きよこの書き散らかし小説。
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Deep Forest

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第12話 猫なで声でおねがいごと

+++++++++++++

『俺、直帰するわ。伝票は月曜に渡すから』
「川田さーん。帰ってきてくれません? お願いがあるんです」

 電話越しに甘えた声を出すけれど、もう四年も一緒に仕事をしてきた相棒は私の猫なで声に騙されてくれない。

『い・や・だ。お前がそういう声出す時は、俺に不幸が降りかかる』
「ひどいなー。川田さん、今度の営業会議で取引先に納期のこと嘘ついてるのばらしますからね」
『おまえっ! 卑怯だぞ!』
「なんとでも言えばいいです」

 私のまん前のデスクを陣取る営業の川田は、営業先から直接帰る気らしく、直帰の電話がかかってきた。そこを引き止めているのは大きな理由がある。
 彼の補佐をする私は、弱みをいっぱい握っているわけで、それを使ってでも、今日は彼を会社に戻らせたかった。

『今日は無理。これから行くところがあるんだよ』
「合コンですか」

 ……間が空いた。合コンに行くんだな。川田は確か三十四歳。いい加減、彼女の一人でも欲しいのだろう。

『とにかくだな、今日は帰る。じゃあな!』

 ぷちっと電話は切れてしまった。
 川田のヤロー……やっぱり隅田川に落とすしかない。

「凛香ちゃん、どうしたの?」

 むすっとしている私に気付いた隣のデスクの岸川さんが、心配そうにこちらを見ていた。

「川田、直帰しやがりました」
「いつものことじゃない。今日は金曜だし」

 飲みに行くなんていつものことでしょ、と岸川さんは苦笑する。
 そう、今日は金曜だ。
 元彼……やっくんが会おうと言っていた日。

「うちの課の男は皆冷たいです」

 わざと泣きまねをして訴えると、私の斜め前に座る営業の男が気まずそうに頭を掻いた。
 この男にも懇願したのに「今日は約束がある」と断られた。
 フロアに残っていた男全員に断られ、頼みの綱だった川田にさえあっさりとふられた。
 川田のバカ。火曜の営業会議で部長にちくってやる。

「どうしたのよー。話してみなさい」

 伝票をばさっと整えながら、岸川さんは私に向き直ってくれた。
 うう、私の女神様っ!

「実は、元彼が会いたいって言ってきてるんです。あいつのことだから、会社の近くまで来てそうだし。もう面倒くさいから『男が出来たの!』とか言って終わりにしたくて。信じてもらえるように、てきとーに男と一緒に歩いてればいいかなーって思ったわけなんですけど、誰も付き合ってくれない!」

 また泣きまねをしてみせる。岸川さんは「短絡的だなー」とぼやきつつも、何か策でも考えてくれているのか、目線を宙に泳がせた。

「あ」
「名案浮かびました? 私、会社に泊まるしか他に考えられないんですけど」
「あー、赤峰さーん」

 誰、赤峰って……。

 岸川さんがニコニコ笑顔で手を振っている方向を見ると、ジャイさんがノートパソコン片手にフロアに入ってきたところだった。

「はい?」

 切れ長の目を細めて、薄い唇に笑顔をはりつかせる。極上営業スマイルで近付いてくるのは、やっぱりジャイさんだ。

 あれ? 赤峰って、赤峰って、ジャイさん!?
 剛田じゃないの!? ジャイのくせに!?

「赤峰さん、この後、お暇ですか?」

 いつものやわらかボイスで岸川さんが問いかけると、ジャイさんは不思議そうに首をかしげながらも「今日は特に用事も無いですよ」と答えた。

「じゃあ、この子に付き合って、一杯飲みに行ってもらえません?」

 この子って、私? わかりきってることなのに、私は自分を指差して固まってしまった。
 岸川さんはつぶらな瞳をきらきらと輝かせて、ジャイさんの返事を待っている。
 そりゃ、ジャイさんに頼むのも手かもしれないけど、なんか嫌! あの男に弱み握られるなんて、なんか嫌!

 ちょっと、ジャイ! わかってんだろうな、ここは『NO』と答えるところだぞ! と目で訴えかけるけれど、ジャイさんはにっこりと笑って「僕でよければ」なんて答えている。

「ジャイ……じゃない、赤山さん、無理しないでいいですからね!」
「赤峰です、佐村さん」

 おっと、すいません。

「でも、どうしたんです? 急に」

 すました声を出すジャイをぶん殴りたいが、会社でそんな暴挙に出るわけにはいかず、私は奥歯をかみしめてジャイを睨みつける。
 ジャイさんはそ知らぬふりで、岸川さんをジッと見据えていた。

「なんかね、凛香ちゃんの元彼が来てるかもしれないんですって。もう別れてるから話したくないみたいでね。駅まででいいから、彼氏のふりしてあげてくれません?」
「ああ……そういうことですか。喜んで引き受けますよ」
「ありがとう! 赤峰さんって、いい人ね」

 なんか話が成立しちゃったよ!

