きよこの書き散らかし小説。
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きょうは、打算するはずだったの。

*このエントリは、ブログペットの「ぷっちょん」が書きました。
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【2009/09/02 07:15】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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Deep Forest

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第18話 恋を進めよう

+++++++++++++

 街灯の白い光に照らされて、ジャイさんは首を少しだけ右に傾けて突っ立っている。
 さっき私がなでようとした猫がジャイさんの左足に体をすり寄せ、ジャイさんは足元に視線を落とすが、それをかわすように猫はさっさと行ってしまった。

「おいっす」

 電話で聞いたのん気な挨拶をもう一度して、彼は一歩、私の方へ近付く。私は詰められる距離を引き伸ばしたくて、一歩、身を引いた。

「なんでいるの」
「ひまだったから」

 ひまだったから、こんなところに突っ立っていたとでも言うのか。腕時計を確認する。私とジャイさんが会社で別れてからもう一時間ほど経とうとしていた。

「私のこと、待ってたの」

 ジャイさんは私のことを待っていた。その確信はある。

「お詫びしろって言ってたし」
「そうだけど」
「お詫びするよ。一晩、付き合います」

 一晩って。
 よぎるのは、ジャイさんと初めて出会った夜だった。
 奥さんから告発の電話を受け、私はやっくんに連絡を取った。「会って話がしたい」と。
 話し合いをしたけれど、煮え切らないやっくんの態度に私は早々とキレて、まともに話し合うことが出来なかった。

 それでも、彼に奥さんがいた以上、結論はひとつしかなく、私は別れの切なさに身を委ねるしかなかった。

 やっくんと別れた後、一人でバーで飲んだくれて、のろのろと繁華街を歩いた。
 ネオンの光の下で、髪の毛を異様にとがらせたホスト風の男たちが輪になって話し込んでいるのを、ぼやけた視界の中で眺めていた。
 足取りはおぼつかず、酔いで頭はグワングワンとうなっていて、目の前は万華鏡をのぞいたみたいに華やかに見えた。
 夢の世界を歩いているようだった。

 もうだめだ、私はだめだ。
 細い糸が今にも切れてしまいそうな危うい心を抱え、うつむいた顔をあげた、瞬間。

 道路の向こう側を颯爽と歩く男が目に入った。
 グレーのスーツをぴしりと着こなし、少し地味な紺色のネクタイをした男。仕事帰りなのか、パンパンにふくらんだバッグを片手に持って、長い足をさっさか動かして歩いていた。
 足が勝手に前に進んでいた。
 使命を受けたみたいに、彼に話しかけなきゃと思った。あいつしかいないと思った。

 浮気相手だった私。大切な人の一番になれなかった私。

 もういいじゃん。どうでもいいじゃん。誰でもいいじゃん。

 頭の中で、もう一人の私が叫んでいた。

 歩いていく彼のスーツの裾をつかみ、「私ってかわいいでしょ?」とでも言いたげに上目使いでささやいた。

――私とにゃんにゃんしませんか?

 赤っ恥以外のなにものでもない。
 出来れば記憶から削除してほしいけど、削除したのは私の方で、彼はしっかりとはっきりとばっくりと覚えてくれていた。
 最悪な結果だ。


「私、にゃんにゃんはしないからね」

 バカなことはもうしない。唇を尖らせて訴える。
 ジャイさんは目を丸くして一瞬ぽかーんとした顔をした後、思いっきりブハッと唾を吐いて笑った。
 思わず「汚い!」と訴えると、彼はお腹を抱えて笑い出してしまった。

「なんか、再現VTRみたいだな」
「なによ、それ」
「初めて会った日の焼き直しみたいじゃん。今のシチュエーション」

 ジャイさんもあの日のことを思い出していたか。くそっ!

「カラオケでも行きますか」
「え?」
「いきなりセックスするのはさすがにあの日限りでしょ。ちゃんと順序良く進もうぜ。ちゃんとした恋愛をするんだからさ」

 なにが言いたいのか、よくわからない。

「手を繋いでデートして告白して、キスをして、セックスする。順番は守った方が恋愛はうまくいきやすいからね」

 何を今更。
 そう言おうと思ったけど、やめた。
 まるで私が、ジャイさんとの恋愛を進めていくんだって認めたみたいじゃないか。

「憂さ晴らししよう。付き合うよ。お詫びに」
「……しょうがないから、付き合ってあげる」
「生意気だなあ」
「うるさいな。そんなこと言うなら帰る」

 とか言いつつも、帰る気は無かった。
 独りになるのが怖かった。
 相手がジャイさんなのが不服だけど、せめて今夜だけは、誰かにそばにいてほしかった。

 もうすぐ二十一時をさしかかる。友達に「ふられたから一緒に遊んでー」なんて突然誘うには時間が遅すぎるし、誘いをかけまくるのが面倒だった。

「行こうか」

 ふわふわの髪の毛を揺らして、ジャイさんは歩き出す。
 その背中を見たら、なぜだか泣けてきた。
 男の人の背中は、思っている以上に広くて、無骨で、たくましい。

――バイバイ。

 何度も呼びかけた。バイバイ、バイバイ、バイバイ。

 やっくんに、私自身に。
 ついさっきまで、やっくんはそばにいたのに。
 もう二度と会えないのだ。

 楽しかった、ありがとう。陳腐な言葉で、お別れをした。
 もっと言いたいことがあった。ありがとうなんて言葉だけで終わらせられないほど、一緒にいて幸せだった日々があった。ずっと一緒にいたかった。幸せにして、と言いたかった。

