きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第43話 君に会えて。

+++++++++++++

「太郎!」

 動物病院に到着した実由は、太郎のいる檻へ駆け込んだ。
 実由の姿を見つけた太郎は千切れんばかりにしっぽを振って出迎えてくれた。
 大きな傷を受けたせいもあって動きは鈍いが、表情は明るい。
 実由が柵ごしに手を差し出すと、ぺろぺろとなめてきた。
 くすぐったい舌の感触に大笑いしながら、太郎の頭を撫で回す。

「太郎、よく頑張ったね」

 うん、と返事をしそうなほど、太郎はキラキラとした目で実由を見つめてくる。

「今日は一応様子を見て、明日には退院できますから」
「ありがとうございました」

 獣医は相変わらず無愛想に実由を見下ろしていたが、実由がお礼を言うと、わずかだが微笑んだ。

「よかったですね」

 まさかそんなことを言ってくるとは思っていなくて、実由は思わず獣医を凝視してしまった。冷たい表情をしているけれど、意外と優しい先生なのかもしれないと、今更ながら思う。

「私は席をはずしますから、気が済んだら受付に行って下さい」

 スリッパの音を大きく響かせながら、獣医は出て行ってしまった。
 キュウン、と鼻を鳴らす太郎の耳をつんつんといじって、実由はバッグから首輪を取り出した。
 ジーが太郎のために用意していた物だ。

「太郎、ジーからのプレゼントだよ」

 太郎の白い毛に赤い首輪はよく映える。毛に隠れて骨の形のチャームが首元で揺れた。

「太郎はね、今日から朝比奈太郎になるんだよ」

 呼びかけたら、太郎は嬉しそうにしっぽを振ってくれた。太郎の頭をなで、柵越しにぎゅっと抱きしめる。触り心地の悪い固い毛が鼻をくすぐって、実由はくすくすと笑う。

 太郎は飼い犬になる。もう保健所に連れて行かれる心配は無い。

 家族が増えた喜びを、実由は噛みしめる。

「太郎。これから、よろしくね」

 実由の髪の毛を太郎がアムアムと噛んでくる。「止めてよう」と笑いながら、さらに強く抱きしめた。

 太郎は、長い苦しみに耐え抜いて、必死に生を勝ち取った。そして、実由の元に戻ってきてくれた。
 愛しくて、たまらなかった。
 太郎の温もりがここにある現実が、ただただ愛おしかった。


 ***


 太陽の光を受けて、水面がきらめく。
 遠い水平線の向こうを、船が通り過ぎてゆく。
 海風でなぶられる髪を押さえ、空を見上げた。
 真っ青な空の真ん中で、太陽が白く輝いている。
 じりじりと肌を焼く光がアスファルトの地面に反射して、足元からも焼けつくような熱が立ち上る。

 昼休みの時間を利用して、実由はジーの元に向かっていた。
 太郎のことを話したかった。事故にあったことは話していないし、話す気もないけれど、太郎の首輪を渡したことは伝えたい。
 鳴り止まない蝉の声を一身に浴びながら、病院の入口に入る。
 クーラーのきいた室内は、体中から吹き出ていた汗を一瞬でぬぐってくれる。
 エレベーターに飛び乗り、ジーの病室を目指す。

「あら、あなた」

 廊下を歩いていたら、誰かに呼び止められて、実由は顔をあげた。
 猫背の体を縮こまらせてしかめ面を向けてくる女は、ジーの息子のお嫁さん――ジーの家にいた女――だった。

「こ、こんにちは」

 ジーをかばうためとはいえ、生意気な口を利いてしまったから、どうにも顔を合わせづらい。目線をそらして、リノリウムの床を睨みながら挨拶をする。

「……うちのおじいちゃんと、本当に知り合いだったのね」
「え? あ、はい」

 疑われていたのか、実由は小さくため息をついた。

「今度、転院させることになったから。お見舞いに来てもいないからね」
「てん、いん?」

 聞きなれない言葉に、首をかしげる。

「病院を変えるのよ。おじいちゃんの娘が面倒みるって言うから。そっちの家に近い病院に移らせるの」
「嘘!」
「嘘なんてついてどうするのよ」

 煩わしそうに低い声で吐き捨て、女は歩き出した。疲れきったと訴えるように、わざとらしく足をひきずり、廊下の奥に消えていく。
 実由はその背中を見送りながら、呆然とするしかなった。

 ジーがいなくなる。

 重くのしかかってくる現実が、苦しい。

 急ぎ足で病室へ入り、ジーのベッドに飛びついた。寝転がって本を読んでいたジーは、びっくりした表情を浮かべて、本を落としそうになっている。

「ジー、いなくなるってほんと?」
「あ、ああ。光子さんに聞いたのか?」

 光子さん――先ほどの女の名だろう。実由はかぶりを振る。

「実の娘がな……遠くに嫁に行っちまったんだが、俺の面倒をみたいって言ってくれたんだよ」
「でも、じゃあ、そ、い、行っちゃうの?」

 動揺が言葉ににじみ出る。うまく声が発せられず、どう言えばいいのかもわからなくなっていた。

「ああ。その方がいいと、俺も思うしな」
「遠くって、えと、どこ? 遠く、私、遠くって……」
「……ミュー」

 しわがれた手が、実由の頭をなでる。

「お前さんは一人でも大丈夫だ。俺に会えなくても、お前さんなら大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ! ジーがいなきゃ嫌だ。ジーがいなくちゃ嫌だよ」

 布団にかじりついて、涙交じりに叫ぶ。
 ジーは眉尻を下げて、困ったように笑った。

「ミュー。わかっているんだろう? 居心地のいい場所でゆっくりしていられるのは、人生のほんの一瞬だ。どんなにつらくても荒波に飛び込んでいかなきゃならん」
「嫌だ。ジー、ジーがいなきゃ、やだ」

 泣き言しか吐けなくて、そんな自分をだめな人間だと思うのに、抑えることなんてできない。聞き分けよく、ジーの言うことにうなずけない。
 ジーと離れたくない。いつでも会える距離にいたいのに、ジーはどこか遠くに行ってしまう。

「ミュー、よく聞け。俺はお前さんとずっと一緒にいる。遠く離れても、もう二度と会えなくても。お前さんのここに、いつもいるんだよ」

 実由の胸を指差したあと、ジーは自分の胸をトントンと叩いた。

「お前さんも、ずっと俺のここにいる」

 大粒の涙が頬を伝う。ジーは手を伸ばして、実由の頬に触れた。

「死ぬ前に、最高の女に出会えた」
「さいこうの、おんな?」
「ああ。お前さんはいい女だ。きっともっといい女になる」

 親指が動いて、実由の涙をぬぐってくれる。

「ミュー。もっともっといい女になれ」

 うん、うん、と何度も頭を振る。

「会えてよかった」

 ジーの手を握りしめて、抱きしめた。かさついた手のちょっと冷たい指先の感触とか、皮膚の固さとか、そんな些細なことも忘れないように、強く強く。

「ジー、大好き」

 世界で一番好き。実由はくり返しくり返しささやいた。

+++++++++++++

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あとがき↓
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更新が遅くて本当に申し訳ありません・・・
いつものごとくスランプ中です(涙)

雨の季節はやる気も雨に流されるのですよ(TωT)

ブログで連載を開始すると言っていた『ライオンの子』という小説ですが、もう少し、というかもうしばらくお待ち下さい。
やる気と根気が復活したら、始めたいと思います。

この『ライオンの子』ですが、小説家になろうというサイト様で、すでに完結済みです。
アルファポリスのミステリー小説大賞に応募しておりますので、お暇でしたら読んでいただけると嬉しいです。
ついでに面白かったら一票いただけると、さらに嬉しいです(^^)


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【2009/07/01 02:48】 | 神様がくれた(恋愛)
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第7話 恋に盲目なアホ、ってことで

+++++++++++++ 

 記憶の中の彼の姿は、ぼやけていてはっきりしなくて、虚ろだった。けれど、その手の熱ははっきりと記憶され、思い出すたびに体がうずく。
 大きな手の平が私の体を這うたび、私は彼の与えてくれる熱に酔いしれた。

 耳朶に響く彼の声は色っぽくて、艶めいている。
 震える体が、彼を求めていた。

 あんな感覚は、今まで付き合ってきた彼氏とだって一度も味わったことが無い。
 出会ったばかりの男と、酔いに任せた行為に、背徳心を抱いていたのかもしれない。際を歩くような行動に、スリルを感じていたのかもしれない。