「岸川さんも一緒に帰りましょうよ! 帰るんですよね!?」
「帰るけど、今日は彼とゴハン食べるから。近くの喫茶店で待ち合わせてるから、だめなの。ごめんね」
「岸川さーん」
「いいじゃない。赤峰さん、いい男だし」

 岸川さんはニィッといやらしい笑みを浮かべて、私の腕をつかんで引き寄せると、耳元でぼそりとささやいた。

「捕まえちゃいなよ。彼、いいんじゃない?」
「いやああああああああ!」

 だって、この男、酔っ払いと平気で寝るんですよ!?
「にゃんにゃんしませんか?」で面白がってラブホまでついてっちゃうんですよ!?
 とんでもねえ男なんですよ!!

 ……と心の中で訴えるけど、全部私とのことなので言えるわけもなく。

「じゃあ、帰りますか?」

 新緑みたいな爽やかオーラをまき散らすジャイのバカを睨むことしか出来なかった。

+++++++++++++

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拍手いただけると嬉しいです!

あとがき↓
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この主人公はいつになったら名前を覚えるんだろうか・・・


作者は人の名前も覚えられませんが、人の顔も覚えられません。
さらに、どんなに仲のいい人に声をかけられても、10秒くらい固まってしまいます。
カメラでいう顔認識機能が全く機能してません\(^^)/

よく、「なに、その間は!?」と驚かれます。
顔認識機能が動くまでの時間です。


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【2009/08/01 03:01】 | Deep Forest(恋愛)
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亮介
お話のテンポが良くダラダラとした説明文的な物もなく読みやすいですね~!
面白いです
姉と弟の件もリアルで良いです。


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第13話 ジャイさん、逃走する

+++++++++++++

 ジャイさんの後ろを少し距離を置いてついていく。
 なんでこんなことになったんだと、岸川さんにブウブウ文句言いたかったのに、岸川さんはものすっごい楽しそうに目を輝かせて「頑張ってね」と言って帰ってしまった。
 私も今日やる仕事は終わっていたし、ジャイさんも帰るところだったから逃げることも出来ず、一杯だけ飲みに行くことになってしまった。
 同じ課の連中は火の粉が飛び散らなかったことに安心したのか、「良かったねー佐村さん」と満面の笑みで送り出してくれた。次の営業会議で、チクリ攻撃をしてやること確定。

「公認で飲みに行けるようになるとはラッキーだね」

 意地悪そうな笑顔を向けてくるジャイさんの腕を本気で叩いてやった。
 こいつ、本当に間が悪い。ある意味で間がいいのかもしんないけど、間が悪い!

「で、彼はいる?」

 いつの間にか会社の出入り口に辿りついていて、私は慌ててあたりを見渡した。
 マメだった彼は、私の仕事終わりの時間を見計らってわざわざ迎えに来てくれることが何度もあった。
 会社から十メートルほど離れた道路の向かい側にある電柱に寄りかかって、いつも私を待ってくれていた。
 書類が詰まったカバンを軽そうに片手に持ち、手持ち無沙汰に中空を仰ぐ。少し口が開いてしまっているのが間抜けで、かわいかった。

 すっかり薄闇に包まれた空に、電柱の明かりがぼんやりと灯る。飲食店の看板が赤い光を煌々と湛える、その光に照らされて――やっくんはいつもと同じように口を開けて空を仰いでいた。

「――いる」
「どうすんの?」
「う、裏道に行こう」
「どこにいるの? どれ?」
「あの電柱のところの、間抜け面!」

 私の存在にまだ気付かないやっくんと、ジャイさんを交互に睨んだ。
 ジャイさんがナンパな男っぽいのに対して、やっくんはつんつんと逆立つ黒髪がいかにも真面目そうだし、もう三十代だというのにほどよく筋肉のついた体型で背筋がぴんとしているせいか硬派っぽく見える。
 こげ茶の髪の下で意地悪げに目を細めるジャイさんは、がりがりではないけど線が細いし、へらへらしてるから、遊び人に見える。仕事の時はスーツをばしっと決めてるし、口調も真面目だからそうは見えないけど。
 正反対だなー……とどうでもいいことを考えてしまった。

「あ、気付かれたな」

 ジャイさんののん気な言葉で、はっとする。顔をあげたら、やっくんと視線がかち合った。
 途端に、やっくんの表情がやんわりとゆるむ。
 会えて嬉しい、そう訴えかけてくるような、優しさに満ち溢れた笑みを私に向けて、小さく手を振って来る。

「逃げよう! ダッシュで!」

 叫ぶ私を尻目に、ジャイさんはのん気だ。

「Bボタン連打で」
「どこにあんのよBボタン!」
「無いから、ダッシュ出来ません」

 ふざけてる場合か!
 マリオってる場合か!

