きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第33話 いつだって、逃げてる。

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「じゃあ、私は一度家に戻るわね。あとで迎えに来るから、連絡ちょうだい」

 急いで駆けつけてくれた里美の車に太郎を乗せ、実由たちは動物病院へと向かった。

 まだ受付は開いていて、瀕死の太郎は急患として真っ先に受け入れられ、緊急手術が行われることになった。
 手術は時間を要する。
 まだ海の家の仕事が残っている里美は、実由と和斗を残し、家に帰っていった。

 実由は待合室のソファーに腰をかけ、祈るように両手を握りしめていた。
 一人分のスペースを空けて、和斗もソファーに座っている。手持ち無沙汰に雑誌を広げ、つまらなそうな顔でページをめくる。

 時間は刻々と流れる。
 実由の脳裏には、苦しそうだった太郎のお腹の動きが何度も何度も思い浮かぶ。

 あの時。
 太郎に駆け寄り、何か出来たはずだった。
 けれど、動くことも出来ず、恐怖におびえていただけだった。
 そんな自分が情けなくて、薄情としか思えなくて、後悔が押し寄せる。
 もしも太郎が死んでしまったら。
 それは、自分の責任だと、実由は止まらぬ涙を流し続ける。

「どうしよう」

 待合室には実由と和斗しかいない。
 受付にいた従業員もどこかに行ってしまった。
 実由はかすれる声を搾り出す。

「死んじゃったら、どうしよう」

 誰に問いかけているわけでもない。
 言葉にすることで、不安から逃げようとしていた。

「そんなこと、今は考えるな」
「でも、私のせいだもん……」

 和斗は何も答えず、ページをめくる紙の音が静かな室内に響いた。

「私、止血とか、やること、あったのに、何も出来なかった」

 声は震えて、うまく発せられない。

「私のせい、だ」

 大きなため息が横からこぼれる。
 和斗はわざとらしく雑誌をソファーにばさりと置いて、実由をにらみつけた。

「なぐさめてほしいのか? それとも『お前のせいだ』って責めてほしいのか? 今考えなきゃいけないのは、そんなことじゃねえだろ。ガタガタガタガタ泣きわめいてないで、あのワンコロが助かるように、祈るしかねえだろが」
「だって! 太郎、死んじゃうもん! あんな状態で助かるわけないよ!」
「お前がそんなんでどうすんだよ? お前、世話するって決めたんじゃねえの? 飼い主になるんじゃねえのかよ?」

 和斗の低い声は、実由の耳朶に響いて、耳の奥で木霊する。

「びびって何も出来なかったくせに、あの犬の世話出来んのか? 命を預かるってこと、わかってるのか? 覚悟もねえのかよ」
「覚悟って、何? そんなの、わかんないよ!」
「いつか死ぬんだぞ。俺たちだって、動物だって。命を看取れる覚悟がねえやつに、世話なんて出来るわけねえんだよ。安請け合いで動物飼うって言い出したんじゃねえの? ああいう時に何も出来なきゃ、見殺しも同然じゃねえか。それで『私のせい』って泣きわめいて、同情でもされたいのか? なぐさめてほしいのか? 俺はそんなことしねえぞ」

 和斗を睨みつける。怯むことなく、和斗はまっすぐに実由を見つめていた。
 その目は一切の曇りなく、実由を貫く。
 実由を見下しているわけでも、突き放そうとしているわけでもない。和斗の目は、真摯で力強かった。

「だって……」
「お前はいつだって、逃げてる」

 息が止まりそうな思いがした。
 和斗の言葉は飾りのないシンプルなものばかりで、だからこそ核心を突く。

「理由をつけて、言い訳して、逃げてるだけだ」

 反論する気さえ起こらなかった。

「ちゃんと向き合え。お前が変わらなきゃ、何も変わらねえんだよ」

 吸い込んだ空気が、渇いた喉元をスースーと通り抜けていった。
 何かが崩れていく音がした。けれど、波にさらわれ淀んでたまったものが一掃されていくような、清々しささえ感じていた。