「凛香ちゃん、帰れる?」

 はっとして彼を見上げた。
 思考回路は完璧に麻痺していて、ジャイさんの言葉が飲み込めなかった。

「どこに帰ればいいの」
「どこって、家だよ。凛香ちゃん、酔ってるよね」
「酔ってませんえん」
「せんえん言っちゃってるし。酔っ払いじゃん」

 ああ、そうだ。ジャイさんと居酒屋で飲んでたんだ。
 疲れがたまってるせいで、酔うのが早い。でも、意識ははっきりしてるし、大丈夫だ。
 立ち上がり、バッグをつかむ。
 ジャイさんは心配そうに私の腕をつかんだ。

「やだっ。さわんなよー」
「危なっかしいんだよ」

 彼の手は、熱い。酒のせいもあるだろうけど、体温が高いんだろう。あったかくて、気持ちいい。

「ジャイさんはさ」
「ん?」
「女の扱い、上手いでしょ?」
「そんなことないよ」
「そう言うやつは、たいがい上手いんだよ」

 ジャイさんみたいなタイプに惚れたら苦労するのは女だ。たぶん、女の方から寄って来るだろうし、それを拒むタイプにも思えない。

「家まで送ろうか? どの辺に住んでるの?」
「大丈夫。弟に迎えきてもらうから」
「弟いるんだ」
「ぴちぴちの高校生のねー」

 ジャイさんに連れられ、駅まで歩く。酔いの回った頭は外気に晒され、だんだん冷静になっていく。

「手、繋ぐ?」
「なんで?」
「はぐれそうだから」
「幼稚園児じゃないんだから」

 バッグをわざと振り回して、すたすたと歩いた。
 ジャイさんは「そっちの道は駅に行かないぞ」と笑う。

 少しだけ肌寒い。体を縮こまらせて歩を進めるたび、なぜだか泣きたくなった。

 お酒のせいだ。


 あの日、自暴自棄になって街を彷徨ったことを思い出すのも、お酒のせいだ。
 彼氏と別れて意気消沈しながら、寂しさに耐え切れずに、ただ歩いた。

 ジャイさんを見つけてしまったのは……声をかけてしまったのは、なぜなんだろう。


 ***


「はあああ?!」

 週末、高校時代の友人、原瀬舞子と二人で飲むことになり、和風の居酒屋の個室でまったりと酒を酌み交わしていた。

 舞子とは高一のときからの付き合い。もうすぐ十年来の友になるというわけだ。となると、私の恋愛経歴はほぼ全部知っているわけで、人に何でも話してしまう性分の私としては、元彼とのこともジャイさんとのことも隠すことが出来なかった。
 彼氏が実は既婚者だったこと。別れたあと、私は不覚にも酔っ払いまくり、道端にいる男を拾ってしまったこと(ジャイさんのことだ)。そのあと、ジャイさんが、会社に仕事で来たこと。まさかの再会の後、一緒に飲みに行ったこと。
 すべてをあけすけにしゃべったら、舞子はぽかーんと口を開けて、「あー」とか「うー」とかしか言わなくなってしまった。

「凛香って……そんな悪酔いするタイプだったっけ?」
「家で飲む時は、けっこうひどいほうなんだよ。でも、外で飲む時にはセーブするし」

 居酒屋で吐いたこともなけりゃ、人に迷惑をかけるような行動に出たこともない。家で飲む時は安心しきって、弟相手に暴れまくるんだけど……相手が弟だからいいっていう安心感があるからだ。

「凛香らしいっちゃ凛香らしいけどさあ。どっからつっこめばいいのかわからないけど、ちょっと流れに沿ってつっこむよ」

 おかしな宣言をして、舞子は日本酒をごくりと飲み込んだ。

「まずは既婚者かどうか気付かなかったっていうのがねえ」
「だって、隠してたから」
「そりゃ隠すわ!」

 隠されたら気付かないよ。そりゃあ、私が鈍感なんだろうけどさ。

「兆候はあるでしょうよ。土日は会えないとか、家に呼んでくれないとか」
「だって、家、ゴミ屋敷だって言うんだもん! 土日は遊んでくれたし」
「だって、じゃない!」
「うあ、はい」

 家に遊びに行きたいって言ったら、家がゴミ屋敷だと言われた。恥ずかしくて見せたくないと。ゴキブリと共存してるような家にわざわざ行く気にもなれなかったから、それでいいやと思ったけど、確かに一年近く付き合っていて、一度も家に連れて行ってくれなかったのだから、疑うに足るものがあっただろう。

 もしかしなくても、私、恋に盲目のアホだ……。

「それで酔っ払って、その辺にいた男をナンパするって、どんなんよー」
「いや、あのね、すっっっごい輝いて見えたのよ。もうさ、美輪○宏なみのキラキラオーラを放つ男がいるんだよ!? 運命かと思っちゃうじゃん!」
「あほか!」

 確かにアホだよ。でも、あの時のジャイさんは、神様仏様。後光が差して見えたんだもの。

「で、その人の名前は? 仕事一緒にやるんだよね」
「うん。あ、」

 ……ナマエ。

「ジャイさん」
「なにそれ、ジャイアンの親戚?」
「たぶん」

+++++++++++++

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あとがき↓
小説家になろうというサイト様で、すでに完結させている作品をアルファポリスのミステリー小説大賞にエントリーしました。

恋愛系のお話ではないので、お好みがあるかと思いますが、お暇でしたら読んでいただけると嬉しいです。
ついでに面白かったら一票いただけると、さらに嬉しいです(^^)


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【2009/07/05 02:42】 | Deep Forest(恋愛)
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第44話 帰ろう。

+++++++++++++

その日の夜、実由はなかなか寝つくことが出来なかった。
 ジーに会えなくなることや、片手一本で数えられる日数で海の家を去る日が近付いていることが寂しくてしかたなかった。

 海にたどり着いたあの日、当てどもなくさまよいながら、求めるものもわからないまま、迷路の中にいた。
 八方塞の状況の中で、何に迷い何に戸惑い何におびえているのかさえわからなかった。
 道しるべの無い道は恐ろしくて、進み始めることを拒む。
 けれど、行かなければならない。

 怯えや恐れを取り除きたかったのかもしれない。
 寂しさや震えを消し去りたかったのかもしれない。

 方法も手段も知らず、その場所に佇むことしかできなかった。

 そんな実由を見つけてくれたのは厚志で、背中を叩いてくれたのは和斗だった。そして、行くべき場所を教えてくれたのは――ジーだ。

 安らげる場所で癒される時間は必要だけれど、そこに留まれば、いつしか自分は壊れていく。また道を見失い、戸惑い、進めなくなる。
 立ち上がり、歩み始めなればならない。

 それは、今であり、今しかなかった。

 砂のお城はいつか崩れ落ちるけれど、お城を作ったという事実は、記憶に留まり形付けられ、忘れ去られても糧となって残る。
 人間が食物を摂取し、それが咀嚼され胃で消化され排出されても、必要なものは体を巡る栄養となる。
 同じことが、実由の心に起こっていた。

 眠りにつこうとしない体を起こすと、窓の外に広がる白み始めた空が目に入った。朝の訪れを目前とする空は静粛ではりつめた空気を持っている。
 太陽もまだうとうとしているような時間だ。気温は少し冷えていて、タンクトップだけの上半身には、鳥肌が立っていた。
 時折、ジジ、とアブラゼミが鳴く。瞬間、実由は波の音を聞いた。

 海が近いこの家は、鳴り止まない波の音色に、いつも身を委ねている。だけど、毎日過ごすうちに、耳はその音を聞き取ろうとせず、意識の外側で気付けば流れているBGMのようになっていた。
 だから、なんとなく、波の音を意識したことが久々に感じられた。毎日のように聞いているのに、今日だけは特別に思えた。
 誘われるように、パーカーをはおりながら、外に出た。

 コンクリートの壁は、夜の冷え込んだ空気を含んで、ひんやりと冷たい感触を残す。手でなぞりながら、道路を進んでいく。
 手に持ったケータイをかざして、海を撮る。
 まだ闇の中にいる空は藍色で、水平線の方に向かって色を薄め、グラデーションになっていた。