「バカジャイ! 私、行くからね!」

 裏道の方へ踝を返した私の腕を、ジャイさんはむんずとつかむ。あまりに強い力に、私は前のめりになりながら足を止めてしまった。

「ちゃんと話をしなさい」
「はあ!?」
「好きだったんでしょ? ちゃんと誠意をみせてやりな」
「な……」

 まっすぐの眉を下げてこめかみの辺りを掻きながら、彼は一歩一歩近付いてくる。こめかみを掻くのは、困った時や戸惑っている時の彼の癖だ。

「凛香」

 低くてハスキーな彼の声がとても懐かしい。けれど、どんな顔をしていいかわからなくて、黒いエナメルのパンプスについたリボンをじっと睨むことしか出来ない。

「久しぶり、凛香」

 喉の奥がつんと痛んだ。目の奥が熱くなって、唇が震える。
 思わずジャイさんのスーツの袖をすこしだけ握りしめると、ジャイさんは私の背中をポンと叩いてくれた。

「佐村さんの、お知り合いですか?」

 営業用のすました声で、ジャイさんは何も知らない同僚のふりをしてくれる。

「あ、まあ、そうです」
「それじゃあ、僕は帰りますね」
「ちょ……ジャイさん、話が違う……」

 うろたえる私に、ジャイさんはにっこりと微笑みかけてくれた。
 大丈夫と、ちゃんと話しなさいと、そう言い聞かせるように。

「あとでケータイに電話して」

 私の肩を叩いた後、やっくんに会釈しながら、ジャイさんは長い足を大きく広げて歩き出してしまった。
 追いかけようとしたけど、目の前に立ちはだかったやっくんが邪魔で、それさえ出来ない。

「今の、新しい彼氏?」

 ジャイさんの背中をじっと見ていたやっくんだが、我に返ったように私に向き直る。
 付き合ってた頃よりもずっとトーンを押さえた声がやけに優しく聞こえて、私とジャイさんの関係を不安がっているのは明白だった。

「どうして、そう思うの」
「いや、ケータイに電話してって、言ってたから」
「あいつのケータイの番号、知らないし」

 会社用の携帯電話の番号なら名刺に書いてあったけど、プライベート用のなんて知らない。
 そう考えれば、ジャイさんは私をからかって遊んでいるだけで、本気で私とどうこうなろうなんて考えてないんだと、納得がいってしまった。
 だから、さっさと帰ってしまった。
 めんどくさい私の事情から逃げたんだ。

 ――ひどい男。

+++++++++++++

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あとがき↓
先日、誕生日を迎えました。
もうそろそろ歳とりたくない(苦笑)

ケーキを食べましたが、具合悪くなりました(笑)
夏バテ!!


拍手やコメントありがとうございます!
お返事はこちらです。


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【2009/08/06 02:35】 | Deep Forest(恋愛)
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第14話 溺れる魚は、何を求める?

+++++++++++++

「少し、飲みに行かないか」

 私とやっくんの視線はかみ合わない。私は足元を、やっくんは中空を。目を泳がせ、エサを求める金魚みたいに無駄に口を動かしている。
 気付かぬうちに降った通り雨のかびくさい匂いが鼻につく。

「時間は、取らせない」

 ばれないように、息を吸い込んだ。吐き出す息は震えている。
 どんなに話をしたって、別れ話にしかならないことは、私たちを取り巻くこのよそよそしいい空気でわかるはずだ。
 それでも、話さなければいけないんだろう。

 一年弱付き合った者同士の、けじめとして。


 ***


 予約を取っていたという居酒屋は、私とやっくんが度々訪れていたところだった。グラスが並んだカウンターの横に穴蔵のような個室があって、その奥は赤いカーテンで仕切られたテーブルが並ぶ。
 私たちは個室に案内され、なんとも言えない雰囲気のまま、お酒とおつまみを頼んだ。
 長居する気はないから、チーズの盛り合わせとチャンジャしか頼まなかった。

「私、ちょっと、トイレ」

 なんだか息苦しくて、飲み物も来ていないのに立ち上がる。
 やっくんのまっすぐな目線が、きつい。
 ちょっと太いまっすぐな眉毛を下げて、乞うような顔をする。二重の瞳の奥に、これまで培った二人の時間を慈しむような光をたたえる。
 私を見るなと、そんな目で見るなと、叫びたくなる。

 ――決意が薄れてしまう。

 もうやっくんとは終わったんだと、言い聞かせてきたのに。

 トイレに駆け込み、携帯電話を開いた。
 岸川さんの番号をアドレス帳から探して、電話をかけた。
 今頃は彼氏とデート中だろう。邪魔しちゃ悪いと思ったけど、こんな事態になったのは、ジャイさんに私のことを頼んだ岸川さんのせいでもある。
 デートの一個や二個、邪魔しても文句は言わせない!

『もしもしー。どうしたの?』

 お酒でも飲んでいるのか、岸川さんの声はいつよより明るい。

「ジャイ……じゃない、青峰さんの携帯電話の番号、知ってます!?」
『あおみね? ああ、赤峰さん? 一緒にいるんじゃないの?』
「はぐれたんです! 番号、知ってます?!」
『仕事用なら……ちょっと待って、名刺探す』

 岸川さんがジャイさんの番号を知らなかったら、会社に電話して聞くしかない。今の時間なら誰かしら残業しているはずだ。

『あ、あったあった。メモ取れる?』
「はい」

 岸川さんがゆっくりと言ってくれる番号を手帳にメモり、私は丁重にお礼を言って電話を切った。

 ジャイのバカ! バカ! バカ!