 見上げる月を、思い出す。
 太郎とジーと実由。三人で見たあの日々の光景。

 あの時は戻らない。
 だから、もうすがりつくことは出来ない。

 自分の力で立ち上がらねばならなかった。誰にも頼ることは出来ない。自分の足で立つしかもう道は残されていない。

 和斗は優しいけれど、優しさを与えてくれない。
 彼に甘えることは出来ないのだ。

 実由は大きく息を吸い込んで、きゅっと唇を噛みしめた。

 今は、自分の愚かさを嘆く時ではない。太郎が無事であることをひらすら祈るしかない。

 吐き出す息は、もう震えてはいなかった。

+++++++++++++

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あとがき↓
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更新が滞りまくりまくりで申し訳ないです(TωT)
月末はやっぱり忙しかったのと、かるーいスランプでした・・・orz

また毎日更新を勤しみたいところなのですが、8日から4日間、旅行に行って来るので、またすぐにお休みします・・・。

旅行から帰り次第、またがんがん更新したいと思いますので、よろしくお願いします(^^)

とりあえず、5,6,7日は更新したいと思います!


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【2009/04/04 02:20】 | 神様がくれた(恋愛)
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神様がくれた
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第34話 まっすぐに。

+++++++++++++ 

「とりあえず手術は終わりました」

 獣医の言葉に、実由は安堵の息を漏らそうとして息を止めた。
 メガネの向こうの獣医の目はちっとも笑っていない。厳しさだけが宿っていた。

「あの」
「手術は終わりましたけど、助かるかどうかはまだわかりません。あとはうちで容態を見ますから、今日のところはお帰り下さい」

 実由の困惑をさえぎるように、冷静な言葉が獣医の口からこぼれる。
 一切の感情を排除した冷たい声を前にしては、押し黙るしかなかった。

「容態が急変したら連絡しますので」
「でも、あの、そばにいたいんです」
「泊まれる設備はありませんから。何かあったらすぐに連絡します」

 太郎を置き去りにしたくない。生死の境をさまよう太郎を放ってなどおけない。
 実由は食い下がろうと足を踏み出したが、和斗が実由の肩をつかんで制止した。

「お願いします」

 そう言って、深々と頭を下げる。

「帰るぞ」
「でも」
「いても邪魔になるだけだ」

 そう言われてしまっては、反論できない。
 実由は手術台に寝そべる太郎の後姿を名残惜しく眺めながら、のろのろと出口に向かって歩き出した。

 まだ血がこびりついた太郎の背中。わずかにお腹は動いている。生きている。太郎は必死に呼吸をくり返し、生きようとしている。

「太郎」

 聞こえるわけはないけれど、「頑張って」「死なないで」と何度もつぶやいた。この祈りが神様に届いて、太郎を助けてくれると信じたかった。

「大丈夫だ」

 ぼそりと和斗がつぶやく。

「大丈夫だ、絶対」


 ***

 動物病院を出たところで、和斗は家に迎えを呼ぶため電話をかけようとした。
 だが、実由は「私は車に乗らない」と、断った。

「歩いて帰る」
「三十分はかかるぞ」
「うん。でも歩いて帰りたい」

 冷静になりたかった。頭の中はぼんやりと霧がかかったようにはっきりしなくて、押し寄せる波に飲まれそうになる。
 潮騒の音が、今はただ耳障りだった。

「しょうがねえな」
「和くんは車で帰ればいいよ」
「よかねえよ。女一人でうろつかせるわけにはいかねえし。それに、帰り道知ってんの?」

 そういえば、わからない。
 実由は首を横に振りながらうつむいた。

「行くぞ」

 ハーフパンツのポケットに手をつっこんだまま、和斗はすたすたと歩き出す。
 慌てて実由も歩き出した。

 まっすぐ伸びた道路の向こうに、真っ黒に染まった水平線が見える。
 大量の黒い雲は月を隠し、海と空の境界線をあいまいにする。
 道路の脇に生えた杉の木が強い風に揺れて音を立てる。少ない街灯の下で黒い影が揺らめいてはざわついて、そのたびに実由は肩を強張らせた。