 そろそろ夜が明けるだろう。
 実由は歩調を速め、水族館を目指す。


 ***


 水族館にたどり着いた頃には、だいぶ空も白み始めていた。
 ぽかんと浮かんだ満月が、薄く白く空に融ける準備を始めている。

 ジーが座るいつもの場所に座り、ジーの目の位置にケータイのカメラが来るように、手をかざす。慎重にアングルを調整し、ボタンを押した。
 カメラのシャッター音を模した、機械的な音が静かな空に響く。
 鳥がバタバタと飛んでいった音が聞こえた。

 ケータイの画像は荒く、月もぼんやりとしか映っていない。だけど、これ以上、綺麗な写真は撮れる気がしなくて、保存のボタンを押した。
 そのまま、画像に文字を入れる。親指をすばやく動かして、ジーへのメッセージを書き込んだ。

 ジーはきっと転院先を教えてくれないだろう。
 もう会うことは無いのかもしれない。

 だからこそ、何かを残したかった。
 ジーの記憶に鮮やかに残り、消えない思い出にしてほしかった。

 体を駆け巡る栄養のように、ジーの全身に刻み込まれ、礎となってほしかった。

 実由の中のジーがそうであるように。

「ジーは本当にかぐや姫みたい」

 ぽつりとつぶやく。

 月を眺め、どこか遠くに思いを馳せていた。
 帰る場所を求め、居るべき場所を探っていた。

 ここではない、別の場所。そこにあるはずの、自分だけの居場所。

 それは、実由もまた求めているものだった。


 ジーにとって帰る場所はどこだったのだろう。
 かぐや姫にとって、月が帰る場所だったのと同じように、ジーは帰る場所を見つけたのだろうか。

 ――そして、実由自身は?


 目を閉じる。
 一筋の光は水平線を照らし出し、海と空の境界線を指し示す。

「私にとっては、ここだった」

 ジーと隣り合って座った芝生をさする。

 帰る場所も居るべき場所も、不確定で不明瞭だ。
 今日はそうであっても、明日は違うかもしれない。

 だからこそ、大事にしたいし、大事にしなければならない。
 

「ジーにとっても、きっとここだったんだね」

 そして、次にジーが帰る場所は。

「ジーの家族のところなんだ」

 帰ろうと、思った。

 ジーと同じように。

 お父さんとお母さんとお兄ちゃんが待つ家へ。

 太郎が新たに加わる家族の下へ。

+++++++++++++

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【2009/07/09 02:38】 | 神様がくれた(恋愛)
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第8話 姉に甘い弟と、ラーメンでほろしょっぱい

+++++++++++++ 

「ただいまー」

 ほろ酔い気分で家に着き、玄関の鍵をバッグから取り出そうとした。
 化粧ポーチの中身がいつの間にか散らばってしまっていて、バッグの中で暴れている。そのせいで、鍵がなかなか見つからず、ついつい舌打ちが漏れる。

 がさがさとしばらくあさるが、鍵が見つからない。
 どうしようかと逡巡して、家を見上げる。

 私は未だに実家に住んでいる。
 都内近郊に実家があるせいで、給料との兼ね合いやそのほか諸々のらくちんさを考えると、家から離れる気になれずにいるのだ。
 両親には、そろそろ結婚でもして家を出ろ、なんて言われるようになってしまった。
 一人暮らしはやっぱりしたいし、そのためのお金も貯めてあるけど、貯蓄をするという意味でも、実家は便利だ。
 そんな風に思い悩んでいるうちに、そろそろ結婚するだろうから一人暮らしはいいか、なんて考えるようになってしまっていた。

 もちろん、元彼……端木恭彦(はしきやすひこ)と結婚するのも近いはずという思惑があったためだ。
 彼はしょっちゅう「結婚したいね」と口に出していたから。

 今となっては、奥さんがいるくせに、と嫌味のひとつでも言ってやりたいけれど。

 彼は三十一才で、結婚を考える年齢だったろうし、私も周りの友達にちらほらと結婚する子が出始めてきていたから、それはごくごく自然のことのように思えた。
 優しくて頼りがいがあって居心地のよい彼となら、結婚してもいいかなと思っていた。

 ……それなのに!

 唇をかみしめて、バッグを引き裂きたくる衝動に駆られる。

「くそーーー」

 小さく雄たけびを上げながら、すっかり闇に包まれた我が家を睨む。携帯電話の液晶画面で踊る時刻は0時をとっくに過ぎ、静まり返った住宅街はすでに深夜の空気に飲まれていた。
 両親はとっくに寝ている時間だ。

 弟ならまだ起きているだろう。
 家の鍵はおそらく家に忘れてきてしまっている。いくら探してもバッグの中には入っていない。

 携帯電話の電話帳を開き、弟――豊介(ほうすけ)の携帯電話にかける。
 しばらくの着信音の後、弟の気だるそうな声が受話器越しに聞こえてきた。

『……なに』
「玄関の鍵、開けろ」
『また酔っ払ってんのかよ』

 弟のくせに咎めるような口調を使ってくる。玄関開けたら即ぶったたいてやる。

「はやくあけろー」

 弟のセリフを聞かなかったことにして、甘えた声で何度もせがんでいたら、いつの間にか玄関のドアを開けてくれていたらしく、「うるせー」とドアの向こうから声が聞こえてきた。

「ありがと。あいしてる、ほうちゃん」

 チュ、と投げキッスのふりをしたら、おもいっきり手で払われた。

 むかつく。

「もっと早く帰って来いよなー。俺が寝てたらどうするつもりだったんだよ」
「起きるまでケータイ鳴らすから大丈夫」
「全然大丈夫じゃねえし」
「てか、あんた起きてたんだ」

 豊介は意外と寝る時間が早い。二十二時過ぎには布団に入っているのだから、お子ちゃまというか、健全というか。

「受験勉強してんだよ。最近はこのくらいの時間まで起きてる」
「あ、そうだったの。ね、軽くしょっぱいもの食べたい」
「はあ?」

 お酒を飲むと、ラーメンが食べたくなる。しょっぱいものっていうか、しょうゆラーメンが食べたい。

「しょっぱいものが食べたい」
「……食べればいいだろ」
「しょっぱいものが食べたい」
「作ればいいじゃん。棚にインスタントラーメンあったぞ」
「しょっぱいものが食べたい」
「……わかったから、居間で待ってろよ」

 うん。うちの弟はいい子だ。


 ***


 鍋に火をかけているのだろう。クツクツと湯が煮える音がする。
 ソファーに寝転びながら、夢見心地でその音を聞いていた。
 携帯電話を開くと、メールのマークが点滅している。いつの間にメールが届いていたのだろう。
 メールのマークをクリックすると、文面が現れた。

『会って話がしたい』

 それだけ綴られていた。
 あて先を見ると、『端木恭彦』の表示。

「話すことなんて、今更何があるのよ……」

 ひとりごちて、宛名を指でなぞる。

 もう、終わったのだ。話すことなど、何もない。
 それなのに、未練がましくこんなメールを送られても、私にはどうすることも出来ない。

 携帯電話を胸の前で抱きしめて、ぎゅっと目をつぶる。


 恋愛がひとつ終わるたび、自分の中の何かが、死んでいく気がする。
 キラキラした恋心に彩られ、人を愛することや愛されることに喜びを抱く自分が、小さく萎れて消えていく気がする。

 それは、新たな恋が始まればまた生まれてくるものだけれど、あの時の『自分』とは違う。
 一皮向けて大人になったと、そう表現するのが的確なのだろう。

 だけど。

 純真で無垢だった私は、どんどんいなくなっていくのだ。

「ねーちゃん」
「――いきなり話しかけるな!」
「ラーメン出来たんだけど、そういう口の聞き方するなら俺が食べる」
「やーん! ほうちゃんてばいじわるー!」

 弟は「キモい」と舌を出しながら、湯気を立てるラーメンを差し出してくれた。ついでに自分の分まで作ってるあたり、小賢しい。

 ダイニングのテーブルに向き合う形で座り、ラーメンをすする。

「最近、どうよ?」

 唐突に質問すると、弟は不機嫌そうに「なにが」と答えた。

「彼女と幸せ?」

 生意気なことに、このくそばかな弟には彼女がいる。一度街中ですれ違ったことがあり、彼女と少しだけ話したこともある。
 線が細くて、髪がまっすぐ長くて、かたちのいい目をした綺麗な子だった。

「まあ、それなりに」

 ちろりと私を見て、弟はずずっと勢いよくラーメンをすすった。

「それなりってなによ、それなりって。くそっ。幸せなヤツって腹立つ。目の中に箸の先っぽ入れていい?」
「入れていいわけないだろ! やりそうで怖いわっ」

 むかつくから箸でラーメンの汁をちょいちょい飛ばしてやると、弟は本気で嫌そうに体をずらした。

 ……高校生くらいのときに戻れたらいいのに。

 弟がうらやましく思うのは、本心だ。

+++++++++++++

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いつの間にか、このブログも1万HIT。ありがたやありがたや・・・!!