 だけど、あの一言だけで充分だとも思えたんだ。
 自分の気持ちの全てを集約したら、「ありがとう」ってそれしか、言えないと思ったから。

「好きだったの」

 誰よりも、何よりも。

「好きだったんだよう」

 ボロボロと零れ落ちて、滝のように止まらなくなる。
 まるで子供みたいに、泣くしかなかった。

 好きだったんだ。
 やっくんが、本当に好きだった。



 離れたくなかった。

+++++++++++++

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どうでもいいあとがき↓

拍手いただけると嬉しいです!
目の下がかゆくてぽりぽり掻いてたら、赤く腫れてしまった・・・
コンシーラーでも隠せないんですけど!!
真っ赤なクマつくったみたいで、こっぱずかしいです(涙)


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【2009/09/05 03:11】 | Deep Forest(恋愛)
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*9/20にコメント下さったまゆさまへ*
ご感想ありがとうございます。
楽しみにしてくださり、嬉しいです。ありがとうございます。

>ジャイさんの存在が興味深いんですが モデルさんがいるんですか?
モデルはいません。特に深くは考えていないです。
ご想像にお任せの方が、楽しんでいただけるかなーと思ってます(笑)

ここのところは週1,2で更新しておりますので、またぜひ遊びに来てください。
ありがとうございました!



*9/13に拍手下さったほたさま*
(反転してお読み下さい)
拍手&コメありがとうございます。
ジーのセリフからたくさんのことがほたさまに伝わっていたようで、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
また読んでいただけるなんて、書いてよかったと私も涙が出る思いです(^^)
素敵なご感想ありがとうございました。
これからも執筆頑張ります!



*9/9に拍手下さったかおりさま*
さすがかおりさん!
ぷちおも喜んでおります(笑)
かおりさんのコメレベルがアップしましたよ。ちゃきーんっ


*9/9にコメント下さった桜井さまへ*
(反転してお読み下さい)
ご迷惑をおかけしました・・・コメありがとうございます。
2度も同じ内容を書かせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

私でよければ、何でも聞いてください!



*9/8に拍手下さったみどりさまへ*
(反転してお読み下さい)
拍手&コメありがとうございます。
笑っていただけてなによりです(^^)
また少しやっくんとのエピソードが続きますが、楽しんでいただけると幸いです。
主人公が最後には幸せになってるラストをご用意できたらと思います(どうなるかはわからないですけどね笑)
素敵なご感想、ありがとうございました!



*9/6にコメント下さった桜井さまへ*
(反転してお読み下さい)

コメントありがとうございます。
ほんとにほんとに申し訳ありませんが、コメントを誤って削除してしまったかもです(ToT)
直後に迷惑コメが来ていたもので、それと間違えて消してしまったのかも・・・
本当に申し訳ありません。
内容をもう一度送ってくださると嬉しいです。
ご迷惑かけて申し訳ないですっ

【2009/09/07 01:48】 | 拍手・コメントお返事
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本日のブログペット占いです↓

れべるあぷ


拍手するとコメレベルアップ!?
拍手しなきゃっ









……エビで鯛を釣る気かいっ

悪知恵だけは働くコブタ・・・
コブタに騙されて拍手ボタンを押してください笑

【2009/09/09 03:01】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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第19話 キレイとドロドロの狭間で

+++++++++++++

 一度取ってしまった蓋がもう戻せなくなったみたいに、どばどばと涙が溢れ出た。目の裏に力を込めても全く意味がなく、止める術がどこにも見当たらない。
 スカートの裾をつかみ、子供みたいに泣きじゃくる。
 涙は目だけじゃなくて鼻からも溢れ出そうで、何度も何度も鼻をすすりあげた。
 やっくんの前では冷静でいられたのに。涙ひとつ流さず、感情にも流されず、背筋を正していられたのに。

 それがただのやせ我慢だったって、今知った。

 情けない。こんな風に泣いてしまう自分が、本当に情けない。

「凛香ちゃん」

 いきなり泣き出した私に対して、どう接すればいいのか迷っているんだろう。ジャイさんは私と一定の距離を取ったまま立ち尽くしていた。
 書類のつまったかばんを右手から左手に持ち直し、ふわふわの髪をぽりぽりと掻く。右斜め下に目線を下ろし、大きな息を吐いていた。

「ご、めん。帰っていいよ。私、だめだー……」

 体から力がスコンと抜け落ちた気がした。かろうじて立っているけど、誰かにひざかっくんとかされたら、ばったり倒れてしまいそうだ。

「いや……泣いてる子を置いていけないよ」

 きっと面倒くさい女だなと思っただろう。今の状況、どう考えてもまどろっこしくて面倒くさい。
 もう勝手にここで泣いてるから、私のことなんてほったらかしてくれていいのに。