 歩を進めるたびに、道路の向こうに見た太郎の姿を思い出す。

 車の勢いで、跳ねる体。起き上がろうとして倒れこむ。白い塊は奇妙な動きをくり返し、そのまま動かなくなった。
 上下する肺はお腹を荒く動かさせ、それはまるで死へのカウントダウンのようだった。

 前を歩く和斗の白いTシャツはところどころに血が染みこんでいる。太郎を抱え上げた時にこびりついたのだろう。

「太郎、大丈夫かな……」

 涙が込み上げる。でも泣いたらまた和斗に怒られてしまう気がして、ぐっとこらえる。喉の奥がひりついて、嗚咽が漏れそうになる。横隔膜が震えるのがわかる。

「大丈夫だ」
「何を根拠にそんなこと言うの」
「そう信じてるだけだよ」

 根拠なんてねえよ、と和斗は前を向いたまま答えた。
 和斗の広い背中を眺めながら、実由は和斗をうらやましいと思った。

 和斗は強い。
 隠しているだけかもしれないけれど、彼の言葉はいつも力強い。
 曲がらない一本筋が通った真摯な生き方だ。和斗は、実由には無い強さを持っている。

「和くんって、すごいね……」
「どこが」
「私、和くんみたいになれないよ」
「なんで俺みたいにならないといけないんだよ」
「だって」

 芯のない軟体動物みたいな自分が、実由は嫌いだった。
 何かあればすぐに折れてしまう弱い心。はっきりとした強い意志を持たず、あっちへこっちへと浮つく軽い心。

 何にも動じず、すべてを受け入れ、そしてそれでも真っ直ぐに立つ和斗の力強さは、実由には手の届かないものに思えた。

「泣きたい時は泣けばいいんだ。辛けりゃ辛いって言えばいい」

 ふと足を止め、少しだけ和斗は振り返ってくる。

「俺はお前の素直さがうらやましいと思うぞ」

 ガシガシと頭を掻いて、歩き出してしまう。
 実由は少し歩調を速めて、和斗の背中に近付く。

「和くん、そんなこと思ったりするんだね……」
「たまに、な。いつもじゃねえよ」

 湿った夏の風がゆっくりと吹きぬける。それに合わせるように波の音が響く。

「信じろ。あの犬は、大丈夫」
「うん」

 こらえきれずに溢れ出す涙を、ぬぐう。
 一度出た涙は止まることを知らず、次々に零れ落ちて、目の奥を熱くさせる。
 和斗の速い歩調についていけず、実由は立ち止まってしまった。

「……泣き虫だな」
「そ、んなことないもん」

 ため息をひとつついて、和斗は実由のところにまで戻ってきた。

「明日、朝一で病院に行ってみよう」
「うん」

 実由の足を動かすためか、和斗は実由の後頭部をぽんぽんと優しく叩いて、そのまま前に押し出す。
 それにつられて、一歩、実由は踏み出した。

「月が出たな」

 独り言のようにささやかれた和斗の言葉を受けて、空を仰ぐ。
 空一面に広がる黒い雲の合間から、真っ白な月が顔を出していた。

+++++++++++++

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【2009/04/06 01:43】 | 神様がくれた(恋愛)
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第35話 君は、残酷。

+++++++++++++ 

 海の家は静けさに包まれる。
 朝を迎える少し前。かろうじて白み始めた空は雲に覆われ、地鳴りのような音が雲の向こうで響いていた。
 昨晩の天気予報では強い雨が降ると言っていた。
 雨はまだ降り出さないが、厚く重たい雲が空を覆いつくしている。