 文句をいっぱい言わないと、我慢できない。
 親指をすばやく動かし電話をかけると、ジャイさんはすぐに電話に出てくれた。

『おいーす』
「おいっすじゃねええええええ!」

 ついつい大声を出してしまって、慌てて口をつぐんで辺りを伺う。トイレは私しかいない。今の罵声はたぶん誰にも聞かれてないはずだ。

『どうしたの?』

 ジャイさんの声はとことんのん気だ。腹がたって仕方ない。

「どうしたのじゃない! バカジャイバカジャイバカジャイ!」
『なんか方言みたいね』
「そうじゃいね。って方言じゃない! バカー!」
『ちゃんとのるあたりが凛香ちゃんらしくていいねえ』

 ああもう! 私はなにしてんだ!

「どうして逃げたの!? どうして私のことおいてったの!? お願いしたのに!」

 力みすぎた声はわずかに震える。
 この状況に私は軽いパニックを起こして、泣いてしまいそうだった。

『……ちゃんと二人で話すべきだと思ったからだよ』

 私の震えを察したのか、ジャイさんの声は少し低くなって、優しくなった。
 携帯電話を握っていた手から、ふっと力が抜けた。緊張が解けてくるのがわかった。

「話したくない」
『なんで?』
「こ……怖いもん」
『なにが?』

 なにが? なにが怖いの? でも、怖いの。怖くて怖くて、逃げ出してしまいたい。

『……別れるのが、怖いんだろ?』

 喉がビリリと痛んだ。内側から押されたみたいな痛みが喉から這い上がって、目の奥まで痛む。

「別れるのは、もう決まってたことだもん。怖くなんか……」
『ちゃんと口に出してお互いで決めなかったら、「別れた」ことにならない』

 ジャイさんの口調は冷たく威圧的でさえあった。刃のように研ぎ澄まされた言葉は、私から言葉を奪う。

『凛香ちゃんは、彼と別れるってちゃんと決まってしまうことが怖いんだよ』

 否定も肯定も出来なかった。洗面所の鏡に映る私は、眉をへの字に歪ませて、今にも死んでしまいそうな蒼白の顔をしている。

 ――私、苦しんでる。

『うやむやにしてそのまま流してしまえば、何も考えないでいつの間にか彼のことを忘れられるだろうけどさ』

 浅い呼吸を繰り返して、必死にジャイさんの言葉を聞いていた。
 この人は……私のことを考えてくれてる。
 それがわかる、声だった。

『自分を甘やかすなよ』

 諭すような言葉ひとつひとつに――

『自分の都合で逃げてるだけだ』

 私は心奪われる。

『自分の都合を押し付けるだけしか出来ないなら、あんた、この先ずっと独りぼっちだよ』

 込み上げる熱い潮に、目の前はたわんで歪む。

『頑張れ』

 彼の声援は、私の心を貫いて、揺さぶる。


 後悔が襲っていた。




 どうして、私とジャイさんは、あんな出会い方をしてしまったんだろう。

+++++++++++++

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拍手やコメントありがとうございます!
ありがたくてありがたくて涙がちょちょぎれてます。うう!
お返事はこちらです。


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【2009/08/11 03:13】 | Deep Forest(恋愛)
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小説家になろう」で「夏のホラー2009」という企画が開催されました。
ホラーは滅多に書かないのですが、参加してみました。

宵闇ゆれて、消えていく涙(R15)

一応、エロチックホラー(笑)です。
ホラーというよりは男女のどろどろものなので、お暇でしたらぜひ読んでみてください(^^)

ホラーっていうと、なぜか男女の愛憎ものが浮かんでしまう。
他にも怖い作品がたくさん企画に参加されているのようなので、ホラー好きな方はぜひサイトに遊びに行ってみてください!


【2009/08/13 04:17】 | 雑記
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第15話 森のクマさん、出会いの一言

+++++++++++++

――バイバイ。

 そう言って別れたのは、ゴールデンウィークが始まる少し前だった。もうあの日から一ヵ月も立っていることに、今更気付く。
 やっくんに奥さんがいるとわかったあの日――奥さんが私に電話してきた日――に、私とやっくんは今みたいに居酒屋で話した。

「奥さんが、いたんだね」

 唐突にそう言った私を、やっくんは見てくれなかった。目を泳がせ、口につけたビールをゴクリと飲み込んで、喉仏をゆっくり上下に動かした。
 ジョッキをテーブルに置いて、少し上ずった声で「誰に聞いたの」とつぶやいた。
 その一言で、あの電話の主が本当に奥さんで、やっくんは結婚しているんだと悟った。