「落ち着いたら帰るから、大丈夫、だから」

 嗚咽を我慢しながら必死に訴えるのに、ジャイさんは動き出さない。眉尻を下げて、困ったように笑うだけだった。

「馬鹿みたい、でしょ。私が、終わりにしよう、って言ったの、に、こんなに、めたくそに泣いてさ」

 自嘲する。だけどジャイさんは笑わない。
 ジャイさんの足が一歩前に出る。

「一人で泣きたい、んだよ。一人にして……」

 めいっぱいの強がりをつく。ジャイさんの足が二歩三歩と動き出す。

「女を落とす、こんな絶好の機会を逃すわけないじゃん」

 私のすぐ目の前にたったジャイさんは、そう言ってニイッといやらしく笑った。

「そういうこと、言わない方がいいと、思いますけど」
「まあ、そうだね。本音が出ちゃった」

 きりっとした理知的な二重の瞳が私を見下ろす。
 恥ずかしくて、私はすぐに顔を下に向けた。そしたら重力に負けた涙と鼻水がすごい勢いで落ちてくる。
 もう化粧もとれまくってるはず。ぐちゃぐちゃすぎる顔をあげることができない。

「話さない?」

 軽い口調で言って、私の右手をつかむ。骨ばった手の平の感触が腕から伝わって、顔が熱くなる。

「な、にを?」
「今思ってること」

 ――手の平から伝わってくる。

「聞くよ、俺でよければ」

 この人の、優しさが。

 心がほだされる。
 言わなくていい、言ったらこの男を調子づかせるだけだ。わかっているのに、喉から言葉が溢れ出す。

「本当は、う……うれしか、ったの」

 ぽたぽたと落ちる涙が、灰色の地面を黒く染める。街灯の薄暗い光の下で、ぼんやりと目に映るのは、私のパンプスと、ジャイさんの黒光りする革靴だけ。
 シャボン玉が飛んでるみたいに、視界には涙の粒が踊っていた。

「結婚しよう、って、言ってくれた」

 うん、ジャイさんのうなずく声が、私を安心させる。

「嬉しかった。気持ちがすごく動いたよ」

 それでも、それでもさ。

「でも、嫌だったの。怖かったの。自分が嫌いになりそうだった。人のもの、奪い取って幸せなんて思っちゃう、自分が、いたんだよ」

 きれいごとを並べた。
 やっくんを幸せに出来るのは私じゃないなんて、言った。
 でも、そんなの建前だった。私の、くそみたいなプライドだった。

「奪い取ってやりたかった。やっくんは私のもんだって、高笑いしてやりたかったよ」

 私に責任を押し付けた、やっくんの奥さん。
 あなたは、浮気された理由を考えたことはあるの?
 私が全部悪いの? 違うんじゃない? あなたの魅力が足りなくなったんじゃないの?

 そんな嫌味を心に抱く自分が、本当に嫌だった。
 清廉な自分がいると、信じたかった。

「結局、逃げたんだよ。汚い自分から、やっくんの気持ちから……」

 ジャイさんは私のことをきっと軽蔑しただろう。
 ドロドロの気持ちばかりを抱えてたくせに、キレイな自分を演じた。大人の女なのよ、って似合わないヒールを高鳴らせて歩く女みたいに、背伸びしただけだった。

「……それで良かったんだよ」

 私の腕から離れたジャイさんの手が、ポン、と一度だけ私の後頭部に触れる。

「よく頑張った」

 ――頑張った。
 私、頑張った。頑張ったの? うん。頑張ったと、思う。

「頑張ったんだから、それで良かったんだって」

 うん、声に出して返事したつもりだったけど、声はかすれて出なかった。代わりに鼻水が落ちる。慌ててハンカチでぬぐって、ふと、顔をあげた。

 目が合ったその瞬間。

 ジャイさんは、目を細めて笑いかけてくれた。

+++++++++++++

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あとがき↓

拍手いただけると嬉しいです!
拍手&コメントありがとうございます。
ほんとにものすごいパワーをいただいてますっ
お返事はこちらです。


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【2009/09/10 00:42】 | Deep Forest(恋愛)
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第20話 始まる予感、ニセモノの恋

+++++++++++++

 胸の奥が疼くのがわかった。なんだかくすぐったくて、むずがゆい。
 一度上げた目線をまた下げて、ジャイさんのネクタイをじっと見つめる。藍色のネクタイの幾何学模様を一二三、と横から数える。

 ジャイさんの手が私の頬に触れた。
 ビクリと震えて、ジャイさんのスーツの裾をつかむ。
 距離が縮まるのがわかった。

 誰もいない路地裏。さっきどこかに行った猫がいつの間にか戻ってきていて、私の足に体をすりつける。触れるチャンスだと思って、体を下に向けようとしたのに、ジャイさんの手が邪魔で身動きが取れなかった。
 どくどくと心臓が鳴っている。まずい、まずい、まずい。脳はまるで大火事を知らせるような音を響かせ、自分の身に起ころうとしていることに警鐘を鳴らす。

 けれど、それとは別のどこかで、私に命令する声が聞こえた気がした。
 いいの? 本当にいいの? いいんだよ。本能に従え。だめ。いい。だめだってば。いいじゃん。流されちゃえ!