 実由は寝つくことが出来ず、海の家に来ていた。
 柱に寄りかかり、少しだけ開けておいた雨戸の向こうの空を眺める。
 湿った空気がまとわりついて、夏とは思えない肌寒さが突き刺さる。
 膝を抱えて、重たいまぶたをしぱたかせた。
 目をつぶると、太郎の姿を思い出してしまう。無事を祈るたびに、涙が込み上げてくる。
 早く朝になればいいと、いつまでも空を見つめる。
 だが、雨雲に覆われた空は、なかなか朝を告げようとはしない。

「みゅーちゃん?」

 突然、勝手口から声が聞こえてきた。
 肩をびくりと震わせながら振り返ると、そこには厚志が立っていた。

「どうしたの、こんな時間に」
「うん……あっくんは? どうしたの?」
「雨と風が強くなるっていうからさ、戸締まりの確認」

 そう言いながら、厚志は雨戸が閉まっているかひとつひとつ確認していく。
 がたがたと揺らして動かすと、雨戸はぴっちり閉じていった。

「建てつけが悪いから、けっこういつもテキトーに閉めてるんだ。雨水が入ってきたら、掃除が面倒だからね」

 すべてをきちんと閉じ終えると、むっとした暑さが充満する。
 かすかに雨の匂いがする。かび臭いその香りは、雨の到来を予感させた。

「みゅーちゃん、食堂に戻ろう」

 笑いかけてくる厚志の顔が見れず、実由はうつむいたまま首を横に振った。

「……和斗から犬のことは聞いたよ。大変だったろう?」

 柔らかい厚志の声は優しくて、心に沁みる。だから、涙がこぼれそうになる。
 我慢しようとしたけれど、目の前は涙の海に覆われて、いつの間にか零れ落ちた。

「今日は眠れなかった?」

 うん、とうなずく。

「そっか……そりゃあ不安だよな」

 厚志の手が、実由の頭にそっと触れた。指先が髪の毛を滑り落ちる。

「元気出せ。きっと大丈夫だから」

 こんな時に優しい言葉をかけられれば、どうしても涙は止まらなくなる。
 次々に落ちる涙の粒を手の甲で必死にぬぐいながら、実由はひたすらうなずいた。

「泣かないで、みゅーちゃん」
「ごめ、ごめん、なさい」
「謝ることじゃないって」
「あっくん、先に、帰って、いいから」

 嗚咽交じりの声で訴えるけれど、泣きじゃくる実由を放ってはおけなかったのだろう。厚志は実由の隣に腰を下ろし、「泣き止むまでいるよ」と笑った。

 なんとか涙を止めようと、喉に力を入れる。
 だけど、そんな風に我慢しようとすればするほど苦しくなるだけで、涙は一向に止まりそうになかった。

「ご、めんな……さい」
「何で謝るの」
「だって、あっくんに迷惑、ばっかり、かけてる」
「そんなことないよ」

 小さく笑って、厚志はまた実由の頭を軽くなでた。嬉しいけれど、切なかった。
 厚志の優しさは残酷だと思った。
 誰にでも優しい厚志。実由に優しくするのも、実由が特別だからじゃない。彼の性格がそうさせるだけ。