なんかリクエストとかあったらコメント欄、メッセ、拍手からどうぞ!
1万HIT記念で何か書けたらいいなーと思ってます(^^)

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【2009/07/09 02:49】 | Deep Forest(恋愛)
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第45話 始まりを見つけた。

+++++++++++++

 水平線が赤い色に染まっていく。
 紺色に染まっていた海が赤い色を帯びて、波間が揺れるたび金色に輝いた。
 燃えるように赤い太陽がのそりと顔を出し、たわむ水面に丸い形を揺らめかせる。
 海風に煽られた髪が、顔にまとわりつく。
 湿り気を帯びた髪は煩わしくて、実由は髪を払いのけ、空に見入っていた。
 浮かび上がっていた月は赤とオレンジと金色の光に飲まれ、見えなくなっていく。

「すごい……」

 夕焼けよりも深い赤が空一面を染め、海もまた赤い光を反射する。
 昔、初詣に行った時に見た初日の出を思い出した。こんな風に赤く美しい太陽の光は、未だにまぶたの裏に焼きついて忘れることが出来ない。
 あの時の光よりも強烈な赤が目に飛び込んでくるのは、空の鏡になった海があるからだろうか。

 蛍が波間を漂うように、光の粒が舞い飛ぶ。はねては舞い散り、大海の一部へと融けていく。

「神様」

 目をつぶっても赤い光が届く。
 潮騒の音が耳の底で木霊して、体がふっと宙に浮いたように軽くなった。海の水に浸かり、波のリズムに体を委ねた時と同じ感覚が、ふわふわと体の芯から指先へ伝わる。

「私、忘れない」

 この夏の日々を。厚志を、和斗を、太郎を、ジーを。
 消えない記憶として、心に刻み込もうと誓った。

 膝に顔をうずめて、一心に太陽を見据えた。
 この海に初めて来た時、太陽を見ても何も感じなかった。空しさとか切なさとか、負の感情だけでしめられた心に、太陽の光は届かなかった。温かさを感じ取ることが出来なかった。
 なのに、今は違う。

 澄み切った空気が腕をつんつんと突くのに、ほのかな温かさを見つけることが出来る。
 降り注ぐ光を、体全体が認めている。

「おい」

 突然、肩を叩かれて、実由はびくりと体を震わせた。おそるおそる振り返ると、和斗が立っていた。

「またここに来てたのか」
「和くんこそ」
「お前がふらふら出てくのを見てたんだよ」
「嘘」
「勉強してたら、窓から見えた。なかなか戻ってこねえから」
「意外と心配性なんだね」

 あんな朝方近くまで勉強をしていたことに驚いた。和斗は家の手伝いをしているし、勉強する時間もあまり取れないのだろう。
 生真面目な性格なのは、この一ヵ月足らずでなんとなくわかった。

「きれいな朝日だな」
「うん」

 朝焼けに染まる和斗の顔。
 和斗が真っ赤になっているようで、実由は少しだけかわいいと思ってしまった。

「あと少しだな」
「何が?」
「お前が家に帰る日」
「うん」

 お盆はもうじき訪れる。お盆があければ、実由はここから去るのだ。もうそれは決めたことで、今日、確信したことだった。

「……俺、東京の大学を受けるんだ」
「どこ?」
「それはまあ、受かったら教える」

 和斗が自分から自分の話をしてくれるのは初めてのことだ。実由は好奇心にくすぐられて、和斗の顔を凝視する。
 視線に気付いた和斗は鼻の頭をポリポリと掻いて、わざとらしく視線をそらした。

「一人暮らしをするつもりでいる」
「すごいね」

 素直に感嘆の声をあげたら、和斗は「普通のことだろ」と笑った。

「でも、夏になったらちゃんと家に帰る」
「うん」

 海の家で黙々と開店作業を進める和斗の後姿を思い出した。
 いつも背中を向けているくせに、しっかりとその場にいる人の行動を見ている。背中に目でもついてるんじゃないかと思うほど、周りを把握している。
 和斗の背中はいつも何かを語りかけてくる。父親の背中のように。

「ここは、俺の家だから」

 和斗の目線の先に広がる海を、実由も見つめた。
 太陽はじりじりと歩を進め、あと少しで丸い姿を見せようとしていた。

「お前も、帰って来いよ」
「え?」
「ここは、お前の家でもあるから」

 喉の奥がぎゅっと痛くなった。目頭が熱を帯びて、目の前の海がぐらぐらと揺れた。

「実由」

 黄金色の光に目が眩む。和斗はすっと目を細めながら、小さく笑った。

「待ってるからさ」

 どう答えていいかわからなかった。さざなみのように、目の前は涙の海でたわんでいく。

「うん」

 返事するのがやっとだったけど、心からうなずいていた。

「うん」

 もう一度うなずいた時、和斗はぽんぽんと実由の頭をなでてくれた。
 
 ふと気付いた。
 和斗が名前を呼んでくれたのは初めてだった。


 波が一定のリズムを刻む。
 風が耳をくすぐる。
 光が頬を熱くする。

 赤い光の、その向こうに、朝日のきらめきを感じると同時に、実由は確かな始まりを見つけていた。
 心が、朝焼けの光と共に新しい世界に飛び込んだ瞬間だった。


 それは、一生忘れられない始まりの合図。
 




 今はまだ見えない道の先。
 不安定で怖いけれど。
 帰る場所があって、待ってくれる人がいることを、知った。

+++++++++++++

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あとがき↓
あと2話で最終話です。
連載中、更新が滞ったりして申し訳ありませんでした。

最後までお楽しみいただけたら幸いです(^^)

また、1万HIT御礼小説を書こうと画策中です。
なんかリクエストあったらコメント欄、メッセ、拍手からいただけると嬉しいです!


今のところ、小説家になろうで連載した作品の短編を書こうかなーと思ってます。


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【2009/07/11 04:56】 | 神様がくれた(恋愛)
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第9話 ジャイさん的ジャイアニズム

+++++++++++++ 

「おはようございます」

 ぼんやりとパソコンの画面を眺めながら、ボールペンを手の上で回していた時だった。頭上からの声にびっくりして顔をあげようとした瞬間、ボールペンがコロコロと床の上を転がっていった。

「お、はよう、ございます」

 仕事をサボっていたのを見られた。そんな焦りがまじって、声がどもる。意識は頭上の声よりも床に落ちたボールペンに向かっていたから、誰に声をかけられたのか、確認もしなかった。
 机の下にもぐりこんだボールペンを拾おうと、椅子から立ち上がる私よりも早く、挨拶をしてくれた男がさっとボールペンを拾ってくれた。

「ありがとうご……」

 やっと顔をあげた私の目の前にいたのは、グレーのスーツに身を包んだジャイさんだった。
 朝っぱらから(と言ってももう十一時過ぎてるけど)清々しい笑顔なのが、よけいにうさんくさい。

「なんだ、あんたか」
「なんだ、あんたか、って失礼だなあ。はい、ボールペン」
「ありがとう」

 差し出されたボールペンをわざと嫌そうに受け取る。
 ジャイさんはそんな私の態度を気にも留めず、ニコニコと笑みを浮かべながら、「この後、お時間ありますか?」と問いかけてきた。

「ありません」

 ジャイさんとのんびりする時間なんてない。

「冷たいなあ、佐村さんは」

 苗字で呼ばれ、はっとする。ついついくだけた口調でしゃべってしまっていたけど、ここは社内だ。私たちの会話を誰かが聞いていたら、変に思われるだろう。
 会社でつい先日知り合ったばかりの取引先同士、それが私とジャイさんの表向きの関係だ。
 知り合って間もないことには変わりないけど、ある意味で深い仲なのだ。馴れ馴れしくして、同僚に何かあるのかと疑われるのは避けたい。

 こほん、とひとつ咳払いをして、態勢を立て直す。
 社内では礼儀のある態度を取るのが、社会人ってもんだ。

「システムの件で、お時間をいただきたいんです」

 ジャイさんもその辺はわきまえてるのか、慇懃な態度を取ってくる。
 私もそれに倣い、ぴしりと背筋を伸ばして、会社用の声色にチェンジさせた。

「かしこまりました。ええと、時間は決まってます?」
「そうですね、昼過ぎだったらいつでも」
「それじゃあ、一時に」
「はい。これ、新しい資料ですんで。見ておいてください」