「奥さん本人から。携帯電話、見られちゃったんじゃない」

 やっくんは素直な人だし、嘘をスマートにつけるようなタイプじゃない。女の影くらい、奥さんならたやすく気付いただろう。
 それでも、一年もの間、何も言わずにやっくんの行動を見守っていたのだとしたら、居たたまれない。
 気付かなかった私の、鈍感さもまた、情けなかった。

「どうする」

 鼻でスウと息を吸い込み、やっくんは懇願するように私を見た。

 どうする? 判断を私に委ねるって、ずるいんじゃないの? ――そう思った。

「どうするもこうするも、ないじゃない」

 それだけ言って、テーブルに三千円を叩きつけた。


 くやしかったし、悲しかった。
 私はやっくんにとって浮気相手で、それに気付きもせずに「私、幸せ」なんて浮かれまくっていた自分が、滑稽に思えた。
 どんなに好きでも、どんなに想っても、超えてはいけない壁がある。
 浮気も不倫も、絶対にごめんだ。

 騙された気がした。

 ――けれど。


***


『今、どこにいるの?』
「トイレ」
『戻って、彼氏と話して来いよ』

 トイレの角でうずくまり、ジャイさんの声を必死に聞き取る。携帯電話をつかんだ手はじわりと汗が滲み、力が入りすぎて指が痛い。

「いやだ」
『大丈夫だって。俺がいるじゃん』
「全然励ましにならない。ジャイさんの一匹や二匹、いても嬉しくないもん」
『ひどいわー。俺のガラスハートが今砕け散った』
「銃で撃っても割れないくせに」
『凛香ちゃんの言葉は大砲並だから』

 軽口が心地いい。
 これから重大な話をしにいかなければならないと思うと、心は漬物石を抱えたみたいに重苦しい。
 だけど、ケリをつけなきゃいけない。
 
『ほら、行って来い』
「――うん」

 うなずいたくせに、動けない。

『凛香ちゃんはやれる子でしょー』
「うん」
『だったら、ほら』
「お詫び、してよね」
『お詫びって?』
「私のこと、置いてった」

 笑い声が聞こえる。なぜだか、指からすっと力が抜けた。ジャイさんののん気さは、私から肩の力をぬいてくれる。

『わかったよ』
「行って来る」
『おう』

 電話を切って、立ち上がった。鏡に映った自分を睨みつける。きりりと眉毛がつりあがる。目に力を入れれば、全身にほどよい緊張感がみなぎった。

 弱音も、本音も。

 今、吐いた。

 だから、大丈夫だ。


 ***

 テーブルに置かれたグラスは、すでに汗をかいたように濡れていた。ひんやりとした感触を楽しんだ後、くいと飲み込む。
 ピーチフィズの甘さが口中に広がる。

「凛香」

 やっくんはいつも最初の一杯はビールだ。その後は焼酎や日本酒を好んで飲む。
 けど、今日はきっと、このビールだけで終わるだろう。

「俺は凛香と一緒にいたいんだ」

 率直過ぎる一言に、私は出かかっていた言葉を飲み込んだ。

「離婚する」

 やっくんらしくない早口が、彼の焦りを示している。
 ほんのりと頬を紅潮させ、真剣な眼差しを向けてくる。冗談で言ってるんじゃないと、すぐにわかった。
 グラスをつかんだ両手が冷える。氷が、ピシリと音を立てた。

「凛香、俺と結婚しよう」

 目の端で、赤いカーテンが揺れる。
 人のざわめきが遠ざかる。息を吸い込んだまま、吐き出すことが出来ない。

「もう離婚届も渡した」

 誰かの「わあ!」という歓声が頭に響いた。笑い声が耳の奥で木霊する。

「凛香。俺は、凛香と一緒にいたいんだ」











 やっくんとの出会いが、ふと思い出された。
 合コンの席だった。彼氏と別れて寂しさを感じていた私は、さして抵抗もなくそういう飲み会に参加し、男の子としゃべることを楽しんでいた。
 そこから恋愛に発展していくなんて、期待はしてたけど、望んでいたわけではなかった。
 出会いが合コンっていうのが、なんとなく嫌だった。

 けれど、出会い方がどうあれ、出会いは出会いだ。

 端の席に座った私とやっくんは、向かい合う形になっていた。
 気付いたら私とやっくん以外の四人がなにやら大盛り上がりで会話していて、すっかり乗り遅れた私はちびちびとお酒をすするしかない状態になっていた。
 目の前に座るやっくんは煙草をぷかりぷかりと吸うだけで、別段楽しそうでもなく、だからといってつまらなそうでもなく、ほんのりと笑顔を浮かべていた。
 それが、とても大人に思えた。

「凛香ちゃんは」

 おっとりとしていて柔らかい口調を聞いた瞬間、やっくんが筋肉のついた体型をしているせいか、私の脳裏で『森のクマさん』の曲が流れた。
 ぱっと見はちょっとこわそうなのに、よく見ると目はタレ目で優しげで。声はもっと優しそう。
 どきりと、心臓が高鳴ったのを、覚えている。

「まりもっこり、好き?」

 なんでまりもっこり!? 衝撃的な瞬間だった。

+++++++++++++

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あとがき↓
えええええ!!
いつの間にか2万HIT超えてるよ!!
いつも読みに来てくださる皆々様、ほんとにほんとにありがとうございます。

1万HIT記念も書いてませんが、2万HIT記念で書いてほしいものがあったら、リクエスト下さい。
1万HIT記念、ストーリーだけちょこっと考えたけど、まだ手付かず・・・
もう少々お待ちを(^^;


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【2009/08/20 02:27】 | Deep Forest(恋愛)
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パソコンからご覧になってる方は、サイドバーにいるコブタの存在にお気付きでしょうか?