 理香が、なぜ厚志の優しさを嫌がっていたのか、今になってようやくわかる。
 気持ちが残っているのに優しくされたら、居たたまれなくなるのは、実由の方だ。

「優しく、しないで」

 わだかまる想いは声になる。

「そんな優しさ、辛いだけだよ」
「みゅーちゃん……」
「放っておいて。私のことなんか、放っといてくれればいいよ」

 声を振り絞って、腕の中に顔をうずめる。
 厚志の手が、実由の二の腕を掴んでくる。実由はびくりと体を震わせ、そっと顔を上げた。

「こんなに泣いてるのに、放っておけるわけない」
「あっくんは、ずるいよ! 私、あっくんが好きなんだよ?! そんな風に言われたら、どうすればいいの?」

 厚志の手に力がこもるのがわかった。

「俺にどうしてほしいの? 俺はどうすればいいんだよ?」
「わかんないよ……!」

 大粒の涙が落ちた、その瞬間。厚志の手は実由の髪の毛を掻き抱き、ぐいと引き寄せてきた。前のめりになる実由の体を受け止めて、体を寄せてくる。

 目の前がくらりと揺れた。立ちくらみに似た闇が一瞬襲って、触れる感触で我に返る。
 いつの間にか、実由の手は厚志の背中を掴んでいた。
 その態勢のまま、顔を無理やり上げて、厚志の目を見る。
 かち合った視線は、実由の体を突き動かさせた。

 Tシャツを掴んだ手に力を込めながら、顔を寄せる。厚志は逃げない。
 目を閉じ、唇に触れたその時、実由の脳裏は真っ白に染まっていった。
 
 一瞬、確かめるように離れたけれど、また目を見つめて、すぐに口付ける。
 厚志は実由の上唇を食んでくる。無意識の内に、実由は唇を開いてた。

 歯列をなぞってくる舌の感触。
 実由の首に回された厚志の手が、実由を引き寄せて離さない。実由もまた、厚志を離したくなくて、強く体にしがみつく。
 お互いを絡ませあいながら、甘い誘惑に落とされる。実由の背中をなぞる厚志の手の感触に体中が歓喜する。

「あ、っくん」

 吐息と共に漏れる。

「あっくん」

 それは、甘い甘い罪悪感。
 堕ちて行く快楽に身を委ねながらも、心は必死に抵抗していた。

 流される。
 厚志も、実由も。
 けして流されてはいけないのに。

+++++++++++++

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【2009/04/14 03:01】 | 神様がくれた(恋愛)
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第36話 流される。

+++++++++++++ 

 骨ばった厚志の体を抱き寄せて、首元に顔をうずめる。
 火照った体に口付けを落とすと、深く息を吐いた。
 吐息の中に紛らわせて「好き」とささやく。
 このままずっと抱いていてほしい。強く、強く、けして離さないでほしい。

 溢れ出る厚志への思いを隠すことが出来ない。背中に回した手に力がこもる。

「みゅー、ちゃん」

 厚志の声と重なって、雨がトタン屋根を叩いた。
 トン、トン、と小さなリズムを刻むその音は、最初はゆるやかだったのにすぐに激しい音に変わっていった。
 リズミカルに、太鼓を叩くように。トントトン、トントトトトン、と音を奏でる。

 雨音に誘われて、ふと屋根を見上げる。
 トタン屋根に穿たれた、一ミリにも満たない無数の小さな穴から光がこぼれていた。
 それはまるで、星のよう。

 太陽をさえぎる雲のせいで、海の家は薄闇に包まれる。
 雨のリズムにまぎれて、誰かの声が頭に響いた。

――私の、だから。

 波の音が押し寄せてくる。
 あの日聞いた、厚志の声を思い出す。

 海の家の、この場所で。
 実由は見たくもない光景を目の当たりにしたのだ。

――厚志、好き。

 厚志にここでそう言ったのは、自分じゃない。

――俺も好きだよ。

 厚志がそう答えたのも、自分ではない。
 厚志が愛をもって見つめるのは、実由ではない。
 こうして、実由を抱きしめてくれるのも、実由を恋愛の対象としているからではない。
 ただ、流されているだけだ。
 実由の思いに流されて、自分を見失っているだけだ。