 A4の封筒を受け取ると、ジャイさんは一瞬、にやりと笑った。
 爽やかさを撒き散らかすような笑顔(どう見ても営業スマイル)の裏に、こっそり隠してる本性を垣間見たような……してやったりと言わんばかりの笑顔は、飲みに行った時にたびたび見せられたジャイさんの素の顔のように思えた。

「それでは、後ほど」

 頭を小さく下げて、ジャイさんはフロアを出て行った。
 その背中を見送った後、椅子に体を投げ出すように座って、ジャイさんからもらった封筒をあけた。
 十枚ほどの資料の表紙にフセンが貼ってある。
 不審に思いつつもフセンだけを取ってこっそりとそれを読んだ。

『お昼、ご一緒しませんか? 穴場を知ってるんですよ』


 ***

 お昼、フセンに書かれていた待ち合わせ場所に、仕方なく行くことにする。
 会社の誰かに見られた日には、しばらく噂になるだろうし、そんなくそめんどくさいことになったらたまったもんじゃない。
 ここであったが百年目。ばっしっと一言、何か言ってやらないと!

 会社の裏にある小さな寿司屋の横を入った路地が、ジャイさんとの待ち合わせ場所だった。確かに人目には付きにくい場所だ。
 すでにジャイさんはそこにいて、煙草を吸って時間をつぶしていたようだ。私に気付くと、煙草を携帯灰皿になすりつけ胸ポケットにしまい、にっこりと極上の笑顔を私に向けてきた。

「凛香ちゃん」
「馴れ馴れしく名前で呼ばないで下さいって、この間言ったはずです」
「りんりん、こっちこっち」
「馴れ馴れしいっていう言葉の意味、知ってますか?」
「知ってるよ」

 事も無げにそう答えて、ジャイさんは歩き出してしまう。
 この間といい、私、どう考えてもこの人のペースに巻き込まれてる。
 ものすっごい腹立たしい!

「こんな薄暗い場所に連れ込んで、どこ行くんですか」

 狭い路地裏は薄暗く、ビルに囲まれているからよけいに暗さが増す。太陽の光の届きにくいからなのか、なんだかかび臭くて鼻がむずむずする。

「ラブホ?」
「昼から何する気なの! 変態!」
「冗談に決まってるじゃん」

 ジャイのやろう……。

「ここ、うまいんだよ」

 狭い道をぬけ少し進んだところに、パッと見は普通の一軒家のような佇まいのお店があった。
 格子の玄関に『浅木屋』と書いてあるから、なんとかお店だとわかる。

「何屋さんなの?」
「和食だね」
「ふうん」

 隠れ家的な雰囲気に、急にお店に対する興味がわいてくる。ジャイさんの後ろにくっついてお店に入って、あたりをきょろきょろと伺う。やはりお店の中も普通の家のような造りだった。
 しばらくすると、店員さんが来てくれた。割烹着を着た、どこにでもいる普通のオバチャンだ。

「いらっしゃいませー。どうぞー」

 すぐ横の部屋に案内される。すでにお客さんが何人かいて、皆おいしそうにご飯を食べている。
 お膳にのった料理はカツ丼だったりうどんだったりだから、本当に普通の和食屋さんのようだ。
 ちゃぶ台が並んだだけの畳の部屋だから、田舎のおうちに遊びに来た感覚に近い。

「ここは鶏料理が上手いんだよ。鶏は好き?」
「うん」

 ジャイさんと向き合って座り、メニューを見る。鶏料理のメニューが多いから、ジャイさんの言うとおり、鶏がお勧めなのかな。

 ランチメニューから、ジャイさんがおいしいと勧めてくれた親子丼を注文して、ふっと一息つく。
 ケータイにメールが来ていることに気付いて、ケータイを開いた。

『今週、会える日ない?』

 元彼からのメールだ。
 深いため息が自然とこぼれる。

 昨日来たメールも無視したのに。無視されてるって、気付いてないんだろうか。

「どうしたの? ため息ついて」
「……元彼から。会えないかって言われてるの」
「会わないの?」
「会うわけないじゃない。会ったところで、どうなるってもんでもないんだから」

 切れ長の瞳を私に向けて、興味津々だと言わんばかりに目を輝かせてる。
 私の恋愛事情を楽しんでんのか?

「会わないほうがいいよ。俺がいるんだし」
「いや、あんた関係ないし」
「いやいや、きっとこれから関係してくるからさ。予約だね」

 ……殴りたい。グーで。

+++++++++++++

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【2009/07/20 03:28】 | Deep Forest(恋愛)
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第46話 ミウ、ミュー、実由。

+++++++++++++

 夏は終わりに向かって進み始めていた。
 つくつくほうしの鳴き声がどこか遠くから聞こえてくる。
 お盆の最終日、明日から仕事の人も多いからか、人のはけは早かった。
 シャワーを浴びていた最後の客がビニールバッグに荷物を積めて去るのを見送り、実由はテーブルを脇に片していく。

 実由が海の家で働くのは、今日が最後だった。
 和斗はいつもどおり仏頂面で、手際よく掃除を進めている。厚志は台所の片づけを黙々と進めていた。里美は食堂で料理を作っている。実由のお別れ会を開くためだ。

 雨戸を閉め終えたころ、ようやく空は薄墨色に染まり始めていた。

「ちょっと、ぬけるね」

 厚志の背中に呼びかけると、厚志は不安げに眉をひそめた。

「もう暗くなるよ。どこに行くの?」
「うん。ちょっと」

 厚志は心配性だ。ごまかし笑いを浮かべながらも、実由は身支度を整え始める。
 ジーに会えるのは今日が最後。どうしても挨拶がしたい。

「ほっとけって。ちゃんとメシの時間には戻ってくんだろ」

 和斗が助け舟をいれてくれたためか、厚志は渋々うなずく。
 実由はぺこりと頭を下げると、海の家を出た。

 夜風を含んだ海風が日差しで火照った体を冷やしてくれる。波の音を右耳で聞きながら、コンクリートの道を歩く。
 少しずつ姿を消していく太陽は、海の色さえ失わせていく。
 黒々とした油の塊のような姿に変わる海には、昼間の明るさは無い。
 最後の最後まで、水平線は白い光を放っていた。キラキラと輝いて、光の粒を湛える。

 ここを離れることが、無性に寂しくなる。
 明日にはもう、実由はここにいない。写真の中で笑う自分がふっと姿を隠してしまったかのような焦燥感を覚えて、喉の奥がスウスウと冷えた。
 留まりたいと、思う。

 けれど、それは間違ってると、もうわかっている。


 ***


 病室にいるジーは、実由が来るのがわかっていたのか、実由が病室に入ったとたんに、ニィッと笑ってくれた。
 実由もわざとジーと同じような笑顔を作って、ベッドにかじりついた。

「あのね、ジー」
「どうした」

 まだジーには帰ることを伝えていない。
 伝えてしまうことで、カウントダウンをされているようなまんじりとしない気持ちになりたくなくて、ずっと言えなかった。

「どうした?」

 なかなか言い出せず口ごもる実由を見つめるジーの目は、何よりも優しい。実由の肩を叩き、実由が言葉に出すのをじっと待ってくれている。

「あのね、私」

 涙が出そうになるのを、必死にこらえた。
 最後は泣かないと決めていた。強くなったんだと、胸をはりたかった。

「明日、家に帰る」
「……そうか」

 ジーの小さな声はわずかに震えていた。

「……そうか。夏休みももう終わるんだな」

 ジーは目にいっぱいの涙をためていた。
 口元には笑みを浮かべていたけれど、皺のいっぱい入った眉間が、涙をこらえるのに必死なのだと訴える。

 実由はジーの肩を抱きしめていた。

 お別れなのだ。

 もうきっと、二度と会えない。

 それを、お互いわかっていた。

「ジー、泣きたい時は泣いていいんだよ」

 そう言いながら、実由もまた泣いていた。

 ジーが前に言っていた。我慢しなくていいと。
 その言葉を言い訳にして、実由はこらえきれない涙をボロボロとこぼした。

「ミュー、お前さんに会えて、俺は幸せだ」
「私も」
「若い時にお前さんに会いたかった。そうしたら、惚れていたかもしれん」

 冗談半分なジーの言葉に、実由はフフ、と笑う。

「ジーにはミウがいるじゃない」
「そうだな。だが、お前さんはミウよりいい女になる気がするんだ」
「うまいなあ、ジーは」

 軽口を叩ける時間が愛おしい。
 会えないと思うからこそ、この時間を永遠にしたい。

「お前さんはもう大丈夫。自分を信じろ、ミュー」

 うん、と返事をしたかったけれど、嗚咽で声が出なかった。代わりに何度もうなずくと、ジーはしわがれた手で実由の背中を優しく叩いてくれた。

「ジーに、プレゼントがあるの」

 バッグにつっこんでいた袋を取り出す。
 ジーは恭しくそれを両手で受け取って、「あけていいのか?」と涙でぬれた目を拭きながら問いかけてきた。
 実由はうなずいて、袋につけられたリボンを引っ張るように促す。