ブログペットのぷっちょんです。

違うブログ(今は閉鎖)で飼ってたのですが、どS発言を連発。

どこで育て方を間違えたのか・・・


でもまあ、ブログも変わったことだし、もうどSっぷりは見せないだろうと思っていたのですが。

ブロペのマイページには、ブロペ占いが載ってるんです。

今日の占い↓

三千円



ど S 、 変 わ ら ず \(^^)/


クリックするとたまに面白い発言するので、かわいがってやってください(笑)

【2009/08/21 02:19】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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第16話 打算的な天秤にのせられて

+++++++++++++

「あ、いや。この間、北海道に行って来たから。あんなすごいのが売ってるのに驚いてさ」

 私があまりに驚いていたためだろう。やっくんはそう言いつくろって、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
 私は肩をすくめて、「かわいいですよね」と笑って見せた。

「あれって、女の子からしたらかわいいの?」

 ……合コンの席で、ああいうのを「かわいい」と発言するのはよろしかったのかどうか、笑顔で固まってしまった。
 引く人は引くかもしれない。

 やっくんは、苦笑いを浮かべる私を見て、「凛香ちゃんって面白いね」と今までの愛想笑いとは違う、極上の笑顔を見せてくれた。
 タレ目がちな目を細めて、大きな口を開けて笑う。少しだけうつむき加減で、鼻息をすっと吐いて笑い出す。
 そういう、ちいさなクセのひとつひとつが愛おしく思えたのは、出会ったあの瞬間からだったのかもしれない。

 もう一度会ってみたいなと思ったから、自分からメアドを聞いた。自分から「また会いませんか?」とメールした。
 はじめて、自分から動いた恋だった。

 思えば、やっくんから私に対して行動を起こすなんて、あまり無かった。それは、やっぱり奥さんがいたからで、私から誘っているということで、自分自身の浮気の口実にしていたのだろう。
 ああいう席に来る人が結婚してるなんて思いもしなかったし、やっくんも何も言わなかった。
 会社の後輩に頼み込まれて渋々合コンに参加したんだと、三回目のデートの時に言っていたけど……どこまでが本当のことだったんだろうか。




「ねえ、どうして結婚してること、言わなかったの」

 グラスについた水滴を指でぬぐいながら尋ねる。
 やっくんは目を一瞬泳がせたけれど、すぐに私の目をじっと見据えてきた。
 あまりに強い目線に、私の方がひるんでしまう。
 答えづらいことを聞いたはずなのに、やっくんは動じない。それが私の居心地をよりいっそう悪くさせて、私は氷の上で泳ぐドライチェリーをマドラーでつんつんといじってごまかすしかなかった。

「凛香と二人で初めて遊んだ時に、話そうと思ってたよ」

 小さく咳をして、ビールを飲み込む。
 そうして、また、私を見つめてくる。

「あの日、二人で映画を観ただろう? 映画の面白いシーンのことを話す時は心底楽しそうで、悲しいシーンの話をする時は本当に悲しそうで……コロコロ表情を変える君を見ていたら、またもう一度会いたいって思った。そのためには結婚していることは絶対に言えないって思ったんだ。また二人で会いたかったから。友達としてではなく、恋人として」

 真剣な眼差しはけして崩れない。声を低くして、言い聞かせるように優しく語りかけてくる。

「ずっと一緒にいたいと思ったんだ」

 やっくんは芯が通っている。私の意見もたくさん受け入れてくれるけど、こうだと思ったら、曲げない人だ。


「――あの日からずっと、そう思ってる。ずっとこの気持ちは変わらなかった」

 私を見つめるやっくんの目が力を増すたびに、私は何も言えなくて縮こまっていく。
 どう答えればいいのか、どういう態度を取ったらいいのかわからなくなって、頭の中がもやもやする。

「凛香が好きなんだ。妻よりも」

 唇が、震えた。

「私は……」

 グラスの水滴ですっかり濡れてしまった手は、温度を失っていた。首に当てると、ひやりと冷たい。唾を飲み込むと、手の平に喉仏の動きが伝わる。

「誰かと比べられて、好きだなんて、言われたくない」

 目をぎゅっとつぶり、膝の上で手を握りしめた。

「私と奥さんを、天秤の上に乗せて、どっちにしようかって選ばないで」

 肺の奥が押されるように痛んだ。

 ――なんで、こんなことになってしまったんだろう。

「そんなつもりじゃない。俺は、凛香が好きで――」
「押し付けないでよ!」

 好きなら、何をしてもいいとでもいうの?
 ずっと一緒にいるって誓った人を捨てるのも、私を好きだからなんて理由にするつもりなの?

