり過ごした彼の側面を記憶の底から手繰り寄せる。

 ワックスで遊ばせた髪型やブルーのネクタイとスーツの合わせ方をみてもオシャレさんっぽいし、顔の造形も良かった。二重の大きな瞳はややつり上がっていて男らしく、厚めの唇が色っぽい。女の子ウケする顔立ちだろう。
 ジャイさんはまっすぐに入った二重の筋が綺麗な切れ長の目で、精悍な印象はあるが、口元にニヤニヤがどうもイヤラしくて、遊び人ぽいイメージしか出て来ない。
 ジャイさんに比べると、ずいぶん真面目そうに見えるし、出来る男のニオイがある。
 顔面的な部分で言えば、ジャイさんとイケメンのどっちかを選ぶとなったら、イケメンのがより私好みだ。

 性格はどうだろう。
 イケメンはとにかく優しかった。イケメンだけに。いや、イケメンは関係無いか。
 ビリヤードをやった時、わざと最後の9を落とさずに女の子に譲ってくれるあたりとか、さりげなく教えてくれる仕草とか。
 これがジャイさんだったら、9を大喜びで落として「凛香ちゃんは下手くそだなあ」なんて勝ち誇ってきそうだ。アドバイスを請おうもんなら、本当に手取り足取り、エロエロな手つきで触って教えてきそうだし。
 おお。どう考えてもジャイさんよりもイケメンじゃないの。

「イケメン、いいかも!」
「まじで? じゃあ、また遊んでやってよ。喜ぶだろうし」
「うんうん!」

 でも。女の子の扱いがうまいってことは、それだけ遊んでるってことだ。
 イケメンはもしかしたら、ジャイさん以上の遊び人かもしれない。
 一応、用心しておこう。
 ジャイさんとの前科(出会ってすぐににゃんにゃん事件)もあるし、慎重に生きるにこしたことはない。

 頭の中でジャイさんとイケメンを比較していたら、地元の駅に着いた。
 私は東口に、舞子は西口に行くので、ここでお別れだ。

「じゃ、またねー」

 さっさと行ってしまう舞子の腕をつかむ。

「待って待って。ちゃんと言ってなかった」
「え? なに?」

 お酒の残る舞子の仕草は、いつもよりも大きくて、体を揺らして小首をかしげる。
 いつものクールな舞子には見られない、かわいい仕草だ。

「結婚、おめでと」

 頬をぽっと染めて、舞子はフフと笑う。幸せそうな笑顔は、見るだけで気持ちをほっこりさせてくれる。

「ありがと」
「うん。またね」

 手を振って、別れる。
 気持ちが踊る。目の前が桜色に染まる。
 お酒を飲んでいるせいもある。だけど、これは、舞子の幸せオーラが私に移ったせいだ。たぶんきっと。


 ***

「結婚かあ」

 休み明けのだるい体を持て余しながら、会社の同僚の小崎英美子(こざきえみこ)と屋上で空を見上げていた。
 初夏の空の下で食べるお弁当は、仕事中とはいえ、ピクニック気分にさせてくれる。

「もう二十代の折り返し地点過ぎちゃったもんなあ……」

 ウィンナーを弄びながら、英美子は憂鬱そうな低い声でうなった。
 高校時代の友達が結婚するという話をした途端、英美子はげんなりした表情を見せ、こんなことを言い出した。

「凛香は、この仕事に満足してる?」
「ええ?」
「毎日毎日、伝票めくって数字睨んで、書類作ればミスばっかで怒られて。営業のバカは口先ばっかで事務仕事なんかほったらかし。ぜーんぶ私たちに押し付けて、今頃、どっかの喫茶店で『今日はかったりいから仕事切り上げて直帰しよー』とか言ってんだよ? 最近、なんでこの仕事してんのかわかんなくなっちゃった」

 英美子と私は部署は違うが、やっている仕事はほぼ同じだ。
 英美子のいう愚痴はつまりはイコールで私の愚痴でもある。

「事務にやりがい求めてもね……」

 と言ってしまうのは、間違っているのかもしれない。
 でも、OLの中の何割かは、事務仕事にやりがいなんて求めてないし、生きるため、金のためだ。
 給料は悪くないし、アフターファイブだってそれなりに楽しめる。
 そりゃ月初めと月末は残業三昧だけど、月中ならそれなりに遊べるし、趣味やショッピングを楽しむ余裕がある。
 その余裕を楽しむための、仕事でしかない。

「私、仕事辞めるかも」
「え? どうするの?」
「専門学校に行こうかと思ってるの。ずっとネイルの仕事に興味があってね。転職、しようかな」

 東京の空は、見上げるほど灰色に霞がかかる。フィルター越しに見るようなノイズまじりの空の色は、気持ちをげんなりさせて、うっとおしい。

「どう思う?」

 聞かれて、英美子を見る。
 いきなり大きな穴を穿たれたみたいに、空洞になった心は言葉を見つけ出せず、「うん……」とあいまいにしか返事出来なかった。

 結婚や転職。
 転機にさしかかっているんだと、感じた。
 それが、やけに重くのしかかったのだ。
 今までとは違う、転機に思えたから。
 高校や大学受験、就職の時も大きな転機と言えたけど、それは、レールに乗っかって生きてきた中での選択だった。
 けれど、もう、違う。
 自分の人生を、自分の意思だけで決める。
 その決断をする人たちが周りに増えてきたことに、なんだか自分だけ取り残されていくようで、大人として成熟していく人たちから見放されていくようで、寂しく思えたんだ。

+++++++++++++

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あとがき↓
25歳から28歳あたりって、自分の人生にたいして悩む時期なのかなって思います。
仕事にしても、プライベートにしても。

この仕事続けていいのか、とか。
そろそろ結婚したい、とか。
結婚するなら、その先はどうしようとか。

仕事と自分のこの先の人生が密接に繋がっていることを実感する年齢というか・・・

この作品を読んでいる皆様の年齢層ってどのくらいなんだろう?

主人公と同年代の方々が読んでくれていたら、嬉しいなーと思います。
もちろん、年齢関係なく、様々な年代の方に読んでいただけていたら、それが一番嬉しいのですが(^^)



拍手やコメント、いつもありがとうございます。
ほんとに励みになってます。
お返事はResにて返しております。


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【2010/01/31 03:40】 | Deep Forest(恋愛)
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