きよこの書き散らかし小説。
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神様がくれた
じいに捧ぐ物語。

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第6話 一緒にゴハン。

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 東向きの窓から差し込んでくる明るい太陽の光とうるさい蝉の声で目を覚まして、実由は大きく腕を上に伸ばした。
 どこからともなく、潮騒の音が聞こえてくる気がする。
パタンとか、ガシャンとか、人が騒がしく動いている音もする。

 実由の家はどちらかというと静かな家庭だ。
 父も母も働いていて、朝早くに出て行ってしまうから、いつもぎりぎりに起きる実由とは顔も会わすこともない。
 大学生の兄とは朝食を食べる時に会うけれど、低血圧の兄はいつも不機嫌そうで、実由から話しかけることなんてほとんど無かった。

 幾何学模様のタオルケットをどかして、布団から畳の上にごろりと転がる。イグサの香りが鼻を通り抜けて、清々しい気持ちになった。
 網戸越しに見える木に、蝉がしがみついている。けたたましく鳴く声は、目覚まし時計もよりも強烈だ。

 厚志と和斗の母、里美が貸してくれたTシャツに着替える。
 普段だったら絶対着たくないリアルな犬の刺繍が入ったダサいTシャツだ。けれど、里美の気遣いをムダにしたくなくて、袖を通す。
 一階に下りると、喧騒が増す。里美の笑い声と厚志の柔らかい声が食堂から聞こえてくる。
 先に洗面所で顔を洗い、食堂へと向かった。

 昨日、里美と実由の母、玲子は和やかに電話で会話を交わしていた。
 二人の間でどんな会話があったのかは、里美の声からしか推測できなかったけれど、「大丈夫ですよ、お任せ下さい」という言葉と、「こちらこそよろしくお願いします」と里美が頭を下げたことで、実由のアルバイトが決定したことはわかった。

 実由のアルバイト中に使う諸々の生活雑貨とか洋服は、宅急便で送ってくれるらしい。取りに帰るのに、と思ったが、家出中だったことを思い出した。
 家出中に家から家出グッズを送ってもらうのもおかしな話だが、取りに帰るのもおかしな話だ。
 母の行動がちょっと変なのは、実由にもしっかり遺伝している、と実由自身思う。

 高山食堂は民宿も併設している食堂だ。
 朝の六時という時間でも、食堂にはすでに客らしき老人や若者の姿があった。カウンターに老人が一人、テーブルにカップルらしき若者が二人座っている。
 里美はカウンターに座った老人と話をしながら、包丁で何かを切っていた。その脇で、厚志がサラダを盛り付けている。

「おはようございます」

 食堂のキッチンは家の廊下と繋がっている。実由は廊下から顔を出して、一番近くにいた厚志に声をかけた。

「ああ、おはよう。手伝ってもらっていい?」
「はい」

 手伝ってもらうもなにも、アルバイトだから当然なのに、と実由はすぐに廊下から下りて、置いてあったビーチサンダルを履く。

「このサラダ、あそこにいるカップルに出してきて。そこに皿あるから」

 渡されたサラダを片手に、棚に並んだ小皿を二枚つかむ。眠そうなカップルのテーブルで「どうぞ」とサラダを差し出すと、「ああ、どうも」と受け取ってもらえた。

「あのカップル、昨日からうちに宿泊してくれてるんだよ。お客さんはここで朝飯と夕飯を取るんだ」

 戻ってきた実由に厚志は小声で耳打ちした。急に距離が近付いたから、実由は肩をすくませてしまう。
 厚志としゃべるのは、少し照れる。

「もう少ししたら、海の家の方に行くから、みゅーちゃんもおいで」

 厚志は実由の肩をトンと叩いて、キッチンの奥に行ってしまった。


 ***


 実由が履いているビーチサンダルは厚志のものだ。
 大きすぎて、足からすぐに飛び出してしまう。足を踏み出すたびに飛んでしまうビーチサンダルを追いかけながら、海の家に向かう。

 海の方から吹いてくる風はまだ冷たい。徐々に上に昇る太陽は熱を放ち、実由の体をじりじりと焼く。
 きっと夏が終わる頃には、実由も厚志と同じくらい真っ黒に日焼けしてしまうのだろう。

 石で出来た階段を下り、すぐ下にある海の家を覗く。
 和斗がやる気なさそうに片手に持ったほうきで畳を掃いていた。

「和、ちゃんと掃除しろよ」
「してるっつーの」
「しょうがねえやつだよな」と実由に向かって笑いかけて、厚志は海の家に設置してある台所に入っていった。実由も後をついていく。

「朝ごはん、ここで食べなよ。焼きそばでいい?」
「は、はい」
「今作るから、和の掃除、手伝ってやって」

 焼きそばを作ってもらえることが嬉しい反面、すぐ隣にいられなくなることに少しがっかりした。
 不機嫌そうに掃除する和斗は、朝に会う兄にそっくりで、近寄りがたい。

「あの、手伝います」
「そこに雑巾あるから、テーブル拭いて」

 実由の方を一度も見ずに、和斗はそれだけ告げる。
 指指す方向には、ハンガーにかかった雑巾が風で揺れていた。
 薄汚れた雑巾を片手に、水道を探してきょろきょろする。

「そっち」

 すぐに和斗から声をかけられた。でも、和斗は全然実由を見ていない。背中を向けて、いい加減にほうきを動かしている。
 超能力者みたい、と実由は心の中で呟きながら、水道がある海の家の外に出て行った。


 しばらくして、鉄板でこげるソースの香りが漂ってきた。手早い動きで焼きそばを炒める厚志の額に汗が浮いている。
 全開にしたガラス戸から入ってくる海風が掃除をして汗をかいた実由には気持ちいい。

「出来たよ。みゅーちゃん、テーブルに並べてくれる?」

 皿に盛られた三つの焼きそばを一個両手で持ってそろそろと運んでいたら、和斗が「とろい女だな」とすたすたと残りふたつを運んでしまう。
 とろい、と言われてむっとして、和斗を睨んだけど、和斗はそ知らぬふりだ。

「じゃあ、いただきますか」

 海が見える場所にテーブルを置いて、出来立てほやほやの焼きそばに箸をつける。ソースの味が絡まったキャベツを噛んで、そばをすする。
 ソースの香ばしい香りが口中に広がって、甘しょっぱい味を堪能する。

「おいしい?」

 実由の顔を厚志がのぞきこんでくるから、実由は恥ずかしくなる。
 うなずくことしか出来なかったのに、厚志は心底嬉しそうに「よかった」とにっこりと笑いかけてくる。
 よけいに照れくさくて、実由は下を向きながら、ひたすら焼きそばを食べ続けた。


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【2009/02/01 01:56】 | 神様がくれた(恋愛)
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第7話 ジーの隣。

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 夜の海は静かだ。
 花火に興じる若者の声が聞こえてくるけれど、それも波の音に飲まれて、自然の一部のようにゆるやかに空に響く。

 ジーがいる場所は浜辺から少し距離があるからよけいに静かで、ジーが好んであの場所にいる理由が実由にもわかる気がする。
 月明かりで青白く浮かび上がる海と、白く泡立つ波間。それは世界から隔絶した場所に思えて、すべてから解き放たれた感覚がある。

 水族館に向かう途中、太郎を見つけた。
 テクテクと小走りで道路を歩いて、実由の存在に気付いたのか、はたと立ち止まる。道路のど真ん中だ。

「危ないなあ……」

 車通りはほとんどないけれど、道路のど真ん中にいては危険すぎる。
 実由の方を見て嬉しそうにしっぽを振る太郎には、そんな意識なんてあるはずもない。実由は歩調を速めて道路を渡り、太郎にかけよる。
 柴犬に似た長い鼻を実由に向け、太郎はぺろりと舌を出した。

「太郎、道路は危ないんだよ。こっちこっち」

 動きののろい太郎の首輪をつかもうとして、太郎が首輪をしていないことに気付いた。
 何にも縛られない一匹狼みたいなジーが、太郎にそういう締めつけるようなものを与えないことに妙に納得しながらも、それは駄目なのでは、と顔をしかめる。
 首輪をしていなければ、野良犬に間違われて保健所に連れて行かれてしまうかもしれないし、誰かに拾われてしまうかもしれない。

 太郎の名を呼び、道路から駐車場まで連れてくる。
 安全な場所にたどり着いてほっとすると同時に、ジーに注意しないとな、と拳を握りしめた。




「ジー、いる?」

 建物の脇から顔を出して、ジーの存在を確かめる。
 ジーはこの前と同じく、海がよく見える芝生の繁った場所を陣取って、煙草をふかしていた。
 実由の言葉と共に、ぷかりとドーナッツ型の煙が浮かぶ。
 太郎が我先にとジーの隣に走りより、実由も慌てて太郎の隣に座った。

「太郎、首輪してないね」

 太郎の首の後ろあたりをなでる。夏毛に生え変わった太郎の毛はごわごわしていてちょっと固い。

「ああ」
「つけないと、駄目だよ」
「なんでだ?」
「野良犬に間違われるよ」

 ふっと飛ばした煙草の煙が、月に向かってたなびいていく。届くわけもなく消えていく煙を眺めながら、ジーは少し目を細めた。

「太郎は野良犬だ」
「え?」
「俺が飼ってるわけじゃねえ」

 だから首輪をしてないのか、納得しかけて、実由はすぐに首を振った。

「でも、野良犬でいたら危ないよ。保健所に連れてかれちゃうよ」
「言っただろ? 俺にホームはねえ。太郎を飼ってやりたくても、飼う家がねえ」

 初めて会った時の会話を思い出す。

 ジーは帰る家が無いと言った。でも、「家はある」と言った実由に「一緒だな」と笑った。
 家はあるはずなのだ。帰れない家だとしても。

 問いただしたくなったけど、聞けなかった。
 家庭の事情にまで立ち入るような質問をする気にはなれなかったし、なにより、ジーがすごく悲しそうな顔をしていたから、何も言えなくなってしまったのだ。
 きりっとした眉毛が少し下がって、目線は月に注がれる。
 ぽかりと浮いた青白い月は、青く染まった雲に少しずつ隠されていく。

「ジーも私も太郎も、一緒なんだねえ」

 腕に顔をうずめて、実由はつぶやいた。
 帰る場所。居るべき場所。それがどこなのか、わからない。
 家はある。待っている家族もいる。
 なのに、拭い去れないこの孤独感は、どこから来るのだろう。

「類は友を呼ぶだな」

 ジーはパチリとウィンクして、右側の口角だけをニイと上げた。

「じゃあ、私がここにいる間は、太郎とジーが私の友達だね」
「ここにいる間だけなのか?」
「ううん、ずっと友達」

 友達。その言葉に少し違和感があった。
 太郎は犬だし、ジーは友達と呼ぶには歳が離れすぎている。
 それでも、今まで仲良くしてきた同年代の友達よりもずっとずっと近い位置にいる気がする。

「ミューはいつまでここにいる?」
「わかんない。夏休みが終わるまで、ここにいるかもしれないし……」

 いつまでいるのだろう。実由にもわからない。
 二、三日のつもりでもあるし、夏休みが終わる八月三十一日までずっといたいとも思う。
 でも、この優しくて穏やかな時間は、夏休みだけなことくらい、わかっている。

「気が済むまでいればいい。俺はずっとここにいる」

 だから、いつでもここに来い、そう言ってもらえた気がして、実由は微笑んだ。

 見上げた空に、丸い月。
 ふわふわと綿毛のような雲に包まれて、姿をくらます。どこからともなく聞こえてくる花火の飛ぶ音と歓声が耳に響いて、追いかけるように波の音が木霊する。

 優しい音、と実由は思う。

 湿気交じりの夏の夜の空気も、時折吹く冷たい海風も、実由には優しいものに思える。

 喧騒に包まれた都会のビルの狭間に立つ、自分の姿を思い浮かべる。
 人はたくさんいて、消えない光があって、絶えない笑い声がある。
 でも、それはいっそう寂しさを煽って、独りなのだと思い知らされる。
 隣に誰かがいても、ジーのように包み込むような温かさは持ち得ない。
 時間だけが、とくとくと流れる。
 空しさが、砂時計の砂のようにさらさらと流れ落ちて、少しずつ積もっていく。

「ジー、モテるでしょ」
「なんでそう思う?」
「ジーの隣は居心地がいいもん」

 まだたった三回しか会ってないのに、そう思うんだよ。と実由が笑いかけると、ジーは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。

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あとがき↓
昨日、更新するつもりが寝てしまいました(--;
しかもまたもやストーブの前で丸くなって寝てました。
もう何度目になることやら・・・。

出来れば毎日更新したいと思ってます。
全40話前後になる予定です。

感想とかあれば、一言でもいただけると嬉しいです。
拍手だけでも、飛び上がるほど喜びます(笑)

拍手押してくださった方、ありがとうございます。
励みになっています(^^)




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【2009/02/03 00:36】 | 神様がくれた(恋愛)
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第8話 初仕事。

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 夏休みの海の家は昼間になると大繁盛だ。
 午前中から着々と客が増え始め、昼時には軽食を食べようとする人達で混みあう。

 実由は高校一年生の時に工場でピッキングのアルバイトをしたことがあるだけで、こういう客相手の仕事は初めてだった。
 手を挙げて呼ばれ、「おーい」と声をあげて呼ばれる。その度に額から溢れ出る汗を拭って、張り付いた笑顔を向けた。

 人の熱気が熱さを濃くする。
 ガラス戸は全開で開けてあるから風はいっぱい入ってくるけど、それ以上の運動量で、汗が止まらない。
 日に焼けた真っ赤な体を晒して、熱いラーメンを食べる金髪の男や、カキ氷を食べて「寒い」と笑うビキニの女の子が、ちょっと羨ましい。

 台所では厚志が焼きそばやラーメンやおでんを手早く用意していっている。
 ただでさえ熱いのに、火を使う場所にいる厚志は体中から汗を流している。
 でも、客に呼ばれれば笑顔で答えるし、お待たせしないようにとずっと動き続ける。
 厚志の隣で里美がフランクフルトを焼きながら、カキ氷の用意までしている。

 実由はテーブルを右往左往して、厚志と里美が作るものを、お客に運んでいた。
 お盆にのっけたラーメンの汁がちょいちょいとこぼれる。これ以上こぼれないように慎重になりながら、急ぎ足でテーブルに行こうとすると、誰かの足を踏みそうになる。
「あぶなっかしいなあ」と小さな子供を連れた男に苦笑いされてしまった。

 和斗は海の家の外で浮輪を膨らませていた。空気を入れる機械を使っているから、あっという間に丸い形に膨らむ。
 それを見ていた小学生くらいの女の子が嬉しそうにお礼を言っているのが聞こえた。
 和斗は鋭い目を細めて笑い、女の子の頭をなでる。
 顔は怖いのに、案外優しいのかもしれない。