 頭の中で何かが大暴れしていた。

 それは、お互いの合図だ。
 合意したとみなす、合図。

 私はふと視線を上げ、ジャイさんの目を見つめた。ジャイさんの黒目の奥に、私が映っている。
 涙まみれで、顔は真っ赤。
 ああ、もう。本当にひどい顔だ。
 見てられなくて、目をつぶる。

 その一瞬の隙をつくように、柔らかい感触が唇に当たった。

 どうしたらいいのかわからなくなって、頭の中が真っ白に染まる。
 私、何をしてるんだ。どう考えても、流されてる。
 ふられた(ふった?)ショックで、気が動転してるのだ。目の前にいる男にすがりついているだけだ。
 寂しさに我慢が出来ず、欲望をほとばしらせているだけ。
 わかっているのに、止めることができない。
 スーツをつかんだ手に力がこもる。唇が離れていくから、目を開けて、上目遣いに彼を見る。
 女の本能なのかもしれない。
 相手の欲情を駆り立てる顔を、きっと今してる。

 もう一度、口付けを交わして、割って入ってくる舌を受けいれた。粘液の交じり合う音がこめかみの奥で響く。少しだけ距離のあった体は徐々に近付き、密着していた。
 唇が少し離れたその間に、「はあ」と息継ぎをして、また私を捉える唇に応える。

 ジャイさんの手が私の腰に触れるから、体が熱を帯びる。
 ぎゅっとつぶったまぶたが痛くて、ジャイさんの肩を叩いた。

 苦しくて、切ない。でも、あまりに狂おしくて。

 頭がパンクしてヒートした。

「俺が忘れさせてやるのに」

 吐息交じりの声が、耳元でささやかれる。

 馬鹿みたいにクサイセリフ。思わず吹き出すと、ジャイさんは不服そうに唇を尖らせた。

「なんだよ、俺でいいじゃん。俺、フリーだし」
「バカ言わないでよ」
「カラオケじゃなくて、ホテル行く?」

 大胆で、バカ。
 この人、ただのバカなんじゃん。

「嫌」
「あら、冷たい」

 さほど残念そうでもなく言って、ジャイさんは私の手を取った。そのまま、手を引っ張り歩き出す。

「しょうがない。カラオケで我慢しますよ」

 絡まった指と指。熱を放つ体。今更はずかしくなって、真っ赤に染まる顔。

 始まる、予感。
 だけど、見て見ぬふりをする。

 だって、今さっき彼と別れたばかりの私が、その感情に気付いてしまったら。今までの自分を否定するようで、嫌だったのだ。

 気持ちは、楽な方へ流されていく。
 ダムに塞き止められたようなこの感情は、苦しみから抜け出たい私が求めた逃げ道に過ぎない。
 本物の気持ちではないのだ。


 そう。これは、恋愛ごっこの始まり。



 ***

「お疲れさーん」

 週末、高校からの友人の原瀬舞子と居酒屋に待ち合わせた。ジョッキのビールで乾杯して、お互いの近況報告をする。
 もちろん、私の話題といえば、不倫の彼との別れだった。

「別れたんだー。ま、それしかないよねえ。先の見えない恋愛なんてしてらんないし」

 二十代の折り返し地点を越えた私たちにとって、先の見えない恋愛ほど怖いものはない。
 結婚する気はまだないけど、視野に入れた恋をしなけりゃ、無駄な時間を過ごすことになりかねないのだ。

「どう? 気持ちは? 落ち着いた?」

 荒っぽい口調だけど、私を心配してくれているのは目を見ればわかる。
 失恋するたび、舞子に泣きついてきたけど、その度に舞子はこうやって軽い口調で労わってくれる。
 それが心地良くて、ついついいつも彼女に泣きついてしまうのだ。

「落ち着いてはいないよ。毎晩落ち込む」
「夜は誰だって辛いよ。つまんねーお笑い番組でばか笑いしながら寝なさい」

 つまんねーお笑い番組じゃ、ばか笑いはできないと思います……。

「なんかねえ……これでよかったって思うんだよ? でもさ、夜になって一人でベッドでうずくまってると、隣にやっくんがいたらどれだけ幸せかって、考えちゃって。右往左往」
「最初はそうだよ。少しずつ、変わっていくよ。今は、戻りたいって思っちゃう気持ちに負けないようにするしかないでしょ」

 やっくんと別れてから、一週間がたっていた。ジャイさんとは会社で顔を突き合わすけど、特に深い話はしていない。システム変更も大詰めを迎えて、私とじっくり話す暇もなさそうで、私のデスクに来ることはあっても、仕事の話を二、三言するのみだ。

「好きって気持ちって、皆どうやって忘れていってるんだろう」

 いつだって出会いと別れを繰り返しているのに、その度にそう思う。

「忘れるわけないよ。嫌いにならない限りは」
「じゃあ、舞子はどうしてんの?」
「さあ。気付いたら、新しい恋をしてるもん」
「新しい恋ねえ……」

+++++++++++++

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拍手いただけると嬉しいです!

【2009/09/15 02:48】 | Deep Forest(恋愛)
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楽しみ!
まゆ
たまに更新されていると読ませてもらってます。
最初はどういう展開になるのかハラハラしましたが、今はこちらの方がのんびりムードで楽しみになってます。
ジャイさんの存在が興味深いんですが モデルさんがいるんですか? 空想の人物何でしょうか・・・
またのぞかせていただきます。がんばってください。 

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第21話 しょうがないからY

+++++++++++++

 滅多に吸わない煙草をくわえ、ベランダで息を吐き出した。勢いよく口から飛び出た煙は星の光を曇らせる。
 じりじりと火種の音を響かせて、フィルター越しの煙を吸い込んだ。

 いつの間にか、煙草を買うのに識別カードが必要になったらしい。そんな情報を今更知るほど、私は煙草と遠ざかっていたのだ。
 失恋の後は、なぜだか無性に煙草が吸いたくなる。自販機では買えなくて、わざわざコンビニまで行って買ってきた。

