きよこの書き散らかし小説。
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第58話 タイミングとフライング(最終話)

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 式の後は二次会だ。披露宴に参加できなかった友人たちが集まり、披露宴以上に盛り上がりをみせ、私もお酒をしこたま飲んでかなりのハイテンションになりながらも、三次会の参加は見送った。
 楽しげなみんなの様子を見ていたら、ついていきたい気持ちが大きかったが、さすがに終電を逃してまで飲む気にはなれないし、なによりも。

 ジャイさんがお待ちなのだ。

 今日は土曜日だ。ジャイさんちに泊まってそのまま次の日デートをする約束をしている。

 真夏の夜風は酒で火照った体を冷やしてくれる。少しずつお酒が抜けてきて普段通りのテンションに戻ってきているのを感じながら、ジャイさんに「二次会終わったから、今から駅行くね」とメールした。

 時刻は夜九時。

 土曜の夜だから、繁華街はたくさんの人でにぎわい、みんな大いにはしゃいでいる。
 学生の集団に巻き込まれて半泣きになりながら大通りを歩き、駅にたどり着く。
 改札の入り口でジャイさんが待っていた。

「ふわーー」

 人ごみに一苦労したせいか、ジャイさんを見たら、なんか安心して変な声が出た。

「酔っ払い」

 何を言うかね、このジャイさんは。

「酔ってないし」
「息が酒臭いけど」
「女子に向かって息が臭いって、失礼っ!」
「酒臭いって言ったんですけど」

 同じことじゃん! わざとぷいっとあさっての方向を向いて歩きだすと、ジャイさんはいつものにやにや笑いで私の腕を取った。

「口は酒臭いけど、いい匂いしてるよ」

 くん、と耳元のにおいをかがれて、びくりと肩をすくめる。

「加齢臭がするかも!」
「凜香ちゃん、まだ二十代だから大丈夫だよ……」

 ああ、まだ酔ってるのかも。そうだよね、さすがに加齢臭は早いよね。

「酔い覚ましに少し歩くか」
「うん」

 ジャイさんは近所を散歩するみたいに悠々と歩き出す。
 私はジャイさんの一歩後ろについて、ふと彼の背中を眺めた。
 ジーパンにTシャツという、ラフ全開の格好。中肉中背のジャイさんだけど、スタイルは悪くないから身長も高く見える。

「あ、ドレスだし、ハイヒールだよね。しかも、引き出物あるもんな。歩くのきついよな」

 せっかくのドレスアップを今更思い出しますか。

「ううん、歩きたい。今日は夜風が気持ちいいし。歩きたい気分」

 振り返って、私の服装を、本当に今更ながら頭からつま先まで眺めてくる。

「目つきがいやらしい」
「ばれた?」
「へんたい!」

 濃いブルーにゴールドのハイヒール。髪は耳の下でゆるく結わえて巻いている。
 見ろ、このおしゃれっぷり! かわいいだろう!

 と、胸を張ったら苦笑されただけだった。

「荷物」

 伸ばされる手に、遠慮なく引き出物を渡す。

「バームクーヘン入ってるかなー。家着いたら、食べていい?」

 小学生の三時のおやつ待ちかっ! とつっこみたくなる。引き出物つったらお菓子入ってるだろうけどさ。

「これ、ブーケ?」

 引き出物の袋の一番上には、舞子からもらったブーケを入れていた。ピンクのバラが顔を出している。

「うん。舞子がくれたの」
「次は凜香の番、て言って?」
「なんで知ってるの?!」
「いや、常套でしょ、そういうの」

 うわ、なんかむかつく。

「結婚したくなった?」

 チンチラみたいな髪の毛をふわりと風で揺れた。ジャイさんは最近、髪の毛を黒く染め直した。真面目になるんだ! とかわけのわからん宣言をしていたが、なにがしたいんだろうこの人。

「別に」

 ふん、と鼻を鳴らしながら答えると、ジャイさんはわざとらしく目を見開いた。

「うわあ、クール」
「だって、そういうの、想像できない」
「俺との結婚なのに?」
「よけい想像できない」

 ジャイさんと家族になる? こんな漫才みたいな会話ばっかなのに? やっぱり想像できない!