――好きだからって、人のもん奪い取るのかよ。ガキの理屈じゃねえか。

「嫌だ……」

 このままでは、人としてだめになるだけだと、気付いてしまった。
 厚志がいくら好きでも、厚志の気持ちの先に自分がいないのなら、こんな行為など、ただ空しいだけ。

――お前はいつだって、逃げてる。

 和斗の言葉が、壊れたラジオから流れる音楽のように掠れた音でリピートしていた。

 逃げているだけ。
 寂しさから逃れるために、誰かの愛を欲していただけ。
 厚志にすがりつくのは、厚志を好きだからだけじゃない。厚志になぐさめられることで、心に抱えたやりきれない思いを晴らそうとしていたのだ。
 厚志への気持ちにすげ替えて、自分の弱さをごまかしていたのだ。

「いや……」

 厚志と自分の体の間に両手を滑り込ませる。そのまま手に力をこめ、厚志から体をそらそうとする。

「みゅーちゃん?」

 いきなり暴れだした実由に、厚志は驚きの目を向けると同時に、迷いの表情を見せた。
 我に返り、今の状況を振り返った厚志のその顔は、ひどく狼狽している。

「あっくん、ごめ……」

 厚志の手から力が抜けて、必然的に実由と厚志の体は離れていった。

「私、どうかしてた……」

 零れ落ちる涙を我慢できず、手の甲で何度もぬぐう。

「あっくんには、理香さんがいるのに」

 厚志の顔が一瞬でこわばる。

「ごめんなさい……」
「みゅーちゃんは悪くない。俺のほうこそ、ごめん……」

 実由の肩に置かれていた厚志の手が、ゆっくりと離れていく。
 大きな手の平は、そのまま厚志の膝の上に置かれる。所在なげに佇む厚志は、眉間にしわを寄せ、苦しそうに小さくうなった。

「忘れよう?」

 さっきのことは、と実由は早口で言った。
 厚志の返事は無い。唇をかんで、うつむいているだけだった。

「あっくんの優しさに甘えてた。あっくん、私みたいなのがいるから、理香さんが本当に大切なら、誰にでも優しくしちゃ、だめだよ」

 涙で絶え絶えになる息の中、実由はそれだけ強く言って、立ち上がった。

 強がりだった。
 厚志に忠告することで、いっぱしの女をきどったふりをした。
 涙でボロボロになった実由では、本当にふりでしかなかったけれど。

 立ち上がり、鼻から零れ落ちそうな水っ洟をすすりあげる。ぬぐってもぬぐっても止まらない涙を、両手で叩くようにはじかせた。

「忘れて。お願い」

 厚志は視線を泳がせながらも、長い息を吐いてうなずいた。
 後悔に覆いつくされた厚志の心の声が、今にも聞こえてきそうだった。


 ***

 強く降り出した雨の中、実由は傘も持たずに歩いていた。厚志を置いて、すぐに海の家を出た。高山食堂に戻る気になんてなれず、ぼんやりと歩を進める。

 ノイズが走ったように目の前を眩ませる雨は、実由の体をあっという間にずぶぬれにした。
 濡れた体を抱えて、どこへ行くべきか迷う。帰る場所なんて、今の実由には無かった。
 ふらつく足は、力をこめようとしても無駄で、なんどもよろけてしまう。
 道路をはじく水が、サンダルをグチョグチョにする。
 土の匂いがあたりを包んで、黄土色に道路を変えていった。

 大粒の雨の向こうに、水族館の丸い屋根が見える。
 無意識の内に、水族館へと歩いていたのだ。

「ジー」

 どうしてこんなにもジーを求めてしまうのかわからなかった。
 だけど、やっぱりどうしてもジーに会いたくなった。
 ジーのそばに行きたくて、実由は病院に向かって踵を返した。

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拍手いただけると嬉しいです!

あとがき↓
すっかり週一更新になっております・・・すいませんです(涙)
あと10話くらいでラストなので、出来れば更新スパンを早めたいと思います。

あとちょっとなので、お付き合いいただけると嬉しいです。


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【2009/04/27 03:05】 | 神様がくれた(恋愛)
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