 ふ、と息を吐く。そのたび、口元から溢れる煙を見て、馬鹿だなあと再確認する。

 空しくて、寂しい。
 誰もそばにいないことが、こんなにも堪えるってわかっていたけど、わかってなかった。
 次の恋愛。新しい恋。
 それをすれば、心にぽっかり穴があいたようなこの気持ちを忘れることなんて簡単だろう。
 次の恋に進もうと思えば、私には道がある。

 ジャイさんがいる。

 ラッキーなことだ。こんなにもそばに次の恋愛が控えてるなんて、恋をうまく立ち回る女やモテる女じゃなければ、そうそう無い話だと思う。
 だけど……ひっかかる。

「寂しいだけだもんなあ……」

 言葉に漏れる。
 そう、寂しいだけなのだ。相手がジャイさんである必要なんてないし、私にとってはたまたま近くにいて言い寄ってくる都合のいい男で、逆を返せば、ジャイさんにとっての私は簡単にオトせそうなラッキーな相手なのだ。

 失恋したての女なんて、簡単にほだされる。
 それがわかってるから、私に寄って来るんだろう。

 始まりが悪かった。
 私がどう言い繕ったところで、ジャイさんからしてみれば、私は『簡単にヤレる女』だ。「私は誰とでもエッチする女じゃありませんから!」なんて言ったくせにディープキスを許してしまった。
 あんなんじゃあ、口だけ女。押せばヤレる女と認定したことだろう。

「絶対好きになんない!」

 好きになって、傷つくのは私の方だ。
 ジャイさんのあの飄々っぷりじゃあ、どう考えても本気の恋になんてなりようがない。
 私が割り切って、寂しさを紛らわせるためのつなぎの男として付き合えるなら、たぶんそれなりにうまくやっていけるだろうけど、あいにく私はそんな器用じゃない。
 付き合うなら、本当に好きになる。
 セフレみたいな真似なんて、できっこない。

 絶対好きになるべきじゃない。

 ――やっくんに会いたい。
 彼の優しさに甘えて、別れようって言ったけど本当はやっくんが一番好きで離れたくないんだよって、言ってしまいたい。

 でも、そんなこと、しちゃいけない。

 夜の冷たい空気は、心を惑わせる。
 固く誓った思いを、簡単に崩壊させる。一人の夜は、怖くて寂しい。

「あーーー! やだもう!」

 ぐだぐだぐだぐだ。いつまでこんな風に好きだなんだとやってるつもりなんだ。あっち行ったりこっち行ったり、定まらない気持ちをどこに収めればいいのか、全くもってわからない。

「あほーーーーー!」

 思わず叫ぶと、弟が窓をがらりと開けて、怪訝そうに私を見た。

「今、俺のこと呼んだ?」
「あほーって言ったんだよ。あんた、アホって呼ばれて反応したの? アホだねえ」
「……夜中に叫ぶなよ。近所迷惑だな」

 心底飽きれたとでも言いたげに、ジト目で見てくる。

「ねえ、ほー」

 弟の名を呼ぶと、「なんだよ」とめんどくさそうに返事してくる。

「マリオカートやらない?」

 満面の笑顔で聞いたのに、弟は仏頂面だ。ムカツク。

「何時だと思ってんの? 俺、受験勉強してんだけど」
「息抜き息抜き」
「してる暇なんてねえし」
「……お前、かわいい彼女の郁ちゃんだっけ? あの子に語ってやってもいいんだぞ? 五歳の時に幽霊にびびってちびった話」
「お、覚えてねえよ!」
「やあねえ。お姉ちゃんはしっかり覚えてるわよう。よし、電話して話してあげよっと」

 折りたたみ式のケータイをぱかっと開いてボタンをいじる。
 弟は窓ガラスをガタガタとつかんで、「ケータイの番号、知ってんのかよ!?」とくらいつく。
 もちろん、知りませんけど。お答えはいたしません。

「あ、郁ちゃん。この間はどうもー! ごめんねえ、夜に。あのね、ちょっと面白い話があってさあ」
「ちょっ、姉貴! 嘘だろ!?」

 電話なんてしてませんがね。弟と遊ぶのって、楽しい楽しい。

「マリオカート、やる?」

 にこっと笑いかけたら、弟は「わかったから、電話切ってくれ」とがっくりと肩を落とした。



 ***


「システムのサンプルです。試してみていただいて、明日の会議で感想をいただけますか?」

 パソコンを立ち上げると、ログイン画面が現れる。サンプル用のIDとパスワードを打ち込んだら、TOPメニューがずらりと並んだ。

「このあたりは以前のシステムを参考にしていますので、あまり変更していません。一番上から説明しますね」

 システムの変更は順調ではないが着々と進んでいる。
 今日は出来上がったサンプルの試用説明で、ジャイさんは課の担当者に説明して回っている。
 椅子に座り、パソコンを睨む私の横で、ジャイさんが真面目な顔で説明を始める。こうやって仕事の話をしてるのを聞くと、それなりに出来る男なんだろうなあとおぼろげに思う。
 システムなんていう、わけのわからないジャンルだからこそ、そう思うだけなんだろうけど。

「以前はここに品番を入力する形だったんですが、あ、そうです、そこ。商品名でも大丈夫なので……ちょっといいですか?」

 身を乗り出し、キーボードを打ち始めた。半身をずらしたけど、少しだけ密着したジャイさんの体から、ほんのりといいにおいがする。
 思わず、フンフンと嗅いでしまった。香水なのだろうか? それともファブリーズ?