 ピークタイムが過ぎて、客もまばらになり始めた。
 畳に寝転がって昼寝をする人たちのいびきが聞こえてくる。

「みゅーちゃん、ラーメンでいい? 朝も麺だったから、申し訳ないけど」
「いえ、なんでもいいです」

 従業員達も交代で休憩だ。
 はじっこの開いてるテーブルを使っていいと言われて、厚志が作ったラーメンを持っていって座る。
 
 つるりとした麺とさっぱりしたしょうゆ味のラーメンをちゅるちゅるとすする。
 たぶん、ラーメン屋で食べたら「おいしくない」と思うのだろうけど、海の家で食べると格段においしく思える。

「みゅーちゃんて、おいしそうに食べるよね」

 実由の前に厚志がラーメン片手に現れた。

「俺も休憩。一緒していい?」

 だめ、とは言えない。

「夕飯の時も、ゴハンおいしそうに食べるし」
「そ、そうですか」
「そうだよ」

 くすくすと笑いながら、勢いよくラーメンを食べる厚志を見て、実由は箸を止めてしまった。
 ズズズなんて音をたててラーメンを食べるのが、少し恥ずかしい。汁が飛びまくったりしたら、もっと恥ずかしい。

「食べないの?」

 もぐもぐと口を動かしながら、厚志が不思議そうに実由を見つめてくる。
 タレ目の大きな瞳。男の人にも、目力(めじから)ってあるんだな、と実由はつい繁々と見つめ返してしまう。
 縁取る黒い睫毛が、よりいっそう目の力を強くしている気がする。

「みゅーちゃん?」
「あ、え、あ、食べます」

 麺をすくいとって、蓮華にのせる。そのまま口に入れて、よく噛みしめる。

「みゅーちゃん、バイトはいつまでやる?」
「……まだ決めてなくて」
「お盆まではいてほしいんだけど、だめかな?」
「お盆?」
「それまでがピークだから。お盆過ぎるとくらげが出るようになるから、客が減るんだ」

 お盆まで。約三週間。長いような気もするし、短いような気もする。
 実由の返事を待つ間も、厚志はずっと実由を見ている。子供を見つめる親のような、優しい目線だった。

「お母さんに聞いて、大丈夫だったら、やります」
「そっか。よかった。今年はみゅーちゃんがいるから、楽しくなりそうだな」

 いつの間にか厚志はラーメンを食べ終わっていた。空になった器を持って立ち上がり、実由の頭をぽんぽんと叩く。

「あと、敬語、やめようぜ。夏の間は家族みたいに仲良くやろう」

 ふっくらした唇から、白い歯がのぞく。
 にこにこと笑う厚志の手は骨ばっているのに柔らかくて温かくて、触れた部分からじんわりと染み渡る。

「食べ終わったら、少し昼寝してもいいから。初仕事、疲れただろ?」

 首を横に振って否定するけど、厚志は「いいからいいから」とまた実由の頭を優しく叩いた。






 三時を過ぎるころには、海から吹きつけてくる風が強くなる。
 その時間を過ぎると海水浴客はシャワーを浴びに海の家に戻ってきて、シャワールームや着替え室が混み合い出す。
 あとはほぼ店じまいだ。

 夕闇が迫り来る。
 海の家にいた最後の客は、のんびりとラーメンをすすっていたけど、冷たい夜風が海の家まで届いて来たのを知ったのか、フードのついた上着をかぶって、帰り支度を始めた。

「今日は、きれいな夕日が見れそうだな」

 食器を洗っていた厚志が独り言のようにつぶやく。
 実由はふと、ジーのことを思い浮かべた。

 ジーは何時ごろからあの場所にいるのだろう。
 もうあの場所にいて、今、実由が見ている暮れなずむ太陽を眺めているのだろうか。

 オレンジに染まる海をバックにして、煙草をふかすジーの背中は様になりすぎていて、逆におかしい。
 笑いをこらえながら、テーブルをひとつずつ拭いていく。

 泡だらけの手をふと止めて、厚志は和斗に声をかけた。

「花火でもやるか? みゅーちゃんの歓迎会ってことで」
「え! ほんと!?」

 嬉しさのあまり、実由はワントーン高い声をあげる。なのに、話しかけられた和斗は不服そうに低い声でつぶやく。

「俺、受験勉強してぇんだけど」
「お前、息抜きって言葉、知らねえのか?」
「手伝いばっかで、勉強、全然すすんでねんだよ」

 ガラス戸を閉じながら、和斗は嫌そうに顔をしかめている。実由に背を向けていたけど、ガラスにその顔ははっきり映っていた。

「ほんっと、ノリ悪いよな、和は。みゅーちゃん、二人でやるか?」
「ええ!」
「え? やだ?」

 厚志の笑顔を見ながら、「ふたりっきりは無理です」なんて言えるわけがなかった。
 実由はあわあわと口を動かすことしか出来ず、目を右往左往させる。

「嫌じゃないなら、やろうよ。実はさ、今日泊まってったカップルいただろ? 朝、食堂にいた二人。あの二人、花火忘れてったんだよ。さっき電話があって、『いらないから使っちゃって下さい』って言われたんだ」

 夕焼けが背中に迫る。じりじりと熱い。
 背中から顔に伝わって、オレンジが体を侵食する。
 実由は唇にあてた手の、人差し指を少しだけ噛んで、こくりとうなずいた。

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あとがき↓
海やプールで食べるラーメンって、異様においしくないですか?
海とかプールとかに行くと、絶対ラーメン食べます(笑)
意外と食べないのがカキ氷。すぐに溶けちゃうから・・・(--;

拍手ありがとうございます。
励みになります!



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【2009/02/04 02:02】 | 神様がくれた(恋愛)
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第9話 だから、笑って。

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 夜になると、浜辺は若者達の騒ぎ声でにぎやかさを取り戻す。
 ロケット花火の空気を割く音や雨のような噴出花火の音が、歓声共に響き渡る。

 厚志と実由はバケツとビニール袋に入った手持ち花火の束を持って浜辺にやって来た。
 子供がプールにもって行くような丸いビニールバッグに入った花火は、相当の量だったのだろう。この花火をくれたカップルが半分ほどやったようだが、それでもずいぶん残っている。二人でやるには多いくらいの手持ち花火が入っていた。

「みゅーちゃんはどれやりたい?」

 袋からごっそりと花火を出して、厚志は実由に広げて見せた。
 黄色と赤の紙巻の花火を選んで取ると、厚志がライターを近づけ、火をつけようとしてくれる。
 海風は強めで、ライターの火はついてもすぐに消えてしまって、なかなか点火しない。

「つかないね」
「大丈夫」

 風を防ごうとかざした手の平に火花が飛び散る。
 たいして熱くないのか、厚志は表情を崩さない。シュ、と紙を擦るような音と共にススキの穂のような火花が舞い飛ぶ。

「ついた!」

 歓声をあげて、実由は花火を振ってみせた。
 光の帯が風でたなびいていく。厚志も花火をやろうと実由の花火に自分の手に持った花火を近づけて点火させた。
 パチパチと拍手みたいな爆ぜる音がして、火花の花が咲いていく。

 この風の強さではライターで花火をつけるのは至難の業だ。実由と厚志は花火から花火へ、まるで聖火リレーのように次々に点火させていった。

 色とりどりの光が粒になって飛ぶ。尾を引いて線を描いて、舞い散る。
 振り回して遊ぶ実由はハートの形を作る度、網膜に残るハートの光の先に厚志がいるのを見た。

 赤い火の粉がスパークして、目に刺激だけを残す。

 実由のはしゃぐ姿を厚志も笑いながら見てくる。下がった目尻が、実由との時間を本当に楽しんでいてくれると主張しているようで、実由は嬉しくなる。
 火が消えないように次々に花火を点けていくから、消化はものすごく早い。
 いっぱいあったと思ったのに、気付くとあと二、三本になっていて、実由は楽しい時間の終わりを知った。

 ゆらゆらと煙が風に乗る。
 視界を真っ白に変えた煙がなくなっていくころ、花火も最後の一本になっていた。
 物悲しげにオレンジの光が落ちて、やがて、光は消えていった。
 真っ黒な闇が波の音と一緒に迫って来る。

「線香花火が残ってるよ、みゅーちゃん」

 バケツに汲んだ水に終わった最後の一本をつっこむと、ジュ、とこげたような音が響いた。
 名残惜しそうに煙が一筋、実由の鼻をくすぐる。

「線香花火、やる?」
「うん」

 厚志の正面に座って、六本束になった線香花火を取る。三本ずつにわけ、一本をつかむ。
 火がつくと、巻かれた紙がくるくると丸まって、丸いマグマが出来上がる。
 牡丹の花が開くみたいに勢いよく飛び散る火花を眺めながら、実由はちらちらと厚志を見た。
 半そでシャツからのぞく腕も、ハーフパンツから伸びる足も無骨でたくましい。でもすらりとした体型をしているせいか、粗野なイメージはない。
 目にかかるこげ茶の髪の先にあるタレ目は優しげで、瞳に映る花火がきれいだった。

「みゅーちゃん、仕事はどう? 辛くない?」
「うん、大丈夫」
「きつかったら言えよな。夏の海の家は、けっこう大変だから」

 うん、とうなずいて、花火に視線を戻した。
 いつの間にか、火の粉が短い一線をひいて、菊の花のように円を描いていた。

「まだ、二日だけどさ、少し安心したんだ」
「なにが?」
「初めて会った時のみゅーちゃんは今にも自殺でもしそうな顔してたから。普通に笑えるんだって、安心したんだよ」

 厚志に声をかけられた、あの日。

 実由はこの海に入水自殺でもしたらどうなるのだろうなんて、とんでもないことを考えていた。
 本気でそんなことするつもりなんてなかったけれど、あの瞬間に津波が起きて飲まれて死んだとしても、実由は別に後悔なんてしないと思った。
 死ぬことが怖くないわけじゃない。でも、生きている理由が見つからなかった。

「家出した理由、聞いたら、答えるか?」

 厚志の持っていた線香花火から、丸い火が溶岩のように煮えたぎってぼとりと落ちた。

「……私にもよくわかんないの」

 終業式を終えて家に帰って、誰もいない家に入った瞬間。
 足元が崩れていくような感覚に陥った。

 何も無いと思った。この手にもこの体にも、この心にも。

 蝉の声が耳の奥まで響いて反響して、駆け巡った。

 友達がいないわけじゃない。家族に愛されていないわけでもない。恋人にだってふられたけど、しがみつくほど愛してたわけじゃない。
 当たり前にあるものを当たり前に享受して、何かを失くすこともない。

 だからこそ、空しい。

 熱を持つ体。でも底冷えした心。行き場をなくし、持て余す。
 必要なものも必要でないものも手に持っているから、何が大切なのか、もう見えない。

「何もかも無くしたら、何が大切なのか、わかるのかなあ……」
「それじゃ、遅いだろ」

 実由の持っていた線香花火からも火が落ちていった。
 砂の中に埋もれた火種はやがて光を失っていく。

「私、自分で見つけたいんだと思う」
「何を?」
「自分で手に入れられるもの」

 それって、なんだろう? 自問自答して、実由は膝を抱えた。
 悲劇のヒロインみたいに自分を哀れんでいるようで、自分自身を気持ち悪いやつだと思った。
 苦しいとか辛いとか、原因も無いくせにストレスを溜め込む愚かさを嘆きたくなる。

「みゅーちゃんは、笑うとかわいいよな」
「え!?」
「ここにいる間は、俺が話し聞いてやるからさ。だから、笑って」

 な? と白い歯を見せて笑う厚志の手が、実由の背中を叩く。その手の大きさが、包み込んでくるようにあったかくて、実由はうっと泣きそうになった。

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あとがき↓
作中で、厚志がライターで直接花火に火をつけていますが、非常に危険ですので真似しないで下さいね(^^;
浜辺で花火をやろうとすると風が強すぎて、花火に火がつかないんですよね・・・
皆さまはどうやって火をつけてるんだろう。ものすごい素朴な疑問です(笑)





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【2009/02/05 00:44】 | 神様がくれた(恋愛)
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第10話 海に沈む。

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 実由には彼氏がいた。
 ひとつ上の同じ学校の人だった。
 美容師になりたいと言っていた彼は、二年の後半から三年の前期にかけてほとんど勉強もせず遊び呆けていた。
 実由もそれに付き合わされて、毎晩毎晩真夜中の街をほっつき歩いた。

 最初は刺激的だった。
 深夜の冷たい空気の中、彼と手を繋いで歩いて、警察官を発見すると、二人で笑いながら逃げた。
 カラオケで歌って、ゲームセンターで遊んで、公園で語り合った。

 実由にとっては彼は二人目の彼氏で、初めての彼氏とはキスするだけで終わってしまったから、それ以上へと進展していく彼との関係にどきまぎしながら、大人への階段を昇って行くことに酔いしれていた。しかも、彼は実由の知らない、遊びの世界を知っていて連れ出してくれる。
 静まり返った夜の街、閉まった店の軒先で、二人だけの時間を満喫する。その幸せが、実由には至上の幸福に思えた。

 下がっていく成績も学校の授業も、実由にはどうでもいいことだった。
 いつの頃からだろう。そんな自分に嫌気がさしたのは。彼との時間を楽しめなくなったのは。
 実由の変化に、彼も気付いたのだろう。
 別れは必然だった。
 高一の冬から付き合いだした彼と終わりを迎えたのは、二年の夏――終業式の日だった。
 もうその前から、気持ちは離れていた。別れる一ヶ月前から一緒に登下校もしなくなったし、夜遊びもしなくなった。はっきりと区切りをつけたかった彼が、終業式の日に実由を呼び出したのだ。
「言わなくても、わかってるだろうけど」と切り出した彼に、実由はうなずいていた。
「わかってる。別れるんだよね?」と返したら、彼はうつむいて小さく返事しただけだった。
 気持ちはとっくに離れていた。
 別れるのは当然。でも、いざ「さようなら」と言われると、言いようのない寂しさが込み上げて、苦しくなった。

 とぼとぼと一人で帰る道すがら。
 幼稚園生くらいの男の子と女の子が手を繋いで実由の横を走り抜けていった。
 互いに目を合わせては笑いあう幼い子の姿は、夕焼けに溶けて影になって、実由は心臓をわしづかみにされた思いがした。
 それは、実由が忘れたものだったから。
 一緒にいるだけで、それだけで楽しいと笑える。実由にはそれが出来なくなってしまったから。

 戻りたくなった。小さな、世界が二人だけのものだった、あの頃へ。

 別に、彼とじゃなくても良かった。
 誰でも良かった。
 砂のお城をつくるみたいに、夢だけで生きていた幼い頃の幻影に取りつかれた。

 世界が二人だけのものになる、夢の世界。小さな子供だからこそ、作り上げられる場所。
 もうそんな世界は作れない。そこまで子供じゃない。相手だっていない。

 わかっていたけど、どうしても手に入れたくて、実由は家を飛び出していた。
 砂のお城を作ろうと思った。
 小さな頃、幼馴染の哲君と二人で、よく砂場で遊んだことを思い出した。
 哲君は引っ越してもう実由の近くにはいないけれど、あの頃の幸せな時間を思い出せるなら、それでよかった。

 公園は小学生や子供がいっぱいで、実由は近づけなくて、電車に乗った。
 どこに行こう、そう考えて、海に行こうと思いついた。
 海は砂がいっぱいだし、海水浴の今の季節なら、女の子が一人で砂で遊んでたって変に思われないだろう。
 銀行に寄って三万円をおろして、二時間電車に揺られた。
 たどり着いた駅で、風に混じって漂う潮の生臭い香りをかいだら、背中を押された気がして、走った。

 砂浜に沈む小さな自分の足。
 波打ち際まで遠い浜辺は、大きな砂場。だからこそ、実由自身が小さくなった気がして、あの頃に帰れたように思えた。
 一心不乱に砂をかき集めて、お城を作った。
 うまくは作れなかった。三角の山が三個、出来ただけだった。

 その内疲れて、波打ち際に座り込んだ。海水浴客もどんどん帰っていって、実由は一人取り残されていった。
 海風が強くなる。冷たい風。波の音だけが一定のリズムでずっと鳴り響く。空はオレンジに染まって、海は空の鏡になる。

 抱えた膝小僧に、ぽつりぽつりと水が落ちた。
 帰れやしない。もう子供じゃない。
 そして、一人が耐えられるほど、大人でもなかった。
 家には帰りたくなかった。いつもの自分に戻りたくなかった。このまま消えてしまいたかった。

 ふらふら歩いて、一晩を過ごす。行くあてのない、行き場の無い、不安定な自分が怖くなった。
 今、自分が死んでも、誰も悲しまないんじゃないか、と思った。
 心から実由を求める人なんて、どこにもいないんじゃないか、と悲愴感に包まれた。その度に、馬鹿みたい、と首を振った。
 自分を哀れむなんて、その方がよっぽど哀れだ。

 海に沈んでいくようだった。暗く深い海の底にゆらゆらとゆっくりと抗うことなく堕ちていく。
 波間に揺れる光のカーテンが遠ざかって、手に届かなくなっていく。

――なあ、あんた。この前からずっとここにいるけど、何してんの?

 それは、溺れそうな実由に差し伸べられた手。
 海の真っ暗闇に消えていく実由を見つけてくれた眼差し。

 声をかけられた瞬間。涙がにじみ出てきたのは、気のせいじゃない。



 ***

「あ、実由ちゃん。言い忘れてたけど、荷物届いてるよ」

 厚志と一緒に高山食堂に戻ってくると、すいかを切っていた里美に話しかけられた。

 高山食堂はお店スペースの奥が住居スペースになっていて、和室が二部屋、洋室が二部屋ある。二階は五部屋。これはすべて民宿の客間だ。
 和室の二部屋の内一部屋は家族の共有スペース、もう一部屋は里美の部屋で、洋室二部屋は厚志と和斗の部屋だ。
 高山家の大黒柱、厚志と和斗の父親は仕事で海外に行っているらしくこの家にはいない。
 里美の両親も一緒に暮らしているが、同じ敷地内の離れで暮らしていて、海の家と食堂兼民宿を手伝ってくれている。
 家族の共有スペースである和室で、里美と里美の両親がテレビを見ながらくつろいでいた。

「実由ちゃんも、スイカ食べていきな」

 おばあちゃんがそう言って、しわしわの手を振る。
 お言葉に甘えていいかわからず、隣に立っていた厚志を見上げると、厚志は実由の背中をトンと押してくれた。

「先に荷物置いてきちゃいなさいよ。スイカ、切り分けておくから」

 部屋の隅に五十センチ四方くらいのダンボールが置いてあった。福島のりんごと赤い字で書いてあるダンボールで、側面にでかでかと「実由へ」と書いてある。

「俺が運ぶよ」

 軽々とダンボール箱を持ち上げて、厚志はさっさと階段を上がっていった。

+++++++++++

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【2009/02/06 01:48】 | 神様がくれた(恋愛)
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第11話 ツボ。

++++++++++++ 

 畳六畳の部屋は何もなければ案外広い。
 本来は客室であるこの部屋は、古びてはいてもピカピカに磨きこまれた木のテーブルが置いてあり、テレビは液晶ディスプレイで、実由はけっこう気に入っていた。
 取り替えたばかりの畳からはイグサの香りが漂って、それがいっそう居心地をよくしてくれる。
 実由の家には畳の部屋が無いから、よけいに新鮮に感じるのだ。

 畳んだ布団のそばにダンボール箱を置くと、厚志は「荷物あけたら、居間においで」と言って、部屋を出て行った。
 厚志の背中を見送ってから、段ボール箱に近付く。
 ガムテープをビリビリとはがして、中を開けてみて、実由は思わず息を飲んだ。

 一番上に教科書と問題集とノートが置いてあって、「宿題は片付けてくること」とマジックで書かれたメモがつけられていたのだ。
 夏休みの宿題は主要五教科すべてから出されている。
 玲子がいつ宿題情報を仕入れたのかわからないが、宿題の出された五科目の中から、現代文と英語と数学に関わる教材がしっかり詰め込まれていた。

 実由は完全な文系人間だ。現代文と英語は苦手ではないが、数学はさっぱり。お手上げ。
 ここにいる間は、友達の力を借りることも出来ない。

 母の玲子は、おおざっぱで超がつくほど放任主義だが、その代わり、約束事にだけはうるさい。
 一方的に「宿題は片付けてくること」と言われたこの事も、玲子にとっては約束事のひとつだ。
 やってこなかったら、大目玉。お小遣いはもらえなくなるのは確定だ。

 教材類の下には、実由がよく着ている洋服をわざわざ選んで入れてくれている。ショートパンツや七分丈のカーゴパンツ、Tシャツにタンクトップ。ボーイズっぽい洋服と女の子らしさを強調した服をミックスして着る実由の好みに合わせたラインナップ。

 さすがわかってる、と心の中で褒め称えて、水着まできっちり入れてくれていることに感謝する。
 ポイ、と宿題の固まりを放り投げて、実由は階段を下りて行った。


***


「宿題? ああ、いいよ。教えてあげるよ」

 スイカの種をぷっと落として、厚志はうなずいた。
 実由が「宿題の山が送られてきたから、わからないのがあったら教えて」と厚志に頼んだのだ。

「どの科目?」
「えと、数学と現代文と英語」
「現代文と英語なら教えられるけど、数学は俺、だめだわ」

 スイカのピンク色の汁が、厚志の手から腕に流れる。それをぬぐいながら、厚志は眉毛を下げて苦笑いをした。

「高校の時に投げ捨てたよ、数学は。全然わかんねえ」

 水分が凝縮したスイカをかじると、口いっぱいに甘い味が充満する。なのに、残念な気持ちが織り交ざって、少し苦く感じた。

「和に教えてもらえばいいよ。あいつ、理系だから」

 和斗の名前を出されて、実由はつい眉間に皺を寄せてしまった。
 和斗が嫌なわけはないし、きっと心根は優しい人だと思ってはいても、無関心な冷たいオーラを纏っているようにみえて、近付きづらい。

「でも、受験生だし……」
「大丈夫。あいつ、あんなんだけど、意外に優しいぜ? 俺が頼んでおいてやろうか?」

 ううん、と首を振って、「自分で聞いてみる」と実由はスイカを頬張った。
 朝、海の家で会った和斗の後姿を思い出す。
 ストイックな雰囲気が何かひとつのことに打ち込む、例えるなら高校野球の選手を思い起こさせる。
 初めて会った時も思ったことだけれど、短い頭髪が野球選手みたいだからかもしれない。
 だからこそ、近付いても冷たくあしらわれてしまうような気がして、怖いのだ。
 実際、海の家では冷たかった。
 でも、浮輪をふくらませてあげた時、子供に対して向けた笑顔は本当に優しそうで、厚志の持つ柔らかい雰囲気に似ていた。
 似た雰囲気を持つのは兄弟だからかもしれないけれど、和斗は普段冷たそうなだけに時折見せる優しい雰囲気が、実由には不思議に思えた。

 きっと誰にでも優しいわけではないのだろう。
 優しくする人と、冷たくする人を分類しているのかもしれない。
 もしそうだとして、『冷たくする人』に分類されてしまったら、居たたまれない。




***

「和斗の部屋、そこだよ」

 スイカを食べて一時くつろいだ実由は、部屋に戻ろうとした。すると、厚志に呼び止められて、和斗の部屋に案内されてしまった。

 どうしよう、とドアの前に立ち尽くしていたら、厚志が勝手にドアを開けてしまった。
 窓から入ってくる風が、ドアを開けた途端、実由の髪を後ろになで上げた。

「和、みゅーちゃんからお願いがあるみたいだぜ」

 それだけ告げて、厚志は向かい側の自分の部屋に入ってしまった。

 ドアの左手に勉強机があって、和斗は実由に背中を向ける形で座っていた。
 向いに窓があり、その下にパイプベッドが鎮座している。
 脇にはこげ茶の本棚が置いてあって、少年漫画が数冊と辞書、文庫本が並んでいた。和斗が読んでいるとは思えない重厚な本もあったから、家族の本棚にもなっているのかもしれない。

「なに?」

 椅子ごとくるりと振り返り、和斗は無愛想に実由を見る。目が鋭いから、睨まれているような気がしてくる。

「あの、ええと……」

 萎縮してしまい、両腕で体を包む。警戒心が出てしまう。

「……ビビリすぎじゃね?」

 不服そうにシャーペンを回して、和斗は立ち上がった。実由は思わずびくりと肩を震わせる。

「用は?」
「す、数学」
「数学?」
「を、学ばせてください!」

 ガバリと頭を下げる。
 羽織っていたグレーの上着のフードがその勢いで実由の頭にかぶさった。

 和斗の返事は無かった。
 網戸から入ってくる風と共に、時間を間違えた蝉の鳴き声が響く。
 おそるおそる、目線だけあげて和斗の顔を伺う。
 和斗は唇を手で隠し、片手を腰に当てて、笑いをこらえていた。目尻を下げ、いつもはつりあがった眉毛も下がっていた。くつくつと笑い声がこぼれだす。

「俺は先生じゃねえんだから。学ばせてくださいって!」

 実由の言動は、彼には意外にツボだったのかもしれない。初めて会った時だって、笑われた。
 自分の発言が恥ずかしくなってきて、頬が赤くなってくる。

「だって、お、教えてもらうんだし」

 言い訳を口にして、口を尖らせる。

「いいよ。教えてやるよ」

 ふう、と一息ついて、和斗は笑いをこらえて歪んだ唇を隠すのをやめた。
 形のいいふっくらした唇からこぼれる笑みは、海の家で子供に見せた笑顔と一緒だった。

++++++++++

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【2009/02/07 03:22】 | 神様がくれた(恋愛)
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第12話 幸せ、と思う時。

++++++++++++ 

「ちょっと出かけてくる」

 居間で寛いでいた厚志と里美が、いっせいに実由へ視線を向けた。
 海の家の仕事を終え、夕飯を食べた実由は、ジーのところへ行こうとしていた。
 昨日は厚志と花火をやったから行けなかった。今日は絶対に行きたい。

「実由ちゃん、この前から気になってたんだけど、どこに行ってるの? いつも」

 エプロンで手を拭きながら、里美は立ち上がった。心配そうに丸い目を向けてくる。

「え、ええと……」

 ジーとの密会を、実由は秘密にしたいと思ってしまった。
 隠れた場所でジーと二人きり。閉鎖的で居心地のいい時間を、人に話して失いたくなかった。

「海を見てるの」
「海?」
「うん。月の光に当たって黒い波が白く光るでしょ? それが綺麗で……好きだから」

 嘘はついていない。
 ジーと二人で、いつも海を見ている。
 白い月の光が、水面を滑ってゆらゆらと光を反射する様は、実由の心を捉えた。
 ジーも、もしかしたらその光景が見たくて、あの場所にいるのかもしれない。

「ここらへんは平和だけどさ、夏はアホみたいに馬鹿騒ぎしにくるやつらもいて危ないんだ。だめだとは言わないけど、心配だな」

 テーブルに肘をついて寄りかかった体勢で、厚志が実由に声をかけた。

「俺も付き合おうか?」

 里美も厚志も心底心配してくれている。
 真剣な眼差しを向けられて、実由は答えに狼狽した。

 ジーとは二人だけ(プラス太郎)で会いたい。
 厚志の気持ちは嬉しいけれど、受け入れることは出来ない。

「ほっときゃいいだろ」

 ふと気付くとすぐ横に和斗が立っていた。あくびをしながら、腹を掻いている。

「一人になりたいんじゃねーの? 兄貴も母ちゃんも心配しすぎ」

 実由のことなんて一度も見ずに、実由と里美の横をすり抜けて、居間に入っていく。
 見たいテレビでもあったのか、厚志の前にあったリモコンを奪い取ってチャンネルを変えてしまった。
 テレビの中から陽気な笑い声が聞こえてくる。

「冷たいやつだなあ」

 厚志がぼそりとそう呟いたのを聞いて、実由は少しだけ首をかしげた。
 冷たいやつ――確かにそうかもしれない。
 でも、実由には嬉しくもあった。一人になりたい――本当は二人(プラス犬)になりたいだけど――という実由の本音を言い当ててくれたから。

「まあ、そうね。携帯電話だけはちゃんと持って出かけてね。何かあったらすぐに電話するのよ」

 実由はポッケに入れた携帯電話を見せて、ちゃんと持っていることをアピールする。

「気をつけてね」と笑って見送ってくれた里美に会釈し、まとわりつく外気の中に飛び込んでいった。


***


「ジー!」

 水族館脇の裏庭。ジーがいつもいる場所。いつもの場所に座って、ジーは煙草を燻らせていた。
 隣には太郎。実由の姿にいち早く気付いて、しっぽを振ってくれた。

 ジーは相変わらずそっけない。
 でも、吐き出される煙はドーナッツ型。
 歓迎の気持ちを表してくれているのかも、と実由は嬉しくなる。

 ジーの隣には太郎。太郎の隣は実由。その席順が当たり前になってきた。

「ジーはさあ、人を好きになったことある?」
「愚問だな。俺を何歳だと思ってるんだ」

 確かに、と実由は笑ってしまった。
 ジーは七十代か八十代だ。人生の酸いも甘いも経験してきた人に、聞くようなことじゃない。

「何歳?」
「数えるもの億劫な歳だ」
「それじゃあわかんないじゃん」
「大体わかるだろう。そんなもんだ」

 ふさふさと髪の毛に混じった白髪の量を眺めて、八十代に入っているのかも、と思った。でも、筋肉の残る体型や伸びた背筋が、八十代には思えないような気もした。

「どうしてそんなことを聞く?」
「私、人を好きになったことないのかも、と思って」

 煙が一筋たなびいた。南風が煙を煽って、霧散し消える。

「彼氏とね、別れたの。つい最近。なのにね、今、ちょっと気になる人がいるの」

 太郎の毛をなでる。太郎の毛は固くてさわり心地はイマイチだ。

「なんかそれって、軽いと思わない? あの人がだめだから、もう次の人って。そんなの、本当の恋じゃないよね?」

 ジーを見る。白いシャツが風で揺れていた。
 熱帯夜なのに、ジーの顔には汗ひとつない。
 ジーの周りだけクーラーでもついてるんじゃないかと思えるほど、ジーは涼しげな顔をしていた。

「女心と秋の空ってことわざ、知ってるか」
「え、うん」
「女はすぐに心が変わる。俺にもわからん」

 実由は口を尖らせた。
 南から吹いてくる風が実由の前髪をなでる。汗をかいていたから、少しだけ額が冷えた。

「気持ちなんて一瞬のもんだ。どんどん変わる。その時は真剣な気持ちだろう。それでいいじゃねえか」
「うん……」

 元彼の顔を思い出す。
 一ヶ月前まではいつも一緒にいたのに、もう記憶に残る彼の姿はおぼろげだ。薄情としか思えない。

「ジーは、どういう時に幸せって思う?」

 目に見えないものが多すぎて、実由は底知れない不安を覚える。擦りガラスの壁に囲まれて、一人脱け出せない。

「今だな」
「え?」
「だから、今だよ。綺麗な月夜に、うまい煙草。隣には若い女が座ってる。どうだ? 幸せじゃねえか」
「えー! ジー、エロいよー!」

 ジーと肩を叩いて笑い転げた。
 ジーは叩かれた肩をなでて、「老体にはきつい一発だ」と笑いながらぼやく。
 何が起こったかわかってない太郎が、実由とジーを交互に見て、べろりと舌を出してハッハと息を吐く。

 実由はおなかを抱えて笑いながら、目の奥がじわりと熱くなるのを隠し切れなかった。
 笑いすぎて泣いているんだとごまかして、目尻に沁みる涙を人差し指でぬぐう。

 ジーとの時間は、実由にとっても幸せに思えたから。
 こんな風に誰かといる時間を愛おしく思うのは初めてだったから。

++++++++++++

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【2009/02/08 04:13】 | 神様がくれた(恋愛)
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第13話 テトラポットの上で。

++++++++++++ 

 実由が海の家で働き始めて一週間が過ぎた。
 だんだん慣れてきて、ラーメンの汁をこぼさないで運べるようになったし、片手でお盆を持てるようになった。

 おぼつかない手つきでしか物事を進められない実由にとって、そんなささいな成長も嬉しかった。
 実由と厚志と和斗と里美、七月の終わりからアルバイトで入った女の子一人とで海の家を切り盛りしながら、実由は日々を過ごしていた。




「これを代入すると、Xは三になるだろ」
「え、う、うん」

 風鈴の音が風の中で踊る。
 それに気を取られ顔をあげた実由は、和斗に頭をつかまれた。

「すぐ上の空になる」
「だってえ……」

 情けない声を出しながら、机の上に広がったノートを両手で覆った。
 さっぱりわからない数学の宿題を和斗に教わっているのだが、教えてもらってもさっぱりわからない。
 和斗は根気よく何度も説明してくれるが、数字がまるで暗号のようで、知りもしないモールス信号を読み取れとでも言われている気分だ。

「お前、中学から数学やり直せ。出直して来い」
「無理だよ! どこから見ても中学生じゃないもん」
「そういう意味じゃねえ」

 あからさまにため息をつかれて、実由もわざとらしく頬をふくらませてみせた。

 わからないものはわからない。文系人間なのに、どうしてこんな不可解なものを勉強しなければならないの、とブウブウ文句をタレながらも、宿題をやらなければ苦労するのは自分だと、実由はまたノートにしがみつく。

「いいか? この数字は……」

 和斗の説明は丁寧だ。わからない実由の読解力の方に問題がある。
 実由は数字を一生懸命睨みつけながら、和斗の言葉にうなずき続ける。

「みゅーちゃん、散歩行かない?」

 勉強を始めて二時間が過ぎたころ、和斗の部屋のドアがいきなり開いて、厚志が顔を出した。

「散歩?」
「ああ、花火大会あるし」
「花火大会!?」

 そういえば、いたるところにポスターが貼ってあったことを思い出した。日にちの感覚が薄くなってしまい、今日が花火大会だったことをすっかり忘れていたのだ。
 実由は飛び上がるように机から立ち上がり、「行く」と大声を上げる。

「和は? 行くだろ?」
「……いや、俺は勉強する。二人で行って来いよ」

 相変わらずの仏頂面で、和斗は実由が立ち上がった椅子にどかりと腰をかけた。
 座るところをなくした実由は、ドアのところでニコニコと笑っている厚志の方に向き直る。

「じゃ、行こうか。みゅーちゃん」
「うん……」

 途端に恥ずかしくなる。実由は少しうつむき加減でうなずいて、ドアに向かった。途中で振り返って和斗の背中を見る。
 背筋をしゃんと伸ばして、和斗はもう勉強し始めている。

「和、根つめすぎんなよ」
「わかってるよ」



 ***


 高山食堂を出ると、浴衣を着た女の子達がわーわーしゃべりながら通り過ぎて行った。ちらほらと人が歩いているのが見える。

 実由と厚志もその中に混じり、浜辺に向かって歩き出す。
 進むにつれ、人の数が増えていく。
 いつもは花火で遊ぶ子達が数人いる程度の海岸に、人が溢れんばかりに集まっていた。

「みゅーちゃん、こっち」

 厚志はすいすいと人ごみの中を歩いて行ってしまう。
 混んでない場所でも人にぶつかってしまうような鈍くさい実由は、案の定うまく進めなくて、立ち往生しながらも、なんとか厚志の背中を追い、厚志のTシャツを掴んでしまった。

「どうしたの?」

 優しい笑顔で、厚志は振り返って笑いかけてくる。

「あ、あの、はぐれちゃいそうだったから」
「あーそっか。ごめん」

 じゃあ、はい。と厚志は実由に手の平を向けてきた。
 何がしたいのかわからず、実由は「え?」と目をパチクリさせる。

「ちゃんとついてきて。よく見える場所に案内するから」

 ぐっとのばされた手が、実由の手を掴んだ。
 そのまま、実由をぐいぐいと引っ張り始める。
 厚志の柔らかい手の感触は手の平から腕へ、そしてダイレクトに心臓へと伝わって、実由は困惑する。
 血がいきなり逆流したみたいに、顔だけが熱くほてる。

 厚志の手は、実由の手に比べたらずっと大きくて骨ばっている。
 小さな実由の手を掴む厚志の手が、実由にはずっと離したくないものに思えて、強く握り返していた。





「ほら、あそこ」

 防波堤の影のテトラポットによじ登る。
 影になっているせいで、そこには人がほとんどいない。
 もうはぐれる心配がなくなったから、厚志の手は実由から離れてしまった。
 それが寂しくて、実由は厚志の手をついつい見つめてしまう。

「そろそろ始まるかな」

 厚志の言葉と重なって、空を切り裂く音が響いた。花火の開く音が地響きのように響き渡る。
 わあ、という歓声がいたるところから上がる。
 実由も小さく感嘆の声をあげて、空に見入る。

 白い火花が放射状にのびて、余韻が長くたれ落ちていく。
 大きな菊の花が咲いたと思ったら、ススキの穂が落ちていく。
 赤の光が爆ぜて、青い火花へと姿を変える。
 いくつもいくつもの花が重なって重なって、空は花畑のように色とりどりも染まっていく。

「きれい!」

 隣にいる厚志に笑いかける。
 厚志は実由を横目でちらりと見て「だろ?」と笑ってくれた。
 厚志の頬が光に照らされ、朝日を浴びた山肌みたいに光って見えた。

「よかった。喜んでくれて」
「うん。ありがとう」

 花火を見上げるふりをして、厚志の横顔を盗み見た。
 厚志のタレ目は空に向かい、やっぱり優しい雰囲気を放ち続ける。

 とくとくと流れ出す。
 この思いを、実由は知っていた。
 始まる思いを、どこかで経験していたから。
 そして、この思いが、簡単に大きくふくらむことも知っていた。
 そんなこと無い、と否定しながらも、否定できないほど思い知っている。
 始まれば、それは終わりを迎えるその日まで膨らみ続けるのだ。


 好きになるかもしれない。

 そう思った。
 厚志に惚れてしまいそうだ、と実由は確信してしまった。

++++++++++++

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あとがき↓
ひっそりこっそり運営している私の別ブログで、高校生の宿題についてお答えしてくださった方々に、今更ながらお礼申し上げます。
ありがとうございました!

ずいぶん前に教えていただいたのに、宿題エピが出てくるまで、どんだけ時間かかったんだ(^^;

のらりくらりとゆっくり進む物語ですが、ラストは畳みかけるように収束していきます(たぶん)。
ネット小説は掴みがかんじんだというのに……(--;
すいません、ラストでがんがん来る構成の物語が大好きなのです(笑)

最後まで辛抱強く読んでいただけたら幸いです。




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【2009/02/09 03:37】 | 神様がくれた(恋愛)
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第14話 恋人。

++++++++++++ 

 朝の陽光が畳にたまった砂をきらめかせる。
 片手を目の上にかざし空を見上げると、白い光線が顔を熱くさせる。
 実由はまだ重たいまぶたが朝日を浴びて軽くなるのを感じ、大きく深呼吸した。海風の生臭い香りが肺を巡って、吐き出される。

 ガラス戸を開けている和斗は、今日も仏頂面だ。
 実由の発言にすぐに笑い出す彼だけれど、たいがいは同じ表情で、いまいち何を考えているのかわからない。

「和斗君」

 ガラス戸の向こうから、白いワンピースを着た女が声をかけてきた。
 リネンの優しい風合いをしたふんわりワンピースから伸びる手足はすらりと細く、まるでモデルのよう。肩にかかる髪はゆるくウェーブがかかり、清楚なお嬢様風だ。
 歳は実由よりもいくつか上に見えた。厚志と同じ大学生くらいだろう。

「あ、理香(りか)さん。お久しぶり」
「久しぶり」
「来るの、今日だったっけ?」
「そうだよ。忘れてたの?」

 理香と呼ばれたその女の後ろで、友達らしい二人が楽しそうにおしゃべりをしている。
 理香と同じく、モデルのようにきれいな子達で、実由は遠巻きに見つめることしか出来ない。

「兄貴、食堂の方だよ」
「そう。じゃあ、行ってみる。今日から三日間泊まるから、よろしくね」

 よろしくね、という言葉だけ大きくして、体を実由に向けてきた。どうやら和斗だけでなく、実由にもあいさつしてくれたらしい。

 びっくりして目を丸くする実由に向かって、大きな瞳を細めて笑いかけてくる。
 艶やかな薄い唇から零れ落ちる笑みは優しげで、実由は慌てて頭を小さく下げた。

「あとでまた来るね」

 細い手をひらひらと振って、理香は行ってしまった。
 和斗がすぐに仕事を再開させるから、実由は遠慮がちに声をかけた。

「今の人、誰?」
「兄貴の大学の同級生」
「へえ……きれいな人だね」

 まだ見える後姿を眺める。
 風で揺れるワンピースは、映画の中の登場人物のようで、違う世界の人みたいだ。

「兄貴の彼女だよ」
「え?」

 思わず聞き返す。一瞬にして思考回路が停止する。

「大学入ってからずっと付き合ってる」

「そ、そっかあ……」

 頭を思い切り殴られたような衝撃だった。
 厚志は『彼女』がいるそぶりなんて全然見せなかった。
 携帯電話をいじってる姿も見たことがなかったし、彼女の話をしたことも一切無かった。
 だから、実由は勝手に決め付けていたのだ。厚志にはそういう特定の人がいないと。

 昨日の花火大会の日、握った手の平を思い出す。
 自分の手を見つめて、小さくため息をもらす。

 優しさは残酷だ。
 もしかしたら、と期待してしまう。

「いるよね、恋人くらい」

 あれだけかっこよくて優しいんだもん、とつぶやいたけど、和斗は何も答えてくれなかった。



 ***


 朝早くに来た理香たちは、食堂で厚志と挨拶を交わし、また海の家に戻ってきた。
 水着に着替え、日焼け止めクリームを塗りあっている。

 楽しそうな女の子たちの笑い声を聞きながら、実由はぞうきんを握りしめていた。
 耳を塞いでしまいたい衝動を抑えながら、テーブルをふき続ける。
 唇を噛むたび、何かが零れ落ちそうになって、手に力が入ってしまう。

 少しして、厚志が海の家にやって来た。水着を着て現れた厚志は、実由の頭をポンと叩いて笑いかけてくる。

「今日は休みもらったんだ。みゅーちゃん、ごめんね。今日は頑張って」
「……うん」

 不機嫌気味に返事をする実由に向かって、厚志は首をかしげる。
 何か言いたそうに口を開いたが、厚志の名を呼ぶ理香の声で、厚志はパッと顔をそちらに向けてしまった。

 理香の方へと歩を進める厚志の背中が、とても遠くに感じる。
 日に焼けた腕に絡みつく理香の姿を、直視することが出来ない。
 幸せそうに笑う理香と、理香の背中にそっと触れる厚志の手が二人の親密さを表していて、実由はただ苦しくなる胸を押さえるしかなかった。

「おい」

 肩を掴まれて、はっとする。

「具合でも悪いのか」

 和斗の顔が間近に迫り、鋭い目をいっそう鋭くさせて実由を見つめる。

「だ、大丈夫だよ!」

 慌てて、実由は体をひねらせた。そのままテーブルを拭く作業を再開させる。

「だめだったら、すぐに言えよ」
「大丈夫だってば」

 和斗の顔は見ない。泣きそうになっているのがばれてしまう気がした。

「見てるのが嫌なら、食堂の方を手伝えばいい」

 声音は低く、冷たい。けれど、芯に沁みる温かみを帯びる。

「食堂に行きたくなったら言えよ」

 振り返った時には、和斗はもうそこにはいなくなっていた。台所の方に行って、何かをがちゃがちゃといじっている。

 厚志への感情を、和斗に気付かれていた。
 実由は、彼が思った以上に人を見ていることに、ただ驚いていた。


++++++++++++

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あとがき↓
拍手ありがとうございます!
励みになっています(^^)



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【2009/02/10 02:31】 | 神様がくれた(恋愛)
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第15話 好き、だから。

++++++++++++ 

 ふと横を見ると、厚志と里佳の姿が目に入る。
 実由はそれが嫌で、たいして忙しくもないのに、忙しそうに振る舞う。
 意味もなく何度もテーブルを拭いて、食事をしている客に水を提供したり、浮輪や水着を売っている棚をきれいに整えたり。
 気を紛らわせようとすればするほど、変な焦りが生まれて、脇の下に汗をびっしょりとかいていた。

 海の家から数メートル行った浜辺で、厚志と里佳がビニールシートを敷いて寝転がっている。
 理香は体を厚志のほうに向けて、厚志の髪の毛をつんつんと触って遊んでいた。
 厚志は寝入っているのか、何の反応も示さない。

 サーモンピンクに花柄の入った水着は、理香のすらりとした体型によく似合っている。
 線は細くても筋肉質な厚志とはお似合いで、実由は汗の沁みたTシャツを握りしめていた。
 厚志と自分が並んでも、兄と妹みたいで、あんな風に『お似合い』ではない。
 胸は無いわけではないし太っているわけではないけれど、おなかがポッコリと出た幼児体型の実由にとって、理香は羨望の対象になったのと同時に、嫉妬の対象にもなってしまった。

 体型のことだけじゃない。理香はパッと見で『いい女』だ。
 きれいな二重まぶたに大きな瞳。鼻筋も通っていて、唇の形も薄くはあるがきれいだ。
 対して実由は二重は二重でもたいして大きくない目だし、鼻は低めだし口だって小さい。友達は「実由は美人じゃないけど、かわいい顔してるよ」なんて言ってくれるけど、女の「かわいい」は当てにはならない。
 自分自身があんまり自分の顔の造形を気に入っていないのに、「かわいい」なんて思えるわけがない。

「馬鹿みたい……」

 額にうっすらと浮かぶ汗を、タオルで拭う。

 理香を見ていると、自分を卑下してしまう。それが嫌でたまらない。
 実由はわかっていた。
 厚志へと向かう感情があるからこそ、自分と理香を比べてしまう。
 花火大会の日、実由は厚志のことを好きになってしまうかもしれないと思った。

 違ったのだ。

 もう、好きになっていた。



 ***

 夕飯の時間も、厚志は理香と一緒に食堂にいた。
 理香と理香の友達二人と大きな口を開けて笑う厚志に、隔たりを感じてしまう。

 実由は高校生で、厚志は大学生で。
 まだまだ子供で縛られた世界にいる実由。
 一方の厚志は、学生生活を謳歌し自由な世界で友人に囲まれ笑う。
 それはとてもじゃないけど乗り越えられないくらい大きな壁に思えた。

「出かけてくる……」

 高山家にいるのが居たたまれなくて、実由は携帯電話と財布を手に取った。
 「気をつけてね」と玄関まで見送ってくれる里美に頭を下げて、歩き出す。
 とぼとぼとひきずるように歩くたび、足はどんどん重たくなっていく。

「うー」

 涙が頬の下のほうからせり上がってくる気がした。唇をへの字にゆがめて、必死にこらえる。

 無性に寂しくなる。空しくなる。
 誰かに、そばにいてほしくなる。
 早く、早く、と心が急かす。

 ジーに会いたかった。隣にジーがいれば、この苦しさを忘れられると思った。

 海岸沿いを走る道路を早歩きで進み、水族館の近くで太郎を見つけた。
 また道路の真ん中で、実由に向かってしっぽを振っている。
 それがうれしくてたまらない。

「太郎! 危ないよー!」

 太郎に向かって走る。
 太郎は太い足をちょこちょこと動かして、走り出した。追いかけっこでもしてると勘違いしたんだろう。
 時折、足を止めるとぱっと振り返ってきて、舌を出して首をかしげる。
 実由がついて来ているか、確認しているのかもしれない。

「太郎、止まりなさーい!」

 実由が叫んだら、太郎は「知らん!」とでも言いたそうな顔をして、だっと走り出してしまった。実由も慌てて走る。
 水族館の影に入っていく太郎を見て、実由はジーが今日もいることを確信する。
 生垣をかきわけ、ジーがいつもいる裏庭に足を踏み入れる。
 ジーはいつもどおり、煙草をふかしてダンボールに座っていた。

「ジー」
「おう」

 太郎はすでにジーの隣にいて、ぜえぜえと荒い息を吐き出す。
 実由も太郎と同じように肩で呼吸を繰り返す。走ったから、息が上がってしまった。

「太郎って、足はやい」
「犬だからな」
「そうだけどさあ」

 どうも太郎におちょくられた気がする。
 太郎のごわごわの毛を両手で撫で回しながら、実由は口を尖らせた。

「ジーはさ」

 ジーの目は白い月に注がれる。
 ジーが女の人だったら、かぐや姫のよう。
 毎日毎日月を眺めて、物思いにふけっている。
 月に帰りたがっているかのように。

「嫉妬したり、自分は負けてるー! って思ったこと、ある?」
「あるに決まってるだろ」
「どういう時?」
「好いた女が、他の男といる時だな」

 煙草を銜えながら言うから、なんて言っているか聞き取りづらかったけれど、ジーは片眉をピクリと動かしてちょっと恥ずかしそうにそう言った。

「好いた女ってえ?」

 つい、からかい口調になってしまったら、ジーは照れくさそうに実由の頭を小突いた。

「俺は恋愛結婚なんだよ」
「へえええ!」
「きれいな女だったからな。言い寄ってくる男も多かった」
「なんか、うらやましいなあ」

 幸せそうな夫婦像を想像して、実由は頬をゆるませる。
 ジーと結婚したら、幸せそうだなと、思ったのだ。

++++++++++++

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【2009/02/12 03:53】 | 神様がくれた(恋愛)
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第16話 真夏の夜。

++++++++++++ 

「ねえ、ジーの奥さんってどういう人?」
「ああ? まあ……気の強い女だよ」
「顔は? きれいって、芸能人に例えると誰?」
「芸能人? 俺はミューが知ってるような最近のやつ知らねえから、答えられん」

 耳の後ろをぼりぼりと掻いて、ジーは目を背ける。
 どうやら照れているらしい。
 ジーのそんな姿は初めてだから、実由はなんだかうれしくなって、ジーの腕にかじりつき、どんどん質問を繰り返す。

 出会いは? 好きになったのはなんで? どういうところが好き? 今は何歳? 結婚したのはいつ? プロポーズの言葉は? 尽きない質問の嵐に、ジーは珍しくたじたじだ。

「もうかんべんしてくれ」

 とうとう根を上げてしまった。
 実由は唇を尖らせて「聞きたいのにー!」とぶうたれる。
 ジーは質問から逃れるため、軽く伸びをしながら立ち上がってしまった。

「今度写真を見せてやるから。それでいいだろ」
「ほんと?!」

 ジーの提案に飛び上がるほど喜んだら、太郎がびっくりして吠えてきた。
 実由は慌てて、太郎に「ごめんごめん」と謝り、耳と耳の間をなでてやった。耳を後ろに伏せさせ、気持ち良さそうに鼻を鳴らしてくる。
 それがかわいいから、実由はもっとなでてやる。

「若い頃の写真だと、白黒写真しかねえが、いいだろ?」
「うん!」

 実由も立ち上がって、ジーの腕に抱きつく。ジーは実由の頭を三回優しくなでて、「そろそろ帰る時間だろ」と笑った。



 ***

 ジーと別れて、実由は来た道を戻っていた。
 今日も花火をやっている若者がどこかで雄たけびをあげている。
 ロケット花火が素っ頓狂な音をたて、闇の中で爆発する。

 白い月の下で、海は優しい音を奏でる。
 一定のリズムを刻むその音色に耳を澄ませた実由は、音の合間に、厚志の声を聞いた。

 気のせいかな、と思いながら、砂浜に視線を送る。
 三日月の下の砂浜は真っ黒に染まり、淀んだ波が白く瞬いていた。

 ちょうど浜辺に下りられる階段のすぐそばにいた実由は、声の出所が気になって、そろりそろりと階段を下りた。
 高山家が経営する海の家に行ける階段だ。
 もしかしたら海の家に厚志がいるのかもしれないと、そちらの方向に向かう。

「……か」

 耳を澄まさなければ聞こえないほどの声が、聞こえてくる。
 よくこんな小さな声に気付いたな、と実由は自分自身で感心してしまった。

「ん……」

 体がびくりと反応してしまった。
 甘いため息のような声は、理香のものだったからだ。

 夜は雨戸を閉じてすべて戸締まりをする海の家だが、今日は戸が一箇所だけ開いていて、取り付けられたカーテンがそよそよと揺れていた。
 その奥から、声は聞こえてきた。

 心臓は早鐘のように実由の胸を打つ。
 海の家の壁際からそっと中を覗き込んで、厚志の姿を見つけてしまった。
 厚志だけじゃない。そこには理香もいた。
 厚志と理香が向き合う形で座っていたのだ。

「理香」

 熱っぽい厚志の声は、荒い息に紛れる。
 理香は厚志の肩に両手を置いてしなだれかかり、苦しそうに息を吐いた。
 厚志の膝の上に跨るように座る理香の白い太ももを、厚志の手が滑っていく。
 理香の吐息が震え、「厚志、好き」とささやく。その言葉を受けて、厚志は理香の唇を捕らえた。

 絡みつく二人の影が、月明かりに照らし出され、白い肌の理香を浮き立たせる。
 理香の背中に伸びた厚志の手が理香の体を支えて、そのまま畳に倒れた。
 Tシャツがめくれ、白いふくらみが見え隠れする。二人はキスを交わし、強く抱き合った。

 逃げ出したいのに、実由の体は動かなかった。

 もし足音が聞かれてしまったら。月の光に、自分の影が映ってしまったら。二人に、存在を気付かれたら。

 足の裏から、奇妙な恐怖心が這い上がってくる。
 実由の体を硬直させ、楔を打ったかのように動けなくさせる。
 何度も何度も理香は吐息混じりに言う。「厚志、好き」と。

「俺も好きだよ」

 深い息を吐いた後、厚志はそう答えた。
 理香が幸せそうに小さく笑ったのが聞こえた。

 実由は崩れ落ちそうになり、壁に両手をついた。そのまま、よろけそうになりながらも歩き出す。

 ビーチサンダルの合間から砂が入ってきて、足がすべる。それでも、決して音は立ててはいけないと、足に力を入れて歩を進める。

 波の音が、耳の奥で反響する。
 目の前はぐにゃりと歪んで、真っ黒に見えた。

 厚志と理香は、恋人同士だ。そんなこと、わかっている。
 けれど、二人の姿をこんな形で見てしまうなんて、想像だにしていなかった。
 体中が震えて、心が揺れる。

 高山食堂の光を見つけて、走り出す。
 足がもつれ、思うとおりにスピードを出せない。夢の中で逃げている時のように、足が鉛のように重い。
 怖くて、苦しくて、悲しかった。

 濃厚な夏の空気が、実由の喉を締め付ける。

++++++++++++

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【2009/02/13 02:51】 | 神様がくれた(恋愛)
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第17話 同じ空気を持ってる。

++++++++++++ 

 布団に入っても、実由は眠ることが出来なかった。
 厚志と理香。恋人同士の二人。絶対に入り込めない、二人の関係。

 タオルケットの中で丸くうずくまり、ぎゅっと目をつぶる。
 まぶたの裏にあの光景がよみがえる。愛し合っていたのだ。あの場所で、あの二人は。

 目を開き、タオルケットに包まれた闇に目を這わせる。
 窓の外から聞こえてくる虫の声が遠くに感じる。

 神様、とつぶやく。

「どうして、こんなに寂しいの?」

 小さく吐かれた言葉は、布団の中でくぐもって消える。

 体はどんどん小さくなるのに、世界だけは膨張し続けるみたいな気持ち悪い感覚に襲われて、震えあがった。

 何度も何度もつぶやく。

 神様、神様と。

 何かをほしいと思っても、手に入らないことの方が多いことだってわかってる。
 喉から手が出るほど求めても、決してそれは自分のものにはならないって知っている。
 それでも、どうしても、求めずにはいられない。

 欲しかった。自分だけの何かが。
 この手に、溢れるほど無くたっていい。ほんの少し、一滴でいい。温めてくれるものが欲しい。
 喉の奥からこぼれる感情は涙に変わって落ちていく。

 恋の始まりに気付いた時、恋の終わりを知った。

 嗚咽は止まらず、心は乱れる。
 神様に八つ当たりをする。平等な幸せなんて訪れやしない。不公平な幸と不幸が、ただまき散らされるだけの現実を呪わしく思う。

 厚志が好き。

 小さく灯ったこの思いを、改めて実感する。
 だけど、遠かった。
 厚志がくれる優しさは、道に迷った子犬に向けられるものと一緒。小さな子供が泣いていたら、厚志は頭をなでて慰めてくれる。そういう人だ。
 自分が『特別』だったわけじゃない。
 わけ隔てなく与えられるものの、ひとかけらをもらっただけ。
 そんなちっぽけなものに、淡い期待を抱いてしまった自分が、間違っていたのだ。

 でも、やっぱり、厚志の優しさが愛おしかった。
 自分だけのものに、したかった。

 今更気付いた願望を、実由はただ噛みしめるしかなかった。
 手をのばしても届かないことを、もう知ってしまったのだから。

 風鈴がリン、と小さく鳴ったのを、涙でふやけた世界の中で聞いていた。




 ***

 次の日も、厚志は休みを取っていた。
 実由にとってラッキーだったのは、厚志と理香が二人で出かけてしまったことだった。
 二人の姿を見ずにすんで、ほっとする。

 理香の友達の二人は海の家に来ていて、二人でラーメンをすすっている。
 その内の一人が実由に向かって笑顔を向けて「水のおかわり、もらっていい?」と声をかけてきた。
 水の入ったポットを持って、二人のそばに行くと、二人はコップを実由に差し出す。

「ええと、実由ちゃんだっけ?」
「はい」

 実由に声をかけてきた方の子が、気さくに笑いかけてきた。

「ごめんね。押しかけてさ」
「え? あ、いえ」

 なんと答えていいかわからず、声をどもらせる。
 厚志の知り合いであろうとお客様はお客様だ。押しかけてきた、なんて思ってもいない。

「厚志君が今年は海の家で働くっていうからさ、あの二人、せっかくの夏休みに二人で遊べないって嘆いてから。私らが計画しちゃったんだよね」
「仲……いいんですね」
「私たちと理香が? 理香と厚志君が?」
「両方とも」

 大きな口を開けて、彼女は笑う。愛嬌のある顔立ちが、実由の緊張を癒してくれる。

「仲良いよ。私たちも、理香と厚志君も。いいよね、あの二人。空気が合ってるじゃない?」

 くうき、と小さくつぶやいた。
 確かに温和な厚志と理香は、どことなく同じ空気感を持っている。
 人に警戒心を与えない笑顔とか、誰にでも向けられる優しそうな雰囲気とか、醸し出すものが同じなのだ。

 ずっと付き合っているから似たのか、似たもの同士だったから付き合ったのか、それはわからないけれど、お似合いなのは確かだ。

「ずっと一緒にいてほしいよね、ああいうカップルにはさ」

 複雑な思いを抱えながらも、実由はうなずいていた。厚志に恋心を抱いていなければ、実由だってそう思う。
 それくらい、あの二人はパッと見ただけで幸せそうだったのだ。

「みゅーちゃん、手伝ってー!」

 里美の呼び声が後ろから響く。実由は大きな声で返事をして、立ち上がる。
「ごめん、仕事中だったね」と手を掲げる理香の友人に頭を下げるとその場を離れた。

「おい」
 里美のところに行こうとした実由の腕を、和斗が掴んだ。

「大丈夫か」
「え?」
「顔色悪いぞ」
「大丈夫」

 大丈夫、もう一度、心の中で唱える。
 まだ始まりを迎えたばかりの恋心だ。傷は浅いと、言い聞かせる。

 むしろ、もっと好きになる前でよかったじゃない。もっと好きになってたら、もっと苦しかった。だから、全然、たいしたことじゃない。

 何度も何度も、自分にそう言い聞かせる。

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【2009/02/14 03:12】 | 神様がくれた(恋愛)
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第18話 優しい人。

++++++++++++ 

 厚志と理香の笑い声が聞こえてくる。
 水族館に行って来たらしい二人は、居間で里美を交えて談笑していた。

 実由は和斗の部屋で宿題を終わらせようと勉強に励む。
 もちろん、そんなのは建前で、本当は逃げ出しただけだ。

 二人の姿を見たくない。二人の声を聞きたくない。
 けれど、居間と和斗の部屋は近すぎて、どうしても声が聞こえてきてしまう。
 耳を塞いでしまいたい衝動に耐え、ぎゅっとシャーペンを握りしめる。力のこもった手で書いた字は、いつもより濃くはっきりと紙をすべる。

「これは、この公式を当てはめればいいんだ。そうすれば、Xの値が出るだろ」

 和斗の大きな手が、実由のノートをなぞる。

「和くんって、男のくせに毛が少ないね」
「は?」
「指がきれい」
「……勉強する気あんのか?」

 やる気はゼロに近い。
 居間から漏れて来る声が気になって気になって、集中なんて出来やしない。

「やる気ねえなら、自分の部屋戻れ」
「嫌」
「あのなあ……」

 一人になるなんて、よけいに辛いだけ。こんな時は誰かにそばにいて欲しい。それがただの甘えだと、わかっている。
 でも、辛い気持ちになるのも切ない気持ちに浸るのも、今の実由には出来なかった。

「ねえ」

 教える気が失せてしまったのか、和斗は自分の教科書を広げて問題を解き始めている。
 クルクルと動くシャーペンを目で追っていたら、無性に邪魔したくなって、和斗のシャーペンのノック部分を指で押さえた。

「セックスって、気持ちいいの?」
「は!?」

 実由の突拍子もない発言に、和斗はシャーペンの芯をバキリと折ってしまった。目を丸めて、実由に見入っている。

「だって、皆、するじゃない」
「まあ、そりゃあ……」
「気持ちいいからするのかな。好きだからするのかな」
「知るかよ、そんなの」

 和斗の頬がほんのりと赤く染まる。
 表情の乏しい和斗だけれど、照れてしまっているのが一目瞭然だった。

「和くんは、どういう時にするの」
「そういうこと聞くか? 普通」
「だって」

 目に焼きついてはなれない、厚志と理香の姿。
 二人がお互いを好きなのなんてわかっていても、どうしても頭がそれを理解したがらない。
 この際、諦める理由が欲しかった。
 堅固な愛がそこにあって、自分には壊せないと、はっきりと示してほしかった。

「お互い、好きだからするんだろうが」
「男の人は、好きじゃなくてもするっていうじゃん」

 この恋が実らないと理解したいのに、それでも心は否定する。
 割り込める隙があるんじゃないか、壊せないものなんてないんじゃないかと、黒い言葉が繰り返される。
 矛盾し、惑う、この気持ちが、実由には抱えきれない。

「知るか」

 短い髪をがしがしと掻いて、和斗はシャーペンを掴んだ。そのまま教科書に視線を落とし、勉強を開始してしまう。

「どうして、セックスするの」

 涙が喉を熱くする。

「好きだから?」

 和斗の手が止まり、目だけを動かして実由を見る。

「好きになるって、苦しい」

 震える声が、胸の中の一番繊細なところをぎゅっと締めつける。

「一人でいるほうが、絶対、楽だよ」

 手を繋ぐ小さな手が、脳裏によぎる。
 実由が求めるもの。実由がほしくてたまらないもの。
 この海にまでたどり着いた、あの日の自分が心から離れてくれない。

「でも、一人になりたくないから、ここにいるんだろ」

 頭上から聞こえる和斗の声は、優しかった。

「好きになったんなら、しょうがねえよ」

 膝の上で握られた手を、じっと睨む。こらえきれない涙がぼとぼとと落ちていく。

「理由を探すなよ」
「理由……」

 言葉足らずの和斗が、何を言いたいのか、実由にはよくわからなかった。
 でも、いつもの尖った口調じゃない和斗の言葉は、じんわりと沁みていく。

「私、どうすればいいんだろう……」

 どこに向かえばいいのだろう。
 この思いはいつか消化する日が来るのだろうか。
 苦しさや切なさがいつか還る場所は、この心のどこかに用意されているのだろうか。

「自分が思うとおりにすりゃ、いいだろ」
「そんなのわかんないよ」
「答えなんて、いつか出るんじゃねえの」

 ぶっきらぼうにそう言い放って、和斗は机の上に置かれたポケットティッシュを実由に向かって放り投げた。
 手の平の上で何回か跳ねるティッシュをワタワタしながらもなんとかキャッチする。

「誰にも言わねえから」
「……うん。ありがとう」

 和斗の横顔を眺める。
 実由の視線に気付かないふりをして、和斗は教科書の黒い字を目で追い続ける。

 優しい人、と実由は思う。
 厚志も和斗も優しい。
 この家には、温もりがあふれてる。だから、実由はすぐに心を許せた。

 離れたくないと思った。この家から。厚志から。和斗から。

++++++++++++

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【2009/02/15 03:13】 | 神様がくれた(恋愛)
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南里 園乃
こういう文章はほんとにすきです。
最近、すてきな小説にたくさん出会えていて、すごくうれしいです。更新楽しみにしています(*^_^*)


きよこ
>南里 園乃さま

コメントありがとうございます!
好きだと言っていただけて、嬉しいです。
いい作品に出会えると、刺激を与えられますよね。
南里さまが、もっとたくさんの素敵な作品に出会えるように願っています(^^)

完結までほぼ毎日更新いたしますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

ご感想、ありがとうございました。
励みになりました!


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第19話 厚志は、私の。

++++++++++++ 

 人の喧騒は、海の家に活気をもたらす。
 夏の日差しは容赦なく降り注ぎ、涼を求めた海水浴客は次々に海の中に飛び込んでいく。

 実由はラムネの瓶を子供に渡したあと、辺りを見渡した。
 今日も厚志は休みを取って理香たちと過ごしている。
 海の家から少し歩いた砂浜にパラソルをたて、理香の友達も交えて四人で棒倒しをして遊んでいた。

 今日は波が高い。白く泡立つ波間の中に人の頭がいくつも見え隠れする。
 波の揺れにあわせて上下する頭の数を数えて、途中でどこまで数えたかわからなくなってしまった。せっかく数えたのに、なんだかくやしくて大きくため息をついた。

 汗ばんだTシャツの衿をつかみ、パタパタと揺らして風を体に当てる。動いていなくても噴き出す汗が、不快感をよりいっそう強める。

「実由ちゃん」

 ふいに声をかけられ、実由は声をうわずらせて返事をした。
 ビキニの上からパーカーを羽織った理香が、先っぽだけぬれた髪の毛をなでながら近付いてくる。

「私にもラムネちょうだい」
「あ、はい」

 冷蔵庫の中からラムネを取り出し渡すと、理香はにっこりと笑って「これ、小さいころから好きなの」と言いながら座敷に座る。

「このビー玉が欲しくてさ」

 蓋代わりのビー玉を指差す。

「集めて、宝箱に入れてた」

 実由に笑いかけてくる大きな瞳は愛らしくて、女の実由でも視線を送られるだけでドキドキしてしまう。
 二人きりになってしまったことが、実由はきまずくてしかたない。
 話題が無いか探して、厚志のことしかないと気付く。聞きたくもないけれど、微妙な空気に耐え切れず、実由は質問してしまった。

「あっくんとは……あ、厚志さんとは、付き合ってどのくらいなんですか?」
「あっくんって呼んでいいのに」

 開けられたラムネからしゅわしゅわと泡が溢れる。
 それを楽しそうに見つめる理香は無邪気でかわいい。

「厚志とは一年の夏からだから、もうすぐ一年」
「長い、ですね」
「そうかな。私、前の彼氏は三年付き合ってるから、あんまり長くは感じない」

 こくりとラムネを飲み込んで、理香はあいまいな笑顔を実由に向けた。

「厚志、優しい?」
「はい、すごく」
「やっぱりね……」

 短く息を吐き、砂浜で寝転がる厚志を見る。
 寝ている厚志に理香の友達が砂をかけるから、厚志は体を起こして何か言っている。

「あいつ、優しすぎるよね。女の子なら、誰でも期待しちゃう」

 実由自身がそうだから、何も答えられない。押し黙り、理香の視線の先を一緒に見つめる。

「実由ちゃんも、期待しちゃうようなこと、あった?」

 女の第六感なのか、実由の心の内を見透かすような言葉。
 実由はごくりと唾を飲み込んで、自分の足で自分の足を踏んづける。

「すごく嫌なの。他の女の子としゃべってるあいつを見るの。あいつの優しさに皆騙されて、あいつを好きになっちゃうんじゃないかって、怖いのよ。誰かに取られちゃう気がして、疑心暗鬼になって……疲れる」

 一瞬見せた理香の鋭い目は、厚志と仲良くしゃべっている友達に注がれる。

「そういう風に、人を疑う……自分の友達も疑う私自身が、一番嫌い」

 何も答えられず、実由はうつむく。
 厚志を好きになってしまった罪悪感と、こんな綺麗な人でも自分を嫌いになったりするんだと、妙な親近感沸いて、理香に対しどう接すればいいのかわからない。

「ごめんね、変な話して」
「そんなこと、ないです」
「ちょっと牽制してるの、わかる?」

 テーブルに肘をついて含み笑う理香が、実由には少し怖い。

「牽制?」
「厚志に惚れないでね。私の、だから」

 何か言おうとして息を飲んで、でも声は出なかった。
 理香は感付いていたのかもしれない。実由の気持ちに。

「ごちそうさま!」

 いつの間にかラムネを飲み終わっていたのか、空になったビンをつまんで持って振ってみせる。
 中に入っているビー玉がカラカラと音を立てた。


 ***

 午後三時。
 理香は友人たちと車に乗って、帰っていった。
 帰る二時間前、厚志と理香はまたどこかへ行ってしまったから、二人だけで別れの挨拶をしていたのかもしれない。

 去っていく車を見送りながら、実由はほっと安心する。
 もう、仲の良い二人の姿を見なくてすむ。また以前の安らげる時間が戻ってくる。

 そう思うけれど、前のような気持ちのままではいられないこともわかっている。
 厚志が好きだと自覚してしまった。
 でも、厚志は理香のもの。

 隣にたつ厚志の肩をそっと見つめる。
 小麦色の肌が白いシャツとコントラストになって、やけにまぶしく感じる。

 気持ちなんて、すぐに移り変わる。
 ずっとただひとりを好きなんて、ありえない。奪おうと思えば、奪えてしまう。

 理香はもういないのだから、惚れていようがいまいが、理香にはわからないこと。どんな風にだって行動できるんだと、実由の中の悪魔が甘い誘惑をささやきかける。

「みゅーちゃん、アイスおごってやるよ」
「え?」
「俺が三日も休んだから、仕事大変だっただろ? お詫び」
「ほんと!?」

 甘えた声色が勝手に出てくるのは、女の本能なのかもしれない。

「何味がいい?」
「ソーダ!」

 奪い取るような真似をしようとしていいのか、迷いが胸をよぎる。
 でも好きなんだもん、と言い聞かせて、そんな自分を嫌悪する。

 どう行動することが、正しいのか。
 自分を優先にすべきなのか、他人を優先にすべきなのか。
 わからなくなって、手をぎゅっと握りしめた。

 でも。
 厚志が好きだと、自覚だけが強くなる。

++++++++++++

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あとがき↓
18話にコメントありがとうございます!
お返事はコメント欄にてさせていただきました。

拍手もありがとうございます。
すっごく嬉しいです。



理香の言動、どうでしょうか?
こうやって笑顔で牽制してくる女の子っていると思うのですが。
女って怖いなーって思います(笑)


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【2009/02/16 02:28】 | 神様がくれた(恋愛)
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第20話 偶然がくれたもの。

++++++++++++ 

 ビーチサンダルがぺたりぺたりと足の裏を叩く。
 波の音を右耳で聞きながら実由はジーのところに向かってた。

 昨日は、行かなかった。
 厚志と理香のことがショックで、部屋から動けなかったのだ。
 厚志の笑顔を思い浮かべると、理香の姿も浮かんできてしまう。それが、つらい。

 右に視線を動かすと、水平線が月に照らされていた。
 月の光が白い筋を一線伸ばし、黒い海にたゆたう。
 波で揺れるたび、潮騒の音が重なって、あの光景がよぎる。

 もう一生忘れられないんじゃないか。思い出すたびに、胸が苦しくなって泣きたくなるんじゃないか。そう思えてならない。

 底の見えない井戸を覗き込んだようで、見えない未来が不安になる。

 こんな風な恋をあと何回繰り返せば、本当の幸せにたどり着くのか……遠く長い道のりのような気がしてめまいがする。

 何度も頭をかきむしりながら、ようやく水族館にたどり着いた。
 ジーのいる裏庭に一直線で進む。

「ジー」

 壁から頭だけ出してジーの背中を見つける。
 ジーはいつもと同じく、ダンボールに座って、ぼんやりと月を眺めていた。

「ジー、こんばんは」

 実由に気付いた太郎がしっぽを振って、実由に飛びついた。
 実由の腰をつかんだ太郎の前足を手にとって、クイクイと上下に動かしてやる。太郎は心底嫌そうに顔をゆがめて、前足をばたつかせた。

「おう」

 煙草をくわえたまま、ジーはちらりと実由を見ただけで、また空と海に目を戻す。

「ジー、写真は?」
「ああ、言うと思ってたよ」

 麻素材のシャツの胸ポケットから、白黒写真を出してくる。
 日に焼け、うっすらとセピア色に染まった写真には、すらりとした背格好の青年と着物姿の女が写っていた。

「これ、ジー?」

 軍服に身を包んだ青年は女が座る椅子に片手をかけ、まっすぐな視線をカメラに向けている。

「まあな」
「かっこいい!」
「まあな」

 当たり前だろ、と言いたげに笑って、煙草の煙をふーと吐き出す。

「じゃあ、これが奥さん?」

 着物姿の女を指差す。
 背筋の伸びた細い体つきに大判の花柄の着物がよく似合っていた。
 すっとした目は凛としていて、美人という言葉よりも「かっこいい」という言葉が先に出てきそうなほど、強い目をしている。宝塚の男役のようなオーラだと、実由は思った。

「怖そうな女だろ」
「んー、うん」

 ついうなずいてしまった。確かに、ちょっと怖い。

「なんか、生徒会長とかやってそう」

 実由の発言に、ジーは顔を上に向けて大きく笑った。
 静かな空に、ジーの笑い声が木霊する。

「実際、怖い女だったんだぞ。俺は尻に敷かれてた」
「想像つかない」

 軍服を身にまとい、口を真一文字に閉め、じっとカメラを見据える姿は、実由が思っていたよりもずっとかっこよかった。

 幼さの残る黒目がちな瞳をしているのに、実直な雰囲気が醸し出される。
 まっすぐな眉毛は意志の強さを物語り、鍛えられた体をしているのが服ごしにもわかる。

「惚れてたんだ。この女に」

 写真を大切そうに一度なでて、ジーはまた空を見上げる。

「今も、惚れてるの?」
「ああ」

 それは、自然な、普段と変わらないトーンの軽い返事だった。
 だからこそ、実由は驚いてしまった。

 結婚したのがいつなのかわからないけれど、何十年と連れ添った人を未だに『惚れてる』と言えることが。
 そんなに続く『愛』があることが。

「どうして?」
「何がだ?」
「気持ちなんて、そのうち冷めるじゃない。どうして、惚れてるって言えるの」
「もういないからな」
「え?」

 煙草の火が、一瞬メラメラと音を立てた。煙が海風に揺られて、右に流れていく。

「失って気付くことの方が多いんだよ、ミュー」

 手に持っていた写真を見る。わずかに微笑む女の口元は「幸せだ」と主張している。
 意識もしていないのに、「ああ」と感嘆の声が漏れた。
 大切にされている。この写真の女の人は、大切にされていたのだ。だから、こんなにも綺麗なのだ。

「名前は、なんていうの?」
「ん? そうだな。俺がジーだから、バーか?」
「もう! ほんとの名前、教えてよ!」

 思いっきりジーの二の腕を叩いてやったら、ジーはわざと肩を押さえてうめき声をあげた。

「ミウ」
「ええ?」
「お前さんはミューだから、似てるだろ?」
「すごい、偶然。神様のいたずらだね」

 名前が似てるだけなのに、なぜだか嬉しくてしかたない。にたつく顔を写真で隠しながら、ジーを見上げる。
 ジーはフッと鼻で笑って、煙草を銜えなおす。

「本名は知らんが。ミューと似たような発音なんだろう? いい名前だ。親に感謝すべきだな」
「うん。そうだね」

 はじめて、自分の名前が『実由』でよかったと思った。こそばゆい気持ちを噛みしめながら、もう一度写真を見つめる。
 幸せそうな二人の写真から、力をわけてもらえた気がした。

++++++++++++

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【2009/02/17 02:51】 | 神様がくれた(恋愛)
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第21話 想いは溶けて。

++++++++++++

 幸せになるために人は生きていると、どこかで聞いたことがあった。
 けれど、幸せになるということが、どういうことなのか、実由にはわからない。

 自分が幸せになるために、誰かを不幸にすることもある。
 そうして掴んだ幸せを、はたして幸せと呼べるのだろうか。
 誰かの不幸の上に成り立つ幸福を、幸せと呼んでいいのだろうか。

 ジーと、ジーの奥さん。二人の写真を思い出しながら、実由は海の家の外で空を眺めていた。
 昼の太陽の光に隠れて、白い月がぼんやりと浮いている。
 水平線の向こうに、白い雲がミシュランのマークみたいな形になって、もくもくと膨れ上がる。
 夕立を予感させる、大きな入道雲だ。

 ジーとジーの奥さんみたいになりたい。
 誰かの隣で、幸せそうに微笑んでいたい。

 願望を反芻しては、カキ氷を作る厚志の背中を横目で見る。白いTシャツにうっすらと汗がにじんでいた。

 できれば、厚志と。
 厚志の隣に立ちたい。
 こらえきれない気持ちを胸の中に押し戻す。

 厚志には理香がいる。実由が幸せになるということは、理香を不幸にするということだ。

「でも……」

――私の、だから。

 理香の言葉を思い出すたび、イガイガしたものが喉をつつく。
 宣戦布告されたのだ。実由を敵視しているからこその言葉だ。
 実由を『敵』と認識して、理香はわざとああ言ったのだ。
 そう思うと、なんだかむかついてきて、実由は何度も唇を噛む。

 理香と親しい友達なわけじゃない。理香に対して負い目を感じる必要なんて、どこにもない。だったら、なにを遠慮する必要があるんだろう。
 実由の心の悪魔は、甘い甘い誘惑の言葉を吐き続ける。

「おい」

 呼びかけられて、我に返る。
 和斗がいつもの不機嫌顔で、「ぼっとしてないで手伝え」とあごをしゃくった。

「ねえ、和くん」
「なんだよ」
「和くんは、カノジョいないの」
「あ?」
「いないの?」

 眉をひそめ、和斗はうんざりとした顔でぼそりとつぶやいた。

「いねえよ」
「なんで?」
「なんでって、なんだよ」
「なんだよって、なんだよ」

 意味不明の問答を繰り返しながら、海の家に戻る。
 影に入れば、日差しが和らいで、すっと体が冷える。
 昼を過ぎた時間。海の家にいる客は大体昼寝をしているか涼んでいるかのどっちかで、閑散としている。
 里美は休憩ついでに食堂に戻ってしまって、仕事をしているのは厚志と和斗だけだったようだ。

「ねえ、なんで」
「しつけえなあ! 半年前に別れたから、いねえの!」

 半切れで答えて、和斗はずかずかと店の奥に入っていってしまった。
 二人の声に驚いた厚志がカキ氷の機械から手を離し、目を丸くして和斗の背中を眺める。

「なに、どうしたの?」
「カノジョいないか聞いたら、怒っちゃった」
「ああ、あいつ、照れ屋だからね。恋愛の話なんかしたがらないし」

 けずられた氷の山に、イチゴシロップをかけると、氷の粒があっという間に溶けて山が小さくなる。さらに氷をけずって山を戻し、三角形に整えて、シロップをまたかけた。

「食べる?」
「お客様のじゃないの?」
「さぼり。アンド、ただ食い」

 厚志はニッと歯を見せて笑い、台所の陰に座り込み、こっそりカキ氷を口に含む。

「みゅーちゃんも、今のうち」

 誘われて、実由もスプーンを手に取り、厚志の隣に座る。
 膝小僧を抱えた体勢のまま、カキ氷をすくい取る。口に含んだ途端、冷たい感触が口中に広がって、鳥肌がたった。

「和くん、女の子にモテそうなのに」
「和は無愛想だからなあ」
「あっくんは優しいから、モテるでしょ」
「そんなにモテねえよ」

 同じものを食べながら、ひそひそと交わす会話が心地いい。秘密の関係になれたみたいで、心が躍る。

「モテるよ、絶対。気付いてないだけだよ」
「そうかあ?」

 甘いシロップを含んだ氷を食べるたび、キンキンと頭で響く。それは実由の心にまで響いて、音を立てる。
 麻痺していく。口の中がしびれて、刺激が言葉を誘う。

「だって」

 言葉を切って、スプーンをぺろりと舐める。

「私、あっくんの優しいところ、好きだもん」
「お、どうも」

 実由の率直な言葉に、厚志は照れくさそうに笑った。

「理香さんが心配してたよ。『厚志は優しすぎるから、女の子を勘違いさせる』って」
「ほんとに? 理香のやつ、何言ってんだか……」
「勘違いしてもいい?」

 そっと厚志の顔を伺う。
 ぽかりと口を開け、実由を見下ろす厚志の顔には、困惑の色がありありと見て取れた。

「私、あっくんが好き」

 押さえ切れなかった。
 言わなければいけないと、実由の中で誰かが大声で叫んでいた。
 チャンスを逃したくなかった。

「好きなの」

 カキ氷が溶けて、床に滴が落ちる。それはまるで涙のようだった。

++++++++++++

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あとがき↓
昨日、更新するつもりが寝てしまいました・・・
失礼しました。

いつも拍手ありがとうございます。

折り返し地点通過した……はずです(笑)
アルファポリスの大賞期間中には終わらないことが確定しています(^^;
28日には無理でも、出来れば3月1日に完結させたかったんですが……
でも、3月初旬には完結しますので、あと少しお付き合いしてくださると嬉しいです。

ついでに感想を聞かせていただけると、さらに嬉しいです!


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【2009/02/19 01:19】 | 神様がくれた(恋愛)
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第22話 後悔を繰り返して。

++++++++++++

 カキ氷の器を持った厚志の手にきゅっと力がこもったのがわかった。
 実由をじっと見下ろして、小さく息を吸い込む。

「好きになったら、だめ?」

 実由は目をそらさない。
 ここで引いてしまったら、もうこの恋愛は終わりだ。それをわかっているから、絶対に引かない。

「みゅーちゃん、冗談だろ?」

 厚志の口元から、ぎこちない笑みがこぼれる。
 冗談だと思いたいだけで、本当は実由が冗談でこんなことを言っていないってわかっている顔だった。

「私が、あっくんのこと好きになったら、迷惑?」
「俺には……」
「理香さんがいたって、関係ないもん」

 実由のセリフとかぶって、店の外から大声が聞こえてきた。
 それを好機にと、厚志はさっと立ち上がってしまった。

「あっくん」
「みゅーちゃん、ごめん」

 それだけ言って、厚志は台所から出て行ってしまった。
 どうやら声の主は客だったようで、厚志の丁寧な応対の声が聞こえてきた。

 実由はため息をついて立ち上がり、カキ氷を一口食べる。

 まだ、終わりじゃない。
 勝負はこれからだ。


 ***

「ジー、こんばんは」

 今日もジーはいつもの場所にいた。
 太郎はどこかに行ってしまったのか、ジーのそばにいない。
 ぷかりぷかりと空にむかって飛んでいく丸いわっかを眺めながら、実由はジーの隣に座った。

「ジーはさ、略奪愛ってどう思う?」
「なんだ、強奪でもしてきたのか?」
「略奪って言ってるじゃん」
「同じようなもんだろ」

 奪い取る、という意味では結局、略奪も強奪も変わりは無い。
 頬をふくらませて「そうだけどさ」と小さくつぶやくと、ジーは鼻から煙を吐き出して笑う。

「好きな人が出来たの……」
「いいことじゃねえか」
「でも、カノジョがいた」
「そうか」

 膝小僧の間に顔をうずめて、そっと目を閉じる。
 さざなみの音だけが鼓膜に響いて、波に揺られている感覚に陥る。

「奪っちゃおう、って思ってる」
「そうか」
「でも、そんなの、最低だよね」
「まあな」

 目を閉じているから、ジーがどんな表情をしているかなんてわからない。
 軽蔑しているだろうか。飽きれているだろうか。怖くて、目を開けることが出来ない。

「好きなんだもん……」
「そりゃ仕方ない」

 あっさりとしたジーの返答に、実由は戸惑う。
 顔をあげてジーの顔を見てしまおうか。
 そう思うのに、決意は出来ずに、ぐいぐいと膝に額を押し当てる。

「誰かの幸せを蹴っ飛ばして、自分が幸せになろうとする人って、最低だよね」
「まあ、そうだな」
「私、そういうことをしようとしてるんだよ」
「したけりゃすればいい」

 嘲笑も軽蔑も、その言葉には含まれていなかった。
 どんな感情がこもっているかもわからない、ジーの言葉。

 実由はやっと顔をあげて、ジーを見る。
 ジーはいつもと同じ表情で、煙草をふかしていた。

「思うとおりに生きればいい」

 長く煙を吐いて、ジーは実由に笑顔を向けてくる。
 深く刻まれたしわが口元で八の字を描いて、目尻をしわくちゃにする。

「後悔をたくさん繰り返して大人になれ、ミュー」

 肯定も否定もしない。
 ジーはただ、優しい眼差しを実由に向けるだけ。

「ジー……」

 ジーが大好き、実由は心の中で繰り返した。

 欲しい言葉とか言われたくない言葉とかたくさんあるのに、ジーはそのどちらも言わない。でも、心に深く染み渡る。

 人生の先輩がくれる言葉だから、素直に受け入れられるのかもしれない。実由の何倍もの時間を生きた人の言葉だから、納得できるのかもしれない。

 けれど、それだけじゃない。
 それだけだったら、こんなにもジーを愛しいと思えるわけない。

「ありがとう、ジー」

 ゆるやかな風が耳元をくすぐる。
 ジーが見つめる月を、実由も見上げる。

 ジーは何を思い、何を感じながら、あの月を眺めているのだろう。

 少しだけ欠けた月は、真っ白な光を放って、空にぽつんと咲き誇る。


 ***

 高山食堂に戻ると、実由はすぐに自分の部屋に入った。
 布団に体を投げ出して、開けっ放しにした窓に顔を向ける。
 夜風が火照った顔を冷やしてくれる。

 体を起こして、窓に寄りかかった。
 街灯の少ない田舎町の夜空は真っ黒で、闇の色に染まった木が、かさかさと音を立てる。
 時折、ジ、ジ、と虫の声が聞こえて、遠くから波の音が押し寄せてくる。

 散りばめられた星が瞬く。藍色の雲がゆるやかに空を流れていく。

――わかってる。別れるんだよね?
――うん。……別れよう。

 ふと、元彼との別れ際を思い出した。
 うつむき加減で、実由の顔も見ずに、独り言のようにささやかれた。
 何を言われたのかわかっていたけど、あまりに小さな声だったから、実由は「え?」と聞き返していた。

 何度、出会いと別れを繰り返すんだろう。
 今この胸にあるこの気持ちも、いつかは冷めて消えていくのだろうか。

 疑問が脳裏をかすめる。

 大好きだった。元彼のことも、大好きだった。
 なのに、気持ちはいつの間にか無くなって、うたかたの夢のように、儚く散った。

――俺は実由のことが好きだったけど。
――うん。
――今は違う。
――うん。わかってる。

 気持ちはいつか流されて、別の場所にたどり着く。
 どこに行くのかなんて、わからない。
 母が実由を「風船のよう」と言っていたけれど、恋愛のことだってそうなのかもしれない。

 ふわふわと浮いて、風に流されて、誰かの手にたどり着いても、また手を離されて。

 流されて、飛んでいく。

 あてもない空の中に、吸い込まれるように。

++++++++++++

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【2009/02/20 03:04】 | 神様がくれた(恋愛)
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第23話 浅はかだけど。

++++++++++++

 照りつける太陽は海をきらめかせる。

 容赦なく降り注ぐ熱線の中、汗まみれで眠る海水浴客の姿を眺めながら、実由はホルターネックの水着の紐をしっかりと結わえなおした。

 今日は休みをもらえた。だからといって特にやることも無いので、海に来ていた。
 海の家のそばにいれば、厚志や和斗や里美が相手をしてくれるから寂しくない。

 デッキチェアを広げて寝転がる。
 日焼け止めクリームをもう一度首筋につけながら、空を仰ぐ。
 青すぎる空と真っ白な雲。太陽光線は目にきつくて、視界がぼんやりと膜がかかったようにぼやける。

「フランクフルト、食べる? お嬢様」
「アメリカンドックじゃなきゃいやよ」
「あら、お嬢様。わがままねえ」

 里美のおふざけに付き合って、実由はわざと高飛車な物言いをする。
 里美は大げさに笑いながら、本当にアメリカンドックを持って来てくれた。

「くれるの!?」

 まさかもらえるとは思っていなかった実由は、ばっと飛び上がって起きる。デッキチェアがぐらりと揺れた。

「いつも頑張って働いてるから」
「うわあ。ありがとう!」

 発砲スチロールの皿にのったアメリカンドックにケチャップをかけ、かぶりつく。
 さくりとした皮の中はふんわりしていて、脂が口の中で広がる。
 奥にいるソーセージはまだ姿を見せない。

「ゆっくり休みなさいね」
「はーい」

 返事をしながら、海の家にいる厚志を見ると、目が合ってしまった。厚志はすぐに目をそらし、焼きそばを混ぜ合わせる。
 昨日の夕飯の時も、厚志は目を合わせてくれなかった。
 告白は早まったな、と思いつつも、きっとあのタイミングでしか言えなかったとも思う。

 オレンジ色の水着を指で直して、立ち上がる。
 昼前のこの時間なら、まだ話せる余裕がある。
 鉄板の前で汗をふきながら、器にやきそばを盛り付けている厚志に近付いて、笑いかける。

「あっくん」
「ん?」
「休憩時間、遊んで」
「みゅーちゃん」
「遊んで。お願い」


 ***

 浮輪に両腕をひっかけて、実由は波が立たない場所でぷかぷかと浮いていた。
 心地良い波のリズムに乗りながら、顔だけ太陽に照らされる。
 水の中に入った体は程よい水温の中で揺れている。
 ふと、誰かに見られている気がして波打ち際を見ると、厚志が軽く手を振ってくれているのを見つけた。

 昼過ぎの時間。海の家のピークタイムはひとまず終了して、休憩を回し始めたのだろう。
 実由は体を回転させて、水の中の足をばたつかせる。
 潮の流れが強くて、思うようには進まないけれど、何とか浜辺に辿りついた。浮輪を片手に抱えて厚志のいる場所まで歩く。

「上着、着てくる」

 海から出た途端、水に慣れた体は外気に晒され、全身が鳥肌に覆われる。
 震えながらパーカーをはおって、タオルでぬれた髪をぬぐい、厚志に向き直った。

「テトラポットのところに行きたい」
「ああ、うん」

 砂浜に寝転がる人たちの合間を縫うように進んで、防波堤がある方へ向かう。
 厚志と実由が花火大会の日に行った場所だ。
 花火大会の時と同じように、人目につかないその場所は、人っ子一人いない。
 波がテトラポットに当たって跳ね返り、白いあぶくが弾け飛ぶ。

 ビーチサンダルが脱げ落ちないように注意しながら、テトラポットによじ登って座ると、厚志も横に座ってくれた。

「みゅーちゃん、俺さ」
「うん」
「みゅーちゃんの気持ちは嬉しいんだ。でも、俺には理香がいて、理香が好きだ。だから、わかってほしい」
「うん」

 当然の結果なのはわかっていた。
 だから、さほどショックではない。
 けれど、体から空気がすべてぬけて、しぼんでいくような気がして、へにゃへにゃと崩れてしまいそうだった。

「でも、今までどおり、家族の一員みたいに仲良くしていきたいから」
「うん」
「俺はいつもどおりにする」
「うん」

 波の音が体を揺さぶる。震えだす体が、さざなみに呼応する。
 太陽の光に目を細めて、熱に浮かされる。
 じりじりと肌が焼けつく音がする。

「キス、してほしい」
「え?」
「私、あっくんへの気持ち、忘れたいから。最後にキスしてほしい」

 テトラポットに手をついて、うつむいた。太陽で熱せられた石から手の平に熱が伝わって、体中を覆いつくす。

 厚志がどんな行動に出るかなんて、わからない。
 これはいわば、賭けだった。
 大胆なことだって、言おうと思えば言えてしまう。必要な根性は無いくせに、とんでもないことをしでかす浅はかさは持ち合わせている。
 そんな自分を馬鹿だと思いつつも、そうすることしか、実由は知らなかった。

「あっくん」

 呼びかけたけれど、厚志を直視することは出来ない。

 厚志の手が、実由の二の腕にそっと触れた。

++++++++++++

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あとがき↓
またもや寝てしまって、更新できませんでした・・・
ストーブの前で寝ちゃって、足にかけてたブランケットが溶けて穴開いた(@@;
危険すぎる・・・



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【2009/02/22 01:15】 | 神様がくれた(恋愛)
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第24話 大人になりたい。

++++++++++++

 厚志に触れられた箇所がうずく。
 頬に太陽の熱が集中して当てられている気がする。
 心臓の音が指の先端にまで響いて、体が動かない。
 厚志の大きな手の温度は実由の体温よりも低くて、そこだけ熱を奪われたように感じる。
 うつむいたまま、目をつぶり、ゆっくりゆっくりと数を数える。
 そうすることで心を落ち着けようとしていた。あるいは、過ぎる時間を心に刻みつけようとしていたのかもしれない。

 海風が実由の前髪をなでる。風の中に混じった潮の香りに、体は少しずつ冷静さを取り戻していった。

「みゅーちゃん」

 厚志の小さな声に、実由は顔をあげた。厚志の顔がすぐ近くにある。
 二重まぶたのタレ目の奥に、実由の顔が映っていた。

 厚志は一瞬口を動かしただけで、動こうとしない。
 静寂の中に、波の音だけが木霊する。

「あ、」

 沈黙に耐え切れず、実由が言葉を発しようとしたそのとき、防波堤の上で黒い影が揺らいだのが見えた。

「兄貴」

 ひょこりと短い頭髪が動く。和斗がまぶしそうに目を細めながら、実由と厚志を見下ろしていた。

「母ちゃんが呼んでる」

 呼びかけられた厚志は実由の体から手を離し、声の方に体を向けて「わかった」と返事する。

「みゅーちゃん、こういうの、やめよう」

 テトラポットに足をかけ、少しかがんだ体勢で、厚志は実由の耳元でささやいた。
 和斗に聞こえないようにするためだろう。本当に小さな声だったから、実由は聞き逃しそうになって「え」とかすれた声を出すことしか出来なかった。

「じゃ、みゅーちゃん。俺、行くから」

 いつもの優しい笑みを浮かべて、厚志はひょいひょいと足を動かして、テトラポットの山から離れていった。
 実由はその後姿を見つめながら、しおれていく心と向き合うしかなかった。

「帰らねえのか」

 防波堤の上から、和斗が呼びかけてくる。
 実由は首を振って、膝を抱えて座り直した。

「あのさあ」

 影が実由を覆い尽くす。いつの間にか、和斗は実由のすぐ横に立っていた。

「そういうやり方、俺は気にくわねえな」

 何のことを言われたのかわからず、一瞬考え込む。けれど、思考回路はすぐに追いついて、気付く。
 厚志と実由のやり取りを、和斗は見ていたのだ。思わず、和斗を睨みつける。

「和くんには、わからないよ! 私、あっくんが好きなんだもん!」

 大声で叫んで、歯を食いしばる。くやしかった。和斗に否定されたことが、くやしくてたまらない。

「好きだからって、人のもん奪い取るのかよ。ガキの理屈じゃねえか」
「ガキだもん! まだ子供だもん! しょうがないじゃん! 好きなんだから!」
「理由つけて、正当化すんな」

 和斗の目が、冷たくぎらついた。
 それは、実由を心底軽蔑した目だった。

「最悪だな」

 ぼそりとつぶやかれた言葉が、重りのように胃の底に落ちる。
 背を向け歩き出した和斗の背中は、実由を拒絶して、遠ざかっていく。

 鼓膜を震わす、船の警笛。
 テトラポットに当たって跳ね返った潮水が実由の背中に雨のように落ちる。

「だって……」

 誰にも聞こえないのに、喉の奥で言い訳が踊り狂う。

 どうすればいいのかわからなかったから。
 どうしても厚志に自分を見てほしかったから。
 こんな風でしか気持ちを伝えられないと思ったから。

 たくさん出てくる自分の行動への言い訳は、溢れ出て一回転して、ミキサーにかけたみたいに粉々に砕け散る。

 どれもこれも、後付けの理由でしかない。
「こうするしかなかった」と自分に言い聞かせるためだけの理由を探して、自分の行動の責任を別の場所に置いて来ようとする。
 卑怯で浅ましいやり方。

「最悪……」

 太陽光線が網膜に残ってめまいがする。力の入った眉間が痛くてたまらない。
 テトラポットを伝って、波の音が足元を揺らしていく。
 海に浸かり、身を任せているときの、あの浮遊感が胃を押し付ける。
 ゆらゆらと揺れて。
 流される。
 気付かぬうちに、全然違う場所に流される。

 逆らうことも知らない。
 抗うことを知らない。
 ただそのまま、流されることしか出来ない。

 情けなくて、恥ずかしくて、実由は突っ伏したまま、息を飲み込んだ。

「私、どうしてこうなんだろう……」

 初めて、大人になりたいと思った。
 わがままなままでいられる、王様のように君臨できる子供のままでいたいと、ずっと思ってた実由が、初めて、大人になることを望んだ。

 世界は、自分のためにあるんじゃない。
 中心にいるのは、自分じゃない。

 利己的にしか生きられない自分が、嫌で仕方なかった。
 何が正しいのか導きだせる、大人になりたかった。

++++++++++++

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更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
仕事も一段落しましたので、また毎日更新していきたいと思います。

最近、噛みしめていることがあります。
素直であること!

日々生活していて、色々感じることがあります。
そういうものを物語に還元できていけたらいいなと思ってます(^^)




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【2009/02/27 04:27】 | 神様がくれた(恋愛)
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第25話 埋まらない、寂しさ。

++++++++++++

 苦しいくらい寂しくなるのは、何が原因なのだろう。

 友達もいる。家族もいる。なにひとつ不自由していない。
 なのに、小さな隙間風は止むことなく入ってきて、わずかにある温もりを奪い去っていく。
 失いゆくものを逃すまいと、体を縮こまらせて両腕で包んでも、どこからともなく落ちていく。
 空洞になった心は埋まる術を知らない。
 穿たれた穴はいつまでも開いたまま、カラカラになった心を逆なでする。

 それはいつしか、涙となって流れて、それも乾いた頃、思い知らされる。

 独りなのだと。

 だから、求めるのかもしれない。
 そばにいてくれる人を。すべてを受け入れてくれる人を。ひたすらに愛してくれる人を。

 空を見上げて、実由は深いため息をついた。
 ぼんやりと浮かび上がる月は、煌々と光を湛える。
 照らしだされた雲は、ゆっくりゆっくりと流されてゆく。

 水族館の裏庭にたどり着いた実由は、太郎の後姿を見つけた。
 白い毛並みが月に照らされ、風に揺れている。
 太郎は行儀良く座って、ハッハッと息を吐き出していた。
 隣に、ジーはいない。

「太郎」

 呼びかけると、太郎はすごい勢いで振り返ってきて、実由に飛びつく。中型犬といえども太郎の突撃は、けっこう痛い。
 どつかれたおなかを片手で押さえながら、太郎の頭をなでると、太郎は「きゅうん」と鼻を鳴らした。

「太郎、ジーは?」

 聞いても、答えられるわけはないけれど、ジーがこの場にいないことは初めてだったから、不安が込み上げる。
 青々と生えた芝生にはいつも敷いてあるダンボールもない。
 ジーがいた痕跡はどこにもなかった。

「ジー、おうちに帰ったのかな」

 初めて会ったころを思い出す。
 ジーは帰る家が無いと言っていた。家はあるけど帰る家は無いと、実由と同じなのだと、笑っていた。
 ジーは、いつもどこにいて、何をしているのだろう。
 帰る家は無くても、家があるのなら、それは一体どこにあるのだろう。

 実由は、ジーのことを何も知らないと、今更気付いた。
 自分の話ばかりをくり返し話して、ジーのことを問いただしたのは、奥さんのことだけだ。

――失って気付くことの方が多いんだよ、ミュー。

 急にジーの言葉を思い出した。

 ジーの奥さんは、もうこの世にはいないのだろう。
 だからこそ、ジーはあんなにも写真を愛しそうに見つめていたのだ。

 芝生の上に座ると、しっとりと湿った感触が太ももをなでた。気付かぬうちに一雨ふっていたのかもしれない。
 膝小僧を抱え、目をつぶる。

 失って、気付く。小さく呟いて、月を見上げる。
 月はいつもより一段と光り輝いて、クレーターがはっきり見える。もちをつくうさぎたちの姿を、実由は久しぶりにじっくり見た。

 かぐや姫は、何を思い、あの月を眺めていたのだろう。

 帰りたかったのだろうか。自分の在るべき場所へ。

「帰りたい……」

 どこへ? と聞かれたら、きっと答えを出すことは出来ない。それでも、実由は帰りたいと思った。
 自分の家でもない、学校でも、高山食堂でもない。
 どこか、自分がいるべき場所。誰かの隣。必要とし、必要とされる人のところへ。

 それは、未来の自分の姿なのかもしれなかった。

「寂しい」

 溢れかえる気持ちは胸の中で膨れ上がって、大きさを増して重くなる。
 抱えきれないこの気持ちを、どうすればいいのか。迷い込んだ道は複雑で困難で、行き先さえ見えなかった。

 ジーに会いたいと、心はくり返し叫ぶ。
 明日はジーはいるだろうか。
 明日まで、耐えるしかないと、実由は太郎を抱きしめる。
 実由の耳を太郎がなめるから、実由はくすぐったくって笑ってしまった。


 ***

 高山食堂に戻ると、待ち構えるように和斗が玄関に座っていた。

「どうしたの」
「いや……」

 斜め下を睨みつけながら、和斗は後頭部をぼりぼりと掻く。

「昼間は、悪かったよ……」
「別に、気にしてない」

 素直に謝られると、逆にすました顔をしてしまう。
 実由はわざと無表情を作って、和斗の横をすり抜けようとした。だが、和斗が寸前で実由の腕を掴んで、制止する。

「悪かったって」
「気にしてないってば」

 お互い、意地の張り合いになるような言葉を吐き出してしまって、実由は少し笑ってしまった。
 こんな問答を繰り返していたら、仲直りなんて出来やしない。

「和くんの言うこと、当たってるもん。だから、和くんも気にしないでいいよ」

 和斗の耳が赤く染まっていることに気付く。
 案外、照れ屋なのかもと思うと、なんだかかわいく思えてしまう。

「どうすんだよ」
「諦める」

 それしかもう手はないことを、実由だってわかっていた。

「家族みたいに仲良くしていきたいって、言ってもらえたから。もう、それでいい」

 それは、自分を認めてもらえたことと同じだ。
 恋人にはなれなくても、厚志と実由との間には二人なりのポジションがある。そこにきちんと自分が存在することを、実由は少なからず嬉しく思っていた。

 それでいいと思うしかなかった。

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【2009/02/28 03:13】 | 神様がくれた(恋愛)
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