「……月か」

 写真立てにおさめられた写真は、水族館の裏庭で携帯電話を使って撮影したものだ。
 和斗に頼んで、写真サイズにプリントアウトしてもらったのだ。

 画像は荒かったけれど、月のまんまるのシルエットと、月に少しだけかかった薄い雲が群青色の空にぽかりと浮いていて、綺麗に取れている。
 写真の下のほうには、携帯電話の機能でつけ加えたピンク色の文字が踊る。

『ありがとう』

 たった五文字の言葉だけれど、ジーに一番伝えたいことはそれしかなかった。
 ジーがいてくれたから、今の実由がいる。
 ジーがいてくれたから、こうしてまた立ち直ることが出来た。

 ジーへのお礼と、ジーに会えた奇跡への感謝。

 それを、どうしても伝えたかった。
 忘れないでほしかった。

「ミュー」

 ジーの手が再び、実由の頭をなでた。

「ジーはどうして、月を見ているの?」

 問いかければ、ジーは少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「帰ってきてくれる気がしたんだよ。俺のミウが」
「ミウ」
「そうしたら、ミューに会った」

 右の口角だけをあげて、ニヒルに笑う。
 実由も、同じように笑う。

「何の因果なんだろうな。ミウと似た名前の女と、出会うなんて」

 感慨深げにそうつぶやいて、ジーは薄いまぶたを閉じた。

「ミウ、ミュー、……実由」

 ジーの口からこぼれた言葉が、実由には信じられなくて、目を見開いてしまった。

「どうして、私の本名、知ってるの」

 ジーはいつもと同じようにニヤリと右の口角を上げて笑い、「秘密だ」と楽しそうに声を弾ませた。

+++++++++++++

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【2009/07/23 03:26】 | 神様がくれた(恋愛)
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第47話(最終話) 神様がくれた。

+++++++++++++

「太郎」

 道路の真ん中へ行きたがる太郎を押さえるため、実由はリードを引っ張った。太郎は一瞬つんのめりながら、少し不満そうに振り返ってくる。

「太郎、道路は危ないんだから」

 車に轢かれたというのに、太郎にはその自覚があまり無いらしい。
 道路の方へと飛び出したがるから、実由はリードを持つ手を緩めることが出来ない。

 ずっと野良だった太郎をしつけるのは、それなりに大変ではあったけど、太郎は元々聞き分けの良い犬だ。
 お手やお座りなんていう基本は、すでにジーから教わっていたのか教えなくても出来たし、待てやおかわりもすんなりと出来るようになった。
 今、実由が一生懸命しつけようとしているのは、散歩のときにリードを引っ張らないようにすることで、少しずつではあるけれど、実由の歩幅にあわせて歩けるようになってきている。

「触っていい?」

 黄色い帽子をかぶった女の子がおそるおそる太郎に近寄ってきた。ランドセルの方が背中より大きいんじゃないかと思える小さな女の子だ。

「いいよ」

 太郎にお座りさせると、女の子はゆっくりと太郎の頭に手を伸ばす。

「かまない?」

 あと少しで触れるというところで、女の子は不安げに実由を見上げた。

「かまないよ」

 言うと、女の子は頬を真っ赤にしながら、太郎の頭をそろりとなでた。少し固い毛の感触を楽しむように、手の平をぴんと伸ばしてなで続ける。
 太郎は耳を後ろに下げて、はっはと息を吐き出しながら、気持ち良さそうに目を細めた。



 八月十六日。
 迎えに来てくれた母親の車に太郎を乗せ、実由は海の家を去った。
 車に乗る間際、厚志が実由の腕を取って、「楽しかったよ。あと、嬉しかった」と言ってくれたことが、実由にとっては忘れられない思い出になった。
 色々あったけれど、厚志を好きになってよかったと、かみしめた。

 その前日は、高山家の面々が盛大に別れを惜しんでくれた。
 手巻き寿司を用意してくれていて、里美がかいがいしく実由の分のお寿司を作りながら、「本当は娘がほしかったのよ。実由ちゃんがうちの娘だったらよかったのに」と何度もぼやいた。
「和斗のお嫁になって」と和斗の肩を叩いて笑っていた。
 和斗は「痛えんだよ」とぼやきながら、目線をさまよわせていた。少し照れていたのかもしれない。

 和斗の顔を見るたびに、実由は朝日を一緒に見た時の和斗の横顔を思い出していた。
 朝日で真っ赤に染まった海と、同じ色に染まる彼の顔は、なぜだか脳裏に焼きついて、そこだけリピート再生するみたいに何度も何度も目の前をよぎった。

 それは家に帰ってからもで、夕焼けを見るたびに、和斗の顔を思い出していた。
 もしかしたら和斗に恋をしているのかもしれない、とも思った。けれど、なんとなく違うような気もした。

 あの時言ってくれた和斗の言葉や、彼の言動の全てが、あの時の実由に必要なものだった。厚志への思いの裏で隠れて見えなくなってしまっていたけれど、必要なものを気付かせてくれたのは、いつだって和斗だった。


 あの夏の日々。
 戻ってこない十七歳の夏。

 何に迷いさまよっているかもわからず日常から飛び出した。

 海はいつでも変わらぬ景色で実由を迎え入れてくれた。
 暮れなずむ景色も、白く輝く太陽も、光を反射する海も、熱を発する砂も、すべては実由を包み込んで、力を与えてくれた。


 蝉の声はもう聞こえない。
 夏は終わりを迎えた。
 心を充足させる日々は終わったのだ。
 日常に帰った八月十六日を境に、実由はまたもんもんと悩む日々を生きる。

 けれど、何かが違うのを知っている。
 空虚に惑った頃とは違う。
 大地を踏みしめる足があることを知っている。
 しっかり離すまいとつかむ存在があることを知っている。
 帰る家も、待ってくれる人がいることも知っている。

 だから大丈夫、と笑える自分がいることを知っている。




 家に帰った実由は、散歩で疲れた体をベッドに横たえた。
 太郎がすぐに寄り添ってきて、実由の腕と体の間に頭をぐいぐいと押し込んでくる。

「太郎、くすぐったい!」

 濡れた鼻先が腕にこすりつけられて、ちょっと気持ち悪い。

 ほかほかの太郎を腕に抱いていると、なんだか眠気が襲ってくる。「うーん」とうなりながら体を伸ばして、実由は枕元に置いてあった本をどかした。

 大学の案内の載った分厚い本だ。
 ふと気になって、端を折ったページをめくる。

 理学療法士の学科のある大学が載っている。

 ジーがどこに転院になったのかやはり教えてもらうことは出来なかった。なぜ教えてくれなかったのか、今だって不思議だ。
 もしかしたら、と思う。
 ずっと一緒にいる、と言ってくれた。心の中にずっといるのだと、言ってくれた。
 猫が死を飼い主に悟らせないよう行方をくらませるのと同じように、ジーは実由の中でずっと生きていくために、そうしてくれたのかもしれない。

 真相なんて、わからない。
 でも、ジーは、実由の心の大事な場所に、確かな場所を見つけて、そこにいてくれる。

 だから、実由はジーを見つけようと思った。
 どこかでリハビリに励むジーを助けるために、理学療法士になろうと決めた。
 会えなくてもいい。会える確率なんて低い。
 でも、それを目標に、自分の人生を歩んでいいんじゃないかと、そう思った。