 ふざけるな。

「私は」

 ふざけるな。

「やっくんと結婚して、やっくんがいつ浮気するんだろうって不安に思いながら生きるなんて、絶対に嫌」
「浮気なんてしない!」
「どこにそんな保障があるの!? 今! ここで! 自分が何してるか、わかってんの!?」

 ふざけんな!


 ――自分勝手だ。私は? 奥さんは? どうするつもりなの?

 私には、やっくんとの未来に明るい光が見えない。
 不安にさいなまれ悩み苦しむ、暗澹たる未来しか、想像出来ない。

「やっくんとは、結婚できない」

 その答えしか出ないと……そう思ったのは、これで何度目なんだろう。
 力の入りすぎたこめかみが熱を帯びる。そこから額へと、痛みがゆるりと広がっていく。眉間に刻み込まれる皺を押さえて、うめくようにささやいた。

「別れて」

 ここにたどり着くしかないことは、わかっていたのに。

「私のことが好きなら、もう二度と会わないって、言って」

 こうなるしかないってわかっていたのに。








 苦しい。

 誰か、助けて。








「別れて、ください」

+++++++++++++

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【2009/08/23 03:53】 | Deep Forest(恋愛)
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本日のブログペット占いです。↓

眉間

そうそう、悲しい眉間の話をすると、ほんと悲しそうだよね。
あの眉間のやろう! ばか! 悲しくなるじゃんか! この眉間め! 眉間ばか!

・・・ってどんな話ー(´・ω・`)

【2009/08/27 04:04】 | ブログペットぷっちょんの部屋
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香穂里
ぷっちょん。
相変わらず、面白すぎます!

記事を読んでたら、「こんばんは」って。
ぷっちょんだと思うと、その一言だけでもう笑える。

もう、私は、箸が転がっても可笑しい年頃です♪

あ。今、また「悲しい眉間」って言った。


きよこ
>かおりさん

眉間がそうとう気に入ったようです(笑)

どうぞぷちおで笑ってください(^^)


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Deep Forest

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第17話 幸せにしてあげたい

+++++++++++++

 たった一年。一年にも満たない期間しか一緒にいなかった。
 それなのに、体の隅々に彼との思い出が刻まれている。
 今持ってるこのバッグは、付き合って半年くらいの頃、仕事用の大きいバッグを探して、彼と一緒に新宿の駅ビルで買ったものだし、いつもつけてるこの腕時計は、彼がホワイトデーの時、私にプレゼントしてくれたものだ。

 短い付き合いの中で、私はこんなにも彼に繋ぎとめられている。

「ごめん、凛香。俺の言い方が悪かった。俺は、凛香だけを愛してる。別れたくない」

 それはきっと、彼も同じなんだろう。

「別れたくないんだ」

 くり返しつぶやいて、やっくんは手に持ったままのビールジョッキに目線を落とす。いつもは凛々しい眉毛が、今は八の字になってしまっている。

「……ごめんなさい」

 私はそう答えることしか出来ない。

 どんなに愛してると言われても、決意は変わらない。
 私は明るい未来を見据えたいのだ。
 影に怯えながら生きるという選択肢は、私の心には無い。

「どうしても、駄目なのか」

 語尾が少し震えていた。もしかしたら、泣きそうなのだろうか。
 やっくんの顔をまじまじと見つめる。お酒が入って少し赤くなっていたけど、やっくんの目は力強さを失っていない。泣きそうな気配はどこにもなかった。

「俺じゃ、駄目なのか」
「――うん」

 どうしてだろう。
 どうして私は頑なに、この答えを選ぶのだろう。

 離婚してくれる。私だけのやっくんになってくれる。
 愛してると、言ってくれた。

 でも、だめなのだ。

「……俺は、凛香を幸せにしたかったんだ」

 わかってる。そんなの、わかってる。
 やっくんは私を大切にしてくれた。たとえそれが不倫でも。確かに私を愛してくれた。
 だから、私の手を、離そうとしてくれない。

「俺じゃあ、凛香を幸せに出来ないのか」
「違う」

 お酒が回りだした頭の奥で、じりじりと熱を帯びて広がる。それはまるでろうそくの炎のような、温かく熱い、物思い。

「私が、やっくんを幸せに出来ないんだよ」

 やっくんはきっと、私を幸せにしてくれるだろう。
 鮮やかに思い浮かぶのは、白い家と、ベランダで揺れる洗濯物。
 いつか、やっくんとドライブに行った時、海辺の近くで見つけた光景だった。