「なに、犬みたいなことしてんですか?」
「あ、すいません。つい」
「佐村さんて、匂いフェチ?」
「いえ、指フェチです」

 素直に答えたのに、ぶっと吹き出されてしまった。
 なんだよ、聞かれたから答えただけじゃん。

「入力をしたら、検索をしてみて下さい」

 説明がまた始まったから、画面に視線を戻す。
 商品検索のためのページにはコードを入力する欄があり、通常であれば品番か商品名を入力するはず。

 だが、そこには、六文字の全く関係のないことが入力されていた。

『土曜デートね』

「か!」

 勝手に決めんな! と怒鳴ってやろうと思ったけど、ここは社内だ。口を押さえ、目で訴えてやるが、ジャイさんはいつものごとくどこ吹く風。さっさとその文字を消して、次の説明に移ってる。

『14時。新宿駅』

「ば!」

 馬鹿じゃないの! と言いかけるが、ここは社内だってば! 自重しろ、私!

『あけといてね』

 ジャイさんと目が合う。『あけてくれるよね?』と言いたげな目線に、負けてしまった。

「は、そ、で……」

 一生懸命断る理由を考えるけど、何も思い浮かばない。週末暇な女だと思われるのは癪なのに!

『Y? N?』

 YES OR NO? そう聞きたいんだろう。
 次々に入力されていく文字を目で追いながら、私はようやく、自分の手を動かした。

『しょうがないからY』

+++++++++++++

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拍手いただけると嬉しいです!

あとがき↓
拍手やコメントありがとうございます。
お返事はこちらです。


友達とゴハン食べながら、9時間もだべってました。
お客さん少なかったけど、迷惑な客!!
店員さん、ごめんなさい。

・・・よく話すネタが尽きないな・・・女ってすごい。


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【2009/09/21 05:32】 | Deep Forest(恋愛)
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第22話 新婚さんいらっしゃい

+++++++++++++

 土曜日。ジャイさんとの待ち合わせで、新宿駅に訪れた。改札のそばでぼんやり立ち、行きかう人たちを眺める。
 学生っぽいカップル、OL風の友達連れ。土曜だっていうのに仕事なのか、スーツを着た男が足早に立ち去っていく。
 人ごみの中に、ジャイさんの姿を見つけた。
 Tシャツにカーキ色のジャケットをはおり、ジーパンを履いている。いたって普通の格好だけど、スーツ姿に見慣れているせいか若く見える。そういえば、ジャイさんって何歳なんだろう。見た目からいって同年代だと思うけど、実はすごい年下だったりして……。

「凛香ちゃん」

 私の姿を見つけたジャイさんは腕時計をちらりと確認して走り寄って来た。私は「どうも」と片手を上げて、無愛想な表情を作る。

「絶対遅れてくると思ってたのに」
「なんですかそれ」
「嫌そうだったから」

 嫌そうだってわかってるなら、無理やり誘わなきゃいいのに。

「来てくれて嬉しいよ。ちゃんとオシャレしてくれてるところみると、本当は楽しみにしてくれてたりして」

 薄い唇にニタつき笑いを浮かべて、私の服装を上から下までジロジロ見てくる。衿元にリボンのスパンコールがついた白いカットソーを着て紺色のスカートを選んで履いたが、オシャレしたつもりはない。普段の服を着てきただけなのに、そういう目で見られるのは癪だ。

「普段着です。いつも通りです。特別な服ではございません」

 フンッと鼻を鳴らしてやったが、ジャイさんは「それでもかわいい」と笑った。
 思わぬ言葉に頬がかっと熱くなる。こいつ、絶対わざと言ってる。

「帰ります」
「ちょーっ! 怒んないでよ!」

 踵を返した私の腕をつかんで、そのまま手を繋いできやがった。

「さ、行きますか」
「手」
「手?」
「手、離してよ」

 仏頂面で訴えたつもりなのに、ジャイさんはやっぱり意に介さず。「さ、行きますか」と繰り返し言って、私の手を引っ張る。
 カップルでもないのに、なんで指と指からませて歩かなきゃなんないの。
 嫌だと思う反面、照れくさくて……まあいいやと思ってしまう。

「どこ行くの?」
「ベタに映画でも。観たいのある?」
「ほんとにベタなデート」

 笑ってしまう。気取ってるところがある気がしてたから、デートとか言ったらもっと仰々しいところに連れて行かれると思ってた。

「ベタなことしたいんだよ。凛香ちゃんとはさ」
「何で?」
「付き合いたいから」

 またまたご冗談を。

「なんか言うことないの? わあ、嬉しい! 私も付き合いたいのぉ! あなたと出会えて良かった! 愛してるわあ! とか」
「ばーか」

 相変わらず冷たいっ とかわめくから、ついつい笑いがこぼれてしまう。ナンパでバカな男だけど、寂しくてたまらなかった私を癒してくれたのは、紛れもなく彼だ。
 あの日、そばにいてくれた。泣いてる私をなぐさめてくれた。たとえ彼に下心があったのだとしても、今私が笑っていられるのは彼のおかげなのだ。
 そこは素直に感謝しなきゃいけない。