 うつらうつらになりながら、実由はあの朝日の夢を垣間見た。
 携帯電話の音がまるで子守唄のようで、眠気がぐわりと襲ってくる。

 はっとして、携帯電話を取った。着信を知らせて、赤い光を点滅させ震えている。
 液晶画面に映るのは、『和斗』の名前。

 実由はあくびをしながら、通話ボタンを押した。

 電話の向こうから、ふわりふわりと体を揺らす、海の音が聞こえた気がした。
 

 






***


 その日、ジーは転院先に行くため、娘の車に乗り込んだ。
 手術で腰骨のところにボルトを入れた。あとは自分の努力次第で歩けるようになる。
 海岸沿いを走る車は、ガードレールの継ぎ目ごとに海のきらめきを瞬かせた。

 水族館の近くで、ジーは車を停めさせた。
 休日の昼間、水族館の駐車場はたくさんの車が行き来し、水族館を見終わった人やこれから見る人が何人もジーの車の前を通り過ぎる。

 ふと、ジーの車に向かって歩いてくる人物に目が行く。
 ここで会う約束をした人物だった。

 刈りあげた短い頭髪を隠すようにパーカーをかぶった少年が、ポケットに手を突っ込んだまま走りよって来る。

「じーさん」

 にっと笑う少年は、どこか若い頃の自分を彷彿とさせて、ジーは少し笑ってしまった。
 少年とは長い付き合いだ。
 初めて出会ったのは、確か少年が中学一年生だったころ。
 当時はマルコメ君みたいだった男の子がみるみる大きくなっていくのは、孫を見ているようで幸せだった。
 彼は夜な夜な一人でこの水族館にやって来て、煙草を吸っていた。それをたまたま発見して注意したのが出会いだった。

 少年はジーに、月が綺麗に見える場所を教えてくれた。
 揺らぐ海の上をぽつりと漂う月の姿に、ジーは一瞬にして心を捕らわれた。
 亡くしたものに出会った気がした。

「じーさん、実由の連絡先、これだから」
「いらないと言っただろ」
「でも、持っておけよ。お守り代わり」

 くしゃくしゃになったメモ用紙を無理やり握らされて、ジーは苦笑する。
 実由と連絡を取る気は無い。
 あの子の人生はずっとずっと先まで続く。人生の始まりの、迷い道にさまよいかけた女の子に、小さな明かりでもって照らし出すことが出来た――それだけで充分だった。

「俺はずっとじーさんと一緒にいてやるからさ」
「生意気だな」

 少年はいつでも無愛想でとんがっていて、優しい。

「またな」

 人生はいつまで続くのかわからない。明日には終わっているかもしれない。一秒後の可能性だってある。
 それでも「またな」と笑って明日を願う。
 それが、正しい生き方なのだと、ジーは思う。

「またな、和斗」

 波の音が、とぎれとぎれに木霊する。
 優しい日々は、いつでもここに在る。

 それは、神様がくれる、確かな時間。

   END

+++++++++++++

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
後書きがございますので、よろしかったらお読み下さい。→こちら

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【2009/07/24 00:39】 | 神様がくれた(恋愛)
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神様がくれた」を最終回までお読みいただき、ありがとうございました。

この物語は、私の祖父へと捧ぐ物語でした。

今年1月、私の祖父が亡くなりました。
ちょうど、この物語を書いていた時です。

どこかで、この物語に登場する「ジー」と祖父が重なって見えました。

私が高校生の頃、祖母が亡くなったのですが、いかつくて怖くて丈夫だった祖父が、みるみる小さくなり弱っていく様は、切なく哀しいものでした。

長い年月、一緒に歩んできた人を亡くす、それがどれほどの悲しみや苦しみを内包するのか……

月を見上げるジーがどんな思いでいたのか、それは、実由には到底わからないもので、でも、その感覚は、心の深く深くに、これから起こる予感として根付いているものだと思うのです。


祖父は、祖母の死後、入退院を繰り返すようになり、入院中、ベッドから落ちて腰骨を折りました。

それから、亡くなるまでの間、祖父は歩けなくなってしまったんです。

お葬式の日、喪主である私の父は「父にとって、母が亡くなってからの人生は辛かったことだろう」と言っていました。

祖母が亡くなってからの祖父の人生を思うと、涙を我慢することが出来ませんでした。

だからこそ、ジーには未来を見つめて歩みだすラストを用意しておきたかったんです。



さて、暗い話になってしまいましたが(笑)、この物語は、実由の物語であると同時に、ジーの物語でもあったわけです。

立ち直り、歩みだす物語を描くのが、好きなのです(笑)
恋愛小説のつもりでしたが、なんだか気付いたら、恋愛はカレーライスの福神漬け並みにすみっちょに追いやられてました(^^;おかしいな・・・


盛り上がりがあまりなく、平坦な物語になってしまったのが反省点です。
次は頑張ります(笑)

この物語が、読んでくださった皆様のお力になればいいなと、願っています。


ご感想やご意見などございましたらお気軽にいただけると、作者は腹踊りしながら喜びます!!

あとがきまでお読みくださり、本当にありがとうございました!

       2009/7/24  きよこ


【2009/07/24 01:06】 | 作品あとがき
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お礼
rom
 ありがとうございました。

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第10話 ジャイさんと私、近くて遠くて

+++++++++++++

 携帯電話を閉じて、またひとつため息をついた。
 シャッターを下ろすように、いきなり終わりにしなければいけない思いを、人はどうやって忘れていくんだろう。
 好きな気持ちはまだここにあって、くすぶっている。
 でも、先に進まないものに執着する気にはなれない。
 ましてや……誰かを不幸にする恋愛なんかに。

「会えばいいのに」

 運ばれてきた親子丼を頬張りながら、ジャイさんはさらりとそう言った。

「さっきと言ってること違うじゃない。会わないほうがいいって言ったじゃん」
「俺の立場としてはそう思うけど。凛香ちゃんの立場なら、会ったほうがいいと思うよ」
「……なんで」
「今でも好きなんでしょう?」

 さりげなく出された言葉はぐさりと核心を突く。
 そうだ。私は、彼がまだ好きなのだ。

「凛香ちゃんがこのままの状態で気持ちを割り切れるなら、会わないでいたほうがいいに決まってるけど、全然割り切ってねえじゃん。きちんと話し合って、終わりにしてきた方がいいんじゃないの?」
「どうして、そんなこと言えるの。私の気持ちをわかったように言わないでよ」

 ジャイさんの冷静すぎる態度が癪に障る。
 私のことを気に入ってるってアピールするくせに、なぜだか突き放されてるかんじがして、むしょうに腹立つ。
 この男は、私をからかって遊んでいるだけだ。あわよくばセックスの一個や二個できるんじゃないかと、思われてるだけだ。

「あんまり話さないほうがいいと思って言わないでいたんだよ。あの時、あんた、ずっと俺のこと『やっくん』って呼んでたんだぜ。見ず知らずの女と流れでああなったとはいえ、いい気持ちしないよ、さすがにさ」

『やっくん』――私は彼のことをそう呼んでいた。

「すがりつくみたいに抱きついて『やっくん、好き』って何度も何度も。しまいにゃ俺も『やっくん』になった気持ちになってたよ。相当好きだったんだろ、やっくんのこと」

 そんなこと覚えてない、そう叫んでやろうかと思ったのに、言葉が出てこなかった。
 だって、否定することが出来ない。

「無神経」

 口から出たのは、そんな一言だけだった。
 ジャイさんを非難して罵倒してやりたかった。それなのに、喉元がひりついて声がうわずった。言い返す勢いを失ってしまった。

「ごめん」

 素直に謝ってきたから、思わずジャイさんを凝視する。ジャイさんはパクパクと親子丼を食べながら、少し気まずそうに苦笑した。
 私も小さく笑うことしか出来なかったけど、それが合図みたいになって、お互いの言動をなかったことにした。

 ジャイさんと私。
 知り合って間もない、微妙な空気の中にいるのに、気心の知れた者同士のように気持ちの片鱗を知っている。
 それは心地がいいようで気持ち悪くて、生ぬるい膜を身にまとっているかのよう。