 まだ建ったばかりの家は、ペンキの匂いが漂ってきそうなほど、白く輝いていた。まだ作りかけの庭には、ひょろりと小さな木が生えているだけで、レンガで区切られた一角だっておそらく花壇なのだろうけど、何も生えていなかった。
 白い服を着た女の人がベランダに出てきて、白いシャツを広げて干し始める。
 私と同い年くらいだろうか。まだ新婚なのだと主張するような、幸せそうな顔をしていた。

 運転をしていたやっくんは、ハンドルを握った手に顎を乗せて、「今のいいな」とつぶやいた。
 意味はわかっていたけど、なんだか照れくさくて、私は「何が?」ととぼけてみせた。

「いつか、結婚しような」

 プロポーズなのかと思った。でも、「いつか」がついたから、本気のプロポーズではないと思った。
 だから、私も「うん」と答えた。

 きっと、やっくんは私に、あんな風な白い家を与え、白いシャツを干せる環境を整えてくれるだろう。

 だけど、私はきっと、シャツを干すたびに考えるのだ。

「前の奥さんとも、こんな生活をしていたのだろうか」と。


「私はね、やっくん。幸せにしてもらうだけじゃ嫌なの。私が、幸せをあげたいの。でも、きっと、私はやっくんにあげられない」
「そんなこと――」

 やっくんの言葉を遮り、続ける。

「私じゃないんだよ」

 あいまいだった気持ちは、言葉にすることで明確な形となって、私の心を覆い尽くす。

 そうなのだ。

 私では、ない。

「やっくんが幸せにすべきなのは、やっくんの奥さんだけだよ。私は、奥さんほど、やっくんを幸せにしてあげられない」

 私と奥さんを天秤にかけないで、なんて言ったくせに。
 私の方がよっぽど、天秤にかけてる。

 クーラーが効きすぎているせいで、足が寒い。
 両手で肩をさすって、小さく息を吐く。

「今まで、ありがとう」

 個室の前を団体客が通り過ぎていったのか、たくさんの足音と笑い声が過ぎ去っていく。
 目を閉じると、まるでそれが、私とやっくんの思い出が過ぎ去っていく音のように思えた。

「楽しかった」

 終わったんだと、実感した。
 この恋の終わりが、ようやっと訪れた。

 やっくんはうなだれたまま、大きな手の平をテーブルに置いて、握りしめる。
 もう少しで無くなりそうなビールは、飲み口の部分に少量の泡を残していた。それが、するすると落ちていく。

「……俺も楽しかった。ありがとう」

 うん、とうなずいた。
 やっくんは顔をあげ、弱々しく微笑んだ。つぶらな瞳は、やっぱり力強さを失っていない。
 この目が、本当に好きだった。




 ***


 居酒屋の前で、私たちは別れた。
 駅まで一緒の道のりだけど、ここで別れたいと、やっくんは言った。
 私もそれに了承した。
 たった五分の道のりだけど、その五分を一緒に歩むのは、気持ちを逆戻りさせるだけだと、お互いわかっていたんだろう。

「先に、行って」

 店先に灯ったちょうちんをいじりながら、私はにこやかにそう言った。

「振り返らないでね」

 先に帰ることに抵抗があるのか、やっくんはなかなか歩き出そうとしない。だから私はやっくんの背中を小突いた。

「私はこっちの裏道から帰るから、やっくんはあっちの道」

 店先の光が並ぶ表通りを指差す。

「じゃあ……」

 名残惜しそうなやっくんの背中をもう一度押すと、のろのろと動き出した。

「バイバイ」

 手を振る。

 やっくんは振り返らない。大きな背中を真っ直ぐに伸ばして、いつもどおり歩き出す。

 もう一度、つぶやく。

「バイバイ」

 赤や青や緑や白の光の中に、道を歩くたくさんのスーツの男の人たちの中に、やっくんの背中は紛れて見えなくなっていく。

 もう二度と、見ることのない背中を、私はずっと目で追い続けた。



 ***


 裏通りを進むと、駅の改札近くにある、何かのビルの裏側に出る。
 薄汚れたビルの近くに聳え立った電柱の横で、大きなとら猫が寝ていた。私の存在に気づくと、あくびして体を起こした。
 何食わぬ顔で伸びをして、邪魔されたと言わんばかりにゆっくりと動き出す。
 ぴんと伸びたしっぽに触りたくて、私が歩調を速めたら、いきなりぴょんと飛んで、表通りに出て行ってしまった。
 チェッと舌打ちして、空を見上げる。
 表通りに近く、明かりが多く灯ったこの場所からは、星はひとつも見えず、あるのは灰色のビルと、ビルから漏れる電灯の光だけだった。

 車がクラクションを鳴らす。それに呼応するように、どこからかまたクラクションが響く。
 耳障りな音が、頭の中をめちゃくちゃにかき鳴らす。

「凛香ちゃん」

 幻聴が聴こえたと思った。

「凛香ちゃん、こっちこっち」

 地下鉄の改札へ行く、地下通路の横で、彼は私に向かって手を振っていた。

「ジャイさん……」

+++++++++++++

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あとがき↓
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【2009/08/29 02:44】 | Deep Forest(恋愛)
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