「凜香ちゃん」

 大きな木が立ち並ぶ通り沿いに、車のテールランプが並ぶ。赤い光に目がくらんで、そっと瞳を閉じた。
 ジャイさんが家族。
 いつか子供が生まれて……最初は女の子がいいな。あ、でも私みたいな高慢ちきな姉になったら嫌だから、最初は男の子かな。子供は二人かな。私は二人姉弟で、それなりに楽しかったから(弟は便利だし!)、やっぱり一人っ子は寂しい。でも、三人いてもいいかも。
 私はもう二七歳だし、三十で一人、三十三で一人って考えると、三人はちょっときついかな。
 でも、産めないこともないか。
 ジャイさんはあんなんだから、威厳あるパパになれるのかなあ。私が怖いお母さんになりそうだけど。
 それはそれでバランス取れてんのかな。

 でも、ジャイさんは優しいし、私のこともちゃんと考えてくれるから、子供が生まれても一緒に悩みながら楽しく子育て出来そう。

 それにそれに……

「は! ものすごいリアルに想像してしまった! 墓場まで想像した!」
「え、なに、ゲ〇ゲの鬼太郎?」
「いや! ジャイさんとの結婚生活!」
「急に立ち止まるからどうしたのかと思えば……どこまで想像してんの? どっちが先に死んだの?」
「もちろんジャイさん! だって私、百二十歳生きそうじゃない?」

 限界まで生きそうだもん、私!

「うん、俺も凜香ちゃんのが長生きすると思ってるよ」

 切れ長の目を細めてそう言って、ジャイさんはまた歩き出す。
 私は小走りで彼の横に並び、そっと腕を掴んだ。

「凜香ちゃんより先に死ぬ方がいい。凜香ちゃんに先に死なれたら、残りの人生退屈しそうだ」
「そうだね。私の面白さは筋金入りだからね。安心しなさい。死なないから」

 なんだろう。結婚なんて考えてなかったけど。ちょっといいかも。うん、なんか幸せそう。
 言葉が溢れそうになる。でも、言っちゃったら、アラサー女が結婚にあせってるみたいで嫌だな、なんて思う。

 ああ、でもでも。
 気持ちは素直に伝えようって、誓ったんだ。

 心は言葉にしなきゃ伝わらない。
 大切なことは、ちゃんと届けなきゃ。
 ぐちゃぐちゃ悩んでも、相手の気持ちなんかわからないし、悩みすぎてこじれた思いは、こんがらがりすぎて、本当に大切なことを見失わせる。

 ジャイさんに出会って、気付いたこと。

 伝えなきゃ、伝わらない。

「ジャイさん」
「ん?」
「結婚しよっか」
「うん」

 早っ!! 即答! ちゃんと聞いてた?!

「あのさ、私がなんて言ったか、リピートアフターミー?」
「結婚しよう」
「そう、正解! って、ええ! 即答過ぎて感動無いし!」

 私、心の中、けっこう素敵なこと考えてたよ? なのに、なんだこの軽い返事は!
 幼稚園児のプロポーズとそれに対する返事かっ

「凜香ちゃん。物事にはタイミングというものがあってね」
「はい」
「俺はこう見えて、段取りを踏む男なんだよ」
「はい」
「考えてたことのタイミングが一致するのは嬉しいんだけど、フライングされた気分」
「はあ」

 ジャイさん、若干ふてくされてる?
 柔らかい髪の毛を掻き、ふうーーーーと長い息を吐いて、私の腕をぐっと掴んできた。

「明日、お台場のレストランを予約している」
「うん」
「渡そうと思っているものがある」
「は、はあ」
「今の言葉は、明日俺がもう一度言うから」
「って?」

 え? なんか、汗かいてません? 柄にもなく、ジャイさん、テンパってる?