 お互いのすべてを知るほどの関係でもない。そんな近くにまで寄り添いあっていない。
 なのに、肌と肌の温もりを、お互いが知っている。

 近いようで、とても遠く、遠すぎる位置にいるはずなのに、なぜだかすぐそばにいる。

 一夜限りで終われば、こんなことにはならなかったんだろう。
 でも、出会ってしまった。
 そして、知っているからこそ、すべてさらけ出している感覚に陥ってしまう。

 私の気持ちの矛先を、目の前の男は知ってしまっている。

 一番バカなのは私自身だけど、その辺にいる女にナンパされてほいほいついてくこの男だって、程度が知れてる。

 それなのに。

 私は、この空気が、嫌いじゃない。


 ***

 端木恭彦――やっくんと出会ったのは、友達が開いてくれた合コンの席だった。
 その時の私は、彼と別れて三ヵ月が立っていて、なんとも言えない焦燥感の中で、新しい出会いを望んでいた。
 やっくんと出会う前……学生時代の彼氏とは三年間付き合った。お互い就職して社会人としての自覚が出始めたころ、仕事が忙しくなったせいもあって、私と彼氏は自然に連絡を取り合わなくなっていった。
 別れを告げたのは、彼なりのけじめだったのだろう。
 私も彼への気持ちは薄らいでいたから、その申し出をやんわりと受け入れた。
 だけど、少しずつ寂しさが募って、心の穴を埋める作業を求めるようになっていた。

 そんな時に出会ったのが、やっくんだった。

 私よりも五個も上だったから、包容力もあったし頼りがいもあったし、なにより、優しかった。

 私の誕生日の時、指輪をシャンパンのグラスの中に入れておくなんていう、ちょっと気持ち悪いキザなことを平気な顔してやってのける、馬鹿な男だった。

「こういうの、かっこつけまくりすぎて逆に面白くない?」と真顔で言う、あほづらが好きだった。

 一緒にいる時は、どんなささいなことも面白くて、いつも笑顔でいられた。

 手を繋ぐ時、少しだけはにかんで笑う、あの一瞬の表情を、私は未だにはっきりと思い出すことが出来る。






 でも、彼は……私のものではなかったのだ。
 最初から、最後まで。
 一緒にいた日々、すべて。

+++++++++++++

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あとがき↓
ジャイさんと打つと、必ず『ジャ遺産』と変換されます。
かなりやっかいです。


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【2009/07/28 03:11】 | Deep Forest(恋愛)
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第11話 優しさってなに?

+++++++++++++

『金曜日、会えないか?』

「……ばかおとこーーーーっ!」

 折りたたみ式の携帯電話をへし折らんばかりにバチリと閉じて、ベッドに思いっきり投げてやった。
 無視してるのに! 無視してるのに! 無視してるのに!

 わかってる。元彼はよりを戻したがっているのだ。
 それは喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。

 私の結論はすでに出ているし、それ以外の答えが出る可能性はゼロに近い。気持ちはもう戻せない場所にいる。
 だから、無視をする。見なかったふりをする。「あなたと私は終わったんですよ」と無言で訴える。
 でも、それが彼にとっては『終わり』にならないことを、私はわかっている。
 それなのに、会って話し合おうとしないのは、怖いからだ。

 気持ちが揺らいでしまうことが、怖いのだ。

 冷静さを取り戻すために水を一杯飲みたくなり、階下に下りると、夕闇に包まれた廊下の奥で話し声が聞こえた。
 今日は仕事を早く切り上げて定時で上がった。五時半が定時だから、今日は六時過ぎに家に帰ることが出来た。
 共働きの両親はまだ帰っていなくて、遊び盛りの弟もいなかった。

 高くもなく低くもない、よく通るこの声は、弟のものだろう。誰かを連れて帰ってきたようだ。

 オレンジに染まる玄関で二つの影が揺れている。
 少し、懐かしい感覚に襲われた。
 社会人になってから、こんな時間に家にいることは珍しい。西日にあたり赤く染まる家を見るのは、学生の頃以来な気がする。
 そのせいか、ふと、気持ちがあの頃に戻る。
 私も、親がいない時間を見計らい、彼氏を連れてきたりしたものだ。
 明日も会えるというのに玄関先で話し込み、別れを惜しんで、辺りを気にしながらキスを交わす。
 あの淡い恋心を、私はいつの間に失ってしまったのだろう。

「ありがとう」
「明日、頑張れよ」
「うん」

 聞いたことのない優しさに満ちた弟の声。それに答える女の子の少し低めの声も、優しげで初々しさが残る。
 こんな時代が、私にもあった……。

「――って、女の子の声?」

 階段の一番下の段で止めていた足をそろりと下ろし、玄関先に目を向ける。
 弟の背中が見えて、その後ろに長い髪の女の子のシルエットが見えた。

「豊介ー。やっと彼女連れて来たんだねー」

 ついつい嫌らしさ満々の笑みを浮かべて背後から話しかけてやると、弟は肩をこれでもかとびくつかせて、背後に幽霊でもいるみたいな蒼白顔で振り返ってきた。

「郁ちゃんだっけ? こんにちはー」

 弟の彼女とは一度会ったことがある。駅で偶然鉢合わせたのだ。「かわいい」というよりは「きれい」な子で、でも笑うとやっぱり「かわいい」と表現をしたくなる。形のいい目に長いまつげが印象的で、儚そうに見えるけれど、意志の強そうな目をしている。

「こんにちは」

 恥ずかしそうに声を上ずらせて、私に一礼してくれた。

「姉貴、なんでいるんだよ!」
「いちゃ悪い?」
「悪かないけど、いつもより早いじゃんか」
「アンテナがピピッと働いてさ。あんたが彼女連れてくるんじゃないかなーと思って早く帰ってきたわけよ」
「妖怪アンテナかよ」

 心底嫌そうにため息をつくから、どついてやった。
 郁ちゃんは目を丸くしながらもくすくす笑っている。

「上がっていく? 夕飯、食べていけば?」
「あ、いえ。明日、小テストがあるんで帰ります。ノートを借りにきただけですから」
「そっか。私の手料理、食べてほしかったのにな」
「俺のカノジョを殺す気か」
「うるさい」

 横槍いれてくる弟の後頭部をさりげなく叩いてやる。料理くらい作れるわっ! ……たぶん。

「竹永、帰った方がいい。うちの姉貴に食われる前に」

 弟は暴言を吐くのが好きらしい。姉としてきちんと指導せねばなるまい。というわけで、もう一発叩いてやったら、頭を抱えてうずくまってしまった。
 ざまあみろ。


 ***

 郁ちゃんが帰った後、弟は「暴力女」とか「怪力女」とかぶつくさ言ってたので、何度か叩いてあげた。
 そうしてる内に母親が帰ってきて、弟と私の喧嘩(というか私の一方的な暴力なんだけど)は止められてしまった。

「あんた達ももう大人なんだから、子供みたいな喧嘩しないでよ」と怒られたわけだけど、母は私しか見てなかった。
 どうやら、私に大人になれと言いたいらしい。

 母がキッチンに行ってしまったから、居間には私と弟だけになった。
 弟はテレビのチャンネルを変えながら、もうすぐ夕飯だというのにせんべいを頬張っている。

「ねーちゃん」
「なに」

 弟の視線は、テレビに向かっている。けれど、その視線はテレビに向いているというよりは、何かに思いを馳せているかのように遠く、真面目だった。

「やっくんから、連絡が来たぞ」
「……うそ」
「ほんと」

 やっくんと弟は、面識がある。上が姉だったやっくんは弟がずっと欲しかったらしく、私に弟がいると知るや、ものすごい勢いで会いたがった。
 一度会わせたらお互いのメールアドレスを交換していたらしく、私の知らないところで何度か連絡を取り合っていた。
 釣りに連れて行ってもらったと弟から報告を受けたこともある。

「なんて、言ってたの?」
「姉貴は元気か? って、それだけ」
「どう、答えたの?」

 差し込んでいた西日はいつの間にか消えうせ、廊下はすっかり暗くなっていた。明るい電球に照らし出された部屋とは対照的に、そこには冷え冷えとした闇が佇んでいる。
 なぜだか、苦しくなる。
 私と彼が確かに繋がっていたこと、そばにいた時間の重さ。ひとつひとつが、断ち切られ消えていく儚さを感じ取る。

「元気ですって言っておいたよ」
「そう……」

 私をちらりと見た弟の視線は、鋭かった。

「きっちり切ってやれよ。それも優しさだろ」
「ガキのくせして、いっちょまえなこと言わないでよ」
「ねーちゃんがはっきりしないから、こんなことになったんじゃねえの」

 本当に、言うことだけは大人びてる。
 むかついて軽く首をしめてやったら「ぐえええ」とカエルみたいな声をあげて、笑って言った。

「一度、会って話せばいいのに」

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【2009/07/31 03:56】 | Deep Forest(恋愛)
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