 つないだ手の温かさとか、横に誰かがいる安心感とか、どうでもいいことで笑顔になることとか、ジャイさんがそばにいるって、なんだかとても救われる。
 心がホコホコあったまってくる。



 ***


 ベタに映画を観た後は、ベタにお茶をした。年齢のことを聞いたら、二十七歳だっていうから、私の一個上だというのが判明した。
 たまの休日は、公園で寝そべって本読んでるとか、意味もなくふらふら散歩したりするとか、私の思っていたジャイさん像との違いに、びっくりして大笑いした。
 クラブで遊び倒したり都内で飲み明かしたりしてるタイプの人間だと思ってた。ジャイさんは意外に素朴な人なのかもしれない。
 お茶の後は、家具屋をのぞいた。ソファーを探しているらしく、ファッションビルの中にある家具屋に付き合わされたのだ。

「これいいじゃん」

 スピーカー内蔵のソファーに腰かける。隣に座ったジャイさんも「お、すげ」と興奮気味に笑った。
 背もたれにスピーカーが入っていて、目の前に置かれたテレビの映像に合わせズンズンと低音が体に響く。映画好きにはたまらない仕様だ。

「あれは? オットマン付きってかっこいいよね。セレブみたいで」
「それだけでセレブって、ずいぶん安いセレブだな」
「セレブ気分は安く味わえればそれで充分なの!」

 足置き付きのソファーに駆け寄りまた座る。座るとお尻がソファーに沈み込む。柔らかくて気持ちいい。眠くなりそう。

「新婚さんなんですか?」

 ジャイさんと二人でまったりソファーに座っていたら、スーツ姿の店員さんがにこやかに話しかけてきた。

「え! ち、違います! 全然! 赤の他人です!」
「え。あ、そうなんですか? 失礼しました。新婚さんに見えたのでつい……ソファーお探しなんですか?」

 新婚さんて。
 ジャイさんをチラ見したら、必死に笑いを噛み殺してる。

「赤のた、他人が、ふ、二人でソファーに座るかよ」

 笑いながらしゃべるから、声が震えちゃってますけど。
 ようやく笑いが止まったのか、一回咳払いして、店員さんに向き直った。

「カタログもらえます? 検討したいんで」

 店員さんがジャイさんに商品の説明をしてるのを聞きながら、私はソファーに深く腰かけ直してぼーっとしていた。
 新婚さんに見えるって、どうなのよ?
 まあ、結婚適齢期の年齢だし、間違われても仕方ないけど。
 ジャイさんと私。カップルに見えるの?
 男と女が二人でいたら、たいがいはカップルに思われるだろうけどさ。

 ジャイさんとの関係を他人をそう思われるのは嫌。……のはず。なのに、口がにんまりしてしまうのはなぜなんだろう。

+++++++++++++

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うちのわんこがげほげほ咳をしていて、ちょっと心配。
連休で病院もお休みだったし、
ゴハンもガツガツ食べてて咳する以外は元気なようで、様子を見てましたが。
咳、止まらない(・・;

明日から病院が始まるみたいなので、連れて行くことになりそうです。
病気じゃないといいんですが・・・(涙)


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【2009/09/25 02:43】 | Deep Forest(恋愛)
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甘露煮
まだ途中までしか読んでませんが
ジャイさんとのやりとりと
主人公のツッコミに
いちいち笑えます。

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第23話 タイ料理屋で愛の告白?

+++++++++++++

 始まりも終わりもはっきり見えない。
 いつから始まるのか、いつ終わるのか。めちゃくちゃになった心はいつも惑っていて、入口も出口も見つからない。
 やっくんへの思いは消えず。
 なのに、隙間から入り込んでくるジャイさんの存在。
 恋なのだろうか? 寂しさが生んだ幻想じゃないの?
 やっくんは? ……会いたい気持ちは、まだここにいる。
 出口のない迷路にいるのをわかっていて、そこから出ることも出来ず、あっちに行ったりこっちに行ったり。そんなことを繰り返す私は、どこに向かおうとしているのだろう。
 まるで……深い森を彷徨っているかのようだ。
 誰かの手をつかんだと思っても、姿は見えず。影を追い続け、深く深くにはまり込む。
 気付けば脱け出す術もわからず、見上げても空は見えない。

 どこにも希望を見い出せない、闇の森。

 助けてほしい。私をここから連れ出してほしい。
 そう思うけれど、私はすでにわかっている。

 ここから脱け出すのは、自分の力だ。自分の心だけが、ここから脱け出す術を見つけることが出来る。

 だから。


 ***

 新宿の夜は明るく、喧騒に溢れる。居酒屋の勧誘の海を通り過ぎて、ジャイさんが予約をとっていたというタイ料理屋に行った。
 古臭いビルの二階にあるお店は、十畳ほどくらいの大きさしかなく、四人テーブルがずらりと並んでいるだけの簡素な造りだった。
 客は奥に三人、手前に二人しかいない。土曜の夜なのに、繁盛してるとはいえないようだ。

「ここ、うまいんだよ」

 イグサの座布団に座る。目の前にはガネーシャだっけ? 象の神様のブロンズ像が飾られていた。
 うまい、と言われれば、なんとなく納得してしまう。まだ何も食べてないけど、路地裏にある頑固オヤジが経営するうまいラーメン屋みたいな雰囲気が、そう感じさせるのだ。

「デートでこういうところ行くって。ベタじゃなくない?」

 笑いながら聞くと、ジャイさんは腕を胸の前で組んで大きくうなずいた。

「凛香ちゃんはこういう方が好きそうな気がした」
「それはそれでショックなんだけど。小奇麗でおしゃれな店より、えーとなんだ? こういうちょっと裏通りっぽいのが似合うってことでしょう」

 わざと頬をふくらませて怒ったフリをしてやる。
 やっくんとのデートは決まって『おしゃれな店』だった。本当は新橋のガード下とか、オヤジくさいところにも連れて行ってほしかったりしたんだけど、言い出せなかったのだ。

「通っぽいのが好きそうってことだよ。怒るなって。本当にうまいしさ」

 まずはビールで乾杯して、適当に料理を頼む。空芯菜の炒め物とかタイ焼きそばとか生春巻きとか海老せんべいとか。
 出てきた料理はジャイさんの言うとおりおいしかった。

「今日はありがとね。気を使ってくれたんでしょ」

 タイミングを見計らって、お礼を言う。ふられて気落ちする私を元気付けようとしてくれたと、思うから。

「気を使うって、なんで? 俺は凛香ちゃんとデートしたかったから誘っただけだよ」
「口うまいよねえ」
「チャンスだし。逃す気ないから、俺」
「またまた」

 ジャイさんの言うことは三割嘘と思って聞くことにしてる。私をからかってるだけだろう。

「本気だっつーのに。聞く耳無いよなあ。どうすれば俺の言うこと信じる?」
「……じゃあ、逆に聞くけど。なんで私のこと好きなの? 信じられない」

 酔っ払った女がエッチを誘った。それにのった。それで始まった私たち。
 本気になるなんて、あり得る? 体目当ての遊び以外、ありえない。

「こういうところで告白はなあ」

 空芯菜をぽりぽりと噛みながら、ジャイさんは苦笑いする。

「言えないんじゃん。どのみち、私は誰かとどうにかなるつもりはしばらく無いし。遊びなら他を当たって下さいね」
「遊びじゃねーつーの。遊びだったら、こんなしちめんどくさいことしてないで、とっととセックスしてるよ」
「はっきり言いますね。しちめんどくさいって、そういうこと言う?」
「だーかーらー。一緒にいたいと思ってんだよ。……なんだ、その。始まり方が良くなかったのはわかってるよ。だから、ベタなデートしたいんだっつの。めんどくさいって言い方は悪かったって。そういう意味じゃないんだよ」

 髪の毛を掻き、眉をしかめるジャイさんは、あからさまに困り顔だ。ジャイさんて、恋愛のことは口下手? もしかして、照れ屋?

「凛香ちゃんが思っている以上に、俺は真剣だよ? どうすれば伝わる?」

 迷い猫が拾ってほしそうな顔をするな!

「わ、わかんない。そんなの。だって、それに、ほら……」

 ジャイさんが真剣な顔を作るから、私の方が恥ずかしくなってきてしまった。色々言いたいことはあるのに、上滑りして出てこない。「えっと、だからさ」と意味不明な言葉を羅列して、最後には一気にビールをあおってしまった。

 ええい。もう知らん! この話はおしまい!



 ***


 最後のビール一気が効いたのか、足がおぼつかなくふらふらする。終電近くになり、タイ料理屋を出た私たちは駅の方面へと向かって歩いていた。
 ていうか、ジャイさんと飲む時って、いつもこうなってないか?

「さっきの話だけどさ」
「はー? 聞こえなーい」

 聞こえてるけど、聞こえないふり。デロデロの酔っ払い状態で、んな話聞けるか。

「……酔っ払ってる時に話すのは止めるよ。次、シラフの時にゆっくり、な」
「んー」

 あいまいに返事をする。なんとなく酔いは覚め始めて来たけど、酔っ払った演技をした。
 なんとなく、怖くなった。真剣な話をすることが。

「じゃ、また会社で」
「ん」

 名残惜しそうに、ジャイさんの手が私の髪に触れた。

「明日は日曜だし、もう少し遊ばない?」
「嫌」

 はっきり拒否してやったのに、ジャイさんは吹き出して笑うだけだった。

「しょうがない。来週もデートね」
「……いつも勝手に決める」
「でも、うんって言うでしょ?」

 言わないよ! そう言うつもりが、声は出なかった。来週の日曜は予定が無い。だから、遊べるんだよな、とぼんやりと考えてしまったのだ。

「楽しみにしてるよ」

 ジャイさんの唇が、私の唇の右端に触れる。チュ、と小さな音だけ立てた、軽いキス。

 呆然とする私をよそに、ジャイさんはにんまりとえげつない笑みを浮かべ、駅へと続く地下通路に降りて行ってしまった。

+++++++++++++

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どうでもいいあとがき↓
空芯菜、好きなんです。にんにくでいためたやつ。
しゃきしゃきしててうまいんですよ!

ちょっと苦味もあるので、そういうのが苦手じゃない方はぜひ食べてみてください(^^)


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【2009/09/28 02:50】 | Deep Forest(恋愛)
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ぷっちょんはジーパンがほしいな。
きよこもほしいかな?

*このエントリは、ブログペットの「ぷっちょん」が書きました。

【2009/09/30 07:14】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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きよこ
ちょ、ジーパン!?
別に、ほしくない・・・

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