「だから、逆プロポーズは聞いてないふりします」
「ええ! そんな!」
「明日まで、待ってろ」
「えええ! 子供は三人がいい!」
「三人どころか、サッカー出来るくらい産め! 日本の少子化を食い止めるぞ」
「それは無理!」

 幸せな想像ができる。
 明日もあさっても、一年先も十年先も、それこそお墓に入るその瞬間まで。
 のろけてると言われようが、ずっと一緒にいる未来を想像できる人って、この世に何人いるの?

 幸せな想像を現実にするのは、ジャイさんではない。私自身だ。
 だからこそ、ジャイさんに、そばにいてほしい。
 どんなに歩む先が暗くとも、彼のそばにいれば、明るいその先にたどり着けることを、私は知っている。

 そして、もしも、彼がいつかの私のように道に迷ったら。
 私が助けてあげるんだ。
 そうやって、一緒に歩いていけたら――

 私はきっと、神様に感謝する。
 彼に出会わせてくれたことを。

 彼と歩む道を、選んだことを。






  END 
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完結までとても長い間を開けてしまった・・・
すいませんでした・・・m(__)m

あとがきもあるので、よかったらお読みください。

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【2012/12/16 03:56】 | Deep Forest(恋愛)
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第57話 私たちの幸せ

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 その日は快晴だった。
 まぶしすぎるくらいの青に、真っ白な雲が悠々と泳ぐ。白い太陽光線を仰ぎ見て、チャペルに足を踏み入れた。
 近代的なデザインの建物で、前方は一面窓になっている。差し込む光を背にして、鉄の棒を組み合わせただけのシンプルな十字架が聳え立つ。真っ白なヴァージンロードに十字の陰が映っていた。
 並ぶ椅子の一番後ろに、私を含む舞子の高校時代の友人六人が座った。

「舞子、美人だしスタイルいいから、きっと綺麗だろうなあ」

 ほれぼれした声で友人が笑う。私もブルーのドレスを整えながら「楽しみだね」と相槌を打った。
 通路側の一番端に座れたのはラッキーだ。舞子の姿を存分に拝める。

 やがて、賛美歌のメロディーと共に神父が入ってきた。後ろから、舞子の旦那さんになる和登君。相当緊張してるのか、顔がものすごい強張ってる。
 開け放たれたドアの奥に、舞子がいるのが私の位置からだけ見えた。
 思わず、目配せを送ると、舞子はそれに気付いて、にぃっと笑いかけてくる。
 隣に立つお父さんは、緊張で棒立ち。微笑ましくてフッと吹き出してしまった。
 歩き出す二人。荘厳な音楽と、揺れるレースのベール。幾重にも重なった光沢のある白い生地がふわふわと踊る。はにかんだように笑い、百合の花を束ねたブーケをきゅっと握りしめる舞子の姿は、今まで見たことがないくらい幸せそうだった。

「舞子、綺麗……」

 つぶやかれた友人の言葉に、なぜか涙が込み上げる。
 二十七歳。その歳の分だけ、重ねた経験がある。傷ついたり、傷つけたり。子供のようにすがりつきわがままを貫こうとして、相手から逃げられたり。またその逆で、気持ちの重さがつらくて、相手から逃げたことだってある。
 そうやって、様々な関係の積み重ねで、舞子はようやく和登君と出会った。
 後悔した恋もある。未だ引きずる思いもある。だからこそ、和登君と会えたのだ。
 いつだったか、舞子は言っていた。

「こうやって生きてきたから、和登が好きになったんだと思う」と。

 私たちは、私たちなりに精一杯生きて、失敗をくり返し、その度に後悔して泣いたり喚いたり。くだを巻いて酒を飲んで、「いつになったらいい恋愛が出来るんだろう」とぼやく。
 そんな日々を重ねながら、大人になっていくのだ。
 自分のことしか考えられず、エゴをぶつけるだけの恋愛から、自分だけではなく、相手の幸せを願うように変わっていく。
 そうした変化が、きっと私たちに幸せを与えてくれる。

 舞子の手が、父親の手からはなれ、和登君の手に渡る。寂しそうなお父さんの姿に胸がつまる。

「愛は育むものです。愛は願うものです。愛は与えるものです。愛を欲してはいけません。あなたの愛はその手の平から、この手の平にそっと渡すものなのです」

 神父の手が、舞子と和登君に触れる。

「あなたたちの愛が、永遠のものとなり、魂となっても受け継がれていきますよう……」

 神様。こんな場所に立っていると、そんな存在もあるんじゃないかと思えてくる。
 私の手の平にある愛も、押し付けるのではなく、そっと渡すことが出来ていたなら。

「あなたは、和登さんを生涯の夫と定め、健やかなる時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わらず彼を愛し続けることを誓いますか?」

 舞子の清廉な声がチャペルに響く。

「はい。誓います」

 涙が零れ落ちる。
 親友の晴れ舞台。見届けたことへの思いが溢れる。
 幸せになろうね、舞子。幸せになろう。そんで、旦那さんを幸せにするんだ。生涯をかけて。


 ***

 披露宴は舞子と和登君の大学時代の友人がものすごい盛り上がりを見せ、笑いの絶えないものとなった。
 お色直しで登場した舞子のラベンダー色のドレスに(ドレスだけじゃなくて、舞子も!)、感嘆のため息をもらしながら、滞りなく進んでいく宴を見守る。
 実はスピーチを頼まれている。とはいっても、司会者から質問をされて答えるだけの簡単なものだ。それでもたくさんの人の前でマイクを握ることに緊張を隠せない。
 披露宴が開始してからしばらくずっと、フランス料理に舌鼓をうってるはずが、味がよくわからなくなってる。

「それでは、新婦のご友人である佐村凛香さんに、新婦の高校時代について少しお話を伺います!」

 やっと名前を呼ばれ、おずおずと立ち上がった。ここで質問を受けると聞いていたのだか、「どうぞ前へ」と促される。
 そんなん聞いてないし! と舞子を睨んだら、舞子は意地悪げに笑うだけだった。
 なんてやつ!

 新郎新婦の席の横に立ち、舞子の高校時代のことや、社会人になってからの話を聞かれ、「舞子は勝気でいつも喧嘩してます」とか「相談にいつも乗ってくれてとてもいい子です」とか無難に答える。
 最後に「和登さん、どうか舞子を幸せにしてあげてください」と締め、つつがなくこなせたことにほっとしながら立ち去ろうとしたら、司会者さんが「待った」をかけてきた。

「新婦・舞子さんからプレゼントがあるそうなので、お待ち下さい」

 舞子はすっと立ち上がり、「私が先に結婚することになったら、ずっとこうしようと思ってたの」と私の前で小さく会釈する。

「次は凛香の番だと思ってます。高校からずっと、私と一緒にいてくれてありがとう。凛香のおかげで、今の私がいます。だから、次は、凛香が幸せになってください」

 マイク越しの声が震える。
 舞子の手には、ピンクのバラの花のブーケ。そっと差し出されたそれを、私は両手で受け取っていた。

「こんなの、ずるいよー」

 私の声も震えてしまう。ブーケトスをやらなかったから不思議に思ってたけど、こういうことだったのか。

「私こそ、いつもありがとう。これからもまた飲み屋でぐだぐだしようね」

 マイクに通すのは恥ずかしいから、ぼそぼそとつぶやくと、舞子は目に涙を一杯ためながらうなずいてくれた。

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更新が遅くてすいません。
生活に変化があって、パソコンと向かう時間が激減(^^;

あと1話か2話で完結です!


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【2010/07/08 01:19】 | Deep Forest(恋愛)
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第56話 夢見るアラサー

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 背中を見るのは、あまり好きじゃなかった。
 ダークグレーのスーツが人の波に飲まれ消えていく姿は……恋の終わりを思い出すから。
 生きていればいつか会える。ドラマやマンガでよく聞くセリフだけど、生きていたって会えない人もいる。
 ――二度と会わないと誓った人。たとえばどこかですれ違っても、初めから出会っていなかったかのように通り過ぎれば、会っていないと同じこと。
 別れとは、そういうことなんだと、思った。

「元彼、見たんだよね」

 一筋、オレンジ色の線が爪を彩る。一緒に働いていた頃よりも白さと艶を手に入れた細い手は、私の右手を軽く支え、丁寧な手つきで色をのせていく。

「元彼って、あっくんだっけ?」
「違う。やっくん」
「そうだっけ。一年も前だから、忘れちゃったよ」

 爪先を見つめていた瞳が、私に微笑みかける。なんだかきれいになったよなーと、男のような目線で英美子を見た。
 英美子は去年の今頃、会社を退職し、ネイルサロンが経営するスクールに三ヶ月通いつめた。そのままそのサロンに就職し、ネイリストとして働いている。
 三割引でやってくれるということで、私はけっこうなスパンで彼女の元に通うようになっていた。
 人と接する仕事で、しかも美に関わる仕事だからなのか、英美子は会うたびにきれいになっていく。最近、彼氏が出来たと言っていたから、そのせいもあるのかもしれない。

「この前、友達と池袋で飲んでさあ。池袋、久しぶりに行ったけど学生多いね。時間帯のせいかな。人ごみで死ぬかと思った」
「都内の駅なんて、どこも一緒でしょうよ」
「そうだけど、空気感が若い気がして。私、オバチャンになってる?」
「なってるね。空気に若さを感じちゃったらまずいでしょー」

 軽口を叩いていたら、本題を忘れそうになる。
 慌てて話題を戻した。

「それでさ、池袋駅出て、マックあるじゃん?」
「どこ?」
「東口……いや、西口? まあどこでもいいんだけど。やっくんを見たのよ」

 マックの少し右、見慣れた高い身長を見つけた瞬間、呼吸が止まりそうになった。
 懐かしさが込み上げて、涙が出そうになった。

「偶然って、怖いよねー……。あんな人ごみで、たまたま行った池袋だよ? 滅多に行かない場所だし、やっくんの勤務先も池袋じゃないしさあ」
「そういうのってあるよね。すごい偶然。運命かもよー。話しかけたの?」
「まさか!」

 再び英美子が動かす筆先に視線を下ろした。
 黄色のアクリルでひまわりの絵を描いてくれている。事務仕事をしていた英美子はがさつでテキトーだったのに。こんな繊細なものが描けるなんて、驚いてしまう。
 英美子のサロンには一、二ヶ月に一度通っている。自爪が伸びてきてジェルネイルとの境がひどくなってくると英美子のところに行ってネイルを直すのだ。
 安くしてもらっているとはいえ給料的にきついので、値段が上がってしまう絵を入れるネイルをやってもらったのは初めて。

「器用だねー」

 ホウ、とため息を吐きながらつぶやくと、英美子はウフフと含み笑う。

「なんで話しかけなかったの? 久々に会ったのに」

 話をしながらも、英美子の手は止まらない。こうやって人と話しながら何かを出来るって、すごいよなあ。

「話しかけてもしょうがないじゃん。もう赤の他人だよ」
「それって、ちょっと寂しいセリフ」
「……まあね。でもさ、ちょっと嬉しかったよ。元気そうだったから」

 離婚して私と結婚しようなんて言っていたけど、その後を知らない。
 離婚してしまったのだろうか。それとも、奥さんと仲良くしているのだろうか。

「一年前はさあ、やっくんとまたどこかで会っちゃったら、絶対、気持ちが戻って、やっくんとやり直したい、一緒にいたいって思うんだと思ってた」
「違ったの?」
「うん。何も思わなかった。元気そうで良かったとしか」
「良かったね」
「うん」

 気持ちは変わる。積み重ねる日々の中で、心は、少しずつ新たな気持ちを生み出し、過去の気持ちを包みこんで宝箱にしまってくれる。
 私の中でやっくんの存在は、そうやって移り変わっていった。宝箱にしまわれた、小さな宝石のひとかけらとなって、たくさんの宝石の中に埋もれていったのだ。
 それは寂しいことでもあり、嬉しいことでもあった。

「赤峰さんのおかげだね」
「そうかなあ」

 照れてしまって、ついついあやふやにしながらも、そうだよなーとうなずいていた。

「最近はどうなの? 赤峰さんとは仲良くしてる?」
「それが聞いてよ! この前さ、朝にね、すっごいニヤニヤしながら朝ごはん食べてて。なに笑ってんの? って聞いたら、『いやあ……』てはぐらかすのよ。なんかむかつくじゃん」
「凛香って、腹が立つポイントが変だよね」
「変じゃないよ! だからコーンフレークの牛乳をスプーンですくってね、『言わなきゃ牛乳を目玉に入れてやる』って脅したの!」
「脅し方も変だよね」
「変じゃないってば! そしたら、『いびきかいてたから』だって! ひどくない!? いびきかかない女なんていないっつーの!」
「いや……いびきかかない女なんているでしょ」

 あれ? それもそうだ。なんでこんなくだらないことで怒ってたんだ私は。

「ごめん、別に怒る話じゃなかったわ。オチも無くてごめん」
「オチはいらないけどね……。ま、仲良くしてるみたいで安心したよ。ほい、出来たよ」

 透明からオレンジにグラデーションした爪に、黄色のひまわりが爪先にいくつも花開いている。夏らしくてかわいいネイルに、思わず感嘆の息が漏れた。

「かわいい!」
「とうぜーん。ドレスはブルーなんだっけ? 夏っぽくていいね」
「うん。あー。明日が楽しみ」
「天気予報は晴れだって言ってたよ。夏空の下で結婚式かあ。いいなあ」

 天井を仰ぐ英美子は、頬を赤らめて夢想にふける。彼とは付き合って一ヵ月だったはず。ちょうど気持ち的にも盛り上がる時期なんだろう。きっと自分の未来を想像してるんだ。

 明日は、待ちに待った舞子の結婚式だ。
 理想に叶う式場を探して半年、予約して日取りを押さえられたのはその半年後だった。プロポーズから一年、舞子の門出を祝う日がようやく訪れた。

「凛香は結婚しないの? もう付き合って一年たつよね?」
「うん。でも、早くない? 一年しか付き合ってないよ?」

 結婚なんてリアルに想像出来ない。ジャイさんと私の間に、そういう話題も出てこない。
 ジャイさんの結婚願望について聞いたのも付き合う前の一度だけで、その時は「考えることもある」みたいな解答だった気がするけど、記憶が定かじゃない。

「凛香ねえ、うちら何歳だと思ってんのさ。もう二十七だよ。三十路まであと三年だよ! 今から子供産もうとしたら、早くて二十八歳だよ? もしかしたら三十越えちゃうかもなんだよ! 一年付き合ったらもういいでしょー。結婚しなさいよー」
「ええーー」

 アラサーって結婚に焦りだす年齢だって聞いてたけど、やっぱりそういうもんなんだ。
 三十歳までに結婚できればラッキーくらいに思ってたけど……。

「私が結婚することになったらネイルやってね」

 こういう話題はこうやって濁すのが一番。

「まかせてよ!」

 英美子は嬉しそうに笑って、ネイルの仕上がりを確認する。

 ……結婚ねえ。

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【2010/06/16 01:36】 | Deep Forest(恋